第六話 反面教師
恵に南野さんのことを悟られるワケにはいかないので、言葉を選びつつ、慎重に俺が何故凹んでいるかを説明する。
「……え~っと、つまり信之助は、ある程度覚悟していたのに、実際に直面したらやっぱつらかったから凹んでるってこと?」
「いや、違う。そもそも覚悟なんてしても無駄だと頭の隅では理解していたのに、安易に覚悟しているから大丈夫などと突き進んだ自分に嫌気がさしてるだけだ」
厳密にはそれに加え南野さんに対する愛情と、南野さんを失う喪失感で情緒が無茶苦茶になっているのだが、こればかりはどう伏せても察せられる可能性があるため最初から触れないことにする。
「…………」
「おい、なんだその顔は」
最初こそ真剣な表情で話を聞いていた恵だが、今は何故か呆れと疲れを足して二で割ったような複雑な顔をしていた。
一言で言うと、「うわぁ……」って感じの顔だ。
「いや、うわぁ……って思って」
「そのまんまじゃないか」
「何がそのまんまなのかわからないけど、正直ちょっと引いてるのは間違いないね」
「おいこら、人が折角嫌々ながらも真剣に相談したのに、それはないだろう」
恵はちょっと引いてると言ったが、実際はどう見てもドン引きしている。
ここが保健室でなければ、もっと大声でツッコんでいたぞ?
「いやだってさ……、もしかして信之助って、人生二周目だったりする?」
「どういう意味だよ?」
「昔から信之助はちょっと大人びたところあったし、落ち着いた雰囲気あったけどさ、いくらなんでも思考が老けすぎっていうか、悟りを開き過ぎじゃない?」
「っ……」
誰のせいだと思ってる!? という言葉をギリギリで飲み込む。
くそぅ……、俺だって好きでこんなウジウジと悩んでるワケじゃないんだぞ!?
「僕も含め、みんなもっとガキだよ? 信之助みたいに深く考えず行動してる」
「それは……、わかってるよ」
見ているとわかるが、同年代のヤツらは大体みんなどこか楽観的だ。
俺だったら絶対やらないのに~だとか、私は健康だからコロナなんかかからないだとか、必ずやってきますだとか、根拠のない自信に溢れた発言を聞かない日はないと言ってもいいくらいである。
こういったポジティブさは若さからくるものなのだと思うが、そういう意味では確かに俺は枯れている自覚がある。
みんなが感情的になって批判したり、逆に応援したりしているときも、俺は一歩引いたとこから論理的な意見をすることが多かった。
そのたびに「コイツ空気読めよな」って反応をされたので、今は適当に合わせている。
「……ねぇ信之助、なんで自分がそんなに凹んでいるかわかってる?」
「それは、俺が愚かだか――」
「それだよ」
「そ、それ……?」
「うん。もう一度言うけど、同年代のほとんどの人達は、信之助に比べれば短絡的だし、何も考えず行動してる。無意味な覚悟をしたり、守れない約束や決意を平気でしてる。……信之助は、それを愚かだと思ってるってことだよね?」
「っ!? そ、それは……」
思わず言い返そうとしたが、言葉が出てこなかった。
「ハハハ、こういうときも、ほとんどの人が反射的にそれは違う! って反論するよね?」
「……」
確かに、この手のやり取りは恋愛相談中にも度々あった。
全員が全員というワケではないが、どうにも女子は感情的に反論してくる比率が高かったのである。
論理的に違わないことを説明したりすると「知らない!」とか「なんでそんな酷いこと言うの!?」とか逆切れされ、泣かれたり恨まれたりすることが多かった。
俺はこれで、女子に対し正論パンチは悪手だと学んだ。
しかしまさか、自分に対してそれが飛んでくるとは思ってもみなかった。
もちろん、悪意があったワケではない。
ただ、やはり冷静に分析すると恵の言っていることはあながち間違っていないのだ。
今の俺を形成した最大の要因は、良くも悪くも他の同世代より客観的に恋愛事に関わる機会が多かったことだろう。
