《20》 日記 I
七ノ月 ×日
こんにちは! 未来の私。それとも盗み読みしてる誰か? なーんて、自分で書いててちょっと恥ずかしくなってきた。日記なんて何書けばいいの?とりあえず自己紹介?
私の名前はスピカ・リリーです。進学を機に帝国へ来ました。この日記帳は帝都の『猫の目』っていう雑貨屋さんで買ったものです。革の表紙がおしゃれ! 店内の内装もかわいいし、何だかいい匂いもするし、すっかりお気に入りになっちゃった。
店内では三拍子の音楽が流れていて、やっぱり帝国って騎馬民族を祖先に持つからかな? 国によって流行りの音楽が違うっておもしろい。ラト・イスリアとは大違い。
日記帳ほんとは自分で買ったけど、想像の中では進学祝いにパーパとマーマがくれたってことにします。毎日書いて、手紙もいっぱい書いてね、って。よーし! 毎日書くぞー!
七ノ月〇日
毎日書くって言ったのに、気づいたら初日に書いたきり一週間くらい書いてなかった。三日坊主ですらない!でも仕方がないよね、入学準備と宿代の返済で忙しかったんだもん。
入学して、学院の寮に入るまでは帝都に住んでるマーマの遠い親戚のミリアムおばさんの元でお世話になってます。おばさんの家はいっぱい子供がいて、私はその子たちのお世話で毎日くたくたになるまで働いています。おばさんが宿代だっていって私をこき使うからです。
大丈夫、これも後少しの辛抱! 入学すれば楽しい寮ライフだから!
おばさんの末の双子の赤ちゃんが夜泣きを始めた。私がおしめをかえなきゃ
七ノ月△日
近所に住む小母さんがミリアムおばさんの家のことを衝動でぽんぽん産むから子供達が哀れだと言っていた。小母さんは子供たちの中に知らない私が混じっているのを見て、婚外子…? がいたんだとびっくりしたそうです。酒飲みのおじさん…ミリアムおばさんの旦那さんならやりかねないと思っていたみたいです。
私は親戚で、少しの間だけお世話になっていると言っても信じてくれなかった。その金髪は外の女から貰ったもんだと言って聞かないの。昔、おじさんの陰気な浮気相手に金髪の女がいたんだって。とんだ迷惑だよおじさん! そのせいで私、浮気相手の子だって近所から思われてる。
それにコンプレックスの金髪を指摘されてちょっとへこんだ。家族の誰とも似てないんだもの!メラクに「お前なんて本当の家族じゃない!」って言われたこと思い出しちゃったな。
八ノ月〇日
また忙しくて日記が書けなかった。もういいや。毎日書くのはちょっとハードルが高すぎたね。毎日何かあるわけでもないから、何か印象的なことがあったら書くってことにしよ。
今日は制服を仕立てに行きました。帝都の一等地に建ってる仕立て屋の『月下美人』うひゃー! 私、完全に場違い!! スィン・アル・アサド学院の制服を仕立てるのはこの店では手頃な値段な方らしいけど、それでもかなりの額が吹っ飛んだ。直ぐに仕立てて即納品してくれるらしい。これに学費と寮費と教科書代なんかが重なってたら破産してた。奨学金制度と優秀な成績の属領人の寮費と教科書代の免除制度がなかったらどうなってだだろう…。こわい。
その制度を作ってくれたザーファラーン学院長には感謝!
