二章 ミルド村のアルラウネ 十一話
2月も終わりに差し掛かり、冬の寒さが終わりを告げて春の陽気さが見え隠れし始めた頃、ついにハウランゲル行きのバスが出るようになったと村長のお爺さんが教えてくれた。
サラは一人で行くと言っていたのだが、さすがにこれだけの期間を共に過ごしたサラをこのまま見送るのは忍びない。
ミルド村からハウランゲルまでのルートはこうだ。
まず西の魔石鉱近くにある村へとバスもしくは徒歩で向かい、そこから別のバスで鉱山内のトンネルを通り抜けて西の湿原へと出る。湿原を徒歩で横断して、国境にある巨大な門へと到着する。という流れだ。
俺、レフィーナ、オリヴィアの3人はサラとの別れを惜しんで、せめて国境までは護衛させてくれと申し出た。
サラも俺たちとの別れ辛かったのか、最初こそ断ったがすぐに受け入れてくれた。
「それじゃあ、出発するよ」
「はーい。お願いします」
村長のお爺さんの言葉にオリヴィアが元気よく返事をする。
オリヴィアが途中まで車で送ってくれと頼んだら、お爺さんは快く引き受けてくれた。年長者同士話が合うようで、この二人は仲が良い。実際はオリヴィアの方が倍くらい年上だけど。
車内でのポジションは、運転手が村長のお爺さん、助手席がオリヴィア、後部座席がサラを挟むようにして右が俺で左がレフィーナだ。
目指す目的地は西にあるゲイル村。俺はプチ旅行気分で外の景色を眺めながら車に揺られていた。
途中二度ほど魔獣と鉢合わせたが、バスと違って小回りが利く自家用車なのでお爺さんはスピードで振り切った。魔獣との遭遇は日常茶飯事なのでみんな慣れ切っている。大型の魔獣や小型の群れなどに運悪く遭遇しない限りは車を降りて戦う必要はないらしい。
そして昼過ぎにゲイル村へと到着した。時間的に引き返すとミルド村に着くのが夜になるので、お爺さんも今日はゲイル村で一泊していく予定だ。
このゲイル村は魔石鉱で働く人たちが暮らしている村で、魔石の販売も行っているため結構な量の人で賑わっていた。
興味本位で魔石屋に入ってみたが、やはり魔石は高い。買えなくはないのだが、買う必要を感じないくらい高いので見るだけにして店を出ようと思ったらレフィーナに捕まってしまった。
「どうしたレフィーナ、もう行くぞ?」
「……アキトくん、あれ買って」
レフィーナが上目遣いで可愛くおねだりして来た魔石は、予想通り砂糖魔石だった。
「あれって、砂糖魔石だよね? レフィーナちゃん、お砂糖ならスーパーでもっと安く手に入るよ」
「サラは食べたことないんだね。砂糖魔石はとんでもなく美味しいんだよ」
「そ、そうなの? でも……さすがに高すぎるよぉ」
サラは砂糖魔石の値段を確認して首を振る。常識的に考えて、砂糖に10万は出せないよな。
「つーか、レフィーナ。お前村で働いているんだし、お金持っているんじゃないのか?」
レフィーナはミルド村の全ての畑を管理している。今は移動するために花を村から引き抜いて来たが、村にいる間はレフィーナの花の根から送られる魔力で植物が通常よりも元気に育つのでみんな感謝していたのだ。
まさかとは思うが、レフィーナがお金をもらっていないなんてことは……。
「持ってないよ」
嘘だろ?
村のみんな薄情過ぎない?
普通、あれだけ自分の畑に貢献してもらったら、収入の何割かはレフィーナに納めるだろ。
「お金の代わりに食べ物を分けてもらってるから」
「食べ物?」
それで思い出したが、レフィーナの花には村のみんながお供え物のように食べ物を与えていた。あれがレフィーナに対する給料の代わりだったのか。
「おかげでぼく、ちょっとおっきくなったでしょ?」
レフィーナは自慢げに胸を張る。
「た、確かに大きくなったよな……背とか」
「と、言いつつも、アキトちゃんの視線はレフィーナちゃんの柔らかそうなおっ――」
「やめんか」
「――あいたっ」
すぐに俺をスケベ扱いするオリヴィアのデコをはたいて黙らせると、俺はため息交じりに店員に話かけ、砂糖魔石を買った。
「やったぁ! ありがとう、アキトくん」
「これは『冷蔵庫』に入れておくから、食べるのは夕食の後だぞ」
「はぁい!」
「アキトママ降臨ね」
「誰がママだ」
俺はオリヴィアの冗談を適当にあしらいつつ魔石屋を出る。
夕食は二つのグループに分かれた。
村長のお爺さんとオリヴィアは魔石鉱で働く男たち行き付けの居酒屋へ、残りの俺たちはもう少し落ち着いた雰囲気のお洒落なレストランへ入った。
「オリヴィアさんもお爺さんもどうしてあんなにお酒が好きなんですかね~、匂いだけで頭がぼーっとするし、記憶は無くなるし、わたしはあまり良い印象がないです」
もぐもぐとステーキを食べながらサラが呟く。ちなみに、サラの所持金を確認するとハウランゲルに入ってから故郷の里までのバス代と途中の宿代くらいしか残っていなかったので、夕食は俺の奢りだ。
