エピローグ② 恋愛より友情を取る僕達は――
◇緒方 恵
「言うまでもないと思うけど、僕って女子が苦手でしょ? だからさ、正直甘く見てたっていうか、理解できなかったっていうか……」
「理解できなかったって……、ああ、そういえば昔はよくそんな泣き言言ってたな」
当時を思い出し、少し申し訳ない気分になる。
何故ならば、実際は泣き言などではなく、他の男子を見下すような負の感情が込められていたからだ。
思春期の男子は、本当に些細なことでも女子を好きになってしまう。
席が隣になったことがあるとか、会話が弾んだことがあるとかならまだマシで、酷い場合だと目が合っただけとか、挨拶してくれたというだけで好きになってしまうこともある。
女子からすれば信じられない話かもしれないが、これは多くの男子が経験したことのあるポピュラーな現象だ。
原因は諸説あるが、僕としては恐らくオスの本能のようなものが影響しているんじゃないかと思っている。
人間には理性や知性があるが、それがしっかりと養われていない子どもの頃は本能が勝ることが多々あるからだ。
抑えが利かないがゆえに、欲や本能に負けて行動に直結してしまう。
……ただ、理性や知性は、厳密に言えば加齢により養われるものではない。
心の成長に重要なのは、経験や体験の量――密度である。
つまり、無難な人生であればあるほど、その差が出やすいというワケだ。
早熟な子どももいれば、いつまで経っても子どものままの大人がいるのもそのせいと言えるだろう。
僕はそういう意味では、幼少の頃から女子の怖い部分を知り過ぎてしまい、極端な成長をしてしまった。
だからこそ、他の男子が何故あんなにも簡単に女子を好きになるのかが理解できなかったのである。
……はっきり言って、僕はみんなのことを、何もわかっていない奴らだと見下していた。
「勘違いさせてゴメンね。僕が理解できなかったのは、本当は女子じゃなくて、他の男子だったんだよ」
僕がハッキリと明言しなかったのは、「他の男子」に信之助も含まれていたからである。
信之助に嫌われるのが怖かったからこそ、女子のことが理解できないという「泣き言」にすり替えたのだ。
「……なるほど、な。つまり、自分は南野さんを好きになることは絶対にないと思い込んでいたワケだ」
「まあ、そういうことだね。……あの時はゴメンね? 偉そうな口きいて」
「あの時……? あ、もしかして保健室の――」
「うん。僕は、見た目とか第一印象だけで好きになるなんて本当に単純だな、愚かだなって、他の男子を見下していたんだよ。そんな僕が信之助にあんな言い方するなんて、何様だよってね……」
僕が信之助の根底にあった感情を見抜けたのは、単純に僕が同じように周囲を見下していたからである。
つまり、僕は自分のことを棚に上げて、信之助に対して指摘をしたのだ。
僕は本当に信之助を傷つけるつもりなんてなかったけど、実際は心のどこかに同族嫌悪のような感情があり、それが無意識に顔を出してしまったがゆえ、少しキツイ言い回しになってしまった――という可能性は十分にある。
「…………」
「軽蔑する、よね?」
「馬鹿を言うな。むしろ親近感が沸いて安心したぞ」
「っ!? え、えぇ? 安心? なんで?」
「いや、正直、俺自身気付かなかった自分の中の負の感情を見透かされて、恵って実は心も読めるんじゃね? って少しビビってたんだよ」
「えぇ~!? そ、そんなことあるワケ――」
「ないとは言い切れないだろ。実際恵は、映像記憶能力とか絶対音感とか、特殊技能満載だし」
映像記憶能力については確かに特殊な技能なのかもしれないけど、信之助に教えてもらうまでそんな特殊なことだとは気づかなかった。
最終的には自分で気付けた可能性もあるけど、気付くまでに人を見下したり傲慢な態度を取ってしまう可能性だって十分にあっただろう。
むしろ、僕が一般的な人と違う部分を見極め、言語化して教えてくれる信之助の方こそ、何かの能力でも持ってるんじゃないかと疑ったくらいだ。
「要するに恵は、自分も同じように人を見下している部分があったからこそ、俺の負の感情に気付けたってことだろ? それなら理解できるし、似た者同士って意味で親近感沸くよ」
「……なんかそれって結構複雑なんだけど」
美点や良い部分などポジティブな面で仲間意識を持たれるのならともかく、同じ穴の狢のようにネガティブな面だと、いくら信之助相手でも素直に喜べない。