八ノ月×日
ちょっとホームシック。パーパとマーマに会いたい。二人も一緒に来てくれたらよかったのに。入学までの少しの間でいいから。入学準備とか一緒にわくわくしたかったのに。でも、メラクが寂しがるし小さいあの子を抱えて長距離列車の旅は…無理だよね。
水仕事ばっかりしてたから、手が荒れちゃって痛い。この国じゃ、水って高いんだね。夏場だと都市部でも水不足になることがあるらしい。あまり蛇口から出すなってミリアムおばさんに怒鳴られちゃった。ラト・イスリアと同じ感覚で水を出すな、よし覚えた。
でもやっぱり、水いっぱい使わないと皿とか服の汚れは落ちないよ…。ミリアムおばさんの家の人たちはいつも薄汚いのはこのせいなのかな。
自分の服はこっそり集合住宅の共用の水場まで行って洗ってこよ。
八ノ月△日
毎日、毎日忙しい!息を吐く暇も日記を書く暇もない!忙しいって口に出したら「あんたの何処が忙しいんだい?生意気言ってんじゃないよ」とミリアムおばさんに怒られてしまった。でも、皿洗いも洗濯も料理もその準備も私で、おまけに子供達の世話も私だよ?おしめも替えるし、ミルクも作る。おばさんは雑誌か新聞を読んでるか、ガーガーいびきをかいて昼寝してるか、近所の人と喋ってるかじゃん。…でも口にはしなかった。
ここを追い出されたら、入学までのあと少しの期間を路上で過ごすことになっちゃう。あと少しの辛抱よ、スピカ。
八ノ月☆日
今日はミリアムおばさんに昼食のサンドイッチのパンを厚く切りすぎたことで怒られた。喉に詰まらせて子供達を殺す気かい?と。でも赤ちゃんの双子はミルクだし、殆どの子はドロドロの離乳食と離乳食みたいなお粥。サンドイッチを食べる八歳のオスカー坊やはもうしっかり歯が生えてるんだから大丈夫でしょ。
オスカーはパンの耳を綺麗に切り落としてないと、食べないけどミリアムおばさんとおじさんはパンの耳はついてる方がいいんだって。私、綺麗に切り落としちゃったからミリアムおばさんが勿体無い!って言ってパンの耳は何処へやったと聞かれたから捨ててしまったと答えた。そしたら烈火の如く怒って、私に床をピカピカに磨くように指示した。
でも、本当はパンの耳は私が食べちゃったの。日々のご飯はもちろん私の分もあるけど、とてもじゃないけど足りない。私の分は子供達が残したやつも食べさせられるよ。だから、食べちゃった。
オスカーはパン耳を削ぎ落とすように齧ってそのまま吐き出すから…。流石に他人の歯形と唾液のついたパン耳は食べれないし。
マーマが事前に私のためにってお金をミリアムおばさんに送っていたはずなんだけど、そのお金は何処に行っちゃったんだろ…。
八ノ月□日
制服が届いた! 子供達に見つかったら涎とかで汚されるから隠しとこ。私の帝国語はちゃんと通じるくらいには上手いらしい。さすが、教育の賜物! でもミリアムおばさんには赤ん坊みたいな喋り方だって馬鹿にされた。間抜けで馬鹿そうな顔だとも。…ちょっと待って。馬鹿そうな顔って何!?
ミリアムおばさんはラト・イスリア人だけど、イスリア語は喋れるけどほとんど読めないらしい。ずっと帝国にいるからだって。この日記はイスリア語で書いてるから、もし見つかっても読めないね!
悪口でも書いとこ。ミリアムおばさんのばーか!
九ノ月〇日
さよなら! ミリアムおばさんの家!! そしてやっと入学!
九ノ月×日
友達できてよかったーーーーーー!! しかも同室、やったね!今この日記は寮の部屋で書いています。友達になったのはベガとミラ。
ベガ・ワルドゥは黒髪に綺麗な青い目の可愛い女の子! 目がぱっちりしてて黙ると迫力が凄いエキゾチックな美人さん。新しく教授になった…はなーふさん…? って人と暮らしてたんだって。
ミラ・バルセィームは生粋のお嬢様だった。嫌味で高飛車な感じはしないけど、何だか空気からもう…お嬢様!って感じがする。甘やかされて育ってきた女の子みたいな可愛い顔をしてる。頬っぺたがぽちゃぽちゃしていて毎日お腹いっぱい食べてるんだろうなーって思ったらちょっと羨ましくなった。
ミリアムおばさんの家は貧乏で子沢山だったからお腹いっぱいごはんを食べれなかったんだよね。
同室の先輩はクラー・アルガールって人。美人だけど態度が悪くてちょっと怖いかも。
九ノ月△日
初授業! 初日から授業びっしり。飯もうまい。
九ノ月□日
数学むずかしい。歴史学おぼえられない。
九ノ月◇日
ねむい もうねます
九ノ月◎日
昨日の私はおかしかった。ちょっとでも日記を書こうと思ってたのに何を宣言してるんだ私。
今日は歴史学の課題のために、ベガとミラと一緒に図書館に行きました。学院の敷地内にある大きな図書館です。そこでベガが持病の発作? で倒れてしまい医務室に運ばれました。とても心配。
私の周りに病弱だったり、病気持ちの子がいた経験がないからどうやってベガに接したらいいんだろう。ミラに相談したら変わらず普通に友達として接したらいいって言ってた。そうだよね。ベガが病気だから何か変わるわけじゃないし。
ただ今度からベガが病気で苦しいときに何かできないかな。男の子みたいに力持ちじゃないから運んであげることとかできないし…。せいぜい、先生を呼ぶくらいだよね…。
九ノ月☆日
魔法実技の初授業! だけど、ベガは見学で参加できなかった。教授に意地悪されてるのかなとも思ったけど、何だかそうじゃないみたい。病気だから実技の授業に支障があるのかな?
