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《21》日記 II


 十二ノ月(イザベラ)▷日


 今日はラト・イスリア、王都リーアの中央リーア駅に着きました。迎えはきてません。今、公園のベンチで書いてます。今から家まで向かいます。


 


 一ノ月(エイダ)○日


 昨日の内に家には着いていたけど、疲れすぎてそのまま眠ってしまいました。連日新聞に載っている記事を見て夢ではないのだと再確認させられる。『日刊リーア・ズ』にも大きく取り上げられています。

 

 世間が大騒ぎだっていうのにメラクにとっては私が帝都土産を持って帰らなかったことの方が重要で、パーパもマーマもメラクの機嫌をとることの方が、スピカを心配したりするより重要なようです。

 だって仕方がないじゃん! 急なことだったからお土産なんて買う暇なかったよ。ずっと離れていた娘を心配するとか、もっと何かあるでしょ。私の友達がテロに巻き込まれたかもしれないのに、メラクにまで気を遣う余裕なんてないよ。


 パーパも、私を怒った。何でメラクのためにお土産を買ってこないんだって言ってた。マーマも話しかける度に、「メラクに謝りなさいね」で話を締める。そんなにメラクの方が大事?

 私は友達の生死がわからなくて、毎日不安なのに! とりあえず今日、スィン・アル・アサド学院のベガ宛に手紙を出しました。無事だったら返事が返って来てくれるはず。今の私に出来ることはただ祈るしかないなんて。

 学院に手紙を出すなんて変な感じ。生徒宛への手紙は一度集められてそれからまた配られるらしいけど、教員からの検閲とか入っていたりするのかも。…見られたらどうしよう。


 あと、私の部屋がなくなっていてメラクの部屋になっていました。私は客間で寝ました。





 一ノ月(エイダ)◎日

 

 どうしてあの子は私には与えないのに、私から奪い取っていこうとするの?どうして、あの子は私に酷いことばかり言うのに最後には「本当はそんなこと思ってない! ごめんなさい、大好きなお姉ちゃん」と妹の皮を被るの? パーパもマーマもそれで私が許したと決めつけないで、勘違いしないで。

 私だけが置いて行かれたままだよ。私はまだ許せる心境にないのに、あの子はもうなかったことにしてる。苦しい。そんなことを遠回しにマーマに相談したら、貴女はお姉ちゃんなんだから大人になってあげてだって。あの小さな子に何かを与えることを教えるのはまだ酷なんだ。


 どうしてメラクばかり甘やかすの?そりゃ、あの子はまだ小さいけどそろそろ我慢を覚えさせたっていいでしょう?あの子が我慢しない代わりに、私ばかり我慢してる。きっと自尊心に形があるなら、柔らかい花みたいな形をしていると思う。私が我慢する度に、一枚一枚花弁を剥がされている心地がする。





 一ノ月(エイダ)⚪︎日


 最近は日記を書けなかった。頭が回らなくて、酷い。やっぱりあの子は私から全部奪っていく!でもあの子はいつも被害者面で私が奪ってるみたいに話す。


 パーパとマーマはきっと私よりメラクの方を愛してるんだね。 





 一ノ月(エイダ)□日


 休暇は終わり。居心地が悪かった。そして、ベガからの返事はないから直接会いに行きます。犠牲者一覧に名前がないからまだ生きてると信じて学院に帰ります。パーパもマーマも駅まで見送りにも来てくれなかった。テロが起こった危険な街に帰るっていうのに。





 一ノ月(エイダ)◻︎日


 相変わらず、料金を抑えるために相部屋。相手が誰になるかがとっても重要。運試し…と思ったらまさかのキャンセルで私が貸し切り! 二人用の客室を一人で使えるなんてラッキー。…狭いけど。

 帝都行きの列車はキャンセルする人も多かったらしい。みんな一様に暗い顔をしていた。





 一ノ月(エイダ)◇日


 列車の中でおじいさんと仲良くなった。私に親や付き添いの大人がいないことに驚いて、心配してくれた。福祉局? ってところに通報されそうだったから必死で止めた。虐待されてるって思われちゃったみたい。私は暴力とか振るわれたことはないから大丈夫。

 おじいさんは帝国人で、帝国とラト・イスリアでは基準が違うらしい。私の環境を世間話みたいに話したら、おじいさんはそれは虐待だって怒り出してびっくりした。幼い子供だけで長時間、家に留守番させるのは駄目らしい。

 初めて知った。パーパもマーマも仕事だ、人権活動の集会だって言ってよく留守番を言いつけてだけど、それって帝国じゃ犯罪? らしい。属領の法整備はまだまだだけど、いつか帝国と同じようになるから心配するなっておじいさんに慰められちゃった。


