case1〜依頼者:望月千輝〜(後編)
電気がついて、真っ暗だった部屋の中の様子がはっきりと分かった。たくさんの料理と大きな丸いケーキが並んでいる。破裂音はクラッカーによるものだった。
「千輝、お誕生日おめでとう!」
さっき誘拐されたはずの陽菜がクラッカーを持ってそう言った。千輝はあまりの出来事に状況が呑み込めてなかった。十秒くらい固まってから、それがサプライズであることを理解した。
「もう、めちゃくちゃ心配したんだから!」
「ごめんごめん、さ……今回くらいはサプライズにしようと思って、千輝を驚かせたくてちょっと本気になっちゃった」
陽菜は無邪気に笑った。
「そういえば、町田さん、気づいてたんですよね? どうして言ってくれなかったんですか?」
千輝は町田にも問いかける。
「せっかく仕掛けたサプライズだろうと思ったから、ネタバラシして興が覚めてしまうのもアレかなと思ったんだ」
「ん? ていうか誰? この人」
陽菜は怪訝そうに町田のほうに目をやった。
「ほら、さっき画材屋で絵の具拾ってもらったでしょ! この人、探偵だったのよ」
千輝はあきれたような口調で陽菜に諭す。
「ああ! あの人か! さっきはどうも。ところで、いつから気づいてたんです?」
「誘拐の時からだよ。千輝さんは気づいてなかったけど、車に乗せられてた時、君を抱えていたのは女性だった。あれはきっと君の母親だ。眠らせた人間を車に連れ込むのは女性一人では難しい。おそらく、眠らされたふりをして君自身も歩いていたんだ。それに、身代金を要求する電話を真っ先に子どもの同級生に掛けるのも不自然だ。普通、最初は親に掛けるもののはず。だけど、あの電話は誘拐からほとんど時間を置くことなく千輝さんの携帯にかかってきた。それでピンと来たのさ」
「なるほど、さっすが探偵。頭いいですね。大慌てしてた千輝とは大違い。電話の向こうでもすっごく慌ててたよね。ちょっと面白かったよ」
「うっさい。それだけ心配してたんだから、しょうがないでしょ!」
ぷりぷりと怒りながら、千輝は陽菜の母親のほうへ向かっていった。
「ところで、君は本当にこれで終わりにするつもりなのか?」
町田は陽菜にそう問いかけた。
「え? 何のことですか? サプライズならもう終わりましたよ」
「そうじゃない。彼女に、千輝さんに言わなきゃいけないことはもうないのかと聞いている」
「その調子だともう気づいちゃってるんですね」
「まあね、この部屋の様子を見れば大体察しはつく。パーティーの用意以外は何もないからね。引っ越すんだろう? どこかに。それでさっき、『最後くらいは』と言いかけたんじゃないのか?」
「すごい。なんでもお見通しなんですね。そうです。私たち家族は今週中にこの町を出ます。高校も、多分千輝とは離れ離れになっちゃうかな。千輝にはなんて言ったらいいかわからないから、黙ってるんですけどね。今回のパーティーは私が一区切りつけるために開いたんです」
「うそ、それ、どういうこと? ねえ引っ越しって? 高校も一緒って言ったよね?」
いつの間にか町田の後ろで話を聞いていた千輝が陽菜を問い詰めた。
「あ、聞いてたんだ。うん、それなんだけれどね、実はお父さんの転勤が急に決まっちゃってさ、アメリカに行くことになっちゃったんだ」
「そんな……どうして黙ってたの……?」
「そりゃ、言ったら千輝はそんな顔するじゃん。そんな顔見たら、アメリカに行くの嫌になっちゃうでしょ。だから……」
「ひどいよ、何も言わずにお別れなんて。せめてさよならくらい、ちゃんと言わせてよ」
「ごめん」
二人の間に沈黙が流れる。
「あ、あの……。ちょっといいかしら」
声をかけてきたのは陽菜の母親だった。
「実はね、そのことなんだけど、陽菜はこっちのおばあちゃんの家で生活するっていうのはどう? 実はさっき、おばあちゃんから電話がかかってきて、『大事な友達がおるんなら、こっちで暮らしたらええ』って」
「じゃあ、私はアメリカに行かなくてもいいってこと?」
「ええ。そうよ」
「やったー!」
千輝と陽菜は喜びながら抱き合った。
その夜、帰るタイミングを完全に見失った町田を千輝は送っていくことにした。
「いや、すっかり長居してしまった。君の誕生日パーティなのに申し訳ない。あ、それと、お誕生日おめでとう」
「ありがとうございます。あの、町田さんって本当に探偵なんですか?」
「そうだよ? さっきも名刺を見せたじゃないか。まだ疑ってるのか?」
「い、いえ。違うんです。ただ、私も、高校生になったら、探偵助手としてアルバイトさせてもらえませんか?」
「は?」
「実は、探偵ってどんな仕事なのか、興味がありまして。ドラマで見る探偵とか、楽しそうだなと思って。なんか、憧れがあるんです。殺伐とした日常から離れられるんじゃないかって」
「探偵は、そんなに華やかな仕事じゃないよ。高校生探偵とか謎を解いて犯人を追い詰めるとかそんな出来事は現実には起こらない。全部誰かが書いたフィクションだよ」
「そう、なんですね……」
「まあでも、日常はずっと殺伐としていて、描く価値がないほど味気ないっていうのは間違いだ。それは君がそういうものにしか目を向けていないだけ。本当はいろんな発見や真実が隠れているものさ」
「どうやったら、そういうものに出会えますか?」
「いろいろ方法はあるが、いちばんは『視点を変えてみること』かな。新しいことを始めたり、遠くへ行ってみたり。そうすれば、目に映るものが新鮮なように感じてくる」
「なるほど、例えば、探偵助手をやってみる、とかですか?」
「君は本当にこだわるなぁ。言っておくけど、給料はそんなに高くは出せないよ?」
「え? じゃあ、いいんですか?」
「まあね、試してみないことには新しいものにも出会えないだろう。だた、もう一度言っておくけど、稼げたりはしないからね」
「はい! わかりました! よろしくお願いします!」
こうして、千輝はうぐいす探偵事務所の助手となった。
後編、いかがでしたでしょうか。お楽しみいただけたのなら幸いです。さて、このまま終わっても良いのかもしれませんが、最後まで読んでくださった貴方に、case2の情報を少しだけ。case2はきっと皆さんも大好きなアノ食べ物が主題のお話です。その食べ物にまつわる事件とは!?次のお話もお楽しみに!