男の子がベガに意地悪なことを言って笑った。酷い!お前たちが可愛いベガに鼻の下伸ばしてたこと知ってるんだぞ。嫉妬とか不満なんかもあるんだろうけど、ベガの気を引きたくて意地悪なこと言ったって感じだ。ガキかよ!……ガキだった。
周りの女の子たちも乗っかってきて、言い出した男の子はもう引っ込みがつかなくなってた。ざまぁ!…ざまぁじゃない。ベガが悲しんで、出て行っちゃった。私は慌てて追いかけたけど、廊下に出たら見失った。もっと足が速くなろう。
九ノ月♢日
ベガと話したいけど授業中に堂々と話し掛けに行けないし、授業が終わったらいつの間にかいなくなってるし!ベガと話したい!!でも、どこにいるのー!?
九ノ月⚪︎日
今日もベガは見つからない。
何だかこれだけだとストーカーしてるみたいだ。上級生の男の子がベガについて話していたのを偶然聞いてしまった。美人だから付き合ってやってもいいだとか偉そうなことばかり言っていた。何あいつ!
澄まし顔、お高く止まっている、なんて悪口ばっかり。泣かせてみたいとか、余裕を崩してみたいだとか、最低!最低!最低!!ベガはお前らみたいな影でこそこそ言う奴には振り向かないっての!むかむかしてたらその上級生たちをクラー・アルガールが背後から蹴り飛ばしてた。本人曰く「邪魔」だったらしいけど…。
絶対ベガが悪口言われたり、不快な話の対象になってたの聞いてたよね。
もしかして、クラーって意外といい人だったりする?
九ノ月◻︎日
満月学級を中心に、ベガへの悪口やいじめに近いことが辞められつつあるらしい。何事!?
ベガの悪口を散々言っていた人が「ワルドゥと仲良かったよな。謝りたいから何処に居るか知らない?」って聞かれちゃった。一体何があったの?ベガの居場所ならこっちが知りたいよ!
