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「ずうっといっしょ」上

本当に遅くなりました。

約18000字、魔法歴900年頃の話です。

続きます。

「彼女は生きていますよ。ただ、先に説明してからでないと…ちょっと!院内いんないで走らないでください!」


病院にいるという事も忘れ、夢中むちゅうした。

僕にとっては彼女が生きている事、それだけが救いだからだ。


「スカイ!」


病室を開ける。

個室のベッドに寝ているのはまぎれもなく、僕の大好きなあの子だ。


「スカイ…ありがとう…君のおかげで僕は無事だったんだよ…君も無事で良かった…本当に心配したよ…」


彼女の手を取る。

彼女がこちらを見る。

そして…


「んえー…?」


その口から発せられたのは理性りせいを感じない、言葉とは言えない声だった。


「す…スカイ?どうしたの?まだ意識がハッキリしてないの?」


「ふふー…」


彼女のは青くかがやいてはいるが、何処どこかハッキリとはしていない。


寝ぼけている?薬か何かでぼんやりしている?

そんな予想をするが、どこか違うような気がした。


彼女は僕の手を引き、顔に近付けてほおずりをし始める。


「だから言おうとしたんですよ、ショックを受けるかもしれないと。」


早足で追いかけて来た医者が病室に入る。


「これは…どういう事なんですか…?」


「簡単に言ってしまえば、後遺症こういしょうですよ。今の彼女は周りをうまく認識にんしきできず、自分から何かを発する事も難しい。いわゆる"認識機能障害にんしききのうしょうがい"というものです。あなたの恋人が背負った、あなたも向き合わなければいけないやまいです。」


「んにゃー…?」


僕は医者の言葉を聞きながら、ぼんやりと微笑み、声を漏らすスカイを…ただ見つめていた。




「トラジ!代わってくださーい!」


「任せろ!」


エルマリン諸島しょとう、その中央の島には"大迷宮だいめいきゅう"と呼ばれるダンジョンが存在する。


迷宮ダンジョンの道やフロアは全て広く、道も複雑、おまけに魔物モンスターまで強力だ。


「ギチチチ!!」


その強力な魔物まものの1匹であるキラービートルは、鳴き声?を出しながら僕へと突撃とつげきしてくる。


「あぶねっ!?」


キラービートルは3m程の大きさをしているが、クワガタ虫と同じような姿をしている。


突進をギリギリでけ、ハサミへと反撃する。


ガキンッ!


「キュエエ!!」


「全然効いてない!?」


剣は容易たやすね返され、キラービートルは怒り始める。


「トラジの剣、頑丈さだけがけんですよ?あの装甲を切るなんて無理に決まってるじゃないですかー!」


怒りのまま振り回されたハサミを剣で受けながす。

その瞬間、奴の口元がチラリと赤く光る。


「スカイ!離れて!」


嫌な予感がして、スカイを引っりつつ離れる。

予感は当たり、キラービートルは口から炎のブレスを吐き出し始める。


「あいつ、いったいどんな体の構造してるんだか…」


炎を出し切ったキラービートルは、何事もなかったように、再びこちらを向く。


「魔法耐性の高い体らしいですから、体内から魔法でほのおを出してるんじゃないですか?他にもそういう魔物っていますし。…あっ、魔法の準備出来ましたよー!」


「おっけー!」


その合図で再び敵との距離を詰める。

自分の魔力で脚力きゃくりょくを強化し、その力で相手の上に飛び乗る。


「スカイ!」


「はい!【相手を拘束する魔法】!」


魔法によって、キラービートルの足元から魔力のツタが生えてくる。魔物はツタで拘束され、ほとんど身動きが取れなくなった。


「いっけー!!」


気合いと共に頭の上、まものの装甲が薄い部分に剣を突き刺す。


「ギ…キュ…」


しっかりと弱点を刺し、キラービートルは倒れる。


「いやー…これで1ヶ月は遊んで暮らせますねー!」


キラービートルは素材の売値がとても高い。

倒すのが大変で市場に素材が出回りづらく、防具の素材として優秀だからだ。

実際、節制すれば1,2ヶ月暮らすのは余裕だろう。


しかし、僕はスカイの言葉に首を振る。


「いやいや、1ヶ月も迷宮ダンジョンに行かないなんて、僕らには無理だよ。」


僕ら2人は「冒険者」といえば聞こえは良いが、お金目的で迷宮ダンジョンに来ているわけではない。ただ単に、この難しい大迷宮を攻略したいだけなのだ。

実態じったいはいわゆる戦闘狂せんとうきょうに近い。


「じゃあ、トラジは頭の方から解体してくださいねー」


スカイはナイフを使って関節部かんせつぶなどを切り、魔物の装甲を持ちやすく売りやすい、ちょうど良い大きさにしていく。


「あいよー…」


彼女にならって魔物の解体をしながら、僕は彼女との出会いを思い出していた。




僕とスカイはパルプーナという国で暮らしていただけの一般人だった。


その時はお互いに面識めんしきも無かったが、ある時に知り合うきっかけが出来る。


それは僕がまだ貧乏で、生活費を稼ぐために冒険者になりに行った日の事だ。


「ぼ、冒険者適正検査?しかも、全員強制!?」


「はい、最近のパルプーナでは冒険者志望の方があまりにも多すぎるため、最初に試験を設けているんです。ちょうどこの後ですから外の広場でお待ちください。」


冒険者登録をしにギルドに行ったさい、受付の人に突然そんな事を言われたのだ。


今まではギルドで登録をするだけで冒険者になれたのだが、この頃には大きな冒険者ブームがあった。

それで数年間は特例で試験をもうける事になったらしい。


実際に広場に出ると人が集まっており、かなりの人混みが出来ていた。


「冒険者登録試験をお受けになる皆様!これより試験の説明を致します!」


受付嬢が声を張って話し始める。


試験内容は、迷宮ダンジョンでモンスターを倒して魔石ませきを集めるという、シンプルなものだった。


「なお、今回の試験では集めた魔石の合計魔力で合格ラインを設定しています。魔力の少ない弱い魔物を沢山倒すのも、魔力が多くて強い魔物を数体倒すのもみなさんの自由です!」