「まあな。……それはそれとして、恵が想像できなかったっていうのも無理はないと思うぞ? 大抵の人間は、自分でも同じような痛い目をみないと精度の高い共感をすることはできないからな。こればかりは、育ってきた環境が違うんだからどうしようもない」
「それはそうだけど……」
確かに、僕ほど女子に嫌な思い出のある人は少ないとは思うけど、それでも想像力があれば補える部分ではあったと思う。
少なくとも、南野さんに対し苦手意識を感じなくなった時点で、気付くことはできたハズだ。
「それに、世の中には「わかっていてもやってしまう」なんてことはいくらでもあるんだぞ? 人間っていうのは基本的に自分にとって都合の良い方向に考えがちだからな。……まあつまり、南野さんと過ごすのはそれだけ楽しかったってことなんじゃないのか?」
「……信之助の方こそ、僕の心読んでたりしない?」
「はっ! まさか」
信之助は、まるで僕の思考を先回りしたかのようにフォローや助言をしてくれることがある。
恐らくは僕に対してのみ機能する予測なんだろうけど、これもまた僕が信之助のことをヒーローだと思う理由の一つだ。
……確かに信之助の言う通り、僕は南野さんとの会話を心の底から楽しんでいた。
今まで、同じ趣味もつ友達なんて信之助くらいしかいなかったので、会話が弾む女子なんて南野さんが初めてだったのである。
同じ趣味を語れる異性との会話があんなにも楽しいものだなんて、全く想像していなかった。
だからこそ僕は、心の底でマズイと気付きながらも、南野さんと距離を取ることができなかったのだ……
正常性バイアスという言葉があるが、恐らくはアレに近いものなんだと思う。
正常性バイアスは、自分にとって都合の悪い情報を無視したり過小評価する認知の特性なので、信之助の言ってることとも共通性があると言えるだろう。
「まあそもそも、主人公属性の恵が友人キャラムーブをしても上手くいくワケないんだよ。そういうのは、全部俺に任せておけばよかったんだ」
「僕は……、自分が主人公属性だなんて思ってないよ。むしろ、実は陰で色んな子から好かれている信之助の方が、よっぽど主人公っぽいじゃないか」
「んん!? ちょっと待て! え? もしかして南野さん以外にも俺のこと好きな女子がいたりするのか!?」
「……その鈍感っぷりも主人公っぽいよね」
「なん……、だと……」
それに、やっぱり僕にとって信之助はヒーローだし、どうしてもそういう目で見てしまう。
みんなのヒーローより、自分にとってのヒーローの方が、僕は好みだ。
「い、いやしかし! 仮にそうだとしても、恵の主人公属性は否定させないぞ!? 確かに少年漫画の主人公っぽくはないかもしれないが、少女漫画であれば間違いなくスパダリだからな! そもそも南野さんの件だって、完全に「お前を愛することはない」ムーブだろ!」
「……信之助って女性向け作品も研究してるの? 僕はその辺疎いから断言はできないけど、それって主人公側が女子なんだから、立ち位置としてはヒロインポジションなんじゃない?」
「……あ」
信之助は自分でもそう感じたのか、珍しく間抜けな顔をしている。
それがあまりにも面白かったので、僕は我慢しきれず吹き出してしまった。
そして、それに釣られるように信之助も笑いだす。
二人で散々笑ったあと、僕は涙を拭きながら信之助に言う。
「でも、僕は今回ので友人キャラムーブはこりごりだよ。とてもじゃないけどメンタルがもたない。今までこんなダメージに何度も耐えてきたとか、もしかして信之助ってドMだったりする?」
「やめてくれ……。俺も自分でそんな可能性があるんじゃないかって一瞬考えたが、結論として違うと思うことにしたんだ……」
「ハハ♪ じゃあそれを証明するためにも、南野さんとは末永くお幸せにね?」
「言われなくてもそのつもりだ。ただ、この借りは絶対返すからな。恵にとって最高に相性の良い女子を見つけ出してやる」
「……それって、もう受付担当じゃなくて営業とかプロデューサーの仕事じゃない?」
計画の全てを伝えると決めたとき、僕は信之助との関係に亀裂が入ることを覚悟した。
でも、そんな心配はいらなかった。
計画は成功し、信之助と南野さんは付き合うことになったけど、それと同時に僕と信之助の友情はより深まったと言っていいだろう。
こういう話って女子だとあまり聞かないし、もしかして男子の特権だったりするのかな?
まったく、男の友情って最高だね!
これにて本当に完結となります!
今までお読みいただきありがとうございました!
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