十ノ月◯日
色々あったけど、ベガが部屋に帰ってきた。よかったー!表立っては誰もベガの悪口を言わなくなって邪魔な雑音が消えたみたいですっきり! でも私ベガのために何もしてあげられなかったな。活躍なんてアルタイルとリゲルと…あとミラとか、発言力のある生徒のおかげだし。 私の私的な日記だから敬称を省いているけど、見つかったら不敬罪とかに処されないかな。大丈夫かな。
とりあえず、解読されないと仮定して。
アルタイル・カミリヤは大公様の一人息子なんだって。確か皇帝陛下に後継がいらっしゃらないから、傍系の血を引く大公様が後継になる可能性が高い…というかほぼ確定らしい。ミラが丁寧に教えてくれた。
実際は帝室とあまり血が近くないらしいけど、現存する血筋では一番近いらしい。大丈夫、大丈夫!王家が滅んで血の繋がりが薄い人が王になるとか世界規模で見たらありふれてるから!イスリア王家でも結構あるあるらしい。帝国ってよく帝室の血筋が続いたね〜。
アルタイルは黒髪で灰色の目をした、眉目秀麗!って感じの男の子。耽美、端正、高潔って言葉が似合いそうな非の打ち所がない美形。でもあまりにも整いすぎててちょっと怖さを感じるというか…失礼かな。美しさが鋭利すぎるっていうか、ある種残酷まであるというか。
とにかく、ドキッ!ってする。いい意味でのドキドキじゃなくて、殺される寸前みたいなドキッ! わかるかなぁ
美しさで人を殺せそう。……失礼すぎるな…。多分、アルタイルがあまり表情がわからない感じの美形だったら仲良くなれなかったと思う。実際はとってもいい人!優しいし、平等だし、驕ったところがないし。
リゲル・グルディニヤは侯爵家の嫡男でアルタイルとはずっと前から知り合いだって言ってた。二人揃って雲の上の人だー。珍しい容姿をしてるけど、多分…金髪の一種なんじゃないかな。それでも帝国人にしては珍しいけど。こっちも顔が整ってる。
何なの!?帝国貴族は顔が整っていることが条件なの?……よくわからないけれど、私なりの答えを考えてみた。貴族のお偉いさんは美人を妻にするからその遺伝子が強いんじゃないかな。
う、うらやましー!
十ノ月×日
昨日の日記を見たら、私凄くびっしり書いてて自分でびっくりしちゃった。でも、それくらいアルタイルとリゲルには感謝してる。二人のおかげでベガはまた明るくなったもん。周りの人はベガをツンとして澄ましてるだとか、高慢だと悪口を言っていたけどそれは嫉妬丸出しってわかるもん。
ベガはちょっぴり不器用で素直な感情表現が苦手なだけの女の子。傍にいたら絶対わかる。それに、ベガがいつもニコニコと微笑を浮かべながら生活したらきっとアルタイルの心臓が持たないよね。
見てたらわかる。アルタイルずっとベガのこと見てる。恋愛感情かはわからないけど、特別視はしてるよね。ベガはいつ気づくかな〜
十ノ月△日
今週中の課題 生物学
来週まで 帝国語 数学 物理学
安息日 外出許可をとってベガとミラとお出かけだ!
十ノ月▷日
お出かけ楽しかった〜。でも課題のことを考えると憂鬱。あと、ミラから部屋の整理をしたら(要約)みたいなことを言われた。かなり我慢させてしまったらしい。うーん、課題も残ってる。でも部屋も散らかってる。何処から手をつけたらいいものか。
十ノ月▽日
久々の日記。ここしばらく課題で自習室に缶詰だった。ミラも課題を手伝ってくれたおかげでなんとかギリギリに提出!セーフ!!試験なんて憂鬱だよー。でも乗り越えないと十二ノ月の長期休暇に補講らしい。それはやだ!
長期休暇で思い出したけど、ミリアムおばさんが休みの間行くところがないだろうから家に来たらいいっていう誘いが来たけど、絶対働かせる気だ。ぜぇったいに嫌だ!私は寮に残る。
十ノ月◁日
ついに成果を見せてやった! ベガと共同で教師をあっ! と言わせるような。そして馬鹿にしてきたやつを見返すやつ! ……でもベガは正当に評価されなかった。
いつか、ベガも評価されて欲しい。その日まで私は頑張る。
十ノ月□日
今日もかわりなし
十ノ月◻︎日
今日の昼食が美味しかった。とても馴染みのある味だと思ったらイスリア風の味付けの料理の日だった。マーマの手料理を思い出して、ちょっと泣いちゃうところだった。
でもミラにとってはあまり口に合わないらしい。美味しいのに!帝国の料理は香辛料で味が濃い。
十ノ月⚪︎日
夜中に目が覚めちゃって、お手洗いに向かったら厨房から食べ物をくすねて無事に寮へと帰還したクラー・アルガールと出会した。彼女は私ならこちら側に引き込めると思ったのか、口止め料として林檎を分けてもらいました。小さい種類のものです。
そう、今私は就寝時間なのにこっそり起きて日記を書いています。特に今日は何もない日だなぁと思っていたから書ける出来事があって良かったです。林檎を食べる音でミラが起きちゃったけど、寝ぼけていたので何とか誤魔化せてた。
これからこっそりクラーと真夜中のお茶会です。二人が寝ているのと同じ空間で…なんてスリル満点だ!それじゃ、今日の日記はここまで。
十ノ月◎日
寮長に怒られた。何でばれたの?しかも、私がクラーと一緒に鍵が掛かった厨房に侵入したことになってます。冤罪だ!ミラには同室の恥だと怒られました。そして今日一日中、寮長か副寮長に監視されながら過ごしました。不幸中の幸いなのはベガにはばれてないっぽい!
