三章 ワーキャットの里帰り 八話
俺はレフィーナとクレスの2人と共に、草木や岩陰に隠れながら里の中に潜入した。
リネルの里は大きく分けて5つの村の集合体だ。俺たちがいるのはその一番南に位置している村になる。
畑の近くにぽつぽつと家が見える。大きくなる前のミルド村よりも更に小さく、家が集合している場所はほとんどない。
そしてオリヴィアの言った通り、魔獣除けの柵が無い南側の入り口にはギドメリアの軍人が立っていた。近くのやぐらにも一人いて周囲を監視している。
オリヴィアの超視力がなければ見つかっていたな。
見張りに気付かれずに接近できた俺たちは、人気の無いところから柵を乗り越えて内部に侵入し、警戒されていない内側から一方的にギドメリア軍を確認する事が出来た。
「どうするアキトくん。始末する?」
レフィーナの物騒な提案にクレスがギョッとして振り向いた。
「だ、ダメですよ。私たちは偵察に来たんですから、わざわざ敵に気付かれる様な行動をする必要はありません」
「そうかなぁ? 全員始末すれば、気付かれても関係ないけど」
クレスは唖然として固まった。
レフィーナの怖いところは本当に実現できそうなところだな。
「可能ならやってもいいが、まずは里の人達の安全確保が先だ。奥に進むぞ」
「それもそっか」
レフィーナはあっさり引き下がると俺の後についてきた。
隣を歩くクレスが俺の顔を見上げる。
「どうした?」
「いえ、アキトさんの凄さが分かった気がします」
「なんだよそれ。俺は別に凄く無いよ。凄いのはレフィーナだ」
「ふふふん。ぼくはクイーンだからね」
レフィーナは得意げに胸を張る。こういう所は子供っぽいままなんだよな。それがまた怖くもある。
そして俺たちは身を隠しながら南の村の偵察を終え、北上する。
しかし、里の北の端まで来てもなお、ギドメリアの軍人たち以外の人を発見することが出来ない。
「どこかの建物内に監禁されているのでしょうか?」
「可能性はあるな。けど、これだけ家と家の距離があって、バラバラに生活している人たちを一か所に集める事なんて出来るか? 普通は誰かしら逃げ延びている奴がいるものなんだが……」
俺はキョロキョロと辺りを見渡す。
畑と森しかない。ド田舎の風景だ。
「……そういえば、サラが近くにアルラウネの森があるって言っていたな」
「あっ! 確かに初めて会った時にそんな話をしていたね!」
「ってことは、レフィーナ。ミルド村の時と同じ手が使えるぞ」
「うん。任せてよ。行ってくるね」
レフィーナは元気よく頷くと、堂々とギドメリア軍へと近付いていく。
「えっ!? ちょ、ちょっと、何をする気ですか!?」
「大丈夫。レフィーナを信じて、俺たちは物陰から様子を伺うぞ」
家の裏側に隠れてギリギリ会話だけは聞こえる距離を保ち、レフィーナがギドメリア軍と接触するのを待つ。
「ねえ、君たち」
「うわっ! な、何だ、お前!」
「ぼくはクイーンアルラウネのレフィーナだよ。きみたちここの住人じゃないよね。ここの住人たちがどこに行ったか知ってる?」
「クイーンアルラウネだと!? お前みたいな小さいのがクイーンのわけがないだろう」
「は?」
家の裏側から、途轍もないほど強大な魔力が噴き出す。
あのバカ、魔力を全開にしやがった。
「クレス、離れるぞ。敵が集まってくる」
「わ、分かりました」
俺は家の裏側では集まってくると思われる軍人たちから隠れきれないと判断し、即座に遠くの林の中へと逃げ込んだ。
地面に伏せて、草の間から顔を覗かせるようにして遠くに見えるレフィーナの様子を伺っていると、案の定周囲から軍人たちが集まってくる。
「だ、大丈夫でしょうか?」
「レフィーナならあの数も相手に出来ると思うが、恐らくは戦いにならな――え」
そこで俺たちの目に、有り得ない生物の姿が飛び込んできた。
全身を鱗に覆われ、長い尻尾を持つ巨体が、蝙蝠のような翼で空を翔ける最強の生物。
「……ドラゴン」
クレスは小さく呟いた。
そう。俺たちがまだ見に行っていなかった里の東側の村の方から飛んできたのは、間違いなくドラゴンだった。
宝石のような深く青い鱗が陽光を反射してきらめいている。
レフィーナはその場を動かない。一早く存在に気付いたはずだが、魔力ではレフィーナの方が勝っているので逃げる必要はないと考えているのだろうか?