どうやら集めた魔石の魔力の量で合否が決まるようだ。


魔力の少ない魔物は魔法を使えない奴も多く、そもそも魔物としての格も低い。つまり弱い。

魔力の多い魔物は人間のように身体強化をしたり、高度な魔法を使う事もあるらしい。もちろん強い。


魔力が多くて強い魔物を無理して倒すより、魔力の少ない弱い魔物を沢山倒し、数でカバーした方が今回の試験ではらくそうだ。

そう思っている時、再び受付嬢の声が響いた。


「なお、冒険者はパーティーを組んで迷宮ダンジョン攻略をするのが基本ですから、最低2人のパーティーを組んでくださいね?終了時刻は18時、それまでにこの広場へと戻らなければ、失格といたします!それではスタートです!」


「え。」


そのルールはまずい、僕に冒険者をやりたがる友達はおらず、今回の試験も自分一人で来ている。


辺りを見回すと、ほぼ全ての冒険者はすでに何人かで固まって、早速迷宮ダンジョンに向かい始める。

恐らく元からパーティーを組むつもりで共に試験に来たのだろう。


最初は余っていた人達も、どんどんパーティーを組み始め、どんどん減っていく。


急いで近くの人に声を掛けるが…


「あ、あの…」


魔法使いの冒険者は困ったようにこちらを見る。


「すみません、私この人以外と連携がとれないんですよ。だからごめんなさい。」


「そ、そうでしたか。すみません。」


数人に声を掛けるが、結果は同じような感じでパーティーに入れてもらう事は出来なかった。


まずい、このままでは本当にまずい。


僕は仲間を見つけられず、かなりのピンチにおちいった。


既にほとんどの冒険者が広場から消えてしまっている。


このままだと挑戦すら出来ずに、不合格で終わってしまう。

そうやって焦っていた時に、後ろから肩を叩かれた。


「すみませーん…実は私も組む人が居なくて…良かったらパーティーに入れてもらえません?」


女の子の声に振り向く。


「え、良いんですか!?是非お願いします!」


その女の子がスカイだった。


まだ連携はつたなかったものの、僕の馬鹿力と耐久性、彼女の強力な魔法と魔力量によって無事に魔石を集めて合格することができ、その後も共にダンジョンにもぐるようになった。


それからしばらくして、迷宮ダンジョンばかりの島、エルマリン諸島しょとうに興味を持って、僕らはパルプーナから今居るエルマリン諸島へと移ったのだ。


…それまでのなんやかんやできずなが深まり、今では恋人でもある。スカイは強くてかわいい良い子だ。ちょっと素直じゃないけど。




「おお!キラービートルですか!これは高く売れますよ!」


キラービートルを倒した後、荷物を入れる魔法の袋が一杯になってしまった為、僕らは一度ギルドに戻ってきていた。


魔法の袋は見た目の3倍以上は入る便利な魔道具まどうぐなのだが、あの魔物キラービートルは巨大な為、その素材をしまうとすぐに容量を圧迫あっぱくしてしまう。

だから買い取ってもらいに来たのだ。


「では買取した分のお金はまた口座に入れておきますねー」


「ありがとうございまーす。」


お礼を言い、受付を離れる。


ちなみに、冒険者ギルドはお金は手渡しする事が多いのだが、ギルドカードには口座と紐付ひもづけることで、所持金を証明する機能が付いている。

口座に入れてもらった分のお金はギルドカードから使ったり、窓口から引き出したりする事が出来るのだ。

僕はカードを常に持ち歩いているので、口座の方が都合が良く、普段から口座に入れてもらっているのだ。


スカイを探してみると、すぐに見つかった。

色んな情報や依頼などが書かれている、ギルドの掲示板けいじばんを見ていたようだ。


「どう?なんか載ってた?」


「えーと…ガルドマッシュが大量発生してるみたいです。」


「あー、あの胞子ほうしを吸うとボーッとしたり混乱したりする魔物か。」


攻撃力や防御力が高い訳ではないのだが、奴らの放つ胞子はとても厄介で、防御手段がほぼ存在しない。

素材や魔石の質も良くないし、戦うのは避けた方がいいだろう。


「まあ、もし出会ったとしてもアイツらの胞子は上に登っていくはずだし、しゃがんで戦おうか。」


「そうですねぇ…じゃあ行きましょうか!」


僕らは準備を終わらせ、迷宮ダンジョンへと戻り始めた。




今なら分かる、あの時本当は行くべきじゃなかったんだ。迷宮ダンジョンにイレギュラーな事が起きてる時には特に。




迷宮ダンジョンの3階層目、そこで魔物と戦ってる時にそれは起きた。


「…なんか揺れてない?」


その感覚は、最初は気のせいかと思うほどわずかだったのに、次第しだいに大きくなってゆく。


そして、決壊けっかいするように「ドゴオオン!」という轟音ごうおんが鳴りひびいた。


「ただ事じゃないですよ!トラジ、早くカタをつけましょう!」


「ああ、【相手を拘束する魔法】!」


魔法によって動きを止められた魔物に2人がかりで素早くとどめを刺す。


「さっきの揺れ、どこからだろ?」


少し遠くのような気がするが、正確な位置はつかめていない。


「音からして…多分上からじゃないですか?」


スカイの方が僕より耳が良い。彼女を信じて上に向かってみる事にした。


元来た道を急ぎ、出入り口があった場所へと向かうと…


「な、何これ!?」


「出口が…無くなってるじゃないですか!」


本来出口のあった場所は崩落ほうらくした岩によって完全にふさがれていた。光もほとんど通っていない。

大体の迷宮ダンジョンは出入り口が一つしか無い。この迷宮もその例に漏れない。


「【連絡を取る魔法】…そっち側に誰か居ますか!?一体何があったんですか!?」


連絡を取る魔法、魔力を特定の場所や人に送り、念じるだけで会話が出来る魔法だ。

幸運な事に、返事はすぐに届いた。


【ああ、いるぞ!さっきまで、この付近で魔物と戦っていたんだが、その時に魔法が壁に当たって…脆くなってたのか分からんが、急に崩れちまったんだ!俺、すぐに助けを呼んでくるから待っていてくれ!】


