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二章 ミルド村のアルラウネ 十七話

 しばらくして、ヘルガの家に数名のハチ人たちが訪れた。


「来たか」


 ヘルガは立ち上がると他のハチ人たちと共に家の外に出る。俺たちもそれに続いた。

 木の上にあるヘルガの家の玄関から外に出て驚いた。正面の広場に100人ほどのハチ人が整列していたからである。

 ヘルガと共に地面へと降りると、ハチ人たちが膝を付いて頭を下げた。


「聞け。妾たちは、ここにいるアキトの配下へと加わることが決まった。今後はアキトに従って行動することになるだろう」

「えっ……」


 おい、何を言ってんだ、このハチ娘は?

 配下ってなんだよ。俺は別に王様でも何でもないんだぞ。


「凄いわね、アキトちゃん。王様みたい」

「勘弁してくれ」

「エッチな命令とかしちゃダメよ?」

「するか!」

「あいたっ!」


 俺はオリヴィアを小突いてから、ヘルガの肩に手を置く。


「なあ、別にそこまでしなくていいよ。俺たちは攻撃するのをやめて欲しかっただけだから。もうしないって約束してくれるのなら、それ以降は友達でいい」

「トモダチ?」


 ヘルガか首を傾げる。

 そうか、一族以外と交流を持っていないのなら、こいつらは友達を知らないのか。客って言葉も知らなかったみたいだし、アルラウネよりも常識のすり合わせが大変だな。


「家族以外で信頼して助け合いをする相手のことだ」

「助け会い……妾たちはアキトに負けたのに、アキトは妾たちを助けてくれるのか?」

「友達になったらな。けどまずは、今回の事件の真相を知りたい。そのためにみんなを集めたんだろ?」


 ヘルガは小さく頷くと、跪いているハチ人たちに向かって尋ねた。


「妾に相談も無しに他の種族を襲った者がいるはずだ。名乗り出よ」


 俺は誰も名乗り出ないパターンも覚悟していたのだが、ヘルガに嘘をつくことが出来ないのか、意外に正直者ばかりなのか、一人、また一人と立ち上がり、結局半数以上のハチ人が立ち上がった。

 しかし、ヘルガは正直に名乗り出たことよりも、半数以上のハチ人が自分に黙って行動していたことがショックだったのか、悲しそうに俯いてしまった。


「……妾はこんなにも人望がなかったのか。やはり、子供の身で一族をまとめるなど出来ぬのか」


 その言葉を聞いたハニービーの一人が、慌てて口を開く。


「ち、違います。私たち、姫様が一番大事です。だから、姫様のため、魔力を集めようと考えて……」


 ハニービーは言葉の途中で俺と目が合って、口をつぐんだ。

 今の言葉から推察するに、ハチ人たちはヘルガのために俺や他の人間たちを襲って無属性の魔力を得ようとしていたのではないだろうか。

 キラービーは肉を集めるというヘルガの言葉からも、彼女たちが蜜だけでなく肉も食べる種族だと分かるし、ハチ人たちからしてみれば生存戦略の一環だったのかもしれない。


「姫様か……お前たちにとって、妾はまだ姫なのだな」

「――あっ……申し訳ありません、女王様」


 ハニービーが謝罪し、広場に沈黙が訪れる。

 誰も喋らないのを見るや、オリヴィアがヘルガに質問した。


「もしかして、ヘルガちゃんはクイーンになったばかりなの?」

「そう。去年の秋に母が亡くなり、妾がクイーンになった。子供の妾に従えないと言ってここを出て行ったキラービーとハニービーもたくさんいる。残ったみんなは妾を認めてくれていると思っていたが、違ったようだ」


 ヘルガはがっくりと肩を落とした。地面に涙が落ちる。

 オリヴィアは地面に両膝をついてヘルガと目線を合わせると、優しく諭すように話した。


「ヘルガちゃん、あなたの言うように、あなたにはまだ一族のみんなを引っ張っていく力はないのかもしれない。でも、みんながあなたを心配しているのは事実よ。まだ力のないあなたを守るために、みんな必死で考えて行動したんだと思うの。やり方は間違ってしまったかもしれないけど、気持ちは本物よ。だから今ヘルガちゃんがやるべきことは悲しむことではなく、顔をあげて新しい女王として振舞う事。みんなの目を見て、間違いを正し、これからどうしたらいいのかちゃんと話し合う事よ。同じ間違いをしないようにね」