「まさか魔王ってわけじゃないよな?」
「違うと思います。けど、ドラゴンは私たちの戦力じゃどうしようもありませんよ。どうにかして本部に連絡を入れて応援を呼びましょう」
「どこかの家の電話から連絡は取れると思うが、その前にレフィーナだ。あいつ一向に逃げる気配がない。もしかして対等の種族として扱われているのか?」
ドラゴンがレフィーナの近くに着地してからというもの、他の軍人たちはドラゴンの後ろに逃げ、レフィーナとドラゴンが面と向かって何かを話している様に見える。
この距離だと睨み合いにしか見えないが、戦闘にならないところをみると、もしかしたら順調なのかもしれない。
「あっ、動きました。こっちに来ますよ!」
「よし、もう少し奥でレフィーナと合流したら、話を聞こう」
俺たちは林の奥へと入ってレフィーナが来るのを待ち、合流したところで再び魔力を隠して南下し、サラの待つ里の南の外れへと帰り着いた。
俺たちが戻ると、岩陰に隠れていたボニファーツ中尉が姿を現す。
「アキト殿、こちらです」
案内されるままに巨大な岩の裏側に入ると、そこには馬車二台が完全に隠れるほどの巨大な堀が作られていた。
偵察に行く前はこんな地形ではなかったはずだ。
「こ、これって」
「ジュスタン少尉の大地魔法で地形を変えたのです。素晴らしい魔法でしょう?」
「は、はい。驚きました、大地魔法にこんな使い方があるんですね」
魔法とは何かを生み出すものだと思っていたが、こういう引き算みたいな使い方もあるんだな。
「それでアキトさん、どうでした?」
サラが不安そうな顔で尋ねてくる。
「それが――」
俺は里中を歩き回って見てきたものを包み隠さずサラに伝える。
「――里にはギドメリア軍以外誰も居なかった」
「え?」
「安心してくれ、民間人の中でギドメリア軍に襲われて怪我したり、亡くなったりした人はいないそうだ」
「ど、どうしてそこまで分かるんですか?」
「レフィーナが直接、ギドメリア軍から聞いて来たからな」
あっけらかんと言うと、ボニファーツ中尉が焦ったように顔を俺に近付ける。
「なっ! なんという事を! 敵に警戒されてしまえば、これ以降は攻め込むのが困難になりますよ!」
「だ、大丈夫です。レフィーナは近くの森からやってきたアルラウネってことでギドメリア軍から情報を得ただけですから」
ボニファーツ中尉が固まる。
あ、処理落ちしたよ、この人。理解不能って顔をしていやがる。
俺は全員に分かるように順を追って状況を説明した。
近くの森にアルラウネが住んでいるというサラの情報を逆手に取って、里を侵略しに来たアルラウネに扮して情報を得た事。里の人たちはギドメリア軍が到着した時には全員家を捨てて逃げた後であり、ギドメリア軍は物資の補給のために無人の家を漁っていたところだった事。ギドメリア軍の指揮官がドラゴンだった事の3つを伝えた。
「ドラゴンですか……我々だけでは足止めすら難しいですね」
敵のドラゴンは人間と契約していないので、俺とレフィーナとオリヴィアが協力して戦ってギリギリ倒せるか倒せないかというところだと思うが、他の敵もいることを考えると無理だろうな。
「一応、誰もいない家の電話を使ってクレスが本部に連絡したんですが、敵がリネルの里に潜伏しているという情報は俺たちよりも先に村に居た軍人から伝っていました」
「なるほど、では連絡を入れた上で民間人たちと共に身を隠したということですね」
「はい。追加でドラゴンの存在を伝えたので対抗できるだけの数を集めるためにも、到着は明後日になるそうです」
「そうか、しかしそれは仕方のないことだ。我々はその間に、逃げたという里の人々を探すのがいいだろう」