 ベラトリクス様って人が尽力してくれたっておじいさんは何度も言ってた。確か、もう亡くなったお姫様だったはず。いい人だったのかな?でも、ローザ女帝の血を引いてるなら…どうなんだろう…。





 一ノ月(エイダ)×日


 今日はおじいさんと一緒にお昼を食べた。おじいさんの名前はトッファーフさん。親戚の葬儀の帰りらしい。帝都に寄って補聴器を新調しに行くんだって。私がスィン・アル・アサド学院の生徒だって知ったら、おじいさんは近所の子もスィン・アル・アサド学院に行っているんだって自慢が始まりました。トッファーフさんのちょっぴり悪いところは、話が長いことと耳が遠いから何度も聞き返してきて少しうんざりしてしまうところ。





 一ノ月(エイダ)△日


 帝都に到着早々、嫌なことがあった。駅の歩廊プラットホームで、警察に呼び止められたの。最初は駅員さんかと思ったけど、紺色の上衣と銀の警察バッジをつけてたから治安警察隊の人。しかも、その呼び止めた理由が怪しかったとかじゃなくて私が属領人だから! 自爆テロを企んで体に爆弾を巻きつけてないか取り調べるって言って私の服を公衆の面前を剥ぎ取ろうとしてきたの。思い出しただけで恥ずかしさと怒りと恐怖が湧き上がってくる。


 誰もが見て見ぬ振りをしたし、「くたばれ属領人」って叫ぶ人もいた。でも、私が肌を晒してしまう前に若い男の人が助けてくれた。ラト・イスリア系の顔をしていたから、警察官も高圧的だったけどその人が旅券(パスポート)か何かで自分が帝国人だって証明したら、警察官は頭を下げてた。

 属領系のテロが起こったから警備体制を強化してるなんて言い訳してたけど、お兄さんに冷静に詰められて言い返せなくて逃げるように去っていった。最初は同胞に助けられたと思ったけど、お兄さんは帝国人だった。悪い人もいるけど、良い人もいる。当たり前のことを痛感しちゃった。





 一ノ月(エイダ)♢日


 ベガは無事だった。アルタイルもリゲルも怪我はなし! ベガが返事をかけなかったのはずっと医務室にいたかららしい。手紙とか配達物は寮の部屋に送られるから確認できなかったって。よかったー! 心配して心をすり減らした分がすっかり回復しました。

 




 一ノ月(エイダ)▷日


 最近、ミラの態度が変。私…何かした?





 一ノ月(エイダ)◁日


 気のせいかと思ったけど、やっぱりミラの態度が変。よそよそしくなって、会話を避けてる。最低限の会話しかしたくないです! って感じ。怒らせてしまったのかと思って、思い返してみたけどわからない。とりあえず、部屋は片付けたしできる範囲の課題は一人で頑張ってみた。





 一ノ月(エイダ)▽日


 ミラって、あなたと同じ部屋の空気を吸いたくないです。同じ空間にいるのが苦痛です。みたいな態度を表す人じゃなかったと思うんだけど。どうして急に態度が変わっちゃったんだろ。学級が違うから教室じゃ会えないし、寮の部屋に帰った時はすぐ寝ちゃってて話せない。

 食事も一緒に摂らなくなった。私を避けてる割には、遠くから視線を投げてきたりして…ミラがよくわからない!





 一ノ月(エイダ)☆日


 私が嫌われる理由は明らかなのに、私自身がそれを自覚していなかったらどうしよう。だからメラクは私を嫌って、ミラも離れていくのかな。……でもベガは傍にいてくれてるし…。

 ミラが自分で離れることを選んだなら、追いかけるようなことはするべきじゃないのかな? 私に愛想を尽かして、もう関わりたくないから離れたのだとしたら、私がみっともなく追い縋るわけにはいかないよね。それが最後の友情を発揮するところってものだと思う。





 一ノ月(エイダ)*日


 クラーが学院を辞めたらしい。ここ最近姿を見ないなとは思っていたけど、彼女が野良猫みたいにほっつき歩くのはしょっちゅうだしあまり気にしてなかった。そっか…辞めたんだ。

 彼女がもうここには居ないと知った人達が、彼女が怖くて言えなかった悪口を言い出した。とんでもない悪女で逮捕されたからだとか、実家の力で釈放されたけど退学の末自宅謹慎だとか、男と駆け落ちしたとか、成績が悪すぎて退学になったけど自主退学ってことにしてなけなしの自尊心を守っているとか…。まぁ、とにかく言いたい放題。

