一章 アルラウネの森 一話
王都に行き交う人々を呼び止めてはアルラウネの森について聞いていると、意外なほど簡単に場所が分かってしまった。
別に複雑な場所にあるわけではなく、王都から見える位置にある森だったのだ。王都に住んでいる人にとっては常識なのだろう。
服屋に買い物に行ったミドリを探していると、激しい突風に見舞われた。
両手を交差させてその場を凌ぐと、いつの間にか俺の目の前に竜人の女の子が立っていた。どうやら今の突風は彼女が空から猛スピードでこちらに突っ込んできた際に巻き起こった風のようだ。
どんな登場の仕方だ。あまりにも目立ち過ぎている。後、スカートなんだから色々気を付けようよ。
周囲の人々から注目を浴びつつ、俺は妙に嬉しそうな雰囲気を漂わせている女の子に声をかける。
「ミドリ、いい服はあったのか?」
「はい。見てください」
ミドリはくるりと回って俺に背中を見せる。
てっきり背中の大きく開いた服を買ってくると思っていたのだが、ミドリは綺麗に翼の付け根の形に合わせて穴の開いた服を着ていた。
彼女が出していた巨大な翼を引っ込めると、背中の布地が上手く重なり合ってぽっかりと開いた穴を綺麗に隠してしまった。
「どうですか?」
ミドリの大きな竜の尻尾が左右に揺れている。嬉しいときは尻尾が揺れるのだろうか?
そういえば、ミドリの服は尻尾のある種族らしい作りになっている。彼女はコルセットスカートを履いているのだが、上部分から尻尾が出るように穴が開いているのだ。
あまり後ろから凝視する機会が無かったので気付かなかったが、スカートの中に尻尾があるとスカートが広がって下着が見えてしまうからだろう。尻尾が細い猫の様な種族なら内に尻尾があっても大丈夫かもしれないが、足と同等の太さがある竜の尻尾では無理というものだ。
「あの、アキト様。どうして私のお尻を凝視しているのですか? 気持ち悪いのですが」
「へっ? わ、悪い。尻尾周りの構造が気になって、つい」
「尻尾? ああ、確かにブラウスやスカートの後ろも尻尾に合わせた形に作り直してもらいましたけど、今見て欲しいのはそこではないです」
ミドリは自分の肩を叩いて翼の付け根を見てくれと主張する。そんなこと言われても、俺は服に関して気の利いたコメントなんて出来ないぞ。
「どうですか?」
「あ~、なんだ、その……い、いいんじゃないか?」
俺の感想を聞くと、ミドリはあからさまに落胆するようなため息を吐いた。
「アキト様、モテないですよね」
「なっ、し、失礼な! これでも昔、女子から告白されたことがあるんだぞ!」
「どうせ、アキヒト様の世界のカレン様とかでしょう。しかも子供の頃の」
「うっ……」
何故分かったんだ?
「少年のアキヒト様はまだ変態じゃなかったんでしょうね。どうしてこうなってしまったんでしょう?」
「い、言い過ぎだぞ」
俺ってそんなに変態なのか?
いやまあ、前の世界では変態だったと認めよう。でも、この世界なら他種族好きも結構いるんじゃないのか?
「というか何だよ、急に不機嫌になりやがって。何が不満なんだ?」
俺が尋ねると、ミドリはバツが悪そうに目を逸らす。
すると、俺たちの会話を聞いていたらしい中年の男が近寄ってきて俺の肩に手を置いた。
「兄ちゃん、それを女の子に聞くのは良くないぞ」
「は? ど、どうしてですか?」
中年の男はやれやれとあごひげを撫でると、俺を連れてミドリから距離を取る。
「竜人の嬢ちゃんはもっと褒めて欲しかったんだ。それを兄ちゃんは「いいんじゃないか」って素っ気なく返すんだもんな。女の子からしたら期待外れの反応なわけよ」
「えっ? ミドリが?」
そっぽを向いたミドリを見ると、彼女の耳が少し赤みを帯びていた。
「……それ以上余計なことをアキト様に吹き込むのは止めてもらえますか?」
「「いっ!?」」
俺達二人はそれなりに離れた上でかなりの小声で話していたのだが、ミドリは聴力も良いようだ。
「わ、悪かったよ、嬢ちゃん」
「もういいです。アキト様、森の場所は分かったのですか?」
「あ、ああ。王都の西側に見えるでっかい森がそうらしい」
「では直ぐに向かいましょう」
ミドリが王都の西を目指して歩き出そうとすると、中年の男がそれを呼び止める。
「ちょっと、待ってくれ。二人とも、西の森に行こうってのか?」
「そうですが、何か問題でも?」
「ああ。危険だから止めておけ」
ミドリは足を止めて振り返る。
「どういうことですか?」
「そのままの意味だ。そもそも何のために西の森に行くんだ?」
「私たちはアルラウネに用があるのです」
ミドリがアルラウネの名前を出すと、男の顔付きが変わった。警戒するように俺とミドリを交互に見る。
「あんたら同業者には見えないが、アルラウネにどんな用があるんだ?」
「どんなって……」
恋人探しだが、さすがに見ず知らずのおじさんにそれは言い辛い。
「人に尋ねる前に、まずはあなたが何者なのか言うべきではないですか?」
俺が言い淀むと、すかさずミドリが前に出て俺を庇ってくれる。ナイスフォローだ。
「……それもそうだな。俺はレオ。王都での林業を取り仕切ってるもんだ」
