第四話 ああ、脳が破壊される
精神に多大なダメージを負いつつも、俺は放課後デートや寝る前のビデオ通話で少しずつ恵の情報を南野さんに伝えた。
少しずつになってしまったのは、単純に南野さんとの会話が楽しくて話の脱線が多かったことと、この幸せな時間を終わらせたくないという気持ちが強かったからだ。
この関係が始まる前は、せいぜい寝る前に南野さんのことを思い浮かべるくらいの好感度だったのだが、今となっては寝ても覚めても南野さんのことばかり考えてしまっている……
俺は中学時代、恋愛相談に乗った際にその女子のことをガチで好きになってしまったことがある。
それでも俺は親友のためと断腸の思いで彼女を送り出したのだが、アレは本当にキツかった。
だからこそ、それからは同じ轍を踏まぬよう恋愛相談に来た女子とはなるべく距離を取るよう意識していたのだ。
しかし、今回は恋愛相談の乗る前から結構好きだったこともあり、その間合い調整をミスってしまった。
結果、俺の南野さんに対する好感度は日を増すごとに上昇し、今ではもうマジで恋する三日前くらいになっている。
アレほどアカンって言うたのに!
しかし、そうは言っても「やめられない止まらない」ということは多々ある。
そんなに簡単に止まれるのであれば、世の中タバコや酒、薬やギャンブルに依存する者はもっと減るだろう。
俺だって、好きになればなるほど精神ダメージが増加することくらいわかっていたが、それよりも幸福度が高いせいか踏みとどまることができなかっただけのだ。
……ただ、ここ数日少し疑問に思うこともある。
それは、「もしかして俺ってドMなんじゃね?」 という新説(笑)だ。
俺は幼い頃から精神的NTR体験を繰り返したせいで、年齢不相応にタフなメンタルをしているという自負がある。
しかしそれは勘違いで、本当は打たれ強いのではなく、ただ快感に変換されているだけでは? という仮説が頭を過ったのだ。
誓って言えるが、俺は痛みを気持ち良いと感じたことはないし、暴言を吐かれれば普通に凹む。
性癖的な意味でも、NTRモノを好んで読む(観る)ことはないし、逆にNTRする側にも興味はない。
だから正直自覚症状は全くないのだが、この世には無意識なタイプのドMも存在するらしいので、もしかしたらあり得るのか? と少し危機感を感じ始めている。
自身がそんな非生産的で倒錯的な趣味だとは、正直思いたくない……
「っ!? ど、どうしたの桧山君? なんか、凄く複雑な顔してるけど……」
「……いや、ただ南野さんは可愛いなと思っただけだよ」
「っ!? ちょ、えぇ!? 可愛いってそんな、う、嬉しいけど、いきなりどうしたの!? というか、なんでそんな顔して言うの!?」
「……ごめん、こういうとき、どんな顔すればいいのかわからなくて」
「わ、笑えばいいと思うよ?」
ネタにノってくれてありがとう、南野さん。
心の中でそう言いつつ、なんとか歪に笑顔を作る。
南野さんはガチのオタクではないが、実は両親の影響でアニメに関しては俺よりも詳しかったりする。
中学時代はそれもあって一部の男子から人気が高かったが、高校に入ってからは隠しているのか、そういう話は耳にしない。
まあ一種の高校デビューのようなものだが、恥ずかしがって隠しているのではなく、恐らくモテ防止だと思われる。
直接本人の口から聞いたワケではないが、当時のことを知っている俺からすればその気持ちは物凄く理解できた。
南野さんは、中学時代クラスメートがストーカー化するという苦い体験をしており、俺に助けを求めてきたことがある。
何故俺に助けを求めたかというと、俺にストーカー処理の実績があったからだ。
と言っても俺自身がストーカーの被害にあったというワケではなく、恵のストーカーをしていた女子の対処を何度かしたことがあるだけなのだが、噂に尾ひれがついて何故かストーカー対策のプロフェッショナル扱いされていたという……
そんなこんなでストーカー被害の実態を知っている俺には、間接的にだがモテたくない人の気持ちが凄くわかるのだ。
間接的にというのが少し――いや、非常に悲しいが、あんな思いをするなら愛などいらぬと思ったとしてもおかしくはない。
……そう、そんな南野さんが勇気を出して新しい恋をしようとしているのだから、俺は応援しようと思ったのだ。
だというのに、俺は……
ごめん、やっぱつれぇわ……
「……私、何かしちゃったかな?」
「い、いや、南野さんには何も問題無いよ。むしろ完璧。サラマンダーよりずっと可愛い」
「え……? サラ……、マンダァ?」
「自分でも何を言っているかわからないから、気にしないで」
やはり俺の頭は、どこかおかしくなっているのかもしれない。
下手をすれば、本当にこのまま本物のNTR属性になってしまいそうで恐怖を覚える。
健全な紳士淑女は知らないかもしれないが、NTRモノのエンディングは大抵寝取られたうえでその性癖を自覚し、その状況を楽しむWINWINな関係となりハッピーエンドとして締めくくられる。
……俺はNTRモノを好んで読むことはないが、読むこと自体は普通にある。
だから、展開の主流についてはよく知っているのだ。
今の世の中、漫画アプリの上位にNTR作品が入ってることなどザラなので、読んだことがある思春期男子は大勢いるだろう。
しかし、読んではいても自分が同じ体験をしたいと思うヤツはほぼいなハズだ。
自分の好きな女が他の男に取られて幸せそうにしているのを見て喜ぶとか、あり得ないよマジで……
「う、うん、わかった」
「話の腰を折ってごめんね。それでえっと、何を話してたっけ……?」
「あ、そうだった! ……あ、あのね? 私、明日、緒方君に告白しようと思ってるの」
「…………」
ああ、脳が破壊される……