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三章 ワーキャットの里帰り 六話

 馬車での移動を開始して数時間が経過した。

 二台ある馬車は一列に並んで街道を進んでおり、一台目に軍人たち、二台目に俺たちが乗っている。

 馬車内部は進行方向向きの座席が三列あり、それぞれ三人ずつ伸び伸びと座れる広さがあった。

 前列に俺とボニファーツ中尉。中列にオリヴィア、サラ、クレスが座っている。後列は荷物置き場として使うことにした。

 レフィーナは光合成がしたいとのことで二台目の屋根の上に座り、高位魔力感知と目視で周囲の安全確認をしてくれている。

 俺は中尉に小隊長が俺たちと同じ馬車で良いのかと尋ねたが、一台目はベテラン揃いなので隊長である中尉がいなくても分隊として機能するそうだ。

 そう考えると、こっちは戦闘力こそ高いが、連携の訓練などはしていない素人集団に半人前のクレスだ。指揮を取れる中尉がいたほうが良いという判断も理解できる。

 不意に、馬車の窓がコンコンと音を立ててノックされる。

 俺が気付いて窓を開けると、そこから植物の蔓が入り込んできた。


「アキトくん、喉乾いた~」

「おお、分かった」


 俺は『冷蔵庫』から水筒を取り出すと蔓に渡す。

 蔓は器用に水筒に巻き付くと、窓の外へと持って行った。


「はわ~、その魔法、便利ですね~」


 俺たちのやり取りを眺めていたクレスが感嘆する。


「確かに遠征任務ではとても重宝しそうですね。アキト殿が羨ましい」

「その魔法はオリヴィアさんのですか?」


 クレスは真上を見上げるようにしてオリヴィアに尋ねる。彼女は現在、オリヴィアの膝の上に半強制的に乗せられているのだ。

 隣にはサラもいて、オリヴィアは終始ご機嫌である。


「お姉さんの魔法じゃないわ。あれは空間魔法って言って、ここにはいないアキトちゃんの契約者が使っていた魔法なの」

「アキトさんって、まだ他にも契約者がいるんですか?」

「ええ。エメラルドちゃんって言って、とっても美人の竜人の女の子なのよ。お姉さんたちはミドリちゃんって呼んでいるわ」

「竜人の方ですか。それも美人の女の子……もしかして、全員アキトさんの彼女ですか?」

「んなっ!? ひ、人聞きの悪いことを言うなっ! 俺は誰とも付き合ってない!」


 俺は思わず振り返って叫ぶ。


「そうなんですか? でも、アキトさんの契約者、女性ばっかりじゃないですか。その上、今はサラさんのためにリネルの里を守りに行くんですよね? でもでも、サラさんとも付き合ってないってことですか?」

「う、うん……まあ、そうだけど」

「こんな美人に囲まれた環境にいて、契約しちゃうくらい仲が良いのに、誰とも付き合ってないなんておかしくないですか? 中尉、どう思います?」


 そこで話題を中尉に振るなよ!?

 大人の男からマジの正論をぶつけられたら、俺は立ち直れなくなるぞ?