 クラーがその場にいたら、全員の頭に飛び蹴りを喰らわせると思うな。多分だけど、成績が悪すぎて…って言うのはデマだと思う。彼女は成績は良くないだろうけど、頭が悪いってタイプでもないと思うんだけどな〜。


 あと、自宅謹慎にはなってないと思う。というか自宅には居ないね。多分、家出したんだと思う。寮長に捕まったときに、クラーの保護者を名乗る人が寮長に話しかけてた。寮長はちょっと嫌そう…っていうかうんざりしている様子だった。クラーのお父さん…? らしき人の横には男の人もいてよく見れば若そうな顔をしているのに、何だか全体的に老けてる印象を受ける人だった。

 目付きが鋭いっていうか常時睨みつけてる感じで目元の皺がとれないくらい凝り固まっていた。その人はクラーの従兄弟だか婚約者だか名乗ってたけど、言葉の端々から威圧的な人だってわかった。暴力でしか関係を築けず、支配することでしか人と繋がれない憐れな人って感じ。


 うん。クラー逃げて大正解!! 駆け落ちして何処へでも行っちゃえ。





 二ノ月(オランピア)×日


 ベガが私とミラが仲直りするために頑張ってくれるらしい。いや、喧嘩した訳じゃないんだけどね!?でもベガだって板挟みで苦しい立場だったはず。ちょっと反省…。





 二ノ月(オランピア)◻︎日


 一応、仲直りできました。いや、喧嘩してたわけじゃないけど。そして、やっぱり私はミラと友達でいたいんだって再確認できた。私が帝国人だったらこんなに面倒くさいことにならなかったのに。帝国人にならなきゃいけないけど、でも私はラト・イスリアに生まれたことを誇りに思いたい。パーパもマーマもいつかラト・イスリアは光を取り戻すって言ってた。いつか独立記念日が祝えるようになるって。


 もしかしてだけど、パーパ達が私を帝国の建国記念祭に行かせたくなかった理由ってこれなのかな。パーパは属領人だって言われても私にラト・イスリア人としての誇りを持たせたいみたい。だって昔からイスリア語とイスリア古語の勉強には力を入れて、宿題とかよく手伝ってくれたもん。


 大丈夫。ラト・イスリアは形を変えて生き延び続ける。いつかラト・イスリアは栄光を取り戻す。ラト・イスリアはいつか独立した一つの国として再び歩き出す。帝国におんぶに抱っこじゃなくて。でもパーパとマーマの教えは学校の先生とは違う。先生は帝国と同化するのが一番いいって言ってた。帝国人になって仲間って認めてもらわないと立場は苦しいままだって。


 どっちが正しいんだろう。私、ラト・イスリア生まれの私が嫌いじゃないけど帝国人になりたい。帝国人になっていっぱいお金を稼いでパーパとマーマを楽させてあげたかったけど、きっとそれをして欲しかったのはきっとメラクに…なんだよね。


 本当はメラクに一番優秀でいて欲しかったんだって薄々わかってる。





 二ノ月(オランピア)⚪︎日


 寮長の作文が校内賞か何かを取ったらしい。寮の掲示板に掲載されてた。帝国官僚になって焔華の立場の向上に努めるとか書かれてた。はぇー…高尚な理由!同じ属領と言われる国出身同士だからかな。共感できる部分が沢山あった。

 ところで、私もその高尚な作文の隣に掲載されてたんだよね実は。作文じゃなくて、校内新聞のインタビュー記事だけど。インタビューの内容は私のことじゃなくて、クラーの突如退学の真相を同室の私なら知ってるんじゃないかってことで付き纏われたから仕方がなくインタビューを受けました。


 ミラにはバルセィーム家が怖くて聞けないし、ベガにはバナフサジュ教授に目をつけられるから怖くて聞けないから私にしたらしい。私クラーと仲良かった訳じゃないし…真相なんて知らないし。それに、本人がいないところで勝手に憶測を語るのも違う気がしたから、私はクラーの保護者とクラーの婚約者を名乗る男が訪ねて来ていたのを目撃したという事実だけを話した。記者の子はそれだけでもとても喜んでいて、早速筆を走らせていたのをよく覚えている。


 掲載せれて記事は私が話したことに脚色が加わって、婚約者を捨て許されざる恋に生きることを決め駆け落ちしたクラー…という小説みたいなことになっていた。というか私の話した言葉はほぼ消えていた。ミラ曰く、最近は校内新聞に掲載できる様なネタがそれくらいしかなかったから運が悪かったわねと慰められた。一応私の名前は伏せてもらったけど、寮長からの視線が痛かった。クラーにバレたら、私殺されるかも。