恵という最高峰のモテ男子と幼馴染だったこと……、そしてそれに恋する乙女達の恋愛相談役を務めていたことで、俺は同年代の中でも桁違いの人生経験を積んでる自信がある。
人生経験とは、基本的に人と関わることで培われるものだ。
もちろん個人で得られる経験もあるが、それだって人と関わることでより大きな経験となっていく。
だから別に恋愛である必要はないのだが、恋愛とはより人の内情に関わってくるものだ。
誰かを好きになる――愛情は様々な感情の中でも強い部類に入り、それゆえに人の本性や本質といった部分に近いものがさらけ出されることになる。
愛情を発端とした嫉妬、打算、情熱、依存、執着、敵意、エトセトラ……
そういった人の感情の動きを見続け、そして精神的NTRで頭をガクンガクンに揺さぶられた俺は、普通の学生じゃまず味わえないような人生経験を積んでいると言っても過言ではないだろう。
無論、当事者として恋愛経験を積む方がより濃く、深く、充実した人生経験になるのは間違いない。
しかし当事者だった場合、経験できる恋愛の数自体はどうしても限界がある。
時間は有限だし、幸か不幸か良縁に巡り合えばその時点で恋愛経験はストップしてしまうため、単純に恋愛の数をこなしたいのであれば薄っぺらな関係を短期で切り替えていくしかない。
しかもそこには必ず感情が絡んでくるため、十中八九思い通りになることはないと思われる。
その点、恋愛相談に乗る側だった俺は、他人事であるがゆえに感情にあまり左右されず、かつ何人もの恋愛感情を間接的に体験しているため広く浅く経験を積むことができた。
――そして、その経験を活かしたからこそ、今の俺があると言っていい。
「……そうだよ。恵の言う通りだ。俺は、根拠もなく絶対にできるとか、安易に約束したり覚悟したりするみんなを、冷めた目で見ていた」
俺はこれまで、培ってきた経験を色々なかたちで活かしてきた。
人の考え方だったり、行動だったり、好みだったり、生活だったり――
色々なことを参考にしながら、自分をアップデートしていった。
しかし、何よりも俺の考え方の指針となったのは、みんなの無謀や無駄な言動や行為と、その結果である。
ようするに俺は、周囲を見下しながら「ああはなるまい」と反面教師にしていたということだ。
他にも「他山の石」とか「人の振り見て我が振り直せ」のような類義語はいくつかあるが、どれも共通して悪い手本扱いして人を見下したり軽蔑するようなニュアンスがある。
だから、クラスのお調子者や、気軽に恵との橋渡し役を依頼してくる女子を愚かしく思っていたことは、正直否定できない。
「ちょ、ちょっと待って! そんな絶望したような顔しないでよ! 別に僕はそれが悪いって言うつもりはないからね!? むしろ、そんなこと大なり小なりみんなやってるんだし、気にし過ぎだよって話の流れに持っていきたかっただけだからね!?」
わかっている。
恵は言葉選びや言い回しに若干トゲがあることも多いが、基本的には俺に対し肯定的だ。
それが良いか悪いかはともかくとして、少なくともさっきの言葉に俺を責める意図はなかったと思っている。
実際、反面教師にすること――、つまり人の悪い部分を見て自分はやらないようにと学ぶこと自体は、成長していくうえでとても重要だ。
人が歴史を学ぶのもそういった面が大いにあるからだし、それ自体には何も問題が無いハズだ。
だから、あくまでも成長の糧とするという意味では、人を見下したり軽蔑することが必ずしも悪いとは言えないだろう。
ただ、それを態度に示したり口に出すのは当然だが良くないことだ。
――今俺が絶望しているのは、間接的ながらもそれをやってしまっていたからである。
申し訳ありません。
この作品はラブコメなのに、クッソメンドクサイ内面描写をグダグダ書いてしまいました。
猛省いたします。でも書き直しはしません!




