第14話 犯罪集団
「……おい、グリム。ちょっと待て」
俺はグリムが書いた『犯罪』という物騒な二文字を指で何度も突いた。
「このギルド、もしかして悪魔を匿ってるとか、禁忌の魔導書を売り捌いてるとか……そういうガチなやつか? 俺、追放者だけど前科者にはなりたくないんだ。頼むから薬草の転売程度にしといてくれ。俺が前日から並んで朝イチで買い占めてやるからさ!」
「ジェイさんの元いた島では知りませんがこの大陸では薬学のない人が売るのも買うのも使うのも禁止ですよ」
「マジかよ!? だから馬鹿みたいに高額だったのか。そうなると、なんだよこの『犯罪』ってのは!」
グリムは最後の一口のお茶を飲み干すと、スッと立ち上がった。
「百聞は一見にしかず、と言います。ちょうどミック君たちが外で『作業』をしているはずですから、見に行きましょう。ジェイさん、口を閉じて驚かない準備をしてください。感動の涙はとっておくように」
グリムに連れられて街の中心部までやってくると、そこは異様な光景だった。
「……なんだ、あれ」
俺の視線の先。
街の街灯、商店の壁、果ては警備兵の詰め所の掲示板まで。
ありとあらゆる垂直な面に、見覚えのあるへんな文字が躍る紙が貼り付けられていた。
『 ~レナちゃんファンクラブ~ メンバー募集』
『どんな人でもウェルカム!まずは連絡してね』
しかも、貼り付けているのはミックとフィオだ。ミックは凄まじい跳躍力で建物の二階部分にチラシを叩きつけ、フィオは……あろうことか、街の銅像の顔面にチラシを糊付けしている。
「おい待て、あいつら何やってんだ!?」
「僕たちが言うところの『広報活動』、連盟が言うところの『不法投棄および公物損壊、並びに景観破壊罪』です」
グリムが淡々と解説する。
見れば、街の人々が「またあの子たちか……」といった、汚物を見るような、あるいは哀れむような、微笑ましい目でチラシを眺めている。
「連盟の書類に書いてあった『甲によってもたらされた被害』というのは、このチラシの山のことです。至る所に貼ってますからね」
「……街を汚したってことか。でもそれくらいで怒らなくて良いのに」
「弱小ギルドですからね。連盟からすれば、実力のある大手ギルドには強く言えない代わりに、僕たちのような『実態のよくわからない子供の集団』を叩いて、仕事をしているアピールをしたいのでしょう。いい標的、というわけです」
「……理不尽だよな……悔しいよなグリム」
「ジェイさん?……意外ですね。貴方はもっとクールな男と思っていました」
「そんな訳ないだろう!」
仮にだが、景観を損ねて罰を受けると言うのならば、清潔感最高な俺がマワシ一丁で街を練り歩いたら感謝してくれよ? 絶対しないだろ!
許せねぇなぁ!!
俺は、銅像の鼻の穴にチラシを突っ込もうとしているミックと、それを支持して楽しそうに笑っているフィオの顔を思い浮かべた。
肩を軽く回して捨てられたであろうクシャクシャなチラシを伸ばす。
「ったく、俺も手伝ってやるか」
まさに人生とは時の運なのだ。
俺がこの時にクシャクシャなチラシを見ていればあんな事にはならなかった。
「おいコラ、ガキ共! やっと見つけたぞ!」
怒号が響いたのは、街の広場にある噴水の前だった。
見れば、ガタイのいい冒険者風の男がミックとフィオの襟首をひっ掴んでいる。男の足元には無残に踏みにじられたレナお手製のチラシが散らばっていた。
「ひっ……!」
「ウウウ……ヴァァウウッ!!」
ミックが獣のような鋭い牙を剥き出し、男の腕に深く噛み付いた。
「ぐあああっ!? この野郎!」
男が怯んだ隙にミックは着地したが、隣のフィオは腰が抜けたのか、涙目でジタバタと足を動かすことしかできない。
「フィオ逃げ……よう!」
「やだ、足が動かないよぉ……!」
一人で逃げるわけにもいかず、ミックは再び男の元へ飛びかかろうとした。しかし、男は噛まれた怒りで完全に頭に血が上っていた。
「調子に乗るんじゃねえぞ、クソガキがぁ!」
男の拳に魔力が宿る。それは子供に向けて放つにはあまりに容赦のない、殺意すらこもった一撃だった。
フィオがぎゅっと目を閉じ、ミックが死を覚悟した――その瞬間。
「――見合って見合ってぇ……」
場違いなほどに野太く、そして冷静な声が空気を震わせた。
「見合ってって言ってんだろうが! こっち見ろオラァ!」
ドゴォォォォン!!
