第二話 思春期男子の苦悩
年齢イコール彼女(彼氏)いない歴という、身も蓋もない表現がある。
主に自虐する際に使われる表現で、学生時代なんかはネタとしてもよく使われるが、歳を重ねるごとに段々とシャレにならなくなるため俺はなるべく口には出さないようにしていた。
俺も最終的にそうなる可能性を視野に入れていたが、まさか学生時代にストップがかかるとは……
このリハクの目をもってしても読めなかった。
……ただ、本当に南野さんを俺の初彼女にカウントしてもいいのか? 正直悩ましい気持ちも抱えている。
俺と南野さんの関係は、あくまでも期間限定のものだ。
終了条件は、南野さんが恵に告白するまで……
告白の日程はまだ未定とのことなので、具体的に何日までとかは決まっていないが、恐らくそう長くはないだろう。
つまり俺がフラれることは確定しているので、事実上の負け確イベントなのである。
それもあって、南野さんのことを初めての彼女だと認めたくない気持ちが少なからず存在しているのだ。
いっそのこと恋人ごっこじゃダメなのか? と確認したが、ちゃんとした交際を体験したいとのことで却下された。
そんな理不尽な! とも思ったが、期間中は本当の恋人関係になりたい――などと言われたら断れるワケがない。
……南野さんは俺が好意を寄せていた思い人なのだ。
たとえ一時的な関係だとしても、悲しみより喜びが勝ってしまうのは仕方がないだろう。
そんなこんなで俺と南野さんは付き合い始めたのだが、当然周囲には秘密となっている。
短期間で俺と別れるのも、その直後に恵に告白するのも、全てが悪印象となる可能性があるため仕方のない措置だ。
正直こんな可愛い彼女がいるのに周囲に自慢できないのはツラいが、その後待っているであろうザマァ祭りや憐れむ視線を想像すれば、承認欲求を抑え込むことはできる。
やはり問題となるのは、若さゆえの持て余し気味な性欲だろう。
俺は年齢不相応に落ち着いている自負はあるが、同時に性欲を完全に抑え込むことは不可能だということも理解している。
三大欲求のうち、性欲は生命に関わらないため軽視されがちだが、そんな単純な話であればそもそも三大欲求になど数えられたりはしない。
人間は理性や知性を持つことで多種多様な性欲を持つこととなったが、その根幹にはしっかりと生物の本能が存在する。
そして生物の本能は、絶対に消すことはできないのだ。
どんなに優れたブリーダーであっても、決して犬猫の本能を消すことはできない。
昨今増えたと言われる草食系も、自慰行為をしないワケではないし、むしろ性欲自体は強いケースも多い。
つまり俺が何を言いたいかと言うと――、
ふよん
腕が絡められると同時に、柔らかな感触が伝わってくる。
「それじゃ、次はアレに乗ろ?」
……俺はもう、限界かもしれない。
俺と南野さんは現在、地方の遊園地に遊びに来ている。
地元からも学校からも離れた場所なので問題無いとは思うが、さらに念のため簡単な変装までしている。
初めて見る眼鏡着用の南野さんは、控えめに言っても――
「……? ど、どうしたの? そんな険しい顔して……、あ、もしかして眼鏡、変かな?」
そう言って南野さんは、眼鏡の両端を掴んで少し浮かせて見せる。
くッ……、まだ攻撃力が上がるのか……
「いや……、控えめに言って最高だったから、顔が緩みそうになるのを堪えていただけだよ」
「っ! 本当!? じゃ、じゃあ、最近ちょっと視力落ちてるからコンタクトにするか悩んでたけど、眼鏡にしようかな……」
「イイと思います」
俺は眼鏡っ娘好きだが、周囲のウケはあまりよくないイメージがある。
どうも年齢が若いほどその傾向にあるようだが、俺はそういった意味でも年齢不相応な感性なのかもしれない。
ただ、余計な虫が寄ってこなくなる可能性があるので、個人的にはメリットしかない。
「あ、でも恵が好きかどうかはちょっと自信ないな。アイツ、女子の好みの話になると外見より中身のことばっかになるんだよ」
恵のことなら大抵のことはわかるが、女子の好みについてだけは少し不透明な部分がある。
コミュ障なうえに女子に苦手イメージを持っているせいか、あまり自分から積極的に話したがらないのだ。
俺が雑誌のモデルを指し「この子可愛いよな」と言うと頷きはするのだが、自分からは全く主張しないので細かな好みは把握していない。
恵は基本的に嘘をつかないので、多分俺の好みとそう違いはないと思うのだが……
「そうなんだ~。あ、でも桧山君に高評価なら、きっと緒方君も高評価だよね」
「……なんか少し複雑だけど、多分間違ってはいないかな」
「では、前向きに検討いたします♪」
「お、おう」
なんだか、南野さんを俺の好みに染めているようで罪悪感を覚える。
同時に、それを親友に譲ることになるという精神的ダメージも追加されるので、もう情緒がメチャクチャだ。
しかも――、
「そ、それにしても今日は暑いね……。汗かいちゃいそうだし、ちょっと上着脱ぐね?」
そう言って南野さんは、羽織っていたカーディガンか何かを脱ぎ始める。
やや露出度の高いノースリーブのシャツがあらわになり、思わず喉がグビっと鳴った。
性欲は三大欲求の中でも最弱? ご冗談を……
たとえ生命に関わらずとも、それが大したことないという考え方は大きく間違っている。
人間は二~三日食事を抜いても死にはしないだろう。
しかし、その状態で目の前にご馳走が並べられたら?
同じように、二~三日徹夜したとして、その状態でフカフカのベッドに放り込まれたら?
思春期の性欲に耐えるというのは、それに近しいものがある。
もちろん性犯罪者を擁護するつもりはないが、男は日々その本能に耐えているのだ。
こんなの、ご褒美もなしにやるのは拷問に等しい。
どこかで発散しなきゃ、何かの拍子に爆発してしまうぞ……
――だから誰か、目の前にあるたわわな果実に手を出さない俺のことを、褒めてくれ……