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前向きな人

作者: 元気温

「何とかなる…どうにでもなる…」

 青年は何度もおなじような言葉を繰り返し、自分を鼓舞し続けている。彼は今から陸上1500mの県大会に出場しようとしている。

 高校三年目にしての出場であり、敗北すれば次はない。必ずやり遂げるという不退転の覚悟を持って挑んでいた。

 日々の練習に耐えかね投げだしそうになったこともあったが、ここまでやり遂げてきた結果、大舞台に立つことができた。そのため彼は自分が強く思い、ひたむきに努力さえすれば何事もうまくいくものだとと思い込む、それが一番の成功の道だと確信した。

 もはや敗北の可能性は無い。

 スパイクに履き替え、軽いアップをする。周りにいるのはいずれも名の知れた有名な選手のみ。自然と体の動きも強張ってくる。彼はレベルが低いと言われている地区でなんとか出場枠に滑り込んだ人間である。同じ出場者と言っても大きな差を感じざるを得なかった。

 「かてる…負ける気はない…」

 最後になるまで勝負は分からない。次第に弱気になる自分を感じながらも、鼓舞することを忘れない。どのような困難であっても切り抜けてきたという自負があった。

 どんなに難しいテストでも赤点は回避した。先輩に怒られている時も謝罪し和解した。成功こそあれ失敗ではない。上手くいく計画を失敗させるのは最高の性格を求めるためである。初めから上を求めすぎてはいけない。無理のない計画、作戦こそが最善であり、理想なのだ。

 「選手の方はスタート位置についてください」

 いよいよ始まろうとしている。緊張は最高潮に達していた。もはや自分ではどうにもならないことが理解できた。スタートしたら二番手に着き、そのまま位置を維持する。それができなければ勝ち目はない。

 「オンユアマーク」

 号砲。走り出す集団の中心に潜り込もうと試みたその瞬間、悟る。明らかに自分ではついていけないペースで走る集団内に自分の居場所などない事に。どうしようもない無力感。100mを過ぎるころには銭湯付近にはいられない。

 なぜこんな場所にいるのか、羞恥心がこみ上げる。しかし、出場した以上は走りきるついていく。そう思っていたのだが、トラックを三周もする頃には何も考えられなくなってきた。

 後ろから走る姿を見る屈辱。自分がその位置に立つとばかり思っていた思い上がり。怒りや後悔でないまぜになりながらもゴールした。

 後ろから二番目のゴール、誰も自分を気にしない。無関心がありがたかった。もう無様を意識せずに済むのだから。

 荷物を置いていた場所に戻ると、一緒に出場しに来た同級生がすでに着替えていた。こちらに気づき、顔を向けた

「やっぱり速かった?」

 そう聞かれ、奥歯をかみしめる。

「手も足も出なかったね」

 そう言いながら笑った。笑うしかなかった。

 部活動もこれで終わり。競技を始めた当初は気楽な気持ちだったが、振り返ってみると感慨深いものがある。

 来年には進学が控えている。今日の事にいつまでも悩み続けていても仕方がない。切り替えよう。前を向いて次を見据えよう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ∀・)すごく短い掌編小説なんですけど、読んでみると凄く厚さを感じましたね。中身があるっていうのはこういうものを指すのかもしれません。感情の起伏が絶妙に変化していく様を肌に感じるようでした。…
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