第一話 親友専用の受付担当者
友情を取るか、恋愛を取るか――
人生でこの二択を迫られたことがある者は一定数存在すると思う。
正直正解なんてないと思うし、考え方や状況によるトロッコ問題だとは思うが、女子の場合は大多数が恋愛を優先する? 傾向にあるらしい。
それに対し男は、意外にも友情を優先するヤツがそれなりにいる。
もちろん女好きで「女がいないとやる気出ない!」みたいなことを言うタイプもいるが、男同士でバカやってる方が楽しいみたいなタイプも実は結構多かったりする。
かく言う俺もそのタイプなのだが、実は最初からそうだったワケではない。
そうなるに至った、悲しくも苦い歴史があるのだ……
俺には幼稚園時代から付き合いのある幼馴染がいる。
容姿端麗にして文部両道、そのうえ性格も良いという完璧超人――これが女子であれば最高だったのだが、残念ながら男だ。
しかし俺にとっては残念だが、女子にとっては超優良物件であるため、控えめに言っても超モテる。
変にキザったいところや自信過剰なところもなく、物腰も柔らかなことから、陰キャ陽キャ問わず大人気だ。
その男――緒方恵に唯一欠点があるとすれば、少し人見知りなところがあることだろう。
そしてこれについては、俺にも一端の責任がある。
恵は子どもの頃から俺にベッタリで、俺と一緒じゃなきゃ他のクラスメートとも話せないような情けないヤツだった。
正直うっとうしく感じたこともあったが、俺にとっても恵は大切な親友であったため、なんだかんだと面倒を見てしまっていたのである。
その俺の過保護さが、恵の人見知りな部分を形成した一因になっていることは間違いないだろう。
今は俺のフォローと本人の努力の甲斐もあり、表面上普通にコミュニケーションを取れるくらいには改善されているが、未だに友達作りは苦手なようだ。
わざわざランクを落としてまで俺と同じ高校を選んだのもそのせいである。
というか、俺と一緒じゃなきゃ進学しないとまで言っていた。どんだけだよ。
……まあしかし、中々心を許せる友達を作れないというのも理由の一つではあるが、一番の理由は別にあったりする。
「あの、桧山君、ちょっといい?」
「……何? 南野さん」
放課後、人の目を盗んで学校裏から抜け出そうとしていたところを、クラスメートの女子に呼び止められる。
これを避けるために人目につかないルートを通ったのだが、最初から尾行られていたのであれば無駄な努力であった。
こんなことなら、隠密性ではなく速度を重視するべきだったかもしれない。
「実はその、相談があって――」
「……恵のことかな?」
「っ! う、うん」
ですよね。
ええ、わかっていました。わかっていましたとも。
……わかっていたけどさ、やっぱつれぇわ。
俺がこうして恵のことで相談を受けるのは、週に一度や二度じゃない。
いや、一年経った今だからこそある程度落ち着いてはいるが、去年の今頃はほぼ毎日だったと思う。
中学時代はまだ地元の理解ある友達が多かったためここまで酷くはなかったのだが、高校に入学して一か月目くらいから徐々に恵の攻略方法が広まり、一学期が終わる頃には学年を問わず無数の女子が俺に恋愛相談――もとい、橋渡し役をお願いしに来るようになった。
……そしてその中には、俺が気になっていた女子や、好きになってしまった女子も含まれている。
そんな地獄のような日々を経たことで、今の俺が形成されたと言っても過言ではないだろう。
そして、あの手この手で恵を手に入れようとする女子の執念を目の当たりにした俺は、ある種の気付きを得たのである。
女子はふわふわで可愛い生き物などではなく、狡猾で強かな生き物なのだと……
ただ、だからと言って俺は別に女子が嫌いになったとか苦手になったワケではない。
無論、男子が好きになったというワケでもない。
便宜上クソデカ主語で女子というくくりにはしたが、中には本当にふわふわで優しく、可愛い女子がいることも理解している。
しかし、だからこそ、そんな女子の恋愛相談を聞くのはモヤモヤした気分になるし、状況次第ではムラムラした気分にもなった。
笑顔で一言「ありがとう♪」と言われただけでも惚れてしまう――思春期男子とはそんな悲しい生き物なのである。
結果的に、俺は恵に精神的NTRをされ続けることになり、年齢不相応にタフな精神力を身に着けるに至った。
思春期男子特有の猿の如き強烈な性的欲求にも抵抗できるようになり、身体的接触を伴う女子の恋愛相談にも毅然とした態度を取れるようになったのだ。
しかし、中学時代にある程度慣れたつもりではあったが、やはり気になっていた女子に他の男子への橋渡しを頼まれるというのは中々にダメージがデカい。
