エピローグ① 恋愛より友情を取る俺達は――
◇桧山信之助
学園モノのラブコメ作品には、高確率で主人公の親友、または悪友と呼べるキャラが登場する。
作品によりその重要度はマチマチだが、良くも悪くも主人公とヒロインの距離を近づける要因を担うことが多い。
俺は恵の女子に対する苦手意識を克服させるため数多くのラブコメ作品を紹介してきたが、当然自分でも内容は確認している。
そうじゃなければ安易にオススメなどできないし、場合によっては逆効果となる可能性もあるからだ。
残念ながら俺は恵ほどハマることはなかったが、少なからず共感できることもあり、今でも追っている作品はいくつかある。
その共感できることというのが、主人公の親友キャラの在り方だ。
……いや、今でこそ共感してはいるが、昔の俺はそれに救われたと言っても過言でないほどの影響を受けたのである。
当時の俺は、正直に言ってしまえば色々と限界に来ていたんだと思う。
恵のことは大切な友達だと思っていたが、「何で俺がそこまでしなきゃいけないんだ」とか、「何で自分だけが」という気持ちがなかったワケではない。
同じような環境で育った兄弟や同級生と差を感じた際に生まれる感情なので、誰しも一度くらいはそんな風に思ったことがあるんじゃないだろうか?
この世に完全な平等などないのだから、差が生まれるのは必然であり、どうしようもないことでもある。
しかし、だからと言って簡単に納得できないのが感情の厄介なところだ。
そういった感情を制御できる者もいるのだろうが、少なくともガキだった(今でもガキだが)俺に制御することはできなかった。
もちろん感情をそのまま爆発させるワケにはいかないので我慢はするのだが、当然それは不満やストレスといったカタチで蓄積されていくことになる。
そして、そうやって蓄積された不満やストレスが爆発すると、最悪人の生死にすら関わる事件に発展することすらある。
真面目な人ほどキレると怖いというのは、こういった部分も影響しているのだろう。
よくそういった負の蓄積を解消することを「ガス抜き」と表現するが、これは本当に的を射た表現だと思った。
定期的に「ガス抜き」をしてやれば爆発する可能性は低くなるし、たとえ爆発してしまっても被害は少なくて済むからだ。
人生を安全に過ごすために、この「ガス抜き」は必須スキルと言ってもいいだろう。
……しかし、実際にはこの「ガス抜き」ができずに爆発を起こしてしまうことは多々ある。
これは人により適した「ガス抜き」の方法が異なるからで、マニュアルやテンプレートのようなものが存在しないからだ。
世の中にはエッセイや啓発本などでそれを紹介していたりもするが、参考にはなっても最適解にはなりえないし、そもそも興味を示さなければそういった書籍や記事に目を通すことすらない。
多くの場合は自分に適した方法を人生経験の中で見つけるしかないが、様々な理由でそれができず、病む人間も少なくはない。
そういう意味では、俺はかなり幸運だったと言えるだろう。
なんせ俺は、恵を助けることで得られる充足感により、「ガス抜き」ができていたのだから――
「見つけたぞ、恵」
「……噓でしょ? まさか、本当に彼女を置いて追いかけてきたの?」
「ああ、俺は恋愛より友情を取る男だからな――、と言いたいところだが、そもそも恵を追えと言ったのは南野さんだ」
「……そう、南野さんらしいね」
「……」
冷静に考えれば、今回の企ては全て俺のためを思って仕組まれたことだと理解できる。
そして、コミュ障の恵が南野さんに協力を持ちかけるとは到底思えないので、恐らく南野さんが主導だったのだろう。
正直今でも信じ難いが、今俺が一番何を望んでいるかをちゃんと理解しているあたり、信じざるを得ない気もする。
「怖いから黙らないでよ」
「じゃあ一言、……やってくれたな」
「ハハ、上手くいったようで何よりだよ♪」
悪戯っ子のように楽しそうに恵は笑うが、もう騙されはしない。
「何が上手くいっただ。そんな顔で言われても全然嬉しくないぞ」
「……あ~、やっぱ信之助にはわかるよね」
「当たり前だ」
「その割には、ネタバレするまで気付いた様子なかったけど?」
「ぐぬっ……」
これは言い訳になってしまうが、恵が何か辛そうにしていたことには一応気づいていた。
ただ、生徒会が忙しそうだったのは確かだし、俺も人のことを気にする余裕はなかったので、疑念を抱くまでには至らなかったのである。
「……まあ、いいや。本当は一人で黄昏ようと思ってたんだけど、そこ座りなよ」
そう言って恵は河川敷に設置されているベンチを指さす。
どうやら恵はここで川を眺めながら心を癒すつもりだったようだが、発想がどうにも中二臭い気がする。