「分かりました!出来るだけ急いでください!」


とりあえず、助けは来てくれそうだ。あとは…


「スカイ、あそこに魔法撃ってもらえる?」


僕は崩落でみ上がった岩を指差ゆびさす。

一応、内側から開ける事ができないか試してみたい。


「えー…被害が広がりそうじゃないですか…」


彼女はかなり嫌そうな顔をする。


「控えめでさ!頼むよ!」


「魔法って威力調節難しいんですよ!…どうなっても文句言わないでくださいね!【少しの爆発を起こす魔法】!」


赤い魔力の塊がスカイの手のひらから瓦礫へと放たれる。


小さな爆発音がして、瓦礫が散らばる。


「…あんまり変わりないね。」


「辺りが崩落しないよう、加減して撃ったらこんなもんですよ。」


天井からもパラパラと石のかけらが落ちてくる。


ダメ元で撃ってもらったが、若干じゃっかん光の差す量が増えただけ。

無理に魔法で開通させようとしても被害が広がるだけのようだ。取り返しのつかなくなる前にやめておいた方が良いだろう。


「スカイ、ありがとう。そしたらもう、ここで待機するしかないね。」


僕が壁に寄りかかって座ると、横にぴったりと彼女は座る。


「ねえねえ、こうやって開通するのを待つのも良いかも知れないですけど…ひまですし魔物でも倒しに行きません?」


スカイはそう言いながらこちらを見る。

でも、できればその選択はしたくない。



今思えば、そうした方が良かったのかもしれない。



「確かに暇だろうけど…もし戦いに行って大怪我したらどうするの?病院に行こうにもこの崩落じゃ、間に合わなくなる可能性が高いよ。」


正論をぶつけると、スカイは嫌そうな顔をする。


「うぅー…確かにそうですけど…」


理屈は分かっているが、納得していない様子だ。


「それに、もしかしたら魔物達も崩落を聞きつけてここにやって来るかもしれないし、体力を温存しといて損はないでしょ。大人しくしておこう。」


「はーい…」


とりあえず納得してくれたので、適当な話でもして暇を潰す事にした。




しばらくそのまま過ごしていると、迷宮の奥から冒険者達が歩いてきた。


「あれ?出口ってこの辺じゃなかったっけ?」


「そのはず…この辺りから入ってきた記憶もあるし、地図もほら、出口の印がある…」


2人の冒険者が困ったように地図とにらめっこしながら、ウロウロしていた。


「あのー…実はさっき…」


僕は冒険者達に近づいて、崩落した件や救助を待つしかない事を伝える。


「そうだったんですか、ありがとうございます。」


「うん…ありがとう…」


かのじょとじぶんはこの辺りで待機しようと思ってるんですが…お二人はどうしますか?」


2人は少し考えてから口を開く。


「荷物も体力もまだ余裕があるのでもう一回潜ることにします。」


「私も…魔力がだいぶ残ってるしね…じゃあ、またね。」


黒髪こくはつ銀髪ぎんぱつの2人は迷宮の奥へと歩いていった。




それからも、ちょこちょこと冒険者は出入り口へと来て、その度に僕は説明していた。

先程の冒険者のように再び探索に戻る人もいれば、僕らのように出入り口で待つという判断をする人も居た。

とりあえず、今の所は重傷者はおらず、みんなゆっくりしている。


「なんか…寝っ転がってるし、暇ですからぼーっとしますね…」


「そうだねー…」


ここにいる冒険者達は既に魔物達と戦い疲労している。

壁に寄りかかったり、座って動かない冒険者ばかりなのがその証明でもある。


「また誰か来たな…結構怪我もしてそう…」


僕はすっかりこの説明役に慣れ、足音で怪我の具合まで分かるようになってきた。


多少怪我をしていても、この辺りなら安全だろうと思い、ゆったりとした動きで立ち上がる。

迷宮の奥へと進むと…すぐにボロボロになった女性の冒険者が見つかった。


「た、助けて下さい…モンスターの群れが…」


「…ひとまず治療しましょう。【大体の傷を治す魔法】」


彼女の腕や背中にある、斬られたような傷を治す。


「とりあえず、向こうに冒険者が沢山いるからそっちに行けば安全ですよ。」


女性の冒険者は首を横に振る。


「いえ!違うんです!大量発生したガルドマッシュが群れで上の階層へと移動してきていて…キラービートルとかの他の魔物達も一緒に…!」


「な、なんだって!?」


本来、ガルドマッシュは6階層を越えないと出現しない。

迷宮ダンジョンというのは不思議なもので、魔物ごとに現れる階層が違う。ガルドマッシュが迷宮ダンジョンから産まれるのは6層以降と決まっているからこそ、それより上の階層にいるのはおかしい。


魔物が階段を利用して違う層に移動する事がない訳ではないが…少なくとも3層以上移動した例を僕は知らないし、群れで移動するのなんてもっと聞いた事が無い。

もし本当なら、とんでもないイレギュラーしかありえない。


「そ、そいつらと戦ったのかい?その傷、なんとか逃げてきたんでしょ?何階層でそいつらを見たの?答えて!」


「さ、3階層です…」


…とんでもないイレギュラーだ。救助を待つしかない状況でこれはマズイ。


「とりあえず逃げましょう!今、出口が塞がってるせいで胞子は上の階層に行く程多くなります。少しでも下の階層に行かないと!」


しかし、返事がない。


「あの、冒険者さん?」


覗き込み、意識を確認する為に軽く肌を叩いて…初めて気付いた。


「これ…!?」


彼女の肌は薄い胞子の膜で包まれていた。既にガルドマッシュの胞子に侵されていたのだ。


ガルドマッシュの群れと戦っている最中にきっと大量の胞子を吸わされたんだろう。

本来の胞子なら、頭を侵し、思考を出来なくして、ガルドマッシュが繁殖する為の部屋に連れて行く。

そこで胞子をゆっくりと吸わせて、その身体を苗床にする。身体からキノコが生え、やがて大きくなると身体が完全に包まれて分解される。そして魔物となるのだ。

当然、犠牲となった冒険者は意識が残る事もなく死ぬ。


「うっ…うぅ…」


必死にえずくのを我慢する。


まさか、目の前で手遅れになるとは思ってもみなかった。


この冒険者は短い間に胞子を吸いすぎたために身体を侵されながらも動けてしまったのだろう。必死に逃げてきたんだろう。たとえ胞子で助からない事が分かっても、最期の力を振り絞って…