十一ノ月◯日
課題が!! 終わらない!! たすけて!!
十一ノ月◎日
神はいないのか…?
十一ノ月×日
やっと一息ついて日記が書けます。こつこつ続けるのが苦手な飽き性の私がここまで日記を続けれたことが奇跡。…まぁ、毎日は無理なんだけどね。
今日は日記を書いてることがベガにバレました。隠してはないんだけどね。ベガはイスリア語が読めないから見られても大丈夫だし。そしたら、ベガは日付の書き方が帝国と違うことに気づいた。私はラト・イスリアの暦は建国に携わったとされる十二人の乙女から取られていることを教えてあげたら、感心していました。
ベガって属領文化を見下したりしないし、偏見ももってない。ベガっていい子だな〜と改めて思った。ベガと友達になれて本当に良かった。
何、恥ずかしいこと書いてるんだ。いや本心だけど。恥ずかし過ぎるだろ。
十一ノ月□日
ずっと後回しにしていた部屋の整理と掃除をした。ぐちゃぐちゃだった机周りもかなりすっきり。ミラが呆れながら手伝うわって言ったけど、実は…実はミラは掃除が下手だった。余計にぐちゃぐちゃになるからもう何もしないでとお願いした。ミラは顔を真っ赤にして恥ずかしがって「私を誰だと思ってるの! 掃除くらい…!」と言っていたがベガにも説得に加わってもらって待機してもらった。
十一ノ月◻︎日
今日、寄宿舎の近くの中庭を散歩していたら寄宿舎の三階の窓からクラーがぶら下がっているのが見えた。窓から外に脱出しようとしていた最中らしい。これが彼女が無許可で外出する手口かぁと感心してしまった。見なかったことにしてあげた。
十一ノ月◇日
最近、ベガが図書室通いでつーまーんーなーいー! もっと一緒に遊びたい。勉強じゃなくてさ。勿論、勉強も大事だけど適度に息抜きしなきゃ爆発しちゃうよ。
十一ノ月♢日
手紙は来ない。いつものことだけど。向こうが何が用事があるなは一方的に送られてくるだけで、私の手紙に返事はない。本当はパーパもマーマも私の手紙を読んでいないんじゃないの?封も切らずに捨てちゃってるのかな。
弱気になるな!スピカ・リリー
十一ノ月△日
図書館の近くでベガを見つけた。声を掛けようとしたけど、思わず隠れちゃった。隣に背の高い男の人がいたから。バナフサジュ教授かと思ったけど違った。多分、ラト・イスリア系の人。親しげだけど、恋人みたいな甘さはない。でも、男の人の目には愛おしさと悲しみ…?みたいなのが詰まってる。何故だか胸がざわざわした。
十一ノ月◽︎日
なんと十二ノ月の長期休暇中に帝都では建国記念祭が行われるらしい。何それ楽しそう! ベガとミラと行きたーい! って思ったけど、ミラは実家のパーティー?か何かに出席しないといけないから当日は帝都にいないらしい。残念。
そしてアルタイルとリゲルとも一緒に行くらしい。私の知らないところで進展が…! と思ったら特にまだ何も起きていなかった。何なんだよ!! アルタイル!あんなにわかりやすいのに。