 二ノ月(オランピア)○日


 件の校内新聞のことは私も反省している。でもしつこく付き纏われて、インタビューに答えるしか助かる道はないとさえ思っていたんだもん。冷静に考えれば先生に相談するとか方法はいろいろあったはずなのにね。ベガにもあまり感心しないって言われて私は心を入れ替えました。でも、私があんな妄想を垂れ流したんじゃないんだよ?あれはほとんど新聞クラブの子の言葉だって。

 

 



 二ノ月(オランピア)□日


 今日はベガとミラと外出許可を取って街に遊びに行きました。帝国の氷菓を食べました。ベガはピスタチオ味でミラは紅茶味、私はバニラとチョコレート。帝国の氷菓は機会がなくて、今回初めて食べたけど、ラト・イスリアのものとは違って粘性?がありました。ミラやベガ曰く、喉に詰まらせないように飲み物が必須なんだそうです。怖っ!


 そういえば、焔華の餅という食べ物も喉に詰まらせて死人がでる食べ物だそう。なんで死の危険があるものを食べるの?わからないよ。





 二ノ月(オランピア)◇日


 今日、寮の共用キッチンで焔華の料理を食べさせてもらいました。焔華出身の子がこそこそ何かしてて、気になって声をかけたら今日は焔華ではお祝いの日だから焔華の料理を作ってるんだって。その子は私がラト・イスリア出身であることを何度も確認していた。

 帝国では神鳥教会とそれから派生する民間信仰以外の宗教は基本的に布教禁止だし、その焔華のお祝いの日は宗教に関連するものらしく、帝国人をお祝いの食事に誘ったら布教したことに間違えられるのを避けるためみたい。それにしても神経質だったけど。

 

 私の見た目は帝国人っぽくないけど、駅で私を助けてくれた人みたいに容姿だけじゃわからないからその子の気持ちもわかるけど…。食べさせてもらった料理は魚介の味がして、なかなか美味しかった。帝国で焔華料理を再現するのは難しいだろうし、彼女も調味料が足りなかったって残念そうだった。


 途中で寮長が来たから私は早めに退散した。同郷の人に対してだと寮長ってちょっと雰囲気が柔らかくなる。はじめて知った。共用キッチンの使用についてはちゃんと許可とってたみたいで私は連帯責任とかで怒られることはなかった。よかった〜

 私としては皆、食事は食堂で済ませて自炊する人なんていないし共用キッチンはせいぜいお湯を沸かす程度だから許可とか要らないんじゃないかと思ったけど。その子はあまり帝国料理に馴染めないから時々自炊するんだって。寮長も故郷の味を忘れたくないからって分けてもらうことを条件に手に入りにくい食材とか調味料を調達してくれてるらしい。タダ食いした私が申し訳ないじゃん…。





 二ノ月(オランピア)♢日


 アヤの料理を今日はベガと一緒に食べた。アヤはこの前書いた日記では焔華出身の子としか書いてなかった。初対面の時に名前を聞きそびれた。私も自己紹介してなかったから悪いんだけど…。よくわからない子にも料理を恵んでくれてたとか、アヤってば優しい!アヤは焔華本土の出身って訳じゃなくて各地に散らばった焔華系移民の二世らしい。

 あと、アヤの名前の発音がうまくできない。アヤや寮長曰く、全然違うのだそう。ベガの方がうまく発音してるって。いや、聞いた通りに発音してるのに! アニャ? アユァ? アゥヤァ? とにかく、何か発音が違うらしい。

 


 

 

 二ノ月(オランピア)▽日


 寮長って実はお姉さんがいるらしい。意外!しっかりしてるから長女って感じなのに。その流れから兄弟姉妹の話になった。ベガもミラも一人っ子だって。逆に私は姉っぽくないって言われた。

 私、メラクにお姉さんっぽいことしたことがあったっけ。記憶にある限り何故か嫌われてるから、あまり姉妹仲良くってことがなかったかも。





 三ノ月(カタリナ)◯日


 最近、よく寮長が話しかけてくる。規則違反を取り締まろうとかじゃなくて、本当に下級生を気にかけてるって感じ。特に、私とベガとミラをよく気にかけてくれる。上級生が居なくなって監督する立場の人間がいなくなったから寮長が兼任するって言ってた。けど、クラーが優しく学院生活について下級生の面倒を見たりしないことなんて寮長でも知ってるのに。

 寮長とクラーが親しかったなんて聞いたこともないけど、寮長は責任か何かを感じているのかな?クラーと寮長って反対に位置してる人間な気がする。

 寮長って規則の鬼っていうか、模範的な人間になろうっていう強い意識の上に成り立っている人格みたいな人。全ての物事においてどうやったら間違わないかを基準に置いているような。…でもまったく主体性がない訳じゃない。

