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二章 ミルド村のアルラウネ 十話

「平和ですねぇ~」

「そうだな~」

「ニュースも平和そのもの。魔王軍と戦争しているなんて嘘みたいですよね~」

「いつの間に休戦したんだってくらい攻めてこないよな~」

「それにしても暇ですよね~」

「だな~」

「ふにゃ~」


 先日、あまりに暇過ぎてテーブルを加工して炬燵を作ってみたのだが、思った以上に出来が良くてみんなからの評判も上々だった。

 おかげで俺とサラは半日炬燵に入ってテレビを見ながらダラダラと過ごしている。

 猫は炬燵で丸くなる――とまではいかないが、サラは炬燵に入ると全く動こうとしなくなった。


「ねえ、アキトさん。暇なんで昔話をしてくださいよ」

「唐突だな」

「いいじゃないですか。例えば『あの羽根』は何なんですか? ずいぶん立派な額縁に入れて飾られていますけど……」

「ああ、あれかぁ」


 サラが指差した羽根とは俺が額縁に入れて飾っていた『ロゼの羽根』のことだ。

 桃色の美しい羽根で、俺の宝物だ。


「あれはオルディッシュ島で出会ったハーピーに貰った羽根なんだ」


 俺はサラにオルディッシュ島での出来事を話す。

 俺が暴走して求婚したところだけは恥ずかしいから言わなかったが、ロゼとはとても良い友人関係を気付けたという話で締めくくった。


「――アキトさん、思った以上に大変な経験をしていたんですねぇ。まさか戦争に行って帰ってきていたとは思いませんでした」

「あっ、驚くところはそこなんだ」

「そりゃそうですよ。もちろん、クイーンハーピーとお友達になって羽根まで貰ったのは凄いとは思いますけど、戦場で生き残って帰ってきた方がもっと凄いです」


 言われてみればそうか。命がけの戦いだったし、あそこで死んでいてもおかしくなかったのだから。

 もしも敵の中にミドリクラスの種族がいたら負けていた可能性は高い。


「でも、敵の強さから言えば、魔王軍よりもヒールラシェル山で戦ったグレンってドラゴンの方が強かったんだぞ」

「そ、そうなんですか? わたし、ドラゴンは見たことないので想像が付かないんですけど……」


 ミドリがドラゴンだから想像は付くと思うのだが、さすがに契約者でもないサラにこのことを話すわけにはいかないな。

 レフィーナやオリヴィアにすら、ミドリは突然変異のドラゴンメイドだと偽っているのだから。


「オリヴィアが戦う前から負けを認め、あのミドリが泣きながら逃げるくらい強かったって言えば分かるか? ハッキリ言って、グレンが俺とロゼの実力を舐めていたおかげで勝てただけで、そうじゃなかったら全滅していたな」

「……う~ん。余計に想像できないです」

「そ、そうか」


 ごめん、ミドリ。お前が泣いたことをバラしたのに分かってもらえなかったよ。


「でも、エメラルドちゃんはその時の怪我を治すためにヤマシロに行っているんですよね?」

「ああ、そうだ。そろそろ帰って来ると思いたいが、夏までに帰って来なかったらこっちから迎えに行くしかないかもしれないな」


 契約者の場所が分かる能力があれば理想的だが、そんな都合のいいものはない。入れ違いにならないためにもミルド村で待っている方がいいのだが、一年も戻らない場合はさすがに迎えに行こうと思っている。


「早く帰って来るといいですね」

「だな」


 サラがテーブルに上半身を乗せてだらけ始める。俺はたまらず彼女の頭を撫でた。


「んにゃ……アキトさん、撫でるの上手ですよねぇ……」

「そうか?」

「はい。わたし、アキトさんに撫でられるの……大好きです」


 サラは俺に撫でられながら気持ちよさそうに「にゃ~」と鳴き声を上げた。可愛すぎる。今すぐ抱き着きたいが、彼女は猫じゃなくてワーキャットの女の子だと自分に言い聞かせて我慢した。

 サラはかなり猫に近い見た目のもふもふ獣人なので、女の子として可愛いというよりも猫として可愛いという気持ちが勝ってしまう。だからといって猫を可愛がるようにサラを愛でるのは失礼だ。反省しないとな。

 しばらくサラを撫でた後で、俺は一つ質問をした。


「なあ、ヤマシロってどんなところだったんだ? オリヴィアから神社の話なんかは聞いたんだが、それ以外は分からなくてさ。竜人やラミア以外の種族もいるんだよな?」

「そうですね~、人間以外の種族がアルドミラより少し多くて、全体の2割か3割くらいですね。竜人には会ってないです」


 竜人やラミアが敬われる国だとは聞いていたが、別にたくさん住んでいるわけではないようだ。

 巫女として仕事をしてくれていればミドリもすぐに見つけられただろうが、これだけ長いこと帰ってこないところを見ると、いまだに神社に戻って来てはいないということだろう。


