5. 葛藤
「……好き、好きなの……」
グレイスがジェームズにそう言ったのを聞いて、僕は目の前が真っ暗になったような気がした。それからどうやったのかはわからないが、いつのまにか僕は寮の自室についていた。
そうか……グレイスが僕を避けていた理由もこれで納得がいく。グレイスはジェームズが好きだったのだ。グレイスは泣いていたようだった。僕という婚約者がいながらジェームズと浮気するような子ではないから、ずっと悩んでいたのかもしれない。
黒い気持ちが胸の中で渦巻くのを感じる。グレイスとジェームズを会わせなければよかった。でもグレイスは僕の婚約者だ。誰にも渡さない。
でもそれは、彼女の幸せを奪うことになるのではないか? 僕の大好きなあの笑顔を奪ってしまうのではないか……
結局、僕は一睡もできなかった。
そのまま憂鬱な気持ちで学園に行く。グレイスとすれ違ったが、目をそらされてしまった。やっぱりグレイスは…… 僕はジェームズにかけられた挨拶も無視してしまった。
「ノア、大丈夫か?」
休み時間もそんな感じでいると、ポン、と僕の肩に手をかけジェームズが心配そうな顔で言った。
「なんか、朝からおかしくねえか? 体調悪いなら保健室について行くよ。それとも昨日なんかあったのか?」
昨日……グレイスの告白で忘れていたが、エレナに呼び出され、彼女がグレイスの絵の具を盗んだことがわかったんだった。どうやら、エレナは休んでいるらしい。
「ああ……それは、大丈夫だ。いろいろ片付いたら話すよ…………ジェームズっていいやつだな」
「何だよ急に。まあ、無理すんなよ」
ジェームズは本当にいいやつだ。昨日あれからどうしたのかはわからないが、グレイスとジェームズが僕を裏切ることはないと思っている。ジェームズがいなければ……と少しでも考えてしまった僕は最低だ。
「ジェームズは、グレイスのことが好きなのか?」
「本当に急だな…………ああ、好きだよ」
そう言うとジェームズはどこか悲しげに笑った。
そうか、ジェームズもグレイスのことが好きなんだ。
僕の姉さんとグレイスの兄さんは結婚するから、僕たちが婚約解消しても家同士の関係にさほど問題はないだろう。ジェームズは四男でも侯爵家だから、伯爵家の次男である僕よりもいい条件ではないか。グレイスとジェームズはどちらも絵を描くことが大好きだし、両想いなんだから……
邪魔者は僕だけだ。
僕がいなくなればすべてうまくいってしまう関係に嫌になる。そうするのが最善なんだろう。グレイスもジェームズも僕の大切な人なんだから……
でも、そうしたら僕のこの気持ちはどうすればいいんだろうか……ずっとずっとグレイスが好きだった。大好きな絵について語るきらきらした瞳も、絵を描くときの真剣な表情も、花が咲くような笑顔も全部好きだ。僕がグレイスを幸せにしたかったし、グレイスと幸せになりたかった。
グレイスを愛してる。
だけど……一番はグレイスに幸せになってほしい。あの笑顔を向ける相手が僕じゃなくなっても……
僕と出会えてよかったと、ずっと思っていてほしい。
* * * * *
授業が終わった後、僕はグレイスを呼んだ。
「グレイス、大事な話があるんだ」
「ノア様……」
久々にグレイスがちゃんと目を見てくれた気がする。これから婚約解消を申し出るというのに、グレイスが僕を見てくれることがとても嬉しいと感じてしまう。
「わかりました。ずっと避けていてごめんなさい」
一拍おいて、グレイスは覚悟を決めたようにうなずいた。
僕たちは学園の裏庭へ移動した。グレイスの告白を聞いてしまった場所だが、あまり人も来なくて都合がいいから仕方ない。
早く言わないと、と思うのに少しでも長くグレイスといたくて、言葉が出てこない。
グレイスはそんな僕をじっと待っていてくれる。
ふと、姉さんが『大事なことはちゃんと言葉にして伝えなさい』と言っていたことを思い出した。最後にグレイスへの想いを伝えてもいいかな……
でも、まずはこれを言わなくてはならない。
「僕と婚約解消してくれないか?」
そう告げると、グレイスは一瞬目を見開いた。しかしすぐに微笑み、うなずく。
「わかりました……最後に一つだけ、よろしいでしょうか」
「ああ」
「ノア様、私____