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白い人々

作者: 京

朝がきた。朝焼けに目を細めて、僕は穏やかな海を眺めた。

この星の1日の始まりは、とても穏やかだ。この星の名前は『blancブラン』。フランス語であり、日本語では『白』という意味だ。どっかのフランス人探索者がこの惑星を発見したとかでこの名前がついた。理由は簡単。この星は地球よりも青いくせに、圧倒的に白色が印象に残るからだ。


近年、宇宙探索技術は飛躍的に進化し、最近では僕のような一般人でもぶらりと他の惑星に旅行に行けるくらいには一般的なものとなった。この宇宙には、人間が地球にとどまっていた頃にはほとんど知ることができなかった、たくさんの星が浮かんでいる。この星もその一つ。地球からはそれほど離れていなくて、比較的安価に旅行できるのに対してこの星を訪れる人間は全くと言っていいほどいない。理由は単純、この星は特出した観光資源がないのだ。地球で言う、日本の沖縄ほどの大きさの陸地がポツンと海に浮かんでいて、その陸地にもほとんど建物はない。唯一、浜辺の小さな町らしきところに白い小さな家が並んでいるだけ。あとは山や森で覆われている。


町の真ん中に広場があって、そこには小さな噴水があるけれど、本当にそれだけ。ゲーセンも、カラオケもカフェもショッピングモールもない。長閑で、静かで、旅行で訪れるとしたら、きっと退屈。だから人気がない。だから僕にとっては居心地がいい。


この星に来てもう3年が経つ。たまに地球に帰っているけれど、ほとんど永住していると言っていい。それほどここは、居心地がいい。


完全に夜が開けて、尚も太陽にキラキラ光る海を眺めていると、穏やかだった海が激しく波打ち始めた。この星の住人が、海から陸に上がってきたのだ。


この星の住人は、白い。頭からつま先まで、真っ白だ。見てくれは地球人と変わりがないのに。まるで海の中に色を忘れ去ってきてしまったかのように真白に存在している。朝から夜を陸地で過ごし、夜を海の中で過ごす彼らは、言葉を話さない。これも、この星が人気のない理由の一つ。そして僕の好きなところの一つ。彼らは穏やかで、優しくて、暖かい。自分たちと全く違う生き物である僕を拒否せず、輪に入れてくれる。僕は彼らを、勝手に白い人々と呼んでいた。


「おはよう」


光を反射して少し眩しい彼らに声をかける。彼らは僕の方を見て、にっこりと笑った。ああ、今日が始まる。きっと穏やかで優しいに違いない、今日と言う日が。


白い人々は陸地に上がると、まずは町の中にある自分の家の中に入っていく。少したったら出てきて、海に漁に出る人と、山に狩りに行く人に別れる。僕は今日は、漁について行く。海では白い魚が獲れる。そして山ではもちろん白い獣が獲れる。不思議なことに、獲れる魚も獣も、色を除けば地球のものとほとんど同じものだ。今日は鯵が大量なようだ。僕も負けじと釣竿をふるい、魚がかかるのを待つ。だけど全く魚の気配はなくて、ついぼうっとしてしまっていたら、急に強い力を感じて慌てて釣竿を引いた。


釣れたのは真っ白な鯛だった。いや、ちょっと灰色が入っている。驚いた。灰色が入っている生き物なんてこの星で初めて見た。僕が釣った鯛をどうしようか悩んでいると、隣で釣っていた人がヒョイと鯛を取り上げて、側にあるまな板でさっさと捌いて僕に寄越した。手際が良すぎて、何度見ても身惚れてしまう。僕は地球から持参してきた醤油を取り出してその灰色の鯛を食べた。美味い。


さすが、腐っても鯛、いや腐ってないけど。


ふ、とついつい笑みをこぼして、僕はありがとうと彼にお礼を言った。彼は微笑んで、釣りに戻った。はて、そういえば腐っても鯛とはこんな時に使う言葉だっただろうか。最近はほとんどをこの星で過ごしていて、およそ人との会話というものから遠ざかっているものだから、自分の言葉遣いというものに不安を感じるようになってきた。一度地球に戻るべきか。いや、やはりこの星の生活は捨てがたい。優先順位としては、真っ先に挙げるべきは自身の心の安寧であり、言語など二の次だ。どうせもう日本に戻るつもりもない。ならばまあ、いいか。


漁の後、昼食は各々で適当にとり、昼からはみんなでのんびり過ごす。お昼寝をしたり、海で遊んだり、日向ぼっこしたり。そして夕方にはみんなで宴会をする。それはほとんど毎日のことで、そしてとてもささやかなもの。町の広場にみんなで集まり、みんなでご飯を食べる、それだけのこと。だけど僕は、それを宴会と呼ぶ。楽しいからだ。このささやかで、小さくて、とるに足らないようなちっぽけな当たり前を、僕は当たり前にしてしまいたくなくて、特別であるのだと思いたくて、宴会と呼んでいる。


今日の宴会もいつもと変わらないのだろう。だけど、とても特別な時間。


広場に行くと、すでに白い人々は揃っていて、僕を待っていてくれた。慌てて広場に入ると、今日の食事担当者が僕にスープを渡してくれる。それを合図に宴会が始まった。広場に広がる大皿に乗った食事たちを、みんなで美味しくいただく。美味しい。素朴で、決して派手ではないけれど、とても心に染みる料理たち。今日もやっぱり、とてもいい日だった。


ふと、雨の気配を感じて空を見上げると、頭の上にはいつの間にか灰色の雲が広がっていた。そうか、今日はこれから雨か。ならば俺も、早いところ寝床に戻らなければいけないな。


俺と同じことを考えたのか、白い人々も次々と後片付けを始めた。今日の宴はこれにて終了。海に向かう彼らの後に、俺もついていく。朝、陸に上がる彼らにおはようを言い、夜、海に沈む彼らにおやすみなさいを言うのが僕の日課。


「おやすみなさい」


僕は白い人々に手を振る。


白い人々はにっこり笑って海に沈んでいく。


夜、海の中に沈んでいる白い人々がどうしているのか、僕は知らない。寝ているのか、起きているのか、泳いでいるのか、歩いているのか。だから僕は勝手に想像している。白い人々は、夜の海の中で、きっと魚になっているのだ。白い、白い魚たちに。鯵に、平目に、鯛に、鱸に。烏賊に、蛸に。はたまた海豚や鯱、鯨だろうか。そんな白い魚や海の生き物たちになって、この青く、黒く広い海を泳いでいるのだ。


いつの間にか降り出した雨が海面を揺らす。僕はそれをただ見ていた。この海の中、悠々と泳ぐ白い彼らに想いを馳せながら。


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