三章 ワーキャットの里帰り 五話
王都のホテルで一泊した後、早朝にホテルの前で待っていたボニファーツ中尉の笑顔を見て、俺はげんなりとため息を吐いた。
「どうされました、アキト殿? 朝からため息とは悩み事ですか? 私で良ければ相談に乗りますが?」
お前が原因の一つだよ!
何が楽しくて朝っぱらから熱血ミノタウロス軍人の笑顔を見なければいけないのか。
ボニファーツ中尉が女性だったら悪くないのだが、何せ男である。ミノタウロス男の暑苦しい笑顔を見て喜べるのは、俺のモンスター娘好きと同レベルの異種族男好きか、彼と同じミノタウロスくらいだろう。
「ん? そういえば、ボニファーツ中尉の種族ってなんですか?」
「私ですか? 私はミノタウロスですね。この大きな角を見れば分かるでしょう?」
ボニファーツ中尉は自慢げに自身の角を指差す。
俺が勝手にミノタウロスだと思っていただけなのではと質問してみたが、やはり当たりだったようだ。彼の言い方からして大きな角を持っている人間に近い見た目の種族はミノタウロスだけのようだな。
「俺はミノタウロスには詳しくないですけど、女性も中尉のように背が高くて大きな角を持っているのですか?」
「そうですね。他の種族の女性と比べると背は高いと思います。アキト殿と同じか少し低いくらいの身長が平均ですね」
となると170前後か。マジでデカいな、モデルかよ。
「もしや、アキト殿はミノタウロスの女性に興味がおありですか?」
「実はありまくりです」
そこは偽れない。恥ずかしがって嘘をついたら俺が俺ではなくなってしまう。
すると、背後にいた誰かが俺の脇腹をつねった。
「――いっ!?」
驚いて顔を向けると、そこには不機嫌な表情で俺を見上げているサラの姿があった。
それを見てボニファーツ中尉が謝罪する。
「申し訳ありません、サラ殿。配慮に欠ける話題でした」
「あ、謝らなくてもいいですけど……今みたいな話題をアキトさんにするのは止めて欲しいです」
「肝に銘じます」
う~ん。見事に予防線を張られているなぁ。
サラは告白の返事はしなくて良いと言っていたけれど、だからと言って目の前で別の女性を紹介して欲しそうな態度を取ったのは良くなかった。
今はギドメリア軍を追い払うことが優先だが、戦いが終わったらサラとの関係もハッキリさせないとダメだと思う。
彼女の気持ちを受け入れるかどうかはいまだに答えが出ないが、近いうちに決断する日が来る予感がする。
「では、馬車を用意してありますので、付いて来てください」
俺たちはボニファーツ中尉に案内されて、王都の北門前に移動する。
北門前には二台の馬車が並んでおり、俺たちを待ち構えていた。馬車の前には昨日見た顔の獣人たちが整列している。おそらく中尉の部下だ。
中尉によって小隊員たちの紹介が行われる。
如何にも戦場で付けられた傷を顔に持つワーウルフの男性、ジュスタン少尉。ジュスタン少尉の妹で入隊したての新人、カミーユ一等兵。命令に忠実そうな落ち着いた雰囲気のワーキャットの男性、ロードリック曹長。元気いっぱいに挨拶してきた、ボニファーツ中尉に負けず劣らずの熱血漢っぽいワーキャットの男性、アーネスト軍曹。馬車を引いてくれる高貴な雰囲気が漂うケンタウロスの女性、ヴェンデルガルト少尉。同じく馬車を引いてくれるおっとりしたお姉さんオーラが漂うケンタウロスの女性、マヌエラ少尉。オリヴィアとレフィーナに対して明らかにビビっている気弱そうなコボルトの少年、ヴェラ伍長。
俺はヴェラ伍長の事をワーウルフの少年だと思ったのだが、コボルトという犬系獣人の男性らしい。コボルトは小柄で童顔の種族なんだな。年齢はサラと変わらないそうだ。
そして最後に、後ろに反り返った長い角を持つ山羊系獣人バフォメットの女性。クレスツェンツ二等兵。彼女はカミーユ一等兵と同時に入隊した新人らしいのだが、どことなく強者の空気を纏っている。
16歳らしいが、見た目は12歳くらいの少女で、両足がもふもふの毛に覆われている。足先が蹄なので靴を履いていない。
オリヴィアたちは山羊系獣人と聞いて納得したようだが、俺は彼女に違和感を覚えた。
なぜなら、バフォメットとは前の世界では悪魔として知られている存在だったからだ。
「えっと、クレスツ――ェンツさん」
「あっ、クレスでいいですよ。年下なので敬語も必要ありません」
名前を噛みそうになったのを見て、即座に愛称で呼ぶことを許可してくれる。助かった。
「じゃあ、クレス。バフォメットって最上級――いや、もしかして特級種族だったりしない?」
「…………いいえ? 違いますよ? 私は上級種族です」
今の間は明らかに嘘をついただろう。
それに表情も、先ほどまでは自然な笑顔だったのだが、今はその笑顔を張り付けたように固まっている。