 

 ベガは寮長を神秘的な人って好意的に解釈してるけど、私はちょっと違和感を覚えた。悪口を書きたい訳じゃないけど、自分の感じた違和感を文字にして書き起こしたら、整理できるんじゃないかと思う。

 

 寮長は勤勉で真面目で、それでいて優秀。そしてちょっと人を誑かす才能があると思う。副寮長のヴィンデミアトリクス・イナブを筆頭にね。焔華料理に使われる調味料とか、帝国じゃなかなか手に入らないし高価だと思うけど、定期的に手に入れられるのはヴィンデミアトリクスをうまく使ってるんだと思う。

 彼女は寮長の熱狂的な信者ってくらいに盲目だし、ベガもちょっとその気がある。ベガはまだ淡い憧れって感じだけど、その気持ちを利用されたりしたら危険かもしれない。私がしっかりしないと。


 あの人は自分の情報は開示しないのに、相手の情報は巧みに引き出させるちょっと狡い人。私は、寮長に苦手意識を持っていたから気づけた。最初から好印象を持ってるベガに私の感じた違和感を伝えようとしてもきっと信じてもらえない。


 寮長は何か隠してる。でも、私の気のせいかもしれない。書いてみても、やっぱりよく纏まらないしわからない。





 三ノ月(カタリナ)×日


 ここ最近、ずーっと考えていたことの答えの一端がわかったような気がするので、書き記す。寮長は初等学校の先生にちょっと似てるんだ。あの先生は何かに怯えているように、そして何かに取り憑かれたように帝国と同化することを望んでいた。

 あの先生は若い時に帝国の体制批判をしたとして、逮捕された経験があった。私は先生の昔を知らないから、いつも帝国を好いて憧れる先生しか知らない。先生は改宗して、神鳥教会の信徒になったことを自慢のように言ってた。

 帝国との境目がなくなって、一つになること。それはとてもいいことってよく言ってた。文化でも国でも人種でも、血が混じって混血が増えれば帝国人、属領人の区別がなくなって一つの共同体、仲間になればいいらしい。


 先生と寮長の考え方が似ていると言っているわけじゃないの。寮長は焔華という国をそのままに、立場の向上を目指していて…多分行き着く先は独立なんだと思う。それはパーパとマーマが支持している思想に近い。けど、態度というか彼女の振る舞いは帝国人と同化したいと願う先生と同じもののように見えた。





 三ノ月(カタリナ)◇日


 新情報を入手。寮長は帝国臣民権を持つ親愛なる帝国臣民だった! 今までの私の考えは全部白紙に戻る。そりゃそうか。焔華出身でも帝国人なら、そうなるよね。帝国人になるついでに思想まで帝国側に染まってるんだ。

 でも、焔華の立場を良くしたいと思っているなら焔華のことを捨てた訳でもないんだよね…? それにしては目指す理想と現実での態度にかなり違いがあり過ぎる気がする。その辺りがチグハグだから、私は寮長に対して純粋に好きになることができないのかも。





 三ノ月(カタリナ)◁日


 げぇ〜!面倒くさい!!スィン・アル・アサド学院の生徒として、地域交流?というか奉仕活動をしなきゃいけないみたい。孤児院とか病院とか行くらしい。

 学級の垣根なく、班に分かれるからベガと同じになる可能性も低そう。スィン・アル・アサド学院には富裕層の子女が中心だから、治安の悪い場所には行かせない。行き先の福祉施設なんかも、それなりの品格とか求められているだろうから、恵まれない()()()の孤児だったり、帝国民の病院だったりするんだろうな。

 私が行ったら、石投げられないかな?大丈夫かな?属領人から施しは受けないなんて言われたらどうしよう。私だって学院の指示だから仕方がなく行くのに〜。


 頭痛くなってきた。





 三ノ月(カタリナ)⚪︎日


 今日一日大変だった!もう、へとへと。ベガもミラも寝台ベッドに入ってすぐ寝ちゃった。私はなんとかまだ起きて日記を書いています。今日中に書いておかないと、明日になったら忘れちゃいそうだから。

 今日は毎年恒例らしい、奉仕活動の日だった。私は地域清掃の方に回されてひたすらゴミ拾いをしてました。ベガは神鳥教会の炊き出しの班に振り分けられて、別れちゃった。ミラは福祉施設の方だったらしく、見事に全員ばらばらになってた。

 噂によれば、ベガの行った炊き出し班は今回の奉仕活動の中でもかなり大変な部類だったらしいけど、ベガは案外清々しい顔をしていた。ベガにとっては孤児院の方に回される方が嫌だったらしい。あー、確かに。小さい子のお世話は大変だもんね。私もミリアムおばさんのところでもううんざり!