そして気付いた。普段ならその胞子達は1階層の出入り口から排出される。

胞子は自然と上に上がっていくからだ。しかし今は、ガルドマッシュが大量発生した上に、出入り口が塞がり、その前には冒険者達が居る。


「…やばい!」


持っていた適当な布で口元を押さえ、急いで出入り口付近へと戻る。


「皆さん!ガルドマッシュの胞子は恐らくここに溜まります!ここは危険です!逃げて下さい!」


…しかし、誰も動かなかった。


ああ、嫌だ、待ってくれ。


近くの冒険者に駆け寄る。駆け寄る途中で気付く。もうキノコが生えかけていて手遅れな事に。


必死に無事な人を探す。胞子に侵されていない、まだ意識のある人間を。




いくつかの部屋を回ったが、寝っ転がっている人はおらず、座ったり立ち上がっている人は既に亡くなっていた。


でも、彼女は横になっていたはずだ。


最後の望みに賭け、急いでスカイと居た部屋に入る。


「スカイ!返事をしてくれ!」


見回すと記憶の通り、寝ている影が一つだけある。


「スカイ!生きてる!?」


近付いて肩を揺らす。


「ふわぁ…?なんですか急に…?」


「…良かった。君が無事で。」


眠たそうに目を擦りながら起き上がろうとするのを止める。

どうやら、寝っ転がった低い体勢のお陰で彼女だけは無事だったようだ。


「早く逃げよう、スカイ。ここは危険だったんだ。気休めだけど…布を口に当てて。」


「じょ、状況が分からないんですけど…」


迷宮奥へと歩きながら、ガルドマッシュの胞子の特性を思い出させ、近くの冒険者達がどうなっていたかを伝える。


「え…じゃあ私もあのままだったら溜まった胞子で死んでたんですか…」


「そうだね…繁殖するための栄養にされてたと思う。」


…ここから、どうすれば助かる?


今は他の事は考えず、自分達が生き残る事だけを必死に考える。

他の人に構える余裕は恐らくないだろう。


「スカイ、出来るだけ下の層に降りよう。そうすれば、溜まった胞子を吸って死ぬ事はないし、ガルドマッシュの少ない層まで行けば一安心だよ。」


歩きながら彼女に説明する。

ひとまず、ガルドマッシュ達よりも下の層に行くことを目指すことにした。


あの冒険者によれば異常発生した魔物は3階層まで上がって来ていたらしい。

…時間が経っているし、下手したら2階層にいるかもしれない。

しかし、逆に言えばそれより下の層ならひとまずガルドマッシュを恐れずに済むかもしれない、可能性があるならやるべきだ。


胞子を避けるため、ずっと姿勢を低くしながら2階層への階段を降りる。


「…?なんだか甘い香りがしますね…」


「スカイ、もっと姿勢を低く。多分繁殖部屋の胞子だよ。」


確か、人を誘き寄せる為に繁殖部屋の胞子はいい匂いがする…と図鑑か何かに書いてあったはずだ。


そして、繁殖部屋があると言う事は…やはり、2階層には既にガルドマッシュが来ているようだ。


3階層へ降りるための階段、そこへ向かうための最短ルートはいくつか使えなくなっていた。

冒険者の人通りが多いからだろう、最短ルート付近の部屋には大量に繁殖部屋が出来ていた。

その近くを通れば僕らも苗床の仲間入りである。迂回するしかない。




トラジの先導でやっと3階層にたどり着く。

繁殖部屋こそあれど、ここまでの道中、ガルドマッシュは、なんとか対処できる量で、降りて行けばこのまま数は少なくなると思っていたのだけれど…


「【敵を燃やし尽くす魔法】!」


「【指から光線を出す魔法】!」


そこには2階層よりも多い、途方もない数のガルドマッシュが居た。


「トラジ!このままだと押しつぶされますよ!」


「分かってる!【大きな壁を出す魔法】!」


トラジは通路を封鎖する。4階層への道の一つだ。

進むべき道を自ら閉じるのは苦肉の策だが、あの量のガルドマッシュと戦うのは自殺行為でしかない。


ゴン!ガンガン!


それに…魔物達が壁を叩く音からしてあまり長くは持たなさそうだ。


そして、4階層へと向かうための道はこれで最後だ。

もう進むことは出来ない。


「スカイ、3階層はもうダメだ。2階層に逃げよう…」


「…はい。」


口には出さなかったけれど、私達は段々諦め始めていた。




2階層。少ないと言えば嘘になる量のガルドマッシュを倒しつつ繁殖部屋を封鎖していく。

こうすれば、新しく誕生した個体とは出会わなくて済むからだ。


繁殖部屋にいるのはまだ人間、可哀想ではあるが、人が本来の順序で苗床にされた場合、繁殖部屋に連れてこられた時点でもう頭はダメになってしまっている。助け出してもどうにもならないのだ。