 ただでさえ、自分の中の好きという感情が良く分からないことになっているんだから、今揺さぶりをかけるのは止めてくれ。


「確かに違和感はあるが――その前にオリヴィアさん、この話題は我々が触れても良い内容ですか?」

「そうねぇ、今ちょっと複雑な関係になって来ちゃったところだし、出来れば止めて欲しいわ」

「分かりました。そういうことだ、クレスツェンツ二等兵。部外者が興味本位で人の恋愛に口を挟むものじゃない」

「は、はい……ごめんなさい」


 さすが中尉。助かりました。

 サラとオリヴィアの前でこういう話はしたくなかったので、ほっと胸を撫で下ろした。いつか来るその時に備えて、自分がどうするべきかを考えておかないといけない。

 俺はしばらくの間、みんなに対して抱いている好意に違いがないかを考えることにした。




 途中、何度か休憩を挟みつつ、日が沈む直前に馬車はラドーラという小規模の町に着いた。

 今日はここのホテルで一泊するらしい。ホテルの部屋はハウランゲル軍が予約してくれているので楽だ。


「明日も早朝から馬車で出発しますので、今日は早めに休んでくださいね」


 ボニファーツ中尉に釘を刺され、オリヴィアは残念そうに返事をした。どうやら酒場に向かおうとしていたらしい。

 セイレーンの件もあるし、オリヴィアと酒を飲みに行くのも面白そうではあったのだが、今回は見送るしかなさそうだ。


「にしても、明日も馬車ですか。ハウランゲル軍には軍用車とかないんですか?」


 俺はハルカたちと一緒にドレン要塞都市へ向かった時の事を思い出しながら尋ねる。

 向かう先が田舎だからバスが出ていないというのは分かるが、軍隊なのだから車くらい持っているだろう。


「ないわけではありませんが、台数に限りがあります。基本的には民間人が使うバスと同様に町と町を移動するために使用していますので、リネルの里へ向かう我々には与えられませんでした」


 やはりそうか。

 アルドミラでも軍用車がわざわざ俺のところまで迎えに来たのは、ハルカやゲルミアさんたちがいたことと、俺がヴィクトール元帥に指名されていたことが大きかったはずだ。車の普及台数や雷の魔石の総数から考えても、襲われるかどうかも分からない田舎村の集合体であるリネルの里に向かう小隊に軍用車両が手配されないのは当然だ。


「それに、馬車がなくなるとケンタウロスの仕事が減ってしまいますからね。わたくしからしてみれば、その方が困りますわ」


 俺たちが乗る馬車を引いてくれていたケンタウロスのヴェンデルガルト少尉が肩をすくませる。


「ケンタウロスって、やっぱり馬車を引くことが多いんですか?」

「当たり前――ああ、貴方はアルドミラ出身でしたね。いいでしょう、説明して差し上げるわ」


 少尉はとても饒舌にケンタウロスについて語り始める。どうやら自分の種族に誇りを持っているようだ。


「そもそも、車などというものが誕生する前は、わたくしたちケンタウロスがこの国の交通の要だったと言えるでしょう。馬や牛に荷車を引かせる事は今でもありますが、長距離の移動となると、必ずケンタウロスに依頼が来ます」

「どうしてですか?」

「わたくしたち以上に重い物を持って長距離を走ることのできる種族などおりませんから。今日の王都からこの町までの旅も、普通の馬に引かせていたら三日以上かかったと思います」

「そ、そんなに違いがあるんですか?」


 俺の反応が気に入ったのか、少尉は上機嫌で続けた。


「うふふ。良い反応ですね。そうです、わたくしたちはこの体力と速力でハウランゲルの交通や運搬を支え続けてきたのです。だというのに、近年では大きな町と町の間をバスが往復するようになり、旅客運送を生業としていたケンタウロスたちの仕事が減少方向にあります。時代の流れではあるのかもしれませんが、同じケンタウロスとして危機感を覚えてしまいますね」


 なかなか根深い問題の様だ。

 俺はバスの移動ですら耐え兼ねて、この前新幹線や飛行機が名残惜しいなどと考えてしまっていたが、そんなものがこの世界に誕生してしまったら、ケンタウロスたちは益々職を失うことになるだろう。


「荷物を運んだりする仕事もケンタウロスがやっているんですか?」

「もちろんですわ。手紙や新聞、魔石や荷物の配達など、全てハウランゲルではケンタウロスが行っています。アルドミラでは違うのかしら? まさか全てを車で行えるほど台数があるわけではないでしょう?」

「アルドミラですか? 俺の故郷の村だと野菜を仕入れに来る業者はみんなトラックに乗って――」

「――い、いやぁぁあああ!!」


 俺の返事の途中で、少尉は絶叫して両手で耳を押さえた。その場にいた全員の視線が少尉へと向けられる。


「や、止めてください! 聴きたくありませんわ! わたくしはそのような野蛮な機械の名前など忘れたいのです!」

「ど、どうしたんですか、少尉?」


 少尉は両耳を塞いだまま、嫌々と頭を左右に振る。


「ああ、やってしまったか。マヌエラ少尉、すまないが頼む」

「はぁい。任せてください」


 ボニファーツ中尉が困り顔でもう一人のケンタウロスであるマヌエラ少尉を呼ぶ。

 マヌエラ少尉はヴェンデルガルト少尉の肩と頭に手を置くと、子供を慰めるように撫で始めた。


「エンデちゃん、大丈夫よ~、ハウランゲルのケンタウロスたちはみんな強くてたくましいもの。今だってへこたれずに頑張って走っているわ。それはエンデちゃんが一番よく知っているでしょ?」