「他にいた種族で言うと、ワーキャットやワーウルフ、コボルト、子供の結婚相手を探しに来ていたハーピー。後はヤマシロにしかいない種族らしいんですけど、『オニ』っていう人間に角が生えたような種族がいましたね」

「鬼だって? その種族は人間と共存できているのか?」

「そうですね。特に争っている様には見えませんでした。でも、どちらかというとオニの立場が上に見えましたね。強そうでしたし」


 まさか鬼がいるとは。恐ろしい国だな。

 人間が虐げられているわけではなさそうだが、どうしても日本人として鬼という種族には危機感を覚えてしまうな。


「アキトさんってヤマシロの人間に似てますよね」

「そうなのか?」

「はい。この村の人は結構似ている顔の人が多いです。ヤマシロの人間は真っ黒な髪の人が多い印象でしたね」


 ここまで情報が揃うと、ヤマシロ=日本説がほぼ確定だ。

 元は日本人である俺とミルド村のアキトが並行世界の同一人物だということは、ミルド村の人たちはヤマシロから移り住んできた人間たちの子孫という可能性が高い。カレンやトウマなど前の世界での顔見知りも多いことからも、そのように推察できる。


「あと、すぐに撫でようとしてくるところもヤマシロの人たちと一緒です」

「うっ……なんか、ごめん」


 ヤマシロは猫好きが多いのか?

