第5話 ハイキング
俺は渋々ギルド【レナちゃんなんとか】の体験加入をした。体験加入は初心者向けに発案されたものだし、日付指定されていたあたり依頼でない可能性もある。
そこまでしてくれるのなら大変居心地の良いギルドかとも思ってたけど、
ギルドマスターであるレナが俺の隣で上機嫌に歩いている。両手を振ってぴょこぴょこ歩く様は可愛らしく別の言い方をすれば、
あざとい。
「いやぁ、なんだねえ? これは俗世で言うところのツンデレって奴なのかなぁ? わたしはジェイク君の名演技に騙されてしまったよぉ。ひっひっふーー!」
「え? なに最後の台詞、笑い声だとしたら気持ち悪い」
「ジェイ君は酷いな!」
「さりげなく名前を単略して距離を詰めようとするな」
「……ふぇええ「うるさい」」
俺が体験加入を申請しておいて目の前でバックれるなどの醜態を犯してしまえば俺の信用に関わる。ただでさえ追放者なのにそれは後々困る。
こんな登山は早々に終わらせて新しいギルドを探そう。
「……あのさ、言っとくけど俺は役に立たないからね? 荷物持ちとかなら全然いけるけど基本俺に期待しないでね?」
前もって言っておかなければならない。本当ならこんな事は言う必要はなかったのだが、
「お? 不安かなぁ? 魔物に襲われて膝をガクガク鳴らしても大丈夫だよぉ〜。なんせ今はこのレナちゃんファンクラブのギルドマスターであるレナ・ファルシオンがついているのだからねぇ!ひっひっふー!」
その出産しそうな笑い声はやめろ。
レナは雲一つない絶景の山を見上げて大きく息を吐いた。
「とまぁ、威勢を昂らせてみたものの仲間になってくれるジェイ君に嘘はつきたくない。実際は、だね……前もって他のギルドに頼んでこの辺りの魔物を駆除してもらってたのだよ。だからジェイ君に危険はないよぉ」
それは自分のギルドが如何に軟弱かを知らしめる一言だった。自分の力で解決出来ないからギルドに依頼を出す。
それは普通であって恥ずべきことではない。
しかしギルドからギルドに依頼を出すという事はプライドをかなぐり捨てた、弱小ギルド未満だ。
レナはバツが悪そうに頬を掻いている。
「笑ってくれて構わないのだよぉ〜」
「……笑わないよ」
「ほえ?」
「そうまでしてでもこの……【レナちゃ——なんとか】に入るかもわからないメンバーの安全を優先しようとしたんだろ? 誇ることすらあっても間違っても笑わない」
なんて惜しいんだ。心が揺さぶられる。
ギルド名がレナちゃんファンクラブでなければ……
レナは相変わらず頬を掻いている。薄っすらと顔を赤らめて少し恥ずかしげだ。
「いやねぇ、ギルド名はおいおい覚えてもらうとしてだねぇ、実は依頼したギルドから達成報告を聞いてないまま今回の散歩——じゃなかった! 体験加入を実地したんだよぉ」
散歩? 今コイツ散歩って言ったか!?
「それだとこの辺りに魔物がいるってこと?」
「そうだけど多分出会わないよぉ。大金も払ったし流石に外様のギルドだけあってやる気だけはあるからねぇ。今頃意地になって一角獣を討伐してる最中だろうさぁ……だから」
レナの目が怪しく輝いていた。俺の心の内を見透かすように、俺の一挙手一投足を見逃さないように。
「だから ジェイ君が無傷だったのなら特別に渡航費と報酬はあげようかなぁ。あぁでもでもギルド連盟には報告するよ? 【黒鋼の羽】は依頼達成もしないまま大金を踏んだくった畜生ギルドだってね」
【黒鋼の羽】俺が元いたギルド名。
たしか依頼はフーリンの森にいる魔物の討伐と一角獣の討伐だったはず。
俺が追放されてもう一週間は経っている。
なんでだ? 一角獣は強いけど見つけてしまえばペテロなら討伐出来ると思ってたのに……
「たまにくる外様の冒険者は勘違いしてるんだよねぇ。人間と同じさぁ。皮は一緒でも中身が違う……まったく、敵わないならとっとと井の中に逃げ帰ればいいのに、やれやれだよね?」
レナが肩をすくめて呆れながら言っていた。そして淡い唇に指を当ててハッとした。
「カエルだけに帰るってねっ!」
「……」
「あのね、井の中の蛙だからだね……カエルだけに——「わかってるから。あんまり上手くないから」
ーーーー
「おおお! こっちに来い! 【勇猛果敢】」
ペテロが雄叫びをあげながら一角獣を威嚇した。別のメンバーを狙っていたはずの一角獣は即座に振り返りペテロを標的として——
「っ——甲羅のように硬——が……はぁっ!? あ あ」
目にも止まらぬ速度で脇腹を穿たれていた。
一角獣の角にはペテロの肉が付着しており血が滴っている。不愉快なものを振り払うかのように首を左右に振り再度ペテロへと狙いを定める
「ペテロ! ペテロ! ど、どうして!? どうして一角獣一匹程度に……みんな! みんな起きて!」
素早くペテロを抱き起したアリティアが周囲を見渡した。夥しい血液の量、剣は折れ、鎧は砕かれ、最早パーティでまともに動ける者はアリティアだけだった。
「アリティア……逃げ……ろ……俺が時間を……稼ぐ」
「いやよ! はぁ、はぁ……か、かかってきなさい!」
アリティアの戦意を伴わない気迫は空へと放たれ
「 あ ペテロ ……逃げて 」
一角獣に胸を刺し貫かれ投げ捨てられた。
「あ あぁ、クソ……アリティア……アリティア……誰か助けて……誰か……助けてくれ——ジェイク」
アリティアの場所にすら目を向けることが出来ないペテロは空を見上げながら助けを、都合の良い願いを懇願した。
願いはいったい何処へ届くのか?
結果として一角獣はペテロへ背を向け遥かに後方を見据えた。鼻息を荒げ大地を脚で踏み鳴らし眉間の捻れた角を虚空へと突き立てる。
「
見合って見合って
はっけよい——塵も残さねえぜ!
」
ペテロにとって慣れ親しんだ声がたしかに届いた。
とてつもない衝撃が周囲を包んだ。
忘れていた慣れ親しんだ光景に安堵したかのようにペテロは意識を手放した。