「そ、そうですが、わ、わたくしは」

「ほら、落ち着いて深呼吸して。吸って~、吐いて~、吸って~、吐いて~」


 マヌエラ少尉の優しい声に誘導されるように、ヴェンデルガルト少尉は深呼吸を繰り返し、何とか落ち着きを取り戻した。


「大丈夫?」

「は、はい……申し訳ありません。見苦しいところをお見せしてしまいました」

「中尉、私たちは先に休ませてもらっても良いですか?」

「うむ。二人には明日も走ってもらわねばならないからな。今日はゆっくりと足を休めてくれ」

「了解です」

「了解ですわ」


 ケンタウロス二人は中尉に敬礼すると、ホテルへと向かって歩き出した。

 俺はそんな二人を黙って見送ってから、中尉に尋ねる。


「えっと、俺は何か不味いことを聞いてしまったのでしょうか?」

「……彼女の家は代々、農作物の長距離運送を生業としていたのですが、十年ほど前にトラックを所持している別の種族の同業者に取引先の農家を取られたことがあるらしいのです。幸い台数は一台限りらしく、取られた取引先は全てではないようですが、当時子供だった彼女はその事に酷く怒りを覚えて、トラックに並走して無理やり勝負を挑んだそうなのです」

「しょ、勝負ですか?」


 いくら何でも無茶だろう。

 ケンタウロスが体力的に馬よりも優れていると言っても、今日だって何度も休憩を入れて走っていた。

 けれど、トラックは雷の魔石が尽きない限りは休み無く走り続けることが出来る。勝ち目があるとは思えない。


「最初こそ、疾風魔法を使った彼女が速度で優っていたそうなのですが、すぐに体力が底を尽いて魔法を維持できなくなり、完全敗北したと聞いています。その時の事がトラウマとなっており、彼女は時折ああしてパニックを起こしてしまうのですよ。普段はトラックと言う言葉を聞いたくらいでは大丈夫なのですが、アキト殿の故郷の話がその時の出来事とリンクしてしまったのでしょう」

「そういうことですか……何だか悪いことをしちゃったなぁ」

「気にしないでください。これは彼女がいずれ乗り越えなくてはいけない事ですから」


 中尉は残った軍人たちに声をかけると、王都にいる大佐と連絡を取ると言って解散を言い渡し、ワーウルフのジュスタン少尉とワーキャットのロードリック曹長だけを連れて行った。


「私たちもどこかで食事をしてホテルに向かいましょう?」

「そうだな」

「クレスちゃんも一緒にどうかしら?」

「いいんですか? じゃあ、ご一緒します」


 オリヴィアは上機嫌でクレスと手を繋ぎ、俺たちを先導するようにレストラン街へと歩き始めた。

 クレスは子供に見られたくないと言っていたが、オリヴィアの勢いに流されて手を繋いでしまうのは良いのだろうか?

 指摘してクレスが手を繋ぐのを止めると、オリヴィアに睨まれそうなので黙っておこう。


「あれじゃあ、子供に見られて当然だよね……」

「うん。ぼく、マリーたちを思い出しちゃったよ」


 クレス。サラとレフィーナにまで子供扱いされているぞ。頑張れ!

 俺は何故か脳内でクレスを応援しながら、オリヴィアについて行くのだった。

ケンタウロスたちは車の運転は出来ないので、車の登場はケンタウロスたちに取って悩みの種でした。今のところハウランゲルではそこまで普及していないですが、数十年後はどうなっているか分かりません。

多分ですが、長距離は車、短距離や町中は馬車というように国によって定められるのではないでしょうか。じゃないと失業者が増えすぎて大変なことになるので……。

ミルド村の村長のように、仕事用ではない自家用車を持つ人はハウランゲルではあまり現れないと思います。

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