「アキト殿、クレスツェンツ二等兵が特級種族なわけがありませんよ。確かに私も彼女の他にバフォメットという種族と出会ったことはありません。けれど、もしそれほどの魔力を持っている種族なら私の小隊に配属されるはずはありません。入隊してからの戦いぶりも、新兵にしては優秀ではありますが、まだまだ経験と体力が不足しています。同期のカミーユ一等兵と二人合わせてやっと一人前と言ったところでしょうか」
ボニファーツ中尉がクレスの肩に手を置いて、笑顔で彼女の実力を説明する。
中尉が嘘を言っているとは思えない、だがバフォメットが普通の上級種族だとは思えないので、俺はレフィーナに視線を向けた。
レフィーナは小さく頷くと、クレスへと意識を集中させた。
魔力を圧縮して上級種族の振りをしている可能性は大いにある。その場合、高位魔力感知が出来るレフィーナしかクレスの真の実力は測れないだろう。
「ん! 分かったよ、アキト君。クレスは――」
「ああああ、あの! ちょっと良いですか!?」
レフィーナが検査結果を報告しようとしたところで、クレスが大声を出して遮り、俺とレフィーナの手を取って駆けだした。
「クレスツェンツ二等兵。どうした!?」
「すぐ戻ります!」
俺はオリヴィアとサラにその場で待つように言うと、町の裏路地へと駆け込んだ。
「こここ、困りますよ! みんながいる前で暴露とか本当に迷惑です!」
クレスは涙目になりながら俺とレフィーナに怒りをぶつけてきた。
「あっ、じゃあやっぱり君は――」
「口に出さないでください!」
クレスに口を塞がれて言葉を遮られる。
俺たちが黙ったのを確認すると、クレスは軍服のポケットからノートを取り出すと筆談を開始した。
『ワーキャットたちの聴力が怖いのでこれで話しましょう』
俺は渡されたノートとペンを見て頷くと、返事を書く。
『分かった』
『そちらのアルラウネ……レフィーナさんでしたっけ? 彼女にはバレてしまったと思うので白状しますが、バフォメットは特級種族です。ですが、小隊のみんなには秘密にしてきました』
『どうして?』
『魔力は高くても、戦闘技術や魔法の精度はまだまだで、特級種族だと誇れるほど強くはないからです。カミーユと二人で一人前と言う中尉の言葉は間違いではありません』
ミドリと年は近いが、同じ特級種族でも強さには違いがあるようだ。バフォメットは他の種族に比べて成長が遅いのかもしれないな。
『事情は分かったけど、どうする? 今の騒ぎで怪しまれていると思うけど……』
『仕方が無いので、魔力のみ最上級と同等の種族だと言って誤魔化します。確かアルラウネもそういう種族ですよね?』
ミドリも自身が特級種族だという事を隠しているし、やはり強すぎる力は他人に知られたくないという事なのだろう。
俺とレフィーナが小さく頷くと、クレスはくるりと踵を返してみんなの元へと戻った。俺たちは余計なことは喋らないようにして後を追う。
「お、お待たせしました。出発しましょう!」
「う、うむ。クレスツェンツ二等兵……もしかして君はアキト殿の言うように上級種族ではなかったのかい?」
やはり来たか。
全員の視線がクレスへと注がれる。
クレスは覚悟を決めたように中尉の目を見て答えた。
「いえ、上級種族ではあるのですが……バフォメットは最上級種族に匹敵するほどの魔力を持っている種族です。普段は魔力を圧縮して皆さんと同程度にカモフラージュしていました」
中尉は目を見開いて驚いた。
「な、なぜ黙っていた?」
「すみません。私、まだまだ皆さんの足を引っ張ってばかりなのに、魔力量だけ皆さんよりも多かったら、角が立つかなぁと思いまして」
「何?」
クレスの言葉に中尉だけでなく、小隊の全員が笑い出した。
「えっ!? な、なんで笑うんですか?」
馬鹿にされたと思ったのか、クレスは真っ赤になって怒りだした。地団太を踏んだ蹄が音を立てていて可愛らしい。
「半人前が何を気にしてんだ」
「それで君のポンコツ加減が帳消しになるわけじゃないんだ。角など立たないよ」
「魔力量が多いのは良いことではありませんか、わたくしたちがそれを僻むとでも思ったのですか?」
隊のみんなから小ばかにされるような言い方をされ、クレスは涙目になりながら悔しそうに唸り始めた。
「みんな、そこまでだ。あまり笑うとかわいそうだろう?」
クレスが本格的に泣き出す直前で中尉がみんなを止める。
「こ、これだから嫌なんです。みんな私のことを子供だと思ってますね!」
「…………そんなことはないぞ? 可愛い部下だ」
「なら即答してくださいよ!」
再び笑いが巻き起こる。
どうやらクレスは隊のマスコットのような立ち位置だったようだ。
「……か、可愛いわぁ。お持ち帰りしたい」
「おいオリヴィア。物騒な発言は止めろ」
「冗談よ」
どうやらクレスは年下好きのオリヴィアの心も見事に射止めたようだ。
そのせいなのか知らないが、クレスは俺たちと同じ馬車に乗ることになった。
新キャラが増えまくりましたが、今はボニファーツ中尉とクレスが分かれば大丈夫です。