だから見つけ次第閉じる。

今の僕らが生き残る確率をほんの少しでも上げる為に。


「…これからどうします?」


「………」


スカイに聞かれた、でも返事が思いつかない。

もう、考えは無かった。


脱出は出口が塞がってるから不可能。


下の階層に行こうにもあの量のガルドマッシュ相手じゃ一方的に殺される。


2階層に居てもジリ貧。


「…どうしようか。」


…どうしたって死ぬしかない。そんな残酷な結論を言える訳が無かった。




「トラジ、曲がり角からキラービートルが…!」


しばらく迷宮内を彷徨っていると魔物に出会ってしまう。

気付かれてなければそっと逃げられたかもしれないが、残念ながら目が合ってしまった。

ガルドマッシュ達のせいで魔力、体力共に余裕は無いが戦うしかない。


「【相手を拘束する魔法】!」


剣を抜き、走りながら魔法を放つ。

魔力のツタによってキラービートルは動きが鈍くなる。


「はあっ!」


剣を首の繋ぎ目に精一杯振るう。比較的装甲が薄い部分だが…疲れで斬撃が逸れ、硬い外骨格に跳ね返される。


「くぅッ…」


硬い手ごたえに腕が痺れる。


「トラジ!避けて!」


「…やばっ!?」


僕が動けぬ間に、キラービートルはツタをちぎって素早く方向転換、そのまま僕を振り落とす。

正面のハサミで捕える為に。


急いで飛び退いてハサミを避けようとするが…


「ぐっ…いったぁ…」


ギリギリ避けきれず、片脚が勢い良く挟まれる。

何かが折れたような嫌な音は、僕の骨からした音なのだろうか。


そして、相手を挟んだキラービートルの行動は1つしかない。相手の口が赤く輝く。


「【魔法を防御する魔法】!」 


シールドを出すと同時に魔物から炎のブレスが吐き出される。

僕の出したシールドはブレスを完全に防ぐ…ように見えたが、それも最初の数秒間のみ。

この防御魔法は防ぐ度に魔力を消費する。僕の魔力はどんどん無くなっていき、シールドにヒビが入っていく。


「うそ…いやッ!トラジ!もうちょっと耐えてて!」


スカイは僕の死ぬ姿をイメージしてしまったのだろう焦りながらも腰のレイピアを抜いてキラービートルの関節部を力強く斬りつける。


「くっそぉ…」


シールドは次第にヒビが増え…耐えかねて割れる。


「ぎゃッ!?あつ!ぐあぁぁ!?」


まともにブレスを浴び、情けない声が出る。


「トラジ!!」


彼女はキラービートルの急所をレイピアで滅多刺しにしてどうにかトドメを刺す。


「生きててくださいよ!死んじゃダメですからね!」


力の抜けたハサミから僕の身体を引きずり出す。



その時の僕は真っ黒焦げで、どう見ても死んでいるようにしか見えなかったらしい。


でもあの子は諦めなかった。



「【全ての怪我を治す魔法】!」


その魔法は最上級の回復魔法。魔力を大量に使うが、その名の通りに、外傷ならどんな傷でも治すことが出来る。


黒焦げの僕は段々と元の姿を取り戻す。そして…


「…ごほっ!ごへっ!ごはっ!」


火傷が治ったばかりの喉で僕は何度も咳をする。


「スカイ、ありがとう。助かったよ。」


落ち着いてから、そう言った。


「ふふん!私の眼が青い内には死なせませんよー!」


彼女の瞳から、それを本気で言っている事が伝わってくる。


…諦めきっていた僕のこころに熱が戻った。


「ふふ、そうだねスカイ。ここから死なずに脱出する方法、もう一度考えないとだね。よっこらしょっと…ッ!?」


ひとまず立ち上がろうとした時、足に違和感…いや、痛みが走り、地面に転ぶ。


「いたたた…」


自分の右足を見てみると、明らかにおかしな方向へと曲がってしまっていた。


あの回復魔法を使って傷が治りきらないのは、魔法の行使を途中で止める以外ありえない、つまり…


「…スカイ、もしかして治療中に魔力切れした?」


「…仕方ないじゃないですか、連戦ばっかりでもう私だって魔力が残ってなかったんですよ。」


回復魔法は軽い傷が始めに治り、重い傷や体の内部の傷は最後に治る。

そのため、治療の途中で魔力が切れると中途半端に治るのだ。

つまり、今の僕のように骨折がそのままになったりする。


つまりスカイは魔力切れ、僕も防御魔法のせいで魔力切れ。


…どちらか1人でも魔力が残ってなくちゃ、脱出なんて話にならない。

魔力による身体強化自体には魔力消費は無いが、ある程度の魔力が無いと発動自体が出来ない。

身体からだめぐらせるだけの魔力は残っていないといけないのだ。


このまま強化無しの体で突っ込んだって、魔物1体倒すのも難しい。


やっぱり、だめか。


「あーあ。せっかく脱出する気になったのになあ…僕らも、もうここで終わりかな?」


あえて明るい声で言ってみる。

最期さいご瞬間ときに絶望に包まれて死にたくはないからだ。


「うーん…そうかも知れませんけど…とりあえず小部屋に移動しません?ここは通路ですし、魔物に見つかっちゃいますよ?」


スカイの言葉に従い、肩を借りて近くの部屋に移動する。

2人で横になって天井を見上げる。


「前にした約束、覚えてます?『寿命で死ぬまでずうっといっしょに暮らして、死ぬ時は綺麗な景色を一緒に見よう』って奴です。」


「覚えてるよ。」


「わたし、最期はあなたと星でも眺めたかったんですよー…もう叶わなそうですけどね。」


「…そうだね、僕もそんな最期が良かったよ。」


そのまま仰向けで手を繋ぐ。ただ助けが来ることを、ほんの少しだけいのって。




「…そろそろここもダメそうだね。」


「そうですねー…私もぼーっとしてきましたよ…」


やがて、1階層を埋め尽くした胞子は2階層の空気も汚染し始める。


僕らは既に胞子を吸い込み始めていた。

布を結んでマスクのようにしてはいるが…正直効果はないだろう。


「…トラジ、ちょっと良いですか?」


「なに?」