 サラの気持ちになって考えてみるとかなり怖い。撫でるという行為はある程度の信頼関係があって初めて成立するのだ。

 初対面でサラを撫でた俺が言えた言葉じゃないので口には出さないぞ。


「いいですよ。邪な気持ちで撫でようとしてくる人はいませんでしたし。あっ……アキトさんからは時々感じますけど」

「うそっ!?」

「にゃははっ、うそですよ~」


 サラは驚いた俺の顔が面白かったのか、お腹を押さえて笑い転げた。


「な、何だよ、サラ! 撫でるぞ!」

「にゃ? それ、怒ってるんですか?」

「そ、それほど怒ってないけど、ちょっと怒ってる」

「にゃはは、面白いですね~。いいですよ、好きにしてください」


 サラはそう言うと、俺の隣で丸くなって寝息を立て始めた。自由過ぎる。でも、サラが俺を信頼してくれているのが分かって、嬉しくもあった。

 サラの尻尾が俺を誘うようにゆっくりと揺れている。

 そういえば、猫は尻尾の付け根を軽く叩くと喜ぶんだよな……。

 魔が差した――としか言いようがない。

 これまでも再三、サラは猫じゃなくて女の子だと自分に言い聞かせていたにも関わらず、俺は気が付いたらサラの尻尾の付け根に手を伸ばそうとしていた。


「アキト、寝ているサラにそう言う事をするのはダメだよ」


 あと数センチでサラの尻尾の付け根に手が触れそうになった瞬間、伸ばしていた俺の右手が植物の蔓で縛られる。

 蔓の伸びている方向へ視線を向けると、トマトのマリーが険しい顔で立っていた。


「――マリー? ちょっと待て、誤解だ」

「何が誤解なの? どう見てもサラのお尻を触ろうとしていたよね!」


 隣に立つキュウリのユーリも俺を叱るように睨み付けてくる。ナスのスージーやパプリカのパールも同じだ。


「わたしたちオリヴィアお姉さんから教わったから、もう知っています。そういうことをしていいのは、同意を得た恋人か結婚した妻だけだって」

「例外としてそういう事を商売にしている女の人もいるらしいですが、私が知る限りさらは違います。あきとはルールを守らない悪い大人なのです!」


 ユーリ、スージー、パールの3人も俺に向かって蔓を伸ばすと、子供とは思えないアルラウネらしい力強さで俺を炬燵から引っ張り出し、空中で縛り上げる。

 4人がそれぞれ手足を縛っているので、大の字で空中にぶら下がっている形だ。


「ま、待て待て、別に俺はサラの尻を触ろうとしたわけじゃ――」

「反省!」

「――いてっ!」


 マリーが俺を縛っている蔓とは別の蔓を手に持って鞭のように振り、俺の身体をバシンと叩いてきた。


「ちょ、ま、マジで痛いから!」

「反省した?」

「誤解なんだって!」

「ユーリ、やっていいよ!」

「うん! 反省!」

「ぐはっ!」


 一撃目は胴体だったが、今度は頬に直撃した。

 これ、絶対に腫れるぞ。ビリビリとした痛みが持続している。


「反省した?」

「は、話を聞いてくれ」

「何?」

「確かに手を伸ばしたのは事実だ。でも、それはサラの尻にじゃないんだ。信じてくれ!」

「……どう見てもお尻だったと思うけど、じゃあどこに?」


 ここで嘘を言うと見抜かれた時が怖い。とにかく正直に話して許してもらうしかないぞ。


「し、尻尾の付け根だよ。猫はそこが気持ちいいらしいから、ワーキャットもそうなのかなって」

「スージー、やって!」

「う、うん。は、反省!」

「――うっ!」


 スージーの奴、目をつぶって蔓の鞭を振りやがった。

 おかげで鞭は俺の股間を強打し、途轍もない痛みが全身を駆け巡る。


「うぐぅ……し、死ぬ……マジで、死ぬぞこれ……」

「あっ、ご、ごめんなさい」

「ヤバいよ、マリー。オリヴィアお姉さんが男のあそこは最大の弱点だから余程のことがない限り攻撃しちゃダメだって。ど、どうする?」


 スージーとユーリがやり過ぎたと思ったのか狼狽え始めた。マリーも申し訳なさそうな顔をしている。


「……そ、そうね、反省しているようなら許してあげようか。アキト、さすがに反省したわよね」

「あ、ああ、した、しました。だから降ろしてくれ」


 3人が顔を見合わせて頷いた瞬間、パールが待ったをかける。


「待つのです。あきと、今のは私たちの攻撃から逃げたいがために嘘を吐きましたね。私は騙されないのです」


 完全に降ろしてくれる流れだったのに、この一言で他の3人も俺を降ろすのを考え直した。


「そ、そうなの、アキト?」

「いや、嘘じゃない。本当に反省している。信じてくれ、マリー」


 とにかくリーダーのマリーさえ説得出来れば何とかなる。そう思ったのだが、マリーは最年少のパールに視線を向けて、目でパールが決めてくれと訴えたのが分かった。

 パールは頷くと、俺に尋問する。


「あきとに聞きます。ワーキャットが猫のように尻尾の付け根を触られるのが気持ち良かったとして、触っても良いものだと思っているのですか?」

「そ、それは……」


 まず間違いなくダメだ。俺がやろうとしたことは怒られて当然の行為なのだ。


「自分でも分かっているようですね。おりびあが言っていました。「例え気持ちの良いことでも、好きな相手からじゃないと嬉しくない」と」


 あいつ、なんてことを子供たちに教えているんだ。


「そしてあきとは常識人ぶっているが、基本的に性欲にまみれた獣で理性よりも本能の方が強いのだと!」

「はぁ!? 何だよそれ、何を教わってんだ!」

「そういう時のあきとの止め方も習いました。とにかく強い力で叩いて煩悩を飛ばしてあげればいいのです! 煩悩退散!」


 パールは蔓の鞭を力強く握って振りかぶる。


「な、何教えてんだよ、オリヴィア!」

「反省するのです、あきと!」

「ぐはぁぁあああああっ!」


 パールの渾身の一撃が俺を撃ち、4人の呪縛から解放される。

 俺は強い衝撃と痛みから、うめき声を上げながら床に転がった。


「い、いや~、凄いものが見れちゃった……アキトさん、大丈夫ですか?」

「……お、起きてたのかよ、サラ」


 俺はうつぶせの状態で答える。


「途中からですけどね」

「なら、止めてくれよぉ」

「ごめんさい。ちょっと面白かったので」


 くそぉ、サラめ。いたぶられる俺を見て楽しんでいやがったのか。

 再び小さな怒りが込み上げてくると同時に、一つの疑問が浮かび上がった。


「俺たちの会話、聞いてたんだよな」

「そうですね。縛り上げられたところ辺りからは完全に聞いていました」

「なら教えて欲しいんだけど……」

「何ですか?」

「……尻尾の付け根ってワーキャットも気持ちいいの?」


 しばしの沈黙の後、パールがサラに蔓の鞭を手渡す。


「さら、使うといいです」

「ありがとう、パールちゃん」

「えっ、ちょっと待――」

「――反省!」


 バシンと強い衝撃を背中に受けて、ついに俺の意識は煩悩と共に飛んでいくのだった。


「……そんなこと、恋人以外には教えてあげません」


 薄れゆく意識の中で、サラの答えが聞こえた気がした。

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