サラは嫌がったのだが、今まで散々撫でさせてくれたお礼だと言って無理やり押し切った。まだ言っていないが、今夜の宿代も俺が出す気満々である。
「あの二人は頻繁に飲んでいるから大丈夫だと思うけど、二日酔いにだけは気を付けて欲しいな」
お爺さんは明日車で帰るのだから、二日酔いになられると困るのだ。
「ぼく、オリヴィアお姉ちゃんが二日酔いになっているところなんて見たことないや」
「あいつはうわばみだからな。年末年始に羽目を外した時以外は記憶が無くなるなんてこともなかったし、大丈夫だろ」
「そっか、でもそんちょーが二日酔いになったら、オリヴィアお姉ちゃんは世話役として置いて行った方がいいかもね。心配だし」
「いい考えだな、そうするか」
オリヴィアの水流魔法で生まれる水は飲むと頭がスッキリするらしく、村で二日酔いの人が出ると、家族が貰いに来ていたのを覚えている。適任だ。
俺は自分のステーキを切り分けると口に運ぶ。
「ん、これ何の肉だ? 牛肉かと思っていたらちょっと違うな。癖があるっていうか、ジビエ料理っぽい感じがする」
レストランの人に聞こえると悪いので言葉を選んだが、要するに獣臭いのだ。昔、北海道で食べた鹿肉を思い出す。
「私はそんなに違和感ないですよ? 甘めのお肉ですよね」
「普通に美味しいよ。地属性の魔力も感じられるし」
「地属性の魔力?」
俺は嫌な予感がして、メニューを取ってステーキの項目を見直す。
「……これ、人間以外のお客様にオススメって書いてあるな」
「ほんとですねぇ、グラム数ばかり見ていて気付きませんでした」
俺たちの会話が聞こえたのか、一人の店員が近付いてきた。獣人の女性で、たぶんワーウルフだ。
サラよりかなり人間に近く、オオカミ耳とオオカミ尻尾を付けた人間って感じだ。ちょっと好みからは外れるな。
「お客様、もしかしてヴァーレン牛をご存知なかったんですか?」
「ヴァーレンって確か、ここの南にある村の名前ですよね。普通の牛とは違うんですか?」
「ヴァーレン牛は昔アルドミラ南西部に大量に生息していた魔牛です。今は数が減っていますが、南にあるヴァーレン村近くで獲れるものを使っています」
「や、やっぱり……じゃあ、二人が美味そうに食っているのは魔力の味があるからか」
俺は魔力の味なんて分らないからな。この肉の本当の美味さが感じ取れないのだ。
ワーウルフの女性は申し訳なさそうに頭を下げる。
「人間の方には出す前にもう一度確認するべきでした。申し訳ありません」
「いや、いいですよ。俺もメニューをちゃんと見なかったのがいけないんだし」
実を言うとそれなりに大きく書いてあるのに、どうして見逃したんだって感じなのだ。ここまで謝られるとこちらが困る。
「でも、人間の方にはちょっと臭みが強くないですか?」
「獣臭は強いですね。獣人だと平気なものなんですか?」
人間よりも嗅覚が敏感そうだし、もっと嫌がりそうなものだけど。
「魔力が臭みを中和してくれるらしいので、そんなに感じないはずです。それに、味付けも魔力を感じ取れることが前提のものになっていますので」
「そ、それでよく人間の俺に出したね……」
そういえば頼んだ時に確認し直された気がするが、そこまでのものなら人間が頼んだ場合は止めるべきでは?
「す、すみません。人間の方でもこの獣臭が好きという方が遠くからいらっしゃることが多くて、お客様も同じかと思っていました」
「な、なるほど」
ジビエ好きの観光客だと思われたわけか、そりゃ仕方ない。
「あ、あの……普通の牛肉を使ったものとお取替えしましょうか?」
「えっ、いや、それはいいですよ。もう食べ始めちゃったし、別にまずいとかいうわけじゃないですから」
「そ、そうなんですか?」
「はい。だからそんなに謝らなくて大丈夫です」
俺はなるべく笑顔で怒っていないと言ったのだが、ワーウルフの女性は最後まで申し訳なさそうにしていた。接客業って大変だな。
その後、食事を終えた俺は先ほどのワーウルフの女性に事情を話してお金を渡し、お湯と器を出してもらった。
「アキトくん、はやく、はやく~!」
「急かすなよ、すぐ作ってやるから」
俺は砂糖魔石を冷蔵庫から取り出すと、砕いて湯煎する。
すぐに溶けて甘い匂いが漂い始めた。
「わっ、凄い……美味しそうですねぇ……」
サラがゴクリと唾を飲み込んだのが分かった。
「サラの分もあるぞ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
俺は溶かした砂糖魔石をレフィーナとサラに渡す。
「アキトさんは食べないんですか?」
「魔力の味が分からない俺が食べるのは勿体ないからな。遠慮しないで食べてくれ」
「なるほど……じゃあ遠慮なく頂きますね」
既に食べ始めているレフィーナと違い、サラは慎重にスプーンで砂糖魔石を掬い取ると、一度匂いを嗅いでから口に流し込んだ。