「ちょっとやりたい事があるんですよ。」


まあ、もう助かる可能性も無い。あと数時間経てば僕らも苗床と化すだろう。今から何をしたって今さら変わらない。


僕は頷いた。


「じゃあちょっと失礼しますよー」


「…何する気?」


スカイは床を這いずって僕の上に乗っかる。


ちょうど仰向けの僕とうつ伏せのスカイで向き合うような状態だ。

そこから軽くキスされる。


「…最後にやるの?」


「違いますよ、なんだと思ってるんですか。キスしたくなっただけでーす」


スカイはもう少し前に出る。スカイの胸がちょうど僕の顔に来るぐらいの位置だ。


「トラジって寂しがり屋の怖がりさんじゃないですかー、だから最期さいごはギューッとハグでもして、私だけを感じてもらって、安心してもらおうと思ったんですよ。」


そのまま、手も恋人繋ぎにされる。

…触れる全てが柔らかい。

呼吸はしづらいけど、とても良い匂いで包まれる。


「どうです?私で頭の中埋まっちゃいました?」


「…うん、大好き。」


顔は見えないけど、彼女が顔を赤くした気配がした。


「…じゃあ、私達でこのまま、一緒に死にましょうか。」


…数分後、僕らは意識を失った。




僕の最後の記憶はそれで、次に目覚めた時には病室のベッドの上だった。


「スカイ…?」


カラカラの喉で名前を呼ぶ。近くには居ない。


とりあえず魔法でコップを作り、そのまま水を出して飲む。


「ぷはぁ〜…」


水分補給もしたのでベッドを降りる。右足に添え木がされているから歩きづらい。てか痛い。


でもスカイに会わなきゃ。


病室のドアを開ける。


「──それで、トラジさんも2日間目覚めておらず…」


そこには看護婦さんとお医者さんが居て、目がハッキリと合う。


「え?な、なんで立ってるんですか!ベッドに戻って安静にして下さい!」


混乱した様子で看護婦さんは言う。


「…すみません。」


僕は2人の横を通り抜ける。どうしても先にスカイの無事を確認しないと落ち着けない。


「ちょ、ちょっと!」


「ここは私に任せて。」


呼び止める看護婦の声とそれを止める医者の声。


そんなの気にせず、足を引きずりながら病室の札の中からスカイを探す。


「トラジさんですよね、スカイさんと恋人の。」


「はい。」


追い付いて来た医師が声をかけてくる。


「病室はそこを曲がった突き当たりです。彼女は生きていますよ。ただ、先に説明しないとショックを…ちょっと!病院内で走らないでください!」


夢中で駆け出した。折れてるはずの足も無視して全力で走った。


「スカイ!」


ドアを力強く開ける。


病室で寝ているのは確かにスカイだった。




「それにしても…一体何を考えてるんですか?貴方だって足を折っているんですよ?」


「すみません…」


ベッドの隣にある椅子に座りながら僕は説教を受けていた。

まあ当然ではある。添え木があるとはいえ、骨折しているのに無理に走ったのだ。


…それが走らない理由にはならないが。


ベッドで寝っ転がったスカイの手を少し強く握る。温もりはそのままだ。


昨日きのうに目覚めてからずっと、スカイさんはこのような調子です。目覚めてすぐにギルドの方が事情聴取に来ましたが…言葉を喋る事も出来ないようです。」


ガルドマッシュの胞子は思考力を奪い、頭をふわふわさせて気持ち良くしてしまう。

さらに、一度その餌食になってしまえば…もうまともな状態には戻れないというのが常識だ。

いわゆる危険な麻薬のような物なのだろう。医師も共通の見解らしい。


「…それで、何か質問はありますか?」


「1つだけ…スカイにこれまでの思い出は残っていますか…?僕とずっと過ごして来た記憶はありますか…?」


医師は難しい顔をする。


大雑把おおざっぱに言うと…ガルドマッシュの胞子を吸ってしまった人間は頭の中がめちゃくちゃになってしまいます。言葉や身体機能、そして記憶。それら全てを胞子はめちゃくちゃにしてしまうのです。」


息が無意識に早くなる。


「言いづらい事なのですが…ハッキリ伝えます。記憶が残っている可能性は低いです。そもそも、胞子を吸った後に助け出された事例が少ないので、私にも分からない事ばかりですが…」


足元が一気に崩れて落ちて行くような、そんな衝撃を体に覚える。


「じ、じゃあ…また思い出を作ってあげないとですね…」


医師は悲しそうな顔で僕を見て…


「無理だけはしないで下さいね。」


そう言い残して部屋を出ていった。




「スカイ、調子はどう?」


回復魔法で足を治してもらった後、僕はまた病室に来ていた。


「んー…?」


彼女はやはり、ぼんやりとした目で僕を見つめるだけだ。


「ほら見て?傷は治してもらったからもう僕は退院出来るみたい、まあ胞子は吸ってるから経過観察が必要みたいだけど。スカイも怪我はもう治ってるんだっけ?」


添え木と包帯の取れた足を見せてから聞いてみる。


「うー…?」


…やっぱり会話は出来ない。でも返事をする意思はあるみたいだ。頭の中がめちゃくちゃになってしまったとしても、何かを返す意思があるなら…きっといつかは普通の返事になるはずだ。


「スカイ、ちょっと左腕を見せてもらえる?」


言葉の意味が理解出来るかを試すために聞く。


「…にゃ?」


分からなかったみたいだ。


「ほら、こっちが左腕だよ。君から見てね。確かダンジョンで少し怪我してたでしょ。」


彼女の腕を優しく引き寄せ、あったはずの傷を確認する。


…ちゃんと治療されて治っているみたいだ。


「うん、治ってるみたいだね、良かったよ。」


腕を元の位置に戻そうとした時、彼女の左手が視界に入る。


「あ…」


僕と彼女の婚約指輪。まだパルプーナにいた頃に、石言葉を参考にしてペアで買った指輪だ。


…今の彼女に、この指輪の意味は思い出せるのだろうか?


