グレイス《後》
ノア様は私を学園の裏庭へと連れて行った。ゲームでは、3年生の卒業パーティーで婚約破棄を言い渡されるはずだったが、現実は少し違っていた。
ノア様は少しの間沈黙していた。こうして二人きりでいられるのも最後かもしれない。
「僕と婚約解消してくれないか?」
実際に言われると想像の何倍も悲しくて、泣き出しそうになったが、涙を堪えてうなずく。私、ちゃんと笑えているかしら。
「わかりました……最後に一つだけ、よろしいでしょうか」
「ああ」
「ノア様、私……あなたを愛しています」
最後は笑顔でいたいと思って、私は笑った。
踵を返すと、堪えきれなかった涙があふれた。
「ちょ、待って、グレイス」
「待ちません」
「こっちを向いてくれ、グレイス」
ノア様に引きとめられて、情けない顔を向けてしまう。
「グレイス、さっきなんて言ったの」
「何度も言わせないでください!」
意地悪なノア様を思わずにらんだ。
「愛してるって、言ったよね」
「〜っはい、言いましたよ! 私はノア様を愛しているのです!」
もうやけっぱちだった。
「これは僕に都合のいい夢?」
「え?」
ノア様が頬をつねって嬉しそうに笑った。
「だって、僕はグレイス、君を愛しているんだ」
「え?え?」
本当に、予想もしていなかったのだ、ノア様が私と同じ気持ちでいてくれていたなんて。
それから、ノア様とエレナが抱き合っていたのは本当に誤解で、ノア様は私がジェームズ様に告白していたと勘違いして婚約解消を申し出たのだとわかった。
「でも……私、悪役令嬢で……婚約破棄されるんじゃ」
思わず口に出してしまうと、
「よくわからないけど、グレイスは悪役なんかじゃないよ。優しい僕の婚約者だよ……これからもそうでいてくれるなら……それから、僕と結婚してくれませんか?」
ノア様がそんなことを言ってくれて、今度は嬉しくて涙が止まらなくなった。
答えなんてとっくに決まっていた。
それから、エレナが私の絵の具を盗んでいて……私や他の攻略対象の婚約者にもいじめられていると嘘をついていて、学園を退学したことを聞いた。ゲームとはまるで違う展開だった。
私は大切な絵の具が返ってきて……それからエレナが私にいじめられていると言ってもノア様が私を信じてくれて、とても嬉しかった。
* * * * *
そして、先日学園を卒業した私たちだったが、ノア様が早く結婚したいと言ったので、結婚式はなるべく早く行うようにした。私もその気持ちは同じだった。
いよいよ明日が結婚式である。
なんだか私は寝つけなくて、例によって翡翠色の絵の具を見つめていた。
思い返してみると、ノア様と出会ってから色々なことがあった。自分が悪役令嬢だと気づいたときは、こんな未来があるなんて信じられなかったわ。
ノア様と結婚できるのは本当に嬉しい。
でも、ようやく両想いになって、ノア様も私といちゃいちゃしたいと思っていたことがわかってから、ノア様は『愛してる』とか『かわいい』とか毎日のように言ってきて、私は恥ずかしくて死にそうなのだ。前世で恋愛経験0だった私にはハードすぎません?
キスされるだけでいっぱいいっぱいなのである。結婚したらもうどうなってしまうのか……でも、ノア様に愛されてるなと感じるのがとても嬉しいのも事実ではあるけれど。
不安もあるけれど、やっぱり楽しみで眠れない。お兄様たちの結婚式のように素敵な式になったらいいなあ。
式の準備はばっちりなはずだ。今や王国で大人気の画家となったジェームズ様が私たちの絵を描いてくれたのだ。とても素敵な絵で、本当に素敵な友達を持ったなと思う。私もジェームズ様が結婚するときには絵を贈りたいと思っている。
ああでも、私のウエディングドレス姿はまだノア様に見せていないのだ。ドレスはキャサリンお義姉様と一緒に選んだので大丈夫だと思うのだが……綺麗だと思ってくれたらいいなあ。
本当に、こんな日が来るなんて思ってもいなかったけれど……これからもノア様と一緒に笑っていられるなら、私は何だってできそうだ。
そんな幸せな予感を抱きながら私はまぶたを閉じた。