衝撃波と共に、冒険者の男が「あべしっ!」という情けない声を残して文字通り吹き飛んだ。男は噴水を飛び越え、さらに後ろの石壁にめり込んでようやく止まった。
呆然と目を開けるミックとフィオ。そこには、背中にチラシを何枚も貼り付けた、頼もしすぎるマワシ一丁の背中があった。
「ジェイさん……? 」
「ったく、お前ら。チラシ貼るなら背後にも気を配れよ。立派なRIKISHIになれないぞ?」
ジェイクは鼻を鳴らし、散らばったチラシを拾い上げた。
「ジェイ兄……強い」
「かっこいい! ジェーさん、王子様みたい!」
フィオとミックが目を輝かせて駆け寄ってくる。
子供たちからの純粋な「かっこいい」という称賛の嵐。
前パーティでは「不気味」だの「汚い」だの言われ続けていたジェイクにとって、それは何物にも代えがたい栄養源だった。
「ふ、ふん。まあな。これくらい朝飯前の四股踏み程度よ」
ジェイクは腕組みをし、グイッと顎を上げた。
「でも格好いいってのは違うな。本当に格好いい奴はぶん殴られるのをわかっていても好きな子の為に逃げない奴だ」
そう言って俺はミックのボサボサ髪を撫でてやる。
「よっしゃあ! もうビラ配りなんて終えて飯食いに行こうぜ! ちょうどレナの家に金があったからくすねてきたんだよ!」
「ジェイ兄……豪快」
「ジェーさん成金さんみたーい!」
「ジェイさん流石に怒られますよ。ここに先ほどの男が気絶している隙に……たまたま所有者不明のお金が落ちていたのでコレを使いましょう。なぁに、バレる可能性は4%です」
「流石はグリム! 今日は俺の歓迎会だからレナの金はお土産に使えば経費で大丈夫だろ!?」
「「「おー!!」」」
「皆さんこんにちは。解説役のレナだよぉ」
「合いの手役のジェイクです」
「早速だけどねぇ。今話の最初の方で言ってた【禁忌の魔導書】について説明するよぉ」
「その前に普通の魔導書を知らないからそっちお願い」
「……いきなり台本にない事を言うもんじゃないよぉ。んーっとね、普通の魔導書は人間を生きたまま本に移し替えるんだけど禁書は死体から作るんだよ」
「ごめん、この話しやめよう。そんなギトギトした設定要らないって。むしろ通常の方が倫理観バグってるって」
「魔法使いじゃない人はだいたい嫌悪感があるよねぇ。別に使い慣れた武器を今際の際に後輩に託す。そんな感覚だよお?」
「レナが今際の際になったあかつきには俺が魔導書を受け継ぐからな!」
「……話を戻すけど禁書の利点は誰にでも扱える。この一点だね。作れる人間は限られるけど重宝されてるよ」
「おおマジかよ! さっそく仲間にして今日から俺も魔法使いの一員だ! んで何処にいんの?」
「アサシンギルドで見たことあるよ」
「たしか暗殺とか死体処理とか請け負うギルドだったか。闇の世界に生きる職業ってわけね」
「いやね。ほとんどの魔書師は捕まったら高額で取り引きされてるんだよ。しかも合法。アサシンギルドは人探し特化の人が多いから偶然見かけた事があるんだよ」
「おお……マジかよ……」
「ちなみに見つけて魔導士ギルドに引き渡せば【レナちゃんファンクラブ】は十年ぐらい活動出来るよぉ」
「額が凄いぶんだけに、魔書師さんの未来を思うとやりきれねぇ。しかもその魔導士ギルドでレナが見たって言わないところに闇を感じる」




