第十話 恋愛より友情を取る俺は、親友のためなら、たとえそれが好きな女の子だったとしても……、して……、も……?
「……あっ! ゴ、ゴメンゴメン! つい感極まって拍手しちゃったよ」
拍手の直後に発せられた声――、それは間違いなく、恵のものだった。
頭の中が、一瞬で真っ白になる。
一体何が起きた?
どうしてこうなった?
何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何――
「ひ、桧山君……?」
「っ!」
計算能力が失われ、エラーを吐き出し続けるコンピューターのような状態だった思考回路が、南野さんの声で再起動がかかり正常に動き始める。
まだ冷静には程遠い状態だが、今の状況を分析するくらいなら問題はなさそうだ。
後ろにいるのは、ほぼ間違いなく恵だ。
俺が恵の声を聞き間違えるハズがないし、後ろを向いて確認するまでもないだろう。
それが、何故ここにいるのか?
……いや、それを考えるよりまず先に反応をした方がいい。
このまま黙っているのは、二人を不審がらせる可能性がある。
「……恵、どうしてここに? 今日は生徒会だったハズだろ」
今日生徒会活動があることは事前に確認済みだ。
だからこそ、ここを練習場所として使っても問題ないと判断したのである。
「うん。その生徒会活動で必要になったから資料を取りに来たんだけど、なんか人の気配がしたから……」
……言っている内容に不自然な点はない、と思う。
確かにここは元生徒会室だし、その資料が残っているという可能性も十分にある。
ただ、重要な資料であればこんな開放された場所に残していくとは思えないにで、あるにしても大した資料ではないだろう。
だから恵の言っている内容に不自然さはないが、やはり何故このタイミングで? とはどうしても思ってしまう。
全ての事象は、たとえ可能性がどんなに低かろうとも起こりうるものだ。
九割がた勝つという展開から負けるなんていうのは、勝負事では日常茶飯事である。
だから、俺がどんなに「あり得ない」と文句を垂れても、起きてしまったことは受け入れるしかないのだが、そんな簡単に現実を受け入れられるのなら誰も苦労はしない。
「……一応確認だけど、どこから聞いてた?」
「えっと、南野さんが先輩に囲まれてたって話の辺り、かな?」
つまり、大体全て聞いていたということだ。
どこから聞かれていたとしてもマズイ状況は変わらないのだが、少なくとも冗談でしたと茶化すという手はもう使えないだろうな……
この状況は、考え得る中でも最悪と言っていい状況だろう。
正直、無難に乗り切る方法が全く思いつかない。
恐らく一番正攻法と言えるなのは、今すぐに「実はただの練習でした!」とぶっちゃけてしまうパターンだ。
嘘偽りのない事実であるため、誤解を解くこと自体は多分難しくないだろう。
ただ、本番の相手が恵であることは容易に想像できるし、最早その時点で恵に告白したのと変わらない状況となってしまう。
告白のシチュエーションとしては最悪だし、気まずい空気になるのは確実だ。
そして何より、告白しないという選択が失われることになるため、バッドエンドルートに突入する可能性だって十分にある。
他には、俺が「ゴメン、やっぱり今のはナシで」と南野さんのことをフってしまう選択もあるが、そんなことをすれば恵の俺に対する印象も悪くなるし、南野さんも無駄にフラれた気分を味わうことになる。
さらに言えば、俺と南野さんは昔からそれなりに仲が良かったため、何故フったのかと追及されかねない。
……もしそうなれば、俺はそれを、上手く説明する自信がなかった。
そして、もう一つのパターンは当然――
「いやぁ、それにしても本当に良かったよ! 丁度今朝、信之助のことを癒してくれる恋人ができたらいいのにね~って話してたところなんだ。南野さんなら僕もよく知ってるし、安心して信之助のことを託せる。ありがとうね、南野さん。そして、おめでとう」
「う、うん! こっちこそ、ありがとう、緒方君!」
満面の笑みでそう応える南野さん。
しかし、それはちょっとマズイ。
「 え、いや、ちょ、み、南野さん?」
「ん? どうしたの信之助? そんなに焦って」
そりゃあ焦りもする。
確かに今の段階では告白が成立たワケだし、めでたくカップルが誕生! という状態ではあるのだが、ここで下手に幸せそうな演技をしてしまうと後々の調整が難しくなってくるのだ。
とりあえず今思いつく最も無難な選択としては、ここであまり喜びを表現せずにサラッとこの状況を切り上げてしまうルートだ。
恵も用事があってきたのだろうからあまり時間はないだろうし、今日のところはこれでと解散すれば強く止めはしないだろう。
違和感は覚えられるだろうが、むしろそれでいい。
それが後ほどネタバレした際に効いてくるからだ。
プランとしては、俺と南野さんは無難にカップルのフリをしつつ、恵が今の恋人と別れるのを待つ。
人の不幸を期待するようで印象は悪いが、これは今まで恋人と長続きしたことがない恵にも原因があるので、そう思われても仕方ないだろとでも言っておこう。
そして、いざその時が来たら、俺と南野さんの関係を全てネタバレしてしまうのだ。
そうすれば、不格好ながらも結果オーライでグッドエンドくらいにはなるだろう。
だから今は、俺と南野さんがどこか素っ気ない雰囲気だと見せつけることが重要だ。
「あ、いや、そういえば用事を思い出してな、急いで帰らなきゃいけなくなった」
「えぇ!? いくらなんでもそれはないでしょ!? せっかく両想いで結ばれたんだから、ここは絶対一緒に帰るべきだよ!」
「それは本当申し訳ないんだけど、ほら、南野さんも忙しいだろうし――」
「そんなことないよ? 私は、桧山君と一緒にいる時間が、一番大切だから……」
「南野さん!?」
俺のナイスパスをお気付きでない!?
いや、確かに意図までは伝わらなかったと思うが、今の俺の話に乗っておけばこのイレギュラーな状況を脱せることくらいは自然と理解できたハズ……
いや、練習とはいえ告白直後で、南野さんも冷静さを欠いているのかもしれない。
それなら仕方がないが、まだ遅くはない!
頼む! 今からでもいいから気付くんだ南野さん!
しかし、そんな俺の願いは虚しくも伝わらず、二人は幸せそうに放課後デートのプランを出し合っていた。
仲良さそうに話を弾ませるその光景にどうしても違和感を禁じえなかったが、二人の会話の勢いにどうしても割って入ることができない。
そして恵が去ったあと、いい加減俺も気付いてしまった。
「……南野さん、もしかして、そういうこと?」
「…………………えへ♪」
天使のような笑顔の南野さん。
しかしその背中には、悪魔の羽が生えているように見えてしまった……
これにて本編は完結となります!
お読みいただきありがとうございました!
本編は完結しましたが、一応このあとに外伝というか、ネタバレ回を公開予定です。
タイトルは「恋愛より友情を取る僕は、親友のためなら、たとえそれが好きな女の子だったとしても――」になります。
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