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三章 ワーキャットの里帰り 十話

 アルラウネに案内された先にはアルドミラのルナーリア様の森で見たような花畑だった。光合成をしていたアルラウネたちは俺たちを見て警戒心を露にする。


「お、おい、どうしてそいつらをここに連れてきた!?」

「これを見ろ。クイーンへの献上品だ」

「なっ――」


 レフィーナの蜜を見たアルラウネたちは全員ゴクリと喉を鳴らして押し黙る。


「ボニファーツ中尉達はここで待機してください。俺とレフィーナでクイーンアルラウネと交渉します」

「了解しました」


 ボニファーツ中尉たちとオリヴィア、それにサラを花畑の入り口で待たせ、俺とレフィーナだけで中央に鎮座している大きな花のつぼみへと向かった。

 大きいと言ってもルナーリア様ほどではない。マリーたち村のアルラウネの花よりは大きいが、レフィーナの花よりも小さく、とてもクイーンアルラウネの花には見えない。しかし、ここにはあの花以上に大きな花は無いので、あれがこの森のクイーンなのだろう。

 俺たちが近付くと、つぼみが動いて広がっていき、中央から草のドレスを身にまとったアルラウネが姿を現した。


「……まだ子供じゃないか」


 咄嗟に呟いた俺の言葉を耳にした少女は眉をひそめて苛立ちを示した。まずい、聴こえたか。

 だが、ルナーリア様のような女王が出てくると思っていたので、同年代っぽい女の子が出てきて拍子抜けしてしまったのは事実だ。

 レフィーナよりは年上かもしれないが、ルナーリア様のような大人の女性って感じはしない。外見でアルラウネの年齢は測れないが、せいぜい20代ではないだろうか?


「おい、何だ、この無礼な人間は?」

「申し訳ありません、エルシリア様。おい、人間、いくらなんでも失礼だぞ!」

「ご、ごめん…………すみませんでした」


 ダメだ。咄嗟に敬語が出てこない程度には、俺はこのクイーンアルラウネを侮ってしまっている。それもこれも全部レフィーナのせいだ。

 レフィーナに比べたらたいしたことはないという感情が俺の中に常にあるために、どうしても彼女を警戒することが出来ない。

 これ以上、ボロを出すわけにもいかないので、さっさと自己紹介を済ませて通行許可を貰ってしまおう。


「俺はアキトといいます。こっちは契約者でクイーンアルラウネのレフィーナです」

「クイーンアルラウネだと?」

「はい。魔力で分かりませんか?」

「確かに高い魔力を感じるが……私よりも小さなアルラウネがクイーンとは」

「む……確かにぼくは背が低いけど、魔力量は君よりもずっと上なんだよ」


 そう言ってレフィーナは身体の内に秘められていた魔力を少し開放する。エルシリアと呼ばれたクイーンアルラウネは、それに反応するようにぴくりと身体を震わせたが、すぐに平静を装った。クイーンを名乗っているだけはあるようだ。格上の魔力を前にしても必死で態度を崩さないようにしている。


「……エルシリアだ」

「よろしくね、エルシリア」


 レフィーナが蔓を伸ばしてエルシリアの蔓と握手ならぬ握蔓する。そこは手でしろよ。

 エルシリアは頑張っているが、どう見ても主導権はレフィーナにある。それが分かっているのか、周囲にいるアルラウネたちは不安そうな表情だ。

 おそらく、レフィーナにこの森が乗っ取られるのではと考えているのだろう。


「エルシリアはぼくよりは年上みたいだけど、まだクイーンになりたてなの? 森の大きさよりも根の範囲が狭いけど」

「さ、三年前に亡くなった母上の後を継いで、私がクイーンになった」

「それでかぁ。森に聞いてみても、ワーキャットたちをまともに追いかけていないようだったからおかしいと思ったんだ。侵入者の排除より、根を伸ばすための魔力集めに必死なんでしょ?」