軽くスカイの指輪を撫でる。


「いつか…あの上手くいかなかったプロポーズも思い出してね。」


「んえ…?」


思い出すと今でも恥ずかしくなってしまうような、ボロボロのプロポーズ。よく茶化されたのを覚えている。

…でも、今はそんなのでも思い出してくれた方が僕は嬉しい。




僕には事情聴取、スカイには検査があるため、面会を切り上げた。

事情聴取が終わった頃には面会時間が終わっていたため、病院の外に出る。


「…これからどうしようかな。」


スカイが病院に居るという事は入院費がかかる訳だ。

僕とスカイはあまり貯金をせず、消耗品の購入に充てていた。


…ダンジョンに行かないとまかなえないかもしれない。


そう思って、僕はダンジョンへと歩き始めた。




「…スカイ、元気かい?」


「うえ…?」


日を改め、ダンジョンで軽くモンスターを倒した後、僕はまた面会に来ていた。


ベッドの横の椅子に座る。


「あ…う…」


「スカイ?どうしたの?」


面会中に向こうから喋るのは初めてだ。


意外にもスカイにうわ言の症状は見られていない。担当してくれていた医師にも聞いてみたが意味なく喋る事は無いのだそう。


「何処か痛むの?」


「んー!」


手を取って聞いてみたが違うらしい。


彼女の顔を見つめる。

ふわふわだけど、くしゃっと癖のついた水色の髪の毛。

まだぱっちりとしていないまぶた

ぼんやりしている瞳はまるで寝起きの様だ…


寝起き…?もしかして、そういうことだろうか?


「…おはよう、スカイ。」


「ん!ふへへぇ…」


頭を撫でてみると合っていたらしい。彼女は嬉しそうに破顔はがんする。そのにっこりとした顔を見るとこっちまで嬉しくなってくる。


彼女の入院前、僕らが同棲どうせいしていた時。

僕がスカイを起こした時はよく頭を撫でていたが…覚えているのだろうか…?


確証もなく、そんな事を考えながら、彼女の頭をしばらく撫でていた。




「スカイさーん、夜ご飯の時間ですよー、ああ…!トラジさん、来てたんですね。」


少しした頃、食事のトレイを持って、看護師の人が部屋へと入ってくる。


「どうも、もうご飯の時間でしたか…そろそろ帰った方がいいかな…」


まだ面会時間は終わっていないが、ご飯の邪魔になってしまってもいけない。


帰ろうかと迷っていると看護師に止められる。


「良ければですが、帰る前にトラジさんが食べさせてあげてみてくれませんか?たぶん残しちゃうと思いますけど…私からよりも貴方からの食べさせてもらった方がいっぱい食べてくれると思うんです!お願い出来ますか?」