というか、もしかして俺のこと好きなんじゃね? くらいに思ってたので喪失感まで感じている。
俺のクラスでは約半数の女子が恵に告白をし玉砕しているが、南野さんはその残りの告白してない半数に属している。
しかも彼女は数少ない中学時代からの同級生であり、それでいながら恵に告白をしたことのない稀有な存在だ。
だからこそ安心感や信頼感のようなものを感じていたのだが……、やっぱつれぇわ。
南野さんはどうやら中学時代から恵のことが好きだったらしく、この学校を選んだのもそれが理由なのだそうだ。
「でも、よく恵がここ志望だったわかったね?」
「そ、それは、多分緒方君なら、桧山君と同じ学校を選ぶかなって……」
「あ~、なるほど」
恵と同じ学校に進学したいと思っていた女子はかなり多かったのだが、受付担当の俺が情報制御を行っていたため、ほとんどの女子が予測を外し別の学校に進学することとなったのである。
これは恵の要望であり、俺ももう女子に振り回されるのは嫌だったので、恨まれはしたが結果的には大成功だった。
この学校は地元から結構離れているし、恵の偏差値からするとランク下であり、さらに言えば滑り止めにするには微妙なラインの進学校であるため、俺を経由せず密かに同じ学校を狙っていた女子も予測するのは困難だったのだろう。
恵がランク下の学校を選んだことを担任は不満そうにしていたが、結果的に多くの女子が高偏差値の学校に進学できたので、卒業式付近では終始ニコニコしていたような気がする。
「……でも、なんで今になって?」
「それは、授業についていくのに必死で、余裕がなかったから、かな」
「……」
こう言っては失礼だが、南野さんは中学時代あまり成績が良くなかった。
俺は南野さんとそれなりに親しかったので時々勉強を教えたりもしていて、その頃から少し惹かれていた自覚がある。
志望校を聞かれたときも彼女なら言いふらすことはないだろうと信頼して教えたし、その後同じ学校を受験すると聞いたときは本当に俺のこと好きなんじゃね? と思い胸が高鳴った。
しかしそれも、全て恵を好きだったがゆえの努力だったというワケだ。
……やっぱつれぇわ。
「そ、それでね? ようやく授業にも慣れて、心にも余裕が出てきたから、桧山君にその、緒方君のこと色々聞けたらなって思って」
まずは情報収集ね。
さすが南野さん、ナイスな選択だ。
俺に恵への橋渡し役を依頼してくる女子の中には、とにかく自分を売り込むことだけを考えている頭お花畑が非常に多い。
この時点で俺のやる気は著しく削がれるし、恵にとっても嫌いなタイプなので八割がたバッドエンドが確定する。
それに比べ、まず直接近づかず情報収集から入るタイプは慎重でしっかり頭を使っているので、少なくともいきなりバッドエンドになることはない。
ただ、狡猾過ぎても印象が悪いため、まだまだ様子見は必要だ。
「それはいいけど、俺に恵を語らせると長くなるよ? 多分一週間くらいかかると思う」
我ながら少しキモイと思うが、長年親友をやってるだけあって俺ほど恵について詳しい人間はいないという自負がある。
その俺が恵のことを語れば、それこそ一日や二日――いや、正直一週間あっても足りないくらい時間が必要だ。
この時点でドン引かれることも多いのだが、俺的にはその程度の覚悟なら諦めた方がいいと思っている。
コミュ障の恵にはそれくらい地雷となる言動や行動があったりするので、俺の解説を聞かずに挑めばほぼ確実に爆散することになるのだ。
「それは大丈夫! 私、桧山君から、沢山お話聞きたい!」
「っ!? そ、そう? 南野さんがいいなら、別にいいんだけど」
南野さんの食い気味の反応に、俺の方が少し引いてしまった。
ここまで積極的に俺の恵の話を聞こうとする女子は中々珍しいというか、多分? 初めてかもしれない。
「私は、最初から、そのつもりだったから……」
最初から、か……
別に隠しているワケではないし、俺が恵のことを語りだしたら長いことは女子の間では有名な話だ。
あらかじめ覚悟を決めていたのであれば、食い気味に反応するくらいの演技ができたとしても不思議ではない。
「そ、それでね? 私ってまだ、誰とも付き合った経験がなくてね?」
「……? そ、そうなんだ?」
いきなり脈絡もなく男女交際の経験がないことを告白され、困惑する。
南野さんって、こんな不思議ちゃんだったっけ……?
「あの、これが本題なんだけど、緒方君に告白するまで、私と、お、お付き合いしてくれない、ですか?」
……………………はい?