それに巻き込まれるのは正直とてもむずがゆいのだが、この状況で断ることは流石にできない。
言われた通り先にベンチに座り、恵が座るのを待ってから会話を再開する。
「で、何でこんな真似をしたんだ?」
「それはもちろん、南野さんに頼まれたからだよ」
「そこがまずおかしいだろ? いつもの恵なら、協力なんて絶対しなかったハズだ」
たとえ俺のためであったとしても、コミュ障で女子に苦手意識を持っている恵が、ここまで積極的な行動をするとは到底思えない。
協力するにしても、もっと地味な裏方に徹して、決して表に出てくるようなことはしなかったハズだ。
「……それについては、僕としても想定外だったんだよ。もし聞く気があるなら、順を追って説明するけど?」
「当然聞くぞ。そのために来たんだからな。ほれ」
あらかじめ準備しておいたミネラルウォーターを手渡す。
「準備万端か~。仕方ないね……」
恵はミネラルウォーターを一口飲み、ため息をついてから語り始める。
「恩返し?」
「うん。僕は前々から信之助に恩返しをしたいって思ってたんだよ。……流石にされるいわれはない、とは言わないよね?」
「それは……、まあ、恩を着せるつもりはないが、助けていた自覚はある」
いつも恵をフォローしているのは、あくまでも俺が好きでやっていることであり、恩を売るつもりはない。
しかし、どう感じるかは結局のところ受け手次第となるため、恵が恩を感じているのであればそれを否定する気はないし、「別に助けているつもりなんかなかった」などと白々しいことは言うべきじゃないだろう。
そんなことを言えば、かえって裏があるのではと捉えられかねないからだ。
「そう、信之助にはいつも助けられてたからね。いつか必ず恩を返したいと思っていたんだ。南野さんに協力したのは、それが理由だよ」
「いや、そこがわからん。なんで南野さんに協力することが、俺への恩返しになるんだよ?」
「え、そんなの、信之助が南野さんに好意を抱いてたからに決まってるでしょ」
「なっ!?」
バ、バレていた……、だと……
恵に仮面を被る術を教えたのは俺だし、ポーカーフェイスには自信があった。
最近はそれが崩れつつあったのでバレても仕方ないとは思うのだが、恵の言い回しから察するに随分と前から気付いていたようである。
「別にそんな驚くことでもないでしょ。南野さんは信之助の好みのど真ん中だし、好意っていうのは色んなところから滲み出るものだから、基本的に隠すのは不可能だよ」
「……」
そう言われると、思い当たる節がないワケではない。
俺は表情を偽ることこそ得意だが、別に演技が上手いというワケでもないので、表情以外の部分から推測されたという可能性は十分にある。
「まあ、そんな風に自信満々に協力しておいて、ドツボにハマったのが今の僕なんだけどね……」
恵は自嘲気味に情けない笑顔を浮かべるが、それでも絵になる辺りイケメンは本当にズルいと思う。
「……そんなに凹むくらいなら、あんな真似しなければよかっただろ」
「そうなんだけどね。でも、これは僕の罪滅ぼしでもあるから……」
「罪滅ぼし?」
「うん。今まで信之助に、こんな辛い思いをさせてきたことに対しての、ね」
「っ!?」
まさか恵は、今まで俺が何度も精神的NTR体験をしていることに気付いていたのか?
……いや、気付いていたのではなく、気付いたのか。
恵はかなり記憶力がいい――なんてレベルではなく、映像記憶能力というある種の特殊能力を持っている。
映像記憶能力とは文字通り映像として物事を記憶できる能力のことで、実は幼少期であれば多くの子どもが持っている能力だ。
大抵の場合は思春期になる前に失われるものだが、稀に成長しても失われないケースがある。
恵はまさにそれであり、その超人っぷりは完全に漫画やアニメの主人公クラスと言えるだろう。
恐らくだが、過去の映像記憶から当時の俺の違和感に気付いたのだと思われる。
俺も昔は今よりポーカーフェイスが下手くそだったし、その頃の映像記憶を引っ張り出されたら隠しようがない。
「……チート野郎め」
「それを活かせないから、僕はいつも失敗ばかりなんだよ」
まあ、不憫系であることは否めないが、それでも恵の主人公性に揺るぎはない。
そんな主人公である恵がモブのような動きをするから、今のように凹む結果になるのだ。
俺としてはそれも恵の魅力の一つだと思うのだが、それはそれとして残念にも思う。
「……で? ねえねえ、今どんな気持ち――とでも言えばいいのか?」
「はは……、吐き出したい気分だから、それもいいかもね……」
クッ……、冗談のつもりだったのにマジで返されてしまった……
これは本当に重症だそ……




