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二章 ミルド村のアルラウネ 一話

 夜にドレン要塞都市を旅立ってから二度目の朝、ついに俺とオリヴィアは王都の空気を吸うことが出来た。


「ん、んん~! やっと着いたわ!」


 オリヴィアが目一杯翼と両腕を広げて伸びをする。

 バスの中では一番後ろの座席を陣取ってラミア姿でのんびりと過ごしていたように見えたのだが、それでも窮屈に感じていたようだ。

 休憩は何度もあったのだが、数時間バスに座り続けるという行為を一日中繰り返していると、人間の俺ですら辛いものがあった。


「お、おい、オリヴィア。怖がられているぞ」

「んっ? いいのよ、メリュジーヌとして胸を張って生きろって言ってくれたのはアキトちゃんでしょ?」

「そ、そうだけど」

「まあでも、怖がられるのは不本意だし、こっちの姿でいることにするわ」


 オリヴィアは下半身を人間の足に変化させると、近くのベンチに腰掛けて、スーツケースの中から靴下と靴を取り出して履いていく。

 今日はロングスカートなため、目のやり場に困らないので安心だ。


「それじゃあ、ミルド村まで出発しましょうか? ここから歩いて行ける距離なの?」

「ああ。丸一日かかるけどな。ちなみに田舎村だからバスとかは出てないぞ」

「なら空を飛んで行った方が良さそうね」

「だな。けど、その前に金を降ろしていいか?」

「もちろんいいけれど、アキトちゃん何か買い物するの? 食料ならまだあるわよね?」

「ミドリがいなかったら、服を買わないといけないんだよ。夏服以外は全部あいつが持っているから」


 ミドリの『無限の宝物庫』はクローゼットになっていて、俺の服のほとんどを旅に出る時に収納してもらった。

 今は10月。ドレン要塞都市で少しだけ服を買ったが、これからどんどん寒くなるはずだ。冬服を買える金がないと困ることになる。


「服かぁ。村にも服屋さんはあるのよね?」

「あるぞ。王都の店程の数はないけどな。まあ、金はミルド村でも降ろせるんだが、速めに確認して起きたことがあるんだよ」

「確認?」


 俺は良く分かっていない顔のオリヴィアを置いて銀行へと向かい、久しぶりに通帳を記帳して驚いた。

 事前にゲルミアさんから今回の戦いに参加した謝礼金が出ると聞いていたのだが、額までは知らされていなかったからだ。

 総額、5000万メリン。大金貨にして10枚の額だ。

 この世界のお金は単位が違うだけなので、5000万円振り込まれたということになる。

 待ってくれ、5000万ってなんだ?