「ということは、アルラウネの森の木を売っているのですか?」
「いや、そうしたいと思っているんだが、させてもらえない状況だな。西の森に近付こうものなら、アルラウネ達が地面をひっくり返してでも妨害してくる」
「なるほど、だから危険だと。困りましたね、アキト様」
「ああ」
アルラウネにしてみれば、住処の森の木を切られてしまうわけだからな。怒るのも分かる。
「兄ちゃん達には分からないかもしれないが、あの森の木は俺たちからみると理想的でな、何とか交渉したいと思っているんだが、アルラウネは既に人間を敵とみなしているみたいで話も聞いてくれない。昨日も交渉に行った部下が怪我をして帰って来たよ」
話も聞いてくれないのか。これは相当険悪な関係になってしまっているのかもしれない。
「アキト様、アルラウネ達が人間を敵視しているのなら、行っても無駄なのでは?」
「う~ん。でも会うだけ会ってみたいぞ」
「筋金入りですね……分かりました、行きましょう」
結婚は夢のまた夢な気がしてきたが、せっかく他種族がたくさんいる世界に来たのだから敵視されていようとアルラウネを一目拝んでおきたいという俺の気持ちを誰が責められよう。
「おい二人とも、俺の素性を話したんだから二人の目的も教えてくれ」
「あっ、すみません。話すのはいいんですけど……」
俺は周囲を見回す。
ここは大通りだけあってそれなりに人が多い。誰が聞いているかも分からないところで、アルラウネと結婚するのが最終目的ですとか言えないよ。
「何だ? そんな人目を気にするような内容なのかよ。仕方ない、俺の工房に来な。商談用の部屋がある」
「えっと……どうする、ミドリ?」
「好都合です。レオ様からアルラウネの情報をもっと聞き出しましょう」
「お、おう。そうだな」
こうして俺とミドリはレオと名乗る男の工房へと向かうのだった。
「だぁーはっはっはっ!」
「おい、おっさん。笑い過ぎだぞ……」
俺の話を聞くや否や、レオさんは腹を抱えて笑い出した。
なんて失礼な奴だ。今すぐ出て行きたい。
「いや、わりぃわりぃ。だが、まさかアルラウネと付き合って結婚するつもりだとは思わなかったぞ」
「ぐっ……そ、そんなにおかしい事なんですか?」
「そりゃあな。そもそも他種族間では子供が出来ないことがほとんどだ。恋人関係まで行った奴なら見たことあるが、結婚した奴はほぼ見たことがねえな」
「え――」
なんてことだ。早くも俺の計画が崩壊しかねない新事実だぞ。
「ほ、ほとんどってことは、子供が出来る事もあるんですよね?」
「まあ人間と子供を作れる種族もいないわけじゃない。だが、アルラウネは無理だろう。そもそもあいつらは植物寄りの種族だからな」
「そんな……」
ということは、アルラウネからしてみれば俺は恋愛対象外。俺にとっての人間と同じだ。仲良くはなれても、恋人にはなれない。
「あ、そうだ。レオさん」
「何だ?」
「人間とドラゴンメイドなら子供は出来ま――」
突如として右頬に物凄い衝撃が加わり、俺は座っていた椅子から転がり落ちた。
ヒリヒリと痛む頬に手を当てながら衝撃が来た方向を見ると、ミドリが真っ赤な顔で俺を睨み付けていた。
いつもの冷めた目ではなく、怒りと恥じらいを足して割ったような血の通った目だ。
「よ、よくも私の前でそんな質問が出来ますね。これだから異常性癖の変態は嫌なんです」
「…………ミドリ、もしかして照れて――ごはっ!」
ミドリは椅子を俺目掛けて蹴り飛ばしてぶつけると、部屋を出て行った。
「い、いてて……」
よろよろと立ち上がると、レオさんが俺の肩に手を置く。
「兄ちゃん。結婚相手、嬢ちゃんじゃダメなのか? 人間とドラゴンメイドのカップルなんて見たことないが、中々お似合いだと思うぞ?」
「……変態はごめんだってフラれてるんですよ」
「そ、そうか。兄ちゃんも大変――いや、嬢ちゃんが大変だな」
「何ですかそれ?」
「いいから早く嬢ちゃんを追いかけな」
俺はレオさんに背中を叩かれるようにして部屋の外へと出た。
レオさんの工房を出ると、出入り口の前でミドリが待っていた。
「……行きますよ、アキト様」
「う、うん。その、ごめんな」
「いえ、もういいです。私も言い過ぎました」
ミドリはほんのりと頬を染めながら目を伏せる。
普段とのギャップもあり、ミドリのこういった仕草はとても可愛らしいと思う。
「ミドリ……俺やっぱりミドリがいいかも」
「調子に乗ってます?」
ミドリの表情がスッと引き締まり、鋭い目が俺を睨み付けてくる。
「すみませんでした」
「まったく……」
ミドリは呆れる様に小さく息を吐くと身を翻して歩き出す。俺も急いで彼女に続いた。
目指すは西の森。結婚相手としては無謀らしいが、この先の事はアルラウネを一目見てから考えよう。せっかくの異世界だ、思う存分楽しんでやる。
「……まあ、世界中探しても相手が見つからなかったら考えてあげます」
「えっ? 何の話?」
「何でもありません」
人間とアルラウネがあまり仲良くない事が分かりましたが、その程度の逆境でアキトは止まりません。