「同じ間違いをしないように?」

「そうよ。クイーンになったからといって、最初からあなたのお母さんのように出来るわけじゃない。たくさん失敗して、たくさん考えて、そうやって過ごしている内に、きっとあなたは本物のクイーンビーになれるわ」

「本物のクイーンビーに……」


 ヘルガは手で涙を拭うと、顔をあげて一族のみんなを見た。


「お前たちが妾のために魔力を集めようとしたことは分かった。だがそれは、他の種族から怒りを買う行為だ。今の妾たちには争いをしている余力など残されていない。その程度の事は子供である妾でも分かることだ。お前たちが初めから妾に相談していれば、このような事には決してならなかっただろう。そのことを深く反省せよ」


 立っていたハチ人たちが返事をし、謝罪していく。どうやら自分たちがしたことがヘルガをとても悲しませることだったと分かったようだ。

 みんな、失敗して叱られた後の子供のような顔をしている。

 謝罪を終えたハチ人たちを再び跪かせると、ヘルガは俺に視線を向けた。


「アキト、もう二度と同じ過ちを犯させはしないと誓う」

「ああ。俺もあんな落ち込んだ顔を見せられたら、これ以上何か言う気にはなれないよ。次があったら許さない。けど、ヘルガがいれば大丈夫だって思える」

「信じて欲しい。妾は同じ失敗をしないと」

「信じるよ」


 ヘルガはオリヴィアに少しだけ笑ってみせる。オリヴィアは嬉しそうに頷いた。


「……では、アキト。その、妾と……トモダチになってくれるか?」


 ヘルガが急にモジモジし始めたかと思うと、俺の機嫌を伺うように上目遣いで尋ねてきた。

 くそっ、かわいいなぁ。子供じゃなければ……。


「もちろんだ。友達になろう、ヘルガ」


 俺が右手を差し出すと、ヘルガは四つの手で俺の右手を包み込むように握った。


「……トモダチになっていきなりで悪いが、助けてもらえないだろうか? もちろん、妾たちもアキトが困っている時は全力で助ける」


 まあ、そうなるよなぁ。

 魔力不足で困っているからハチ人たちは俺たちを襲ったわけだし、予想できた展開だ。レフィーナが腕を組んで不機嫌そうに言う。


「友達になったからっていきなり助けてくれって、都合良すぎない? 助けてもらうために友達になったみたいじゃん」

「そ、それは……」

「やめろよ、レフィーナ。それだけ困っているってことだ。今は形式だけの友達付き合いでも、続けて行けばその内本当の友達になれるはずだ。あんまりヘルガを追い詰めないでやってくれ」

「むぅ」


 レフィーナは引き下がってくれたが、明らかに不満がありそうな顔だ。


「……ありがとう、アキト」


 ヘルガが申し訳なさそうに頭を下げる。


「気にするな。まずは、何に困っているのか具体的に教えてくれるか?」

「う、うん」


 俺がヘルガの頭を撫でてやると、彼女はほんのりと頬を染めながら笑顔を見せてくれた。照れているのだろうか?

 とても可愛い。


「アキトくん、女の子に甘すぎない?」

「困りものよね。お姉さんたちがいないと、すぐに悪い女の子に騙されそう」


 レフィーナとオリヴィアが俺に聞こえるようにわざとらしく話し始めた。しかし、俺は聞こえないふりをしてヘルガの話に耳を傾ける。

 レフィーナとオリヴィアの会話が雑音になって、ヘルガの話があまり頭に入ってこない。


「この前、パールが教えてくれたんだけど、オリヴィアはハーレムって知ってる?」

「知ってるわ。大昔の宮廷で男子禁制だった部屋のことよね」

「うん。でも今は男の人がたくさんの女の人を侍らせていることを言うんだって」

「そうね。ハーレム状態っていうものね」

「アキトくんは、そのハーレムを作りたいんじゃない?」


 ヘルガの話では彼女の母親、つまり先代のクイーンビーが亡くなったことで出て行ってしまった仲間が多すぎて、冬の備えが十分に出来なかったらしい。

 食べる量も減るのだから変わらないのではないかと思ったのだが、どうやら出て行ったのは一族の中でも力の強い者や統率力のあるリーダーたちだったらしく、ヘルガがみんなの仕事の割り振りに右往左往している内に冬が到来してしまったということだ。