 どのくらい凄いのかが、凄すぎて分からない。

 俺はとりあえず10万メリンほど引き出すと、お金をしまって銀行の外で待っていたオリヴィアと合流する。


「アキトちゃん? どうしたの?」


 オリヴィアが心配そうに尋ねてくる。俺は相当顔色が悪いようだ。


「その……信じられない額が振り込まれていてさ」

「信じられない額?」


 オリヴィアは俺から通帳を受け取って額を確認する。するとピタリと動きが止まり、数秒後に通帳を丁寧に手渡してくれた。

 俺が通帳をしまうのを見届けると、オリヴィアは腕を絡めてすり寄ってきた。


「ねえアキトちゃん、お姉さんも新しい服が欲しいなぁ」

「……そうだな。俺も欲しいから村に着いて落ち着いたら買いに行こう」

「うん、うん。それでね。お姉さんってずっと旅を続けていたでしょ? 資金源は主に占いだったんだけど、最近はアキトちゃんと一緒に行動していたから、稼ぎが無いのよね」

「……そうなのか。大変だな。村のみんなを相手にやるといいよ」

「むぅ、アキトちゃんの意地悪」


 意地悪なものか。普通の反応だろうが。

 ていうか、見事に俺の予想通りの反応をしてくれたな。


「はぁ……分かったよ。半分はオリヴィアにやるから、口座を作ってこい」

「ええっ!? そ、そこまではしなくていいわよ。お姉さんは、ちょっと服を買って貰えれば十分だから」


 オリヴィアは俺から離れると、申し訳なさそうに手を振った。


「急に遠慮するなよ。そもそも、オリヴィアは軍から金を貰ってないんだろ?」

「そ、そうね」

「なら、この半分はオリヴィアに対する対価だって考えるのが妥当だろ。正直言うと、俺はこんな大金持っていたくないんだよ。半分貰ってくれ」

「……で、でも」


 オリヴィアは急に良心が痛み出したのか怖気づいたので、俺は彼女の手を引っ張って銀行に戻ると、半ば無理やり口座を作らせた。

 オリヴィアの赤色認証魔石を見せて、俺の契約者だと説明したらスムーズに手続きをしてくれたのだが、そこで再び問題が起きた。

 新しく開設したオリヴィアの口座に既に5000万メリン振り込まれていたのだ。お相手はもちろんアルドミラ軍。

 受付のお姉さんにどういうことなのか尋ねると、事前にアルドミラ軍からオリヴィアが口座を作ったらお金を振り込みたいから連絡するように言われていたのだそうだ。

 もしも一か月たっても作りに来なかった場合は、俺の口座に入金するつもりだったという。


「ど、どうしよう、アキトちゃん」

「二人合わせて1億か……ははっ……しばらくは金に困らなそうだな……」


 もう笑うしかないと思ったのだが、乾いた笑い声しか出てこない。

 昔、宝くじで1億円当てたら何しようかと妄想したことがあったが、実際に手にしてみると何に使ったらいいのか分からない。

 命がけで戦ったわけなので50万くらいは貰えているだろうと思っていたのだ。

 あわよくば500万もありえるかもと期待して通帳を見たら、5000万ですよ。おまけにオリヴィアにも同額振り込みと来た。

 俺とオリヴィアは唐突に得てしまった高額預金に恐怖しながら銀行を出た。


「とりあえず南門まで歩いて、そこからは村まで飛んでいこう」

「ええ、分かったわ」


 5000万も入っている口座の通帳を持っていると、どうしても周りの人たちが俺たちを狙っているのではないかといらぬ想像をしてしまう。

 大通りをビクビクしながら歩いていると、懐かしい人物が声をかけてきた。


「アキトの兄ちゃんじゃねえか!」


 俺とオリヴィアはビクリとしながら声の方へ振り返る。


「あっ、レオさん!? お久しぶりです」

「おう。どうしたんだ? そこまででかい声を出したつもりはねえぞ?」

「あ~、それは……」


 さすがに大通りのど真ん中で1億持っているとは言えないので言い淀んでいると、レオさんは首を傾げた後で、オリヴィアへと視線を移した。


「あっ、レオさん、紹介します。俺の――」

「――やったな、兄ちゃん!」


 レオさんは俺の話を聞く前に、豪快に肩を叩いてきた。結構痛い。


「正直、ハーピーは無理だろうと思っていたんだが、こんな美人の姉ちゃんを彼女にしちまうとはなぁ!」


 いや待って、人の話を聞いてくれ。


「俺は数か月前にアキトの兄ちゃんに世話になったレオだ。今は主に木を育てて販売する仕事をしている」

「私はオリヴィア。アキトちゃんとの関係は、たまに一緒に寝る間柄かしら?」

「待て待て待て待て待て! 何、恥ずかしそうな顔してヤバい嘘ついてんだよ!?」


 最近はその手のからかい方をしなくなってきていたのに、戦いから解放されて元に戻ったのか?


「酷いわ、アキトちゃん。この目が嘘を言うような目に見えるって言うの?」

「見えるわ! この嘘つきエロ蛇女!」

「あっ! 言ったわね! そんな酷いこと言うなら、お姉さんもう抱き枕になってあげないわよ?」

「な、何が抱き枕だ! そんなことした覚えはない!」

「アキトちゃんこそ、嘘つきじゃない。初めて会った日の夜に私の尻尾を――」

「――うわぁぁぁああ! お、お前、その話をするのは反則だろ!?」


 俺は慌ててオリヴィアの口を塞ぐ。

 そういえば、オリヴィアの尻尾を抱きしめて眠ったことがあった。何となく背徳的な感じがしていたので思い出さないようにしていたのに、一気に記憶が蘇ってしまった。

 ひんやりと冷たく、たまにピクリと動く尻尾の感触、身体に覆いかぶさってくる竜の翼、オリヴィアの寝息。

 くそっ、思い出したらドキドキしてきた。


「に、兄ちゃんは相変わらずだな」


 レオさんは俺たちのやり取りを見て苦笑いを浮かべている。


「笑い事じゃないですよ」

「そうだな。周りの目も痛いし、いったん俺の工房で話さないか?」

「そ、そうですね。誤解も解きたいですし」


 俺はオリヴィアを連れてレオさんの工房へと移動した。




「なるほど、俺の思っていた以上に大変だったみたいだな」


 レオさんの工房にある商談室で、これまでの旅を掻い摘んで話し終えると、レオさんは深々と頭を下げた。


「ドレン要塞都市を取り返したって話はニュースで聞いていたが、まさか兄ちゃんが戦ってくれていたとは思わなかった。ありがとな」

「そ、そんな、俺は頼まれたから協力しただけですよ」

「頼まれて、はい分かりましたって易々と出来ることじゃないだろう? 俺たちがこうして不安に駆られずに過ごしていられるのは、侵攻してくるギドメリア軍を国境で食い止めてくれている軍人たちのおかげだ。そんで兄ちゃんはその軍人たちにも出来ないことをやってのけた。守られる側の俺たちに感謝されるのは当然だろう」