ボニファーツ中尉はチラリとサラを見て言う。
「あ、ありがとうございます。でも、みんなどこに逃げたんだろう」
馬車の横で休んでいたエンデ少尉がサラの言葉に反応する。
「確かに不思議ですわね。南にある他の町や村に逃げたのであれば、わたくしたちとすれ違うか、各町村にいる部隊から連絡が入っているはずですもの」
そうなのだ。普通は南に逃げる。北と西は森しかないのだから。けれど、あの里の人たちは普通では考え付かないような逃げ道を使っていた。
「サラ、レフィーナはクイーンアルラウネに備わっている能力で、里の人たちがどこへ逃げたのか突き止めてくれたんだ」
「えっ! ど、どこですか!?」
俺がレフィーナに視線を向けると、他のみんなも一斉に彼女へと視線を集めた。
「ぼくが森から聞いた話によると、今朝、たくさんのワーキャットたちが西に向かって森の中を進んで行ったんだって」
「に、西? で、でもレフィーナちゃん、西はアルラウネの森があって危険だから、誰も近付こうとしないんだよ?」
「そうらしいね。でも、森がそう言っているんだから間違いないよ」
レフィーナの能力は本物だし、森がレフィーナに嘘を言ったとは考えにくい。
すると、オリヴィアが何か気付いたように口を開いた。
「もしかして、アルラウネにギドメリア軍の相手をしてもらおうと思ったんじゃないかしら?」
「まさか、そんな都合よく行くわけがありませんよ。アルラウネはハウランゲルでは敵対種族です」
ボニファーツ中尉が即座に否定する。
「どうかしら? サラちゃん、ワーキャットは耳が良いし、森の中で追いかけてくるアルラウネから逃げることも可能じゃないかしら?」
「た、確かにアルラウネは足が遅いし、森の中なら動けば動くだけ音が出るから逃げるのは難しくないですけど……」
「やっぱりね。里の人たちはアルラウネと危険な鬼ごっこをしてでも、森を突っ切って逃げる道を選んだのよ。もしも成功したら、ギドメリア軍が森に踏み入った場合はアルラウネが相手をしてくれるから、自分たちはハウランゲル軍が助けに来るまで潜伏していればいいんだもの」
なるほどな、その考え方なら一応の辻褄は会う。
ボニファーツ中尉もあり得る話だと思ったのか、先ほどのような否定はしなかった。
「とにかく、西の森に行ってみませんか? 俺たちにはレフィーナがいますし、もしもアルラウネたちと鉢合わせても乗り切れると思います」
「アルラウネたらしのプロもいるしね」
「妙な異名を付けるな」
オリヴィアの軽口をほとんど反射で受け流すと、俺は『冷蔵庫』から食料を出した。
「レフィーナ、今のうちに補給しといてくれ。アルラウネとの交渉、場合によってはクイーン対決になりかねない」
「うん。ぼくが他のクイーンに負けることは無いと思うけど、若いからって舐められたくないしね」
レフィーナは頷くと、俺が出した大量の食糧を身体から生み出した巨大な花で包み込み、一瞬のうちに飲み干した。
その人離れした食事シーンにボニファーツ中尉たち軍人は青い顔をしていたが、気にしないでおこう。アルラウネとはこういう生き物だ。
「ふう。だいたい満タンまで貯め込んだよ。いまならドラゴンと一騎打ちでも負けないと思う」
「頼もしいけど、止めてくれよ」
俺はレフィーナと共に西の森目指して歩き始める。
オリヴィア、サラ、軍人たちという順番で後に続いた。
レフィーナの身体から蔓や花を出す能力は魔力だけでなく身体のエネルギーも大量に消費します。そのため小さい身体に似合わず食事量が多いです。
アキトはミルド村で一緒に暮らす中でこの生態を理解していたので、彼女の万全を引き出すために大量の食糧を与えました。