「あり得るわね。お姉さんとミドリちゃん、サラちゃん、ロゼちゃんに加えてヘルガちゃんもハーレム入りってわけね。あと二人増えたら一週間でローテーションが組めそう」

「ぼくもメンバーに入っているのかも……そしたらあと一人だよ」

「日曜日はマリーちゃんたち4人とかありそうだわ」


 食べる量をギリギリまで減らして何とか冬を乗り切ったはいいのだが、そのおかげで栄養が足りず身体の魔力が回復しなくなってしまい、このままではクイーンビーに成長出来ないという。

 今はみんなが必死で食料を探しているが、まだ春の到来には早いので中々見つからないらしい。


「さすがに性欲強すぎない?」

「アキトちゃんよ?」

「う~ん、アキトくんならあり得るかぁ」

「いや、お前ら好き勝手言い過ぎだろ!」


 しまった。無視しようと思っていたのに、二人の会話があまりにも酷かったのでついツッコンでしまった。


「だってアキトちゃん、可愛い女の子を見るとすぐに暴走するんだもの」

「だからってハーレムは違うだろ! 俺はちゃんと健全に一人の女性と付き合って、結婚したいって思っているんだぞ!」

「……私たちと同棲しておいて、今更健全とか言われても」

「うっ――そ、それは……」


 そうか。今まで全然気にしていなかったが、オリヴィアとは同棲している状態なのか。

 するとヘルガが俺の服の袖を引っ張って首を傾げた。


「アキトは生殖相手を探しているのか?」

「へっ!? あ~、まあ……そうだけど、その言い方は直球過ぎるぞ」

「妾はクイーンだから生殖能力がある。あと数年は待つ必要があるかもしれないが、アキトの子を産んでもいいぞ?」

「んなっ……!?」


 なんてことを言うんだこの娘は。

 レフィーナとオリヴィアの視線が痛い。


「トモダチは助け合うものなのだろう? アキトが子孫を残したいと思っているのなら、妾は手伝えるぞ」

「……あ、うん……ありがとう。でも、大丈夫だから」

「いいのか?」

「うん。友達ってのは、そういう事をする関係を言うわけじゃないからな。なんていうか、ヘルガの事は嫌いじゃないけど、友達だからダメなんだ」

「そうか……トモダチとは子供を作らないのか」


 ヘルガはなんだか少し残念そうに俺の袖から手を放す。

 これでよかったのだろうか?

 数年後はヘルガも大人になり、とても綺麗な女性になるであろうことは間違いない。今、約束しておけば、彼女と結婚という未来もあったかもしれないのだが……。


「……見事にヘタレたね」

「アキトちゃんだもの、もっとグイグイきて無理やり押し倒してくるような女の子じゃないとダメよ。お姉さんでもダメだったんだから」

「そんな相手、この世界にいるの?」

「以前知り合った、ハルカちゃんって女の子は良い線行っていたんだけどね。人間だったのよ」

「あ~、それは惜しいね」


 こいつら、また好き勝手言い始めやがった。

 俺は二人の額を連続ではたく。


「うわっ!」

「いたっ!」

「お前らな、いい加減にしろよ!」

「「ごめんなさい」」


 俺の怒りが伝わったのか、二人は素直に謝った。怒られる前にやめて欲しかったよ。

 俺は気を取り直してヘルガに向き合う。


「とりあえず、食糧問題に悩まされているってことだよな?」

「そう。特に魔力が足りなくて、このままだと妾はクイーンビーとして成長出来なくなってしまう。そうすると、生殖能力のある個体がいなくなる。みんなが他の種族の人々を襲ってでも魔力を得ようとしたのは子孫が産まれずに一族が緩やかに滅亡していくのを防ぐため」