 エルシリアが恨めしそうに周囲の木々を睨む。

 怒るのも無理はない。育ててやったアルラウネの内情を、勝手にレフィーナに流したのだから。


「そんな君たちにプレゼントだよ」


 レフィーナはチラリと蜜を渡したアルラウネを見る。

 アルラウネはびくりと身体を震わせると、蔓を使ってエルシリアに蜜を渡した。


「えっ!? こ、これは……?」

「ぼくの蜜だよ」

「な、なぜそんな貴重なものを私に? 何が狙いだ! いくら高純度の蜜とはいえ、母上から引き継いだこの土地は渡さないぞ!」


 どうやら、逆に警戒させてしまったようだ。

 アルラウネたちにとって蜜は超貴重品であり、それを生成する大変さを理解しているエルシリアだからこそ、軽々しく蜜を渡してくるレフィーナを不審に思ったのだろう。


「ぼくにはもう住んでいる村があるから、ここの土地はいらないよ。ただ、しばらくの間この森に身を潜めているワーキャットたちに手を出さないで欲しいんだ。一応数名のアルラウネを追跡に出しているよね?」

「くっ……しかし、ワーキャットたちはこの森の魔獣を狩っているようだった。あれは私たちアルラウネにとって貴重な栄養源だ。このままでは私たちは身動きが取れなくなってしまう」


 結局は食料と魔力の心配ってことか。

 それなら、俺とレフィーナで解決してやれる。


「俺たちはワーキャットたちに十分に行き渡るほどの食料を持ってきていますし、襲ってくる魔獣は殺さずに追い返せるだけの力もあります。これ以上森に生息している魔獣の数は減らさないし、必要なら仕留めて土産に持ってきます。どうですか?」

「う、うん……それなら、まあ。悪い話ではないな」


 実際は破格の条件であり、悪くないどころか最高の提案だと思うのだが、アルラウネのプライドがあるのだろう。エルシリアは歯切れ悪く了承した。


「そうだ。その蜜を飲んだら、その子にご褒美をあげて。ぼくたちをここへ案内する判断をしたのはその子だから」


 レフィーナが蜜を渡したアルラウネを蔓で指して教える。


「あ、ああ……分かった」


 エルシリアは手に持っていた蜜を凝視したまま答える。あれは今にも涎が足れそうなほど期待している顔だな。

 偉そうな口調のアルラウネだが、結局はレフィーナと同じ甘党アルラウネだ。人間と契約して味覚を得ていないので、村のアルラウネたちですらヨーグルトに混ぜないと食べない蜜に口を付けて、ごくごくと美味しそうに飲んでいく。

 夢中でレフィーナの蜜を飲んでいたエルシリアは、ゆっくりと時間をかけて飲み干した後、恍惚の表情で天を見上げた。


「どう? ぼくの蜜、美味しかったでしょ?」


 エルシリアはレフィーナに声をかけられて、はっと我に返り姿勢を正す。


「わ、悪くなかったぞ? 感謝する」


 精一杯の虚勢を張った表情がちょっと可愛い。

 エルシリアは自らの葉で作った袋に蜜を少量生み出して流し込むと、アルラウネに蔓で渡した。


「あ、ありがとうございます」


 アルラウネは受けとった蜜を大切そうに抱えると、少し離れたところでチビチビと飲み始める。なんか可哀そうなのであの子にもレフィーナの蜜をあげたいところだが、それを言うとレフィーナは嫌がるだろうし、他のアルラウネたちも欲しいと言い出しかねない。ここは黙っているのが得策だ。