 多分、ベガが案外清々しい顔をしていたのはベガの体調面を気遣ってバナフサジュ教授も付き添ったからだと思う。ベガ、本当にバナフサジュ教授のことが大好きなんだろうなって伝わってくるから。一般的な親子とは言えないかもしれないけど、二人は立派な家族だった。…ちょっとだけ羨ましいな。こんなこと思ってしまう私は悪い子なのかな。私にはパーパもマーマも、…あとメラクもいるのに。

 




 三ノ月(カタリナ)♢日


 ベガが学院の合唱団に入るって。急に決めたから私もびっくり!今日、一緒に体験に行ってきたけど私は先生から「音痴過ぎる!」って遠回しに入団拒否された。解せぬ!

 長い歴史の中でも、楽しく歌いましょうというかなり緩めの合唱団で旋律の調和を乱すから入団拒否されるのは私が初らしい。そのせいで私はちょっとした有名人になってしまった。私が気弱な女の子だったら落ち込んでたからね。逞しい女の子スピカ・リリーに軽率な発言をした先生は感謝した方がいいと思う。

 

 ベガが急に合唱団に入ると決めたのは、先日の奉仕活動がきっかけらしい。神鳥教会の礼拝堂で歌うお祈りの歌を聴いて興味を持ったそう。私は帝国の宗教関連の施設には近づかないから、神鳥教会のお祈りの歌を聞いたことないけど、讃美歌みたいなものかな?


 ベガは奉仕活動で向かった神鳥教会の施設で、信仰?教理に触れたのだろうか。「誠実に信じ、祈り、貧者に分け与え支え共に助け合う穏当で保守的な理想の国家の姿。誰もが教育を受け、隣人同士、家族同士が当たり前に助け合い、静かな祈りが広がったような共同体」

 それが神鳥教会が目指す理想の形なのだと、ベガは感心したように頬に仄かな熱を込めて言っていたけど、私には不思議と響かなかった。帝国には宗教的な「喜捨」と国が定めた救貧税という主に二通りのものがあるらしいけど、それによって救われるのは帝国人だけだよね?っていう思いが私の中にあったからかもしれない。

 言い方は悪いけど、ベガがちょっと洗脳されたような気がしてわたしはあまり気分が良くなかった。私とは反対にミラは少し嬉しそう。ミラは属領人の私やあまり熱心な信者ではないベガに信仰と知識を啓蒙する対象として見ている節があったから。

 それに気がついたのは彼女と仲直りをしてからしばらく経ってからで、ミラが諺や宗教由来の言葉を会話によく織り交ぜるのは彼女が高い水準の教育を受けてこられたが故のものだと思っていたけれど、彼女が無意識に啓蒙の対象としているからだったんだと気づいた。


 ミラが意地悪っていうわけじゃない。ただ彼女は貴族然としているだけ。恵まれているものだからこそ、恵まれないもの、無知なものに啓蒙しようって意識が刷り込まれてる。多分、彼女には啓蒙しようっていう意識はないと思う。無意識に口から溢れる言葉には知性が宿っていて、育ちの良さが感じられる…って感じ。





 三ノ月(カタリナ)◎日


 私は時々、二人と友達でいるのが苦しくなる。二人が悪いわけじゃないし、嫌いになったわけじゃない。ただ二人といると私の家庭の水準が低いことが浮き彫りになって、それをまざまざと見せつけられるようでとても苦しい。ミラはお嬢様だし、ベガは貴族のお嬢さんってわけではないけれど、バナフサジュ教授は金銭面で不自由を感じさせない様にしているってことがベガの持ち物から分かる。

  これは私の劣等感の問題で、二人には何の非もない。二人はとってもいい友達なのに時々とても苦しく感じてしまう私がとても嫌になる。本当は私がミラに言った言葉は私が欲しかったものかもしれない。私はいつも自分が欲しい言葉を与えてもらえずに自分が与える側にまわるしかない。


 もうこうなったら自分の欲しい言葉は自分で生産するしかないね。自給自足!