「は、はあ……ありがとうございます」


 俺はこの国のみんなを守るために戦ったというよりは、レフィーナのために戦いに加わる約束をしていただけだったので、畏まって感謝されるとむず痒い気分になった。


「そういえば、レオさん。さっき木を育てて売っているって言っていましたが、アルラウネの森の木はどうなっていますか?」

「順調だぞ、普通の木の3倍くらいの速さで成長するのがいいな」

「それは凄いですね。名前は決まったんですか?」


 王都を出る前に話した時は、レフィーナに名前を決めてもらうと言っていたがどうなっただろうか?


「レフィーナさんとも色々話し合ったんだが、『アルラウネの薪』って名前になった」

「そ、そのままですね」

「捻った名前を付けなくても売れるからな。シンプルな方がいいんだよ」


 商売相手はアルドミラ軍なので、商品名は分かりやすい方がいいという判断らしい。俺もそう思う。ラウネ薪じゃなくて本当に良かった。

 ちなみに薪になる良く燃える木以外にも、全く燃えない木や、良い匂いのする木に成長する植物も発見され、王都で注目を集めているらしい。

 建築材、家具、燃料、美容などなど、色々と可能性がある土地になり、レオさんはとても忙しいようだが、話している姿はとても楽しそうだった。

 今の気がかりは砂糖魔石が魔石鉱から取れなくなったらルナーリア様との交渉をどうするかということのようだ。

 魔石は無限ではないので、先のこと考えると砂糖魔石に変わる甘味を見付けるか、砂糖魔石を製造できるようになる必要があるという。

 俺は人間の唾液で代用できそうだと思ったが、口にするのは止めた。事情を知らないオリヴィアが聞いたら、ミドリやレフィーナの時のような目に会いかねないからな。もしも本当に砂糖魔石が魔石鉱から取れなくなったらこっそり教えてあげようと思う。

 レオさんは俺がミドリに貪られる姿を見ていたので、人間の魔力がアルラウネに取って美味しいものだということは知っているはずなのだが、それを砂糖魔石の代わりにするという発想はないようだ。すぐに気が付いた俺がおかしいのだろうか?


「兄ちゃんとオリヴィアさんは、これからミルド村に戻って、エメラルドの嬢ちゃんの帰りを待つんだろう?」

「はい。レオさんもミドリが戻ってきたって話は聞いてないですよね?」

「ミルド村にはこの前行ったが、嬢ちゃんの姿はなかったぞ」

「そうですか。まあ、しばらくはのんびり待つつもりです」

「…………村に着いたら驚くと思うぞ」

「え?」


 レオさんは同情するような目を俺に向ける。

 なんだよ、その顔。不安になるから止めてくれよ。


「ミルド村がどうかしたんですか?」

「実はな……いや……自分の目で確かめた方がいい。これ、レフィーナさんに渡してくれ。この前、ブドウの差し入れを貰ったんで、そのお返しだ」

「わ、分かりました」


 俺はレオさんからフルーツがいくつか入った袋を手渡される。


「なんか行くのが怖いんですけど、レフィーナや村のみんなは元気なんですよね?」

「それはもちろん。むしろレフィーナさんのブドウが大人気でこの近辺の村の中では一番活気があると言ってもいいくらいだ」

「レフィーナのぶどうって……『ラウネぶどう』か」


 やっぱりあのブドウは人気になっていたか。良かったな、トウマ。


「みんなが元気ならいいです。とにかく、そんな言い方されると気になってしょうがないんで、俺たちはそろそろ失礼しますね」

「おう。またミルド村には顔を出すから、その時はよろしくな」

「はい。よろしくおねがいします」


 俺とオリヴィアはレオさんの工房を出ると、南門へと向かった。

 いったいミルド村に何があったのだろうか?

 活気があると言っていたから、復興作業が終わったどころか、前よりも村が大きくなっているとかだろうか?

 ラウネぶどうを求めて移住者が殺到したとか?

 俺は先ほどまで村に帰るのを楽しみにしていたのに、急に不安になってしまった。

アキトとオリヴィアはいきなりお金持ちになりました。二人ともお金があるからといって散財するタイプではないので、普通に貯金しておくと思います。

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