「俺たちはワーキャットたちと合流しますので、これで失礼します」

「分かった。そいつらを追いかけているアルラウネには戻るように命じるから、くれぐれもこれ以上獣を狩らないように伝えてくれ」

「任せてください」


 俺とレフィーナはエルシリアに別れの挨拶をすると、入り口で待っていたみんなと合流する。


「上手いこと話がまとまりました。これで里の人たちは安全です」

「そのようですね。では、レフィーナ殿、再び案内を頼みます」

「うん。付いて来て」


 レフィーナは上機嫌で森の声を聞いて俺たちを案内した。


「レフィーナさん、出来る限り急いでもらえますか?」


 すると、ワーキャットのロードリック曹長がレフィーナに提案した。


「ん、どうして?」

「クイーンアルラウネとの会話は私にも聞こえていましたが、魔獣を狩らない、里の人々にも狩らせないという約束をしていましたよね。ということは、早く里の人々と合流してその事を伝えないと約束を破ることになります」

「あっ、そうか! 急がないと!」


 レフィーナは即座に歩くスピードをあげた。ケンタウロスの二人がレフィーナの進む無茶苦茶な凸凹ルートに四苦八苦している。


「中尉、実際ヤバいですよ。魔獣は見境なく襲ってくるものがほとんどですから、里の人々は魔獣に出会ったらためらいもなく仕留めると思います」

「ですね。とにかくレフィーナ殿に最短距離で進んで貰うしかありません。ジュスタン少尉、アーネスト軍曹、カミーユ一等兵、ジュスタン少尉を分隊としてヴェンデルガルト少尉とマヌエラ少尉をサポートして進め。我々は先に行く」


 隊を分けるか。ケンタウロスの二人には悪いが、今は時間が惜しいので仕方ない。


「ペースを上げますか?」

「はい、可能ならお願いします」


 俺はレフィーナを抱えると、彼女の支持する方向へと駆け出す。


「アキトちゃん、お姉さんはこっちの分隊をフォローするわ」

「頼む!」


 オリヴィアは分隊に残ってゆっくりと合流する道を選んだようだ。


「分隊のみんなは道が分かりますかね?」

「ジュスタン少尉の鼻とアーネスト軍曹の耳があれば、我々の後を追いかけることくらいは出来るはずです」


 なるほど、狼の鼻と猫の耳を使うのか。さすが獣人だ。


「行くぞ、レフィーナ。進む方向を指差し続けてくれ」


 俺は竜の翼を広げると、空を飛んで森の木々の間を縫うように飛行した。

 それに対して、サラ、ボニファーツ中尉、ロードリック曹長、ヴェラ伍長、クレスの5人は走って付いてくる。


 ワーキャットとコボルトは身軽なので分かるのだが、ミノタウロスの中尉とクレスが飛んでいる俺に付いて来られるのには驚いた。さすがは軍人、バランス感覚まで鍛えているのだろうか?

 俺が真似したら絶対に滑って転ぶことになると思う。


「アキトくん、ダメだ。ワーキャットたちが移動してる」

「魔獣から逃げてるのか?」

「違うよ、ぼくたちから。たぶんアルラウネと勘違いしてるんだ」

「なっ!」


 しまった。この状況で一直線に近付いてくる音がすれば、ワーキャットたちが逃げるのは当然じゃないか。

 すると、同じように気が付いたロードリック曹長が報告する。


「中尉、こちらから逃げるように移動している音が聞こえます」

「なに? そうか、我々をアルラウネだと思っているのか」


 待てよ?

 逆に言えば、俺たちはお互いの移動音を察知できるほどの距離にいるという事だ。


「サラ、大声で話しかけろ。それで向こうは分かるはずだ!」

「え? あっ、はい! 分かりました!」


 サラはその場で立ち止まると、息を大きく吸い込んだ。


「みんな! わたしはサラです! テラの娘、カルウル村のサラです!」


 サラの声が森の中を通り抜ける。

 すると、レフィーナとロードリック曹長が同時に反応した。


「「止まった」」


 俺はサラと顔を見合わせる。


「向こうからも返答があった。数名がこちらへ向かっている」


 ロードリック曹長が耳を澄ませながら伝えてくれる。


「わ、わたしももっと聴力を鍛えておけばよかったです……」

「いいじゃないか。向こうにサラの声が届いたんだから。ここからは歩いて近付こう」


 こうして俺たちは、リネルの里のワーキャットたちと合流することが出来た。

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