 スピカ・リリーへ。これは日記を読み返した未来の私に送る過去の私からの言葉です。ベガとミラはとってもいい友達!家庭の水準なんかで苦しく感じるかもしれないけど、国も身分も関係なく人間性に惚れて友達になったんだから大丈夫。私がそう言ったんだから大丈夫に決まってる。





 三ノ月(カタリナ)▽日


 最近、忙しかったからちょっと肌荒れ。帝国の美容品は私には合わなかったみたい。ラト・イスリアから持ってきたものが切れちゃったから買ってみたけど、刺激が強いのかな。成分とかまだよくわからない。仕方がない。高くなるけどラト・イスリアからの輸入品に手を出すしかないのか…。





 

 三ノ月(カタリナ)△日


 今日は嫌なことがあった。同級生の女の子達に談話室でのお茶会に誘われた。たしかに、友達と呼べる女の子は学院ではベガとミラくらいしかいないから、交友関係を広げるいい機会だと思ったから頷いた。それがよくなかった。

 実際に行ってみたらお茶会には上級生の人達の方が多くて、私は「帝国に慣れていない属領出身者のために上級生が自主的に行う勉強会」に無理矢理出席させられていた。確かにお茶やお菓子も出たけど、圧倒的に所作を監視されて嫌味を言われることが多かった。


 カトラリーは正しく使える?なんて嫌味を言われた。使えるに決まってるでしょ!!手食文化はそっちじゃんって叫びそうになっちゃった。

 あとお茶を飲む時、私は重大な礼儀違反をしてしまっていたらしい。主催者がお茶を勧めても、二回は断らないといけないらしい。勧められるがままに飲んでた私は、鼻で笑われてた。何故笑われたのかわからなかったけど、あとで帝国人の女の子が教えてくれた。私を馬鹿にしたのも帝国人だけど優しく教えてくれたのも帝国人だった。


 お茶を半分注ぐのが礼儀で、最初から目一杯注いでしまうと「帰れ」って意味になるらしい。私は、最初からなみなみ注がれていたからかなり侮辱されてただろうけど、気付かず飲んでしまった。というか、相手側もかなりの礼儀違反なんだから相殺されないかな…。





 三ノ月(カタリナ)☆日


 もー!腹立つ!!日記が愚痴日記になっちゃうよ〜。最近愚痴ばっかり書き連ねてる気がする。今日は談話室で勉強会?か討論会?が開かれていた。「人種における魔力の違いについて」だって。別に議題自体はいいよ。ただ話してた内容が属領人を劣等人種だって言ってこと。帝国人とは魔力に差があるって本に書いてあるらしい。個人の物はあるけれど、魔力の種類が少し違って、使いやすい魔法も違う事があるってことじゃないの?って私は思ったけど、その子たちにとっては違うみたい。


 とても怒りが湧いてきたけど、その子たちの前に出ていって反論する勇気はなかった。話題はすぐに、「魔力の根源は何処か。様々な説の討論」に移り変わっていった。彼女たちの中で属領人が劣等人種であることは当たり前の認識なんだ、って思ったら怒りと同じくらい悲しみも湧いてきて、私はぐちゃぐちゃの顔のまま部屋に戻った。そうしたら、ベガがびっくりしていた。





 三ノ月(カタリナ)▷日


 昨日の討論会の内容は、私にとってあまりいいものではなかったけど一つだけよかった点を捻り出すとすれば、似たような議題の討論会が今日の授業であったから予習のような形になったということだろうか。

 

 国によって神の加護だったり精霊の祝福とされている魔力は私達人間の何処に宿っているのか。…みたいな話だったと思う。血に宿っている説が有力視されていた時代が長いけど、今は血と似たように体内を循環していると見られているらしい。血の他にも、心臓だったり何か魔術的な臓器があるなんてトンデモな説もあったのだとか。魔力は髪に多く含まれているなんて迷信が一部の地域に根付いていたりするらしい。


 




 四ノ月(レベッカ)△日


 上級生を中心にピリピリし始めてる。上級生だけの試験?が近いかららしい。寮の共用部分なんて近づけたものじゃない。部屋が同じ学年の子たちだけでよかった〜って思ったよ。あまり同じ学年で部屋が固まることってないらしい。絶対に上級生がいる部屋に一年生は振り分けられるんだって。

 上級生から学院生活の手解きを受けれる仕組みらしいけど、私たちに振り分けられた部屋はクラーっていう曰く付きだから例外だったらしい。一年生は各部屋に一人、多くても二人くらいで周りを先輩に囲まれている子の方が多い。進級する時期に、部屋を変えて欲しいって希望が出せるみたいだけど、正当な理由じゃないと変えられないんだって。  


 『同室なのが嫌』って正当な理由なのかな?クラーってばどんな問題を起こしたんだろう。もう彼女はいないし、想像するしかないけれど。




 