アルタイルも立場があるから慎重になるのかもしれない。それにベガにはバナフサジュ教授が目を光らせているからなかなか難しいかも。ベガ、バナフサジュ教授がいる限り結婚とか出来なさそう。
十一ノ月⚪︎日
建国記念祭が本格的に始まるのは夜からだから、保護者にちゃんと許可を貰わなきゃいけないとリゲルから伝言。というわけで今日、私はパーパとマーマに手紙を出しました。
十二ノ月×日
もう学期の終わりが近づいている! 試験も!! 近づいている!ミラは毎年開かれてるパーティーの話をしてくれるけど、私の知ってるパーティーと少し違う。やっぱり文化の差かな。というか私が勝手に頭の中でイスリア語に翻訳して解釈してるけど、実は別物なのかも。言葉が通じるから普段は気にしないけど、帝国独特の言い回しとか細かいニュアンスとか、まだよくわからない。
特にミラは何かの教訓や諺なんかを混ぜて会話する頻度がベガより高いから、ちょっと困る。とりあえず、わからなかった固有名詞なんかはあとで調べてみよ。
刺繍はお針子 何事においても、それぞれの専門家にまかせるのが一番良いことのたとえらしい。これはかなり広範囲の地域で使われているらしく、ラト・イスリアの一部でも使われているらしいけど、私の故郷では使わなかった。まさか帝国で知るなんて…。
種がなければ芽は出ぬ まったく根拠がなければうわさは立たないという諺らしい。知らなかった。やっぱり外国になると似たような意味であっても言い回しが異なる!
十二ノ月◯日
パーパ達からの手紙の返事が来ない。…来た試しがないけど。やっぱり見てもらえてないのかな。よし!返事が来なかったらもう肯定と受け止めて、ベガ達とお祭りに行こ。
試験の結果が出ました。一番良かったのは魔法実技!学年で十番以内だった。逆に一番悪かったのは数学。でもぎりぎり落第回避!ミラが勉強に付き合ってくれたおかげ。ベガは筆記試験は軒並み上位に食い込んでて、植物学に至っては首位だった。でもやっぱり実技試験は受けられなかったから総合だとかなり下に下がってた。
試験の結果を書いた手紙も送ったけど、返事は無いだろうな。
十二ノ月◎日
今日、クラーを見かけた。制服じゃなくて私服だった。こそこそ隠れるように移動して、たぶん寮長を警戒していたんだと思う。でも何だかぼろぼろだったし、とても不機嫌そうだから声はかけないでおいた。あの様子のクラーに声をかけるなんて自殺志願者でしょ。
十二ノ月◇日
ミラが荷造りをし始めた。私も手伝ってあげた。何だか寂しくなるけど、ベガがいるからまだ大丈夫。もしミリアムおばさんの元に行かなきゃならないなら、私はおばさんの家でありとあらゆる嫌がらせを決行するつもりだ。おばさんの服だけ雑に洗うし、おじさんの靴に赤ちゃんがした排泄物を詰めてやろうと思う。
十二ノ月◻︎日
おばさんの誘いの手紙にはもう散々、お断りの手紙を出したからもうこれ以上来るなら無視してやる。おばさんからは欲しくないの。パーパやマーマから手紙が欲しいのに。
十二ノ月□日
最悪!!