…なるほど、スカイの食欲が少ない事は聞いていたし、欠片でも僕を覚えていたら食欲が増えてくれるかもしれない。

普段から一緒にご飯も食べていたし。

しかも、それなら食事の邪魔にもならない。


「じゃあちょっとやってみますね、ありがとうございます。」


ベッドに備え付けられたテーブルに、受け取った食事のトレイを置く。


「部屋の外に小さなテーブルがあるので、食べさせ終わったらそこに置いておいて下さいねー」


看護師さんはそう言ってから部屋を出る。


「スカイ、起き上がれるかい?寝たまま食べさせるとむせたりしそうで怖いんだよ…」


「ん…」


「そうそう、起き上がって…そう、そこで座って。良い感じ!」


「えへへ…」


ジェスチャーを交えつつお願いすると、スカイはゆっくりと起き上がってくれた。ちょっと照れくさそうな顔…な気がする。


「じゃあ、どれから食べる?」


「むうー…」


…返事には期待出来ないので彼女の視線を追う。料理の上を行ったり来たりしていた視線が途中で止まる。


「これかい?」


「ん…!」


おかゆの様な料理をスプーンで掬い、スカイに差し出す。


「ほら、スカイ。あーんして?」


「あー…ん。」


…良かった。ちゃんと食べてくれてる。

スカイはちゃんと咀嚼をしてから飲み込む。

食事に関しては不安はなさそうだ。


「あーん…」


今度は彼女から自然と口を開ける。


その口にスプーンを運び、食べさせる。


器が空になったため、別のご飯も同じように食べさせていく。


それをしばらく繰り返していると、トレイに乗っていた器が全て空になった。


「スカイ、偉いじゃん!残さず食べれて!」


「ぅーん…」


褒めてみたけど反応が薄い、視線の先を見ると…


「あ、りんご?食べたいのかい?」


「ん…」


果物の入ったカゴ、その中からりんごを取り出す。


「でも、剥くのはスカイほど上手くないから勘弁してね?」


「んー…」


しゃりしゃり…と音をたてながらりんごを果物ナイフで剥いていく。そして8分の1くらいのサイズに分けて種を取る。


「…どう?スカイ。ちょっと歪になっちゃったけど。」


「…!ふへ!」


りんごを差し出すと彼女は笑顔で受け取り、そのまま食べ始めた。


「…懐かしいなあ。」


「うえ…?」


まだ僕らがパルプーナに住んでいた時の話だ。


僕は病気がちで、よくスカイに看病してもらっていた。

おかゆをあーんしてもらったり…りんごを剥いて食べさせてもらったり…立場は逆だけど、思い出さずにはいられなかった。


「…あ、いけね。そろそろ面会終了の時間だ。」


壁に掛けられた時計で気付く。


この時間を過ぎると結構怒られるらしいのだ。

早く帰らないと。


僕は席を立ち上がる。


「え…?んー!」


しかし、スカイが何かを伝えようとしていた。


ああ、あれか。


それを見て、いつも看病してもらってた僕が、彼女にしてもらっていた事を思い出す。


「お大事に、スカイ。」


前髪をかきあげ、おでこに優しくキスをする。

ちょっとしたおまじない。でも、不思議とこれをしてもらうと僕は治りが早くなるのだ。


「…!ふへへぇ…」


どうやらスカイが求めていたのはこれで合っていたらしい。


空になったトレイを持ち、扉の外へと置いて僕は病院を後にする。


「…また、お金稼がないとなぁ。」


入院には何かとお金が掛かる。実際に主治医に聞いてみたら、想像の2,3倍掛かることが分かったのだ。


まだまだダンジョンに潜らないと…


そう思って、今日もまた大迷宮へと歩き出す。




あの子の病室のドアを開ける。


「あ…!」


スカイは僕を見て嬉しそうな顔をする。 


「トラジさん、今日もいらっしゃったんですね。もう7日連続ですが…またスカイさんの食事をお願いしても良いですか?やっぱり私からだと全然食べてくれなくて…」


テーブルにはトレイが置いてある。これから食事の時間だったんだろう。


「はい、分かりました。」


看護師さんは部屋を出て行く。


「スカイごめんね…今日だいぶ疲れちゃった…」


「うー…ん!」


ひとまず、椅子にグッタリと座る。


何があったかと言うと…なんと第1層からガルドマッシュが出現したのだ。しかも倒しても倒してもいくらでも出てくる。


…多分、この前の冒険者だった人たちの成れの果てだったんだろう。


あいつらは胞子を持ってるせいでかなり気を張っていないとこっちまで苗床にされてしまう。この前のことでそれがよく分かった。


そのため僕は少しも気を抜けないままダンジョンを攻略し、安心できる場所に着いた途端に体力が尽きてしまったのだ。


「んー…?」


スカイが僕を覗き込んでいる気配がする。


「ごめ…スカイ…なんか…ふわぁ〜…眠くて…」


こっくり…こっくり…首が船を漕ぐ。


眠っちゃダメ、スカイにご飯を食べさせてあげないと…そう思っていても疲れ切った身体では眠気には打ち勝てなかった。




トラジは完全に眠ってしまい、椅子の上で時折もぞもぞと動くだけになってしまった。


「………」


そんな彼を、青い瞳は見つめる。少しだけまっすぐな視線で。


「ッ…!ぅぅ〜ん…!」


そして彼女は行動に移した。


ベッドから立ち上がり、トラジを持ち上げ、自分のベッドへと眠らせた。


「ふふ…!」


しかし、その一連の動作を終え、嬉しそうにする彼女の笑顔を見ていたひとは居ない。




「ううー…暑い…」


ベッドで目が覚める。


「………?」


顔を動かして辺りを見回して違和感を抱いた。


ここは…故郷のパルプーナにある家だ。

しばらくエルマリン本島から帰っていないはずなのに…


「トラジ!また風邪を引いたって本当なんですか?もう…!この短期間で何回風邪引くんですか!」


考え事をしてるとスカイの声が扉の向こうから聞こえる。


…夢?


そんな風に抱いた違和感もすぐに消えてしまった。


「ごほっ!うん…どっかで貰ってきちゃったみたい。」


「もー…仕方ないですねー!私が看病してあげますから待っててください!」


彼女は一度部屋から出て、しばらくすると食器を持って戻ってきた。


「私特製のおかゆですよ、さらに食後のデザートまで用意しましたよ!食べないのも体に悪いので無理しない程度に食べて下さい!」


ベッドの横のテーブルにおかゆとりんごが置かれる。


「…スカイ、食べさせて貰ってもいい?この前よりもずいぶん体がだるいんだ…」


「…!良いですよー♪」


彼女はなぜか嬉しそうにしてスプーンを持ち、おかゆをすくう。


「ふー…ふー…はい!あーん…」


少し息で冷ましてから僕の口に運んでくれる。


「うん…美味しい…」


「良かったです♪ほら、まだまだありますからね!」


さっきと同じようにスカイはおかゆを僕に食べさせてくれる。


「ふー…ふー…いやー、食欲があって良かったですよ、あなたを想って作った甲斐かいがありました!これで最後ですよー」


軽く喋りながらおかゆを食べさせてもらっていると、いつの間にか完食していたらしい。最後の一口も美味しく味わう。


「これならデザートのりんごも食べれそうですね!今剥きますからちょっと待ってて下さいねー」


シャリ…シャリ…と、りんごの皮が素早く、一定のリズムで剥かれていく、その皮は綺麗に繋がった状態だ。


「…皮剥くの、やっぱり上手いね。」


「昔から得意なんですよ、確か…初めて剥いた時も親に上手いって褒められましたからねー…はい、あーん。」


綺麗に皮の剥かれた8分の1サイズのりんごを口へと運んでくれる。


しゃくしゃくとみずみずしい感触が伝わってくる、こちらも甘くて美味しい。


「美味しそうに食べますね…私も食べちゃお!やっぱり美味しいですねー♪」


2人であっという間にりんごを食べ切る。


「スカイ、ご飯ありがとう。でも、風邪が伝染うつっちゃうからそろそろ帰った方が良いよ。」


「…私は別に伝染うつされたって良いんですよ?」


「僕がダメなの。申し訳なくなっちゃうでしょ?」


「そしたらトラジが私を看病してくれれば良いんですよー、それでおあいこです。」


…今日のスカイはなかなか手強い、こうしているのも楽しいが…このまま彼女のペースに付き合っていると本当に風邪を伝染うつしてしまう。


どうにか帰らせないと…


「僕は風邪を治したらすぐにスカイとダンジョンに行きたいんだよ…君とじゃなきゃ上手く戦えないんだから。だから、僕が伝染うつさないうちに早めに帰って欲しいんだよ…」


「……っ!?そ、そーですよね、私達はこの2人じゃなきゃ戦えないですもんね!しょ、しょーがないですねぇ〜///」


"君とじゃなきゃ"という部分を強調したおかげでスカイは少し恥ずかしがる、計画通りだ。これで風邪を伝染うつす前に帰ってもらえるだろう。


「じゃあ…おまじないだけしてあげますね?」


スカイは僕の髪をかきあげる。


「お大事に、トラジ!」


おでこに優しくキスをされる。

病気が早く治るおまじない。ちょっぴり心が温かくなる。


「じゃあ、私は帰りますから。また何かあったら連絡してくださいねー」


彼女は食器を持って部屋を出る。向こうの部屋で少し物音がして…玄関からスカイの帰った音がした。


「ふわぁ…」


お腹も満たされ、安心して眠くなってきた…


僕は意識の手綱を手放し、眠りに着いた。

色々書けない理由はありましたが、絶対に言い訳になるので言わない事にします。

今回から書き方を少し変えました。


後編も大まかには書けているのでなるべく早く更新します。

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