第七話 ……………………え?
「ご、ごめん……、まさか、信之助がそんなショックを受けるとは思わなかったんだ……」
「いや……、恵は悪くない。俺が勝手に、凹んでいるだけだ」
恵に言われて気付いたのは確かだが、凹んでいるのは完全に俺の事情だ。
むしろ恵には、気付かせてくれてありがとうと言いたいくらいだ。
今の俺は、さっきまでとは凹んでいる理由が異なっている。
南野さんの決意表明に対し少なくないダメージを負った俺だが、実際はそれよりも心の準備はできていたなどと、無意味な覚悟をした自分の愚かさを呪っていた。
要するに自虐、卑下していたのである。
しかし実際は、反面教師扱いし、愚かと見下していた人達と同じことをしてしまったことを嘆いていたのだと気付いた。
それは自虐なんて可愛げあるものではなく、他者を見下す最低最悪の態度と言っていい。
よくSNSなどで自虐をして、似たような状況――あるいはそれ以下の状況の他人を巻き込んで不快な気分にさせてしまうなんてことがあるが、これはそれと似ているようで本質はもっと悪質だ。
ああはなるまいと勝手に見下し、それと同じ行為をしたうえで、自分は愚かだと嘆く。
俺は……、なんて身勝手で、たちの悪い男なのか……
「はぁ……、ホント信之助は真面目だよね。別に愚かだっていいじゃない? 実際、若者の特権だと思うよ? もちろんバカッターだとかバイトテロだとか、若者でも取り返しつかないようなことはあるけど、多少の苦労や失敗ならむしろ買ってでもしろって言うでしょ」
若い時の苦労は買ってでもしろ、ということわざがあるが、それのアレンジバージョンか何かだろうか?
恵の父親は寡黙で厳格なイメージがあるので、そんな教育を受けていたとしても不思議ではない。
確かに、失敗を恐れずチャレンジするのは良いことだと思うし、若者のうちだからこそできる挑戦もあるだろう。
俺もそれは否定しない。……いや、否定してはいけない。
何故ならば、俺は既に他人の失敗でそれを学んでいたハズだからだ。
だからこそ俺は学んだ教訓を活かすべきだったし、活かせず同じことをしてしまったのであれば悔やむべきではなかった。
「……そうだな。そう考えられれば、俺もこんなに凹まなかっただろうな」
別に取り返しのつかないことをしでかしたワケではないのだから、悔やむにしても「あ~、やっちまった~」とか、「次は失敗しね~」など、もう少しライトに受け止められれば良かったのだ。
そもそも人間は完璧ではないのだから、いくら経験や対策があったとしても失敗するときは失敗する。
どう足掻いても失敗をゼロにできないのであれば、ある程度割り切っていくしかない。
それができなかったのは、結局のところ俺のメンタルがクソザコナメクジだったということだろう。
そして結果的に失礼極まりない自虐――の皮をかぶった侮辱をして凹んでいるのだから、悪い意味でマッチポンプ状態だ。
「真面目な人ほど病みやすいって言うけど、信之助は完璧にそれだよね。このままだと、若くして禿げるよ?」
「髪の話はやめてくれ!」
マジで最近抜け毛気になり始めているんだ……
勘弁してくれ……
「まあそれは置いておくとして、実際結構前から心配してたんだよね。このままじゃ信之助、鬱になっちゃうかもって……」
「そうだったのか?」
「うん。まあ責任の一端は僕にもあるしね。……でもやっぱり、やめる気はないんでしょ?」
「……まあな」
恵の窓口担当になったのは、別に仕方なくとか、頼まれらからというワケではない。
俺が自ら進んでやり始めたことだ。
そりゃあ最初は辛かったし――いや、辛いのは今でもなんだが、やめようという気持ちは微塵もない。
弱音は吐くし、今のように凹んだり病み気味になったとしても、それは俺にとってやめる理由足りえないのだ。
恵は……、俺にとって大切な友達だ。
昔も今も苦労させられているし、嫉妬したり恨めしく思うこともあるが、それも含めて全部面倒を見てやろうと思わせられる、弟のような存在とも言える。
そんなかけがえのない親友のためであれば、たとえ火の中とまでは言わないが、水の中くらいなら平気で飛び込める……というか実際に飛び込んだこともあった。
だから、こればかりはいくら恵から言われてもやめる気はない。
……ただまあ、もし本気でやめてと言われたら俺だって流石にやめるとは思う。
しかし、なんだかんだ恵も強く止めないし、俺の管轄外で告白された際などは自分から相談に来たりもするので、きっと満更でもないのだろう。
「だから、前から言ってるけど、信之助にも癒しが必要だと思うんだよ。本当は僕がその役目になれればいいんだけど、むしろ迷惑かけてる側だからね……。信之助は、まだ好きな人できない?」
「……ああ」
誰のせいだと思っている! と言いたいところだが、恵に悪気があるワケではないので八つ当たりは自重する。
「……そう。でも、好きな人ができたらちゃんと教えてよ? 僕、全力で応援するからさ!」
残念ながら、それは不可能なんだよ……
今俺が南野さんの名前を出せば、ほぼ間違いなく南野さんの告白は失敗に終わる。
それどころか、好きな人がいることを匂わせるだけで、俺の凹み具合から南野さんのことが好きだとバレる恐れすらある。
そんなことになれば、誰一人幸せになれないバッドエンドルートに突入することになるだろう。
それだけは、何としてでも阻止しなくてはならない。
「応援は嬉しいけど、それよりも恵こそそろそろ誰かと付き合ってくれよ……。そうすれば俺の心労も減るんだからさ」
これは事実だし、心の底から思っている本音である。
同時に、今俺がこれを口にしたことで恵にプレッシャーをかけることもできるだろう。
偶然とはいえ、これは南野さんへのナイスアシストになったのではないだろうか?
「あ、そうだった! 信之助があまりにも酷い状態だったから言いそびれたけど、実は昨日、久しぶりに彼女ができたんだよ!」
……………………え?