 四ノ月(レベッカ)×日


 自習室も図書館も普段人がいないのに試験前は人がいっぱい!ってミラが愚痴を言っていた。私はあまり利用しないからミラほど困ってはないけど。

 それから!ベガがペットのエステルちゃんを私に紹介してくれるんだって。学生寮に動物はアレルギーとかの問題から持ち込めないから、普段はバナフサジュ教授の部屋に住んでるらしい。バナフサジュ教授の部屋にお邪魔する計画を進めていたんだけど、ミラは乗り気じゃない…というか、完全に拒否してた。

 

 男性のお部屋に気軽にお邪魔するのはふしだらで失礼なことだと言っていた。ミラは自分だけ行かないだけじゃなく、私まで行かせたくないらしい。教師の部屋には試験の答案なんかもあるだろうから、他の生徒と公平じゃないとかミラは言っていたけど答案を見に行くんじゃなくて可愛い砂漠狐を見に行くだけだって!





 四ノ月(レベッカ)◯日


 私、砂漠狐なんて見たことない。ラト・イスリアには居ないんだもん。帝国ではよくペットにされている主流な動物かと思ったら、愛玩動物として飼育されている砂漠狐はとても少ないんだって。とっても珍しいものを見れる機会だったのに、結局ミラが猛反対して話は無くなった。

 ベガには別の方法でエステルちゃんを見せれるように考えるから待ってで欲しいって言われた。待つよ!すっごく待つ!!砂漠狐の写真を見せてもらったら、大きな耳と円らな瞳でとっても可愛い。ますます実物が見たくなっちゃった。





 四ノ月(レベッカ)☆日


 今日はベガとミラと街へお出かけ。昼食は『胡麻(シムシム)亭』っていう変わった名前の大衆食堂みたいなお店。ミラがおすすめだって言うから、私はびっくりしちゃった。…だって…その、あまりにも庶民的って言うか洗練されたミラに似合わない場所だって思っちゃったから。

 胡麻シムシム亭の外観はかなりボロボロに見えたんだもん。私、こっそり「このお店大丈夫?」ってベガに耳打ちしたら「古いけど歴史の感じるお店」って返答だった。私はまだまだ帝国建築に詳しくないから見ただけじゃ歴史を積み重ねた立派なものかただ古過ぎるだけなのかわからないよ。

 店内は外観から予想されるよりは綺麗だった。でも厨房近くの床は油か何かでちょっとベトベトしてたし、簡素(粗末ともいう)な椅子とテーブルが並んでるだけで、串焼きを炭火で焼く長い焼き台が剥き出しで設置されてた。厨房が見えるから安心とも言うけど。


 ミラがこのお店を選んだのは、帝都観光の冊子に大人気って載ってたからだって。確かにお店は大盛況って感じだった。向日葵油の炊き込みご飯は作り置きをそのまま出してるって感じで油が浸みてて、学院の食堂で出される作り立てより味が落ちる…と思ったけど、食べてみたら美味しかった。これは通ってしまうかもしれない。

 サラダは玉葱とトマトと胡瓜が入ってるやつ。ミントは入ってなくてよかった!どうしても歯磨き粉を連想しちゃうんだよね。ドレッシングの酢は消毒を兼ねてるからたっぷり掛けるってことを教えてもらった。地方によっては酢じゃなくて塩だったりするらしい。


 隣の席のおじさんたちが紅茶と水煙草を嗜んでいて、私たちにも「ニコチンは入ってないからどうか」って勧められたけどなんとバナフサジュ教授が現れて断ってくれた。文字で書くといきなり過ぎて混乱するけど、現実でもいきなり過ぎて私は混乱した。

 なんでも、他の教授方とカウンター席の方で食事してたらしい。私は気づかなかったけど。……ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ私は過保護なバナフサジュ教授がベガを尾行してたんじゃないかって気がしたけど、私の悪い妄想だよね。きっとそうだよね。


 バナフサジュ教授は私たちの食事代を奢ってくれた。ラッキー!だけど、それより意外だったのはミラが大人しく奢られることを受け入れたこと。他の生徒たちと公平じゃない!とか言って断るかと思ったけど、あとで聞いてみたら「あの状況で男性に恥をかかすことは淑女としていけないこと」らしい。女性が財布を出すのはかえって男性に失礼ってこと。 私はまだよくわからない。

 ミラが納得した理由は他にも休日でしかも学院外だったから教師と生徒ではなく一人の人間同士としてその厚意を受け取ろうって考えたのかもしれない。


 帰り道で実は私たちは今日一日中尾行されてたってことを知った。バナフサジュ教授じゃなくて、ミラの護衛のためにバルセィーム家から派遣された人たちが隠れて付いてきていたらしい。私は必死でそれらしい人を探してみたけど、結局学院に帰るまで見つけられなかった。残念!

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