十二ノ月♢日
昨日は混乱していて、まともに日記が書けなかった。今もまだ混乱しているし、怒りで目の前がくらくらしている。でもとにかく最悪!パーパから手紙が来た。私の浮かれようをパーパ達に見せてやりたい。貴方達からの手紙を待ち望んでいた娘は、天にも昇る気持ちだったのに。
「必ず帰ってくるように」って!もっと早く言ってよ。もうベガ達とお祭りに行く約束をしてるのに。メラクがぐずったと書いてあった。最悪! あの子は私のこと嫌いなのに。都合の良い時だけ妹のふりして。あの子は帝都に憧れてたからわたしだけ帝都で暮らしてるのが気に食わないから引きずり戻したいだけ。本当に寂しがってるわけじゃないのに。
列車の切符が同封されてた。断れないじゃん!憂鬱
十二ノ月☆日
今、私は長距離鉄道【ナシーム】の二等寝台車の中でこの日記を書いています。料金を安く抑えるために、相部屋。相手は小綺麗な格好をした御婦人です。でも、その人のいいところは身なりがちょっと綺麗ってだけ。カエルみたいな顔でずんぐり太っているし、何より化粧品のきつい匂いと彼女の体臭が混ざり合って何とも言えない香りです。
最初の日、彼女は二段寝台に憧れているなんていって上の段を使った。私は下の段で、下の段だと織物の帳が掛かっていて、いい感じの空間ができるからラッキーだと思っていた。だけど、上の段に御婦人が寝た途端にギシギシ、ミシミシ音を立て始めて私はこのまま寝台が壊れて御婦人が私の上に落ちてくるんじゃないかと心配で一睡もできなかった。
流石に次の日、寝台が落ちるんじゃないかということを遠回しに伝えてみたが、御婦人は寝台の耐久性を過信しておりまともに取り合ってくれなかったので子供みたいに上の段がいいとごねてやっと勝ち取った。しかし、寝てみたら御婦人の体臭が染み付いていて吐きそうになった。でも、御婦人が落ちてきて潰される心配をするよりはよっぽどマシ。
それにしても、相部屋になった御婦人は嫌な人です。性格が悪いってわけではないんだろうけど、悪気がないのがタチが悪い人です。彼女と長時間、一緒にいたら頭が狂います。だから、私はよくお手洗いに逃げるし、意味もなく車両を探検したりして時間を潰してる。とにかく、彼女はよく喋るんです。喋ってない時間がないくらい。だって寝ているときも寝言といびきが煩いんだもの。
ずっと話しかけられて、耳の奥に御婦人の声が木霊して気が狂いそう。彼女は私がスィン・アル・アサド学院の生徒だと知ると、余計に早口で捲し立ててきます。
教育省?か何処かで教科書に関わる仕事をしていて、出版関係?の仕事らしいです。スポーツ特派員の仕事をしていた時期もあって、山羊をボールに見立てゴールに投げ入れる帝国の騎馬スポーツを特集していたらしい。……こんな感じで知りたくもない情報を聞かされまくって発狂しそう!!
あの人、黙るってことを知らない。喋るのをやめたら死ぬ呪いに掛かっているとしか思えない!とにかく、私は御婦人から逃げるために共用の車両へ今から移動します。人が大勢いるときの喧騒の方が、随分とマシ!
十二ノ月△日
私、ラト・イスリアではパーパの影響で新聞は『日刊リーア・ズ』を、学院では『ハディージャ紙』を購読しているけど列車の中では新聞を買わなかった。こうして日記を書いたり、来期に向けた勉強で時間を潰すつもりだった。まさか同室の人間が絶え間なく喋りかけ続けるなんて思ってもみなかったから。
でも、今日だけは話しかけてくれたことがありがたい。いや、ありがたくない。でもありがたい。自分でも矛盾した感情であることを自覚している。私は今、震えた手で筆を取っている。
御婦人が「大変なことになった」と話しかけてくれなかったら私は彼女の手にある新聞に目を向けることすらしなかったかもしれない。一面には、花火の写真。それ自体は何の変哲もないように見えたけど、その花火は文字になっていてわたしはぞっとした。
記事の内容を見て、私はしばらく茫然としてしまった。だって、建国記念祭の舞台で起きたって書いてあった。元々舞台には火薬が使われる演出があったし、最後には花火が打ち上げられるらしいから遠くから撮影した写真家が新聞社に提供したと書いてた。いや、そんなことはいい、どうでもいい私は動揺している。
ベガは? アルタイル、リゲルは? 大丈夫なの?だって建国記念祭に行くって言ってた。
御婦人は酷く心配していた。だって私、世間話の一環で本当は友達とお祭りに出かけるはずだったと零していたから。今頃、友達は祭りを楽しんでいるんだろうな、と愚痴っぽく言ったから。「あなたは命拾いしましたよ」と御婦人が言ったが、慰めにもならなかった。
新聞には身元が判明した僅かな犠牲者の名前が載っていた。知っている名前はまだない。載らないでベガ。犠牲者一覧に名前を連ねないで。
十二ノ月◁日
全部、私の夢なんじゃないかな。ただの妄想。今は夜中
十二ノ月▽日
無事でいて