「なるほど、そりゃ一大事だ」


 ヘルガが大人になるまでの期間に大量の魔力を摂取させることがクイーンビーを生み出すための方法ということか。


「レフィーナ。お前の蜜を限界までヘルガたちに分けてやってくれないか?」

「ええ!? 嫌だよ、何でぼくがそこまでしないといけないのさ」

「お前の蜜がヘルガたちと一番相性が良いはずなんだ。頼む」


 俺が頭を下げて頼んでみたが、レフィーナは嫌がって首を振る。


「さっきだって蜜をあげたじゃないか。アキトくんはギリギリまで蜜を出す行為がどれだけ大変なのか分かってないからそんなことが言えるんだよ。魔力が空っぽに近付くと、息も苦しいし、身体は重いし、何かあった時に身を守れないからすごく怖いんだよ?」


 レフィーナが以前、ルナーリア様の森のアルラウネたちに蜜を振舞った際、最後は苦しそうに息を切らしていたのを思い出す。

 けどレフィーナには回復のために俺が食料を買ってあげられるし、ミルド村に戻ればほぼ食べ放題の状態だ。孤立無援のヘルガとは違う。


「……なら、後で俺の魔力をやるから、今だけ我慢してくれよ」

「え、アキトくんの魔力?」

「ああ。俺の魔力はレフィーナにとってはご馳走だろ?」

「そうだけど……」


 レフィーナは俺の目を見て、俺が本気で言っていると理解したのか小さく頷いた。


「ヘルガ、何か容器はある?」

「ある」


 ヘルガがハニービーに視線を向けると、数名のハニービーが飛び立っていき、大きなガラスの瓶をいくつも持ってきた。

 レフィーナはその瓶の中に自身の蔓から咲いた花を近付ける。

 花弁から金色の蜜があふれ出し、ガラス瓶の中へと溜まっていく。

 注げば注ぐだけレフィーナの顔色は悪くなっていき、合計で4リットルほど注いだところでふら付いてバランスを崩した。

 俺は彼女を抱き留めると、労う様に髪を撫でる。


「ありがとな」

「えへへ……アキトくん、約束守ってよね」

「あ、ああ。死なない程度に頼むよ」


 レフィーナの事だから死なない程度に魔力を絞ってくれるだろうと信じるしかない。けれどそれは村に帰ってからだ。


「こうなると、お姉さんも何かしてあげたくなるわね……ヘルガちゃん、飲み水はどうしているのかしら?」

「山の湧水を汲んできて貯蔵している」

「それなら、お姉さんも協力できるわ。お姉さんの水流魔法で一杯にしてあげる。魔力を多めに配合して作ってあげるから、みんなで飲んでね」

「助かる」


 オリヴィアはハニービーに水の貯蔵場所へと案内されて行った。

 レフィーナの蜜とオリヴィアの水があれば、しばらくは大丈夫だろう。


「そうだ、これもやるよ」


 俺は『冷蔵庫』に手を突っ込むと、残っていた砂糖魔石を取り出す。


「えぇ……アキトくん、それもあげちゃうの?」


 俺に寄り掛かった状態でレフィーナが嘆く。


「レフィーナはもう食べただろ。残りをあげるくらい良いじゃないか」

「……アキトくん、村に帰ったら覚悟してよね」

「お、おう」


 ミドリにやられた時よりも凄いことをされそうだと恐怖しながらも、俺はヘルガに砂糖魔石を手渡す。


「これは?」

「魔力を大量に含んでいる砂糖だ。今のヘルガには必要だろ?」

「ありがとう。いつか必ず恩返しする」

「そこまでしなくていいよ。ただ、友達として仲良くしてくれればそれでいい」

「うん。仲良くする。妾とアキトはトモダチだ」


 こうして、俺たちはハチ人と和解し、ヘルガという友人を得て森を出ることになった。

 森の入り口まで見送りに来てくれたヘルガに、俺は最後に声をかけた。


「俺の村、ここから山を越えて東に行ったところにあるんだけど、いつか落ち着いたら遊びに来てくれよな」

「分かった。夏になったら遊びに行く」

「おう。もしかしたら、俺たちは出かけているかもしれないけど、レフィーナの娘や村の人間たちは良い人ばかりだから、きっと仲良くしてくれるはずだ。よければみんなとも友達になってやってくれ」


 俺たちは手を振ってヘルガたちと別れる。

 森を出る頃には霧はすっかり晴れていた。

 俺は美しい湿原の風景を眺めながら、空を飛んでサラたちが待っているバス停へと向かうのだった。

キラービーは土属性でハニービーは水属性、クイーンビーは二つの属性を身体に秘めているとても珍しい種族です。

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