一章 アルドミラの勇者 十一話
ハルカとアルベールが上空へと飛び立って行くのを見送る暇もなく、オーラが俺の髪を引っ張る。
「僕らも急ぐよ!」
「わ、分かってるって」
俺とオーラは大きく息を吸って水中へ潜る。そのままオーラを抱えると堀の底に見える横穴に向かって突き進んだ。
近くに来たことで分かったが、少し中に入ったところに金属の格子があったので、オーラが魔法で斬り裂いてくれた。
俺は支給された防水ライトで中を照らしながら進んでいく。建物内では電気が使えるので気付かなかったが、こういう懐中電灯も一般には出回っていない代物なんだよな。
俺は小型の雷の魔石のありがたみを感じながら、息が切れないように速度を上げた。
水路は翼を完全には広げられない程度に狭いが、入り組んでいるわけではなかったので、すぐに目的の場所についた。
水路が急激に狭まっている。ここから先はとても俺が通れるようなサイズではないのだが、実はここの真上に部屋があるらしいのだ。
俺は虚空剣で水路の天井を削りながら上に進み、ついに室内へと侵入した。
ライトで照らすと、部屋の入口らしき扉の横に電気のスイッチが見えたので、近付いてオンにする。
途端に部屋全体が明るくなったので、少しだけ目がくらんだ。ライトを切って軍服のポケットへとしまう。
「ここまでは聞いていた通りだね」
「ああ、いい感じに予定通りだ」
部屋の扉を開けると、その先は階段になっている。
「ここは地下二階って話だから、二つ上に向かうぞ」
「誰にも気付かれないように、慎重にだよ?」
「それが一番難しいんだよな……」
ここで俺たちの侵入に気付かれたら、囮をやってくれているオリヴィアやハルカ、アルベールの頑張りが無駄になってしまう。
俺は出来る限り足音を殺しつつも、最大限に急いで階段を登り、一階へと到着した。
誰もいない廊下を教えてもらった道順に進んで、建物の外へと出る。
そこで俺たちの目に飛び込んできたのは、とんでもなくデカい宝石があらゆる方向にビームを乱射している光景だった。
「な、何だ!?」
「まずい、あれはハルっちの魔法だ。巻き込まれる前に移動しよう!」
「お、おう」
俺はハルカの魔法を遠目に見ながらも、南門の開閉装置のある建物まで移動を開始する。
あれだけ目立つ魔法を使ったからだろう。ハルカたちが戦っている方向へと多くの敵が集まっていく。
俺たちは気付かれないように隠れながらやり過ごしていたのだが、ハルカが少し心配になってきた。
いくらハルカでも、あの数を相手に戦うのはきついのではないだろうか?
俺と同じ考えだったのか、隣を飛行しているオーラが真剣な顔で呟いた。
「ハルっちがあの魔法を使ったって事は、ピンチなのかもしれない……」
「そうなのか?」
「あれは奥の手なんだ。ハルっちの魔力量だと一日に一発しか撃てないレベルだよ」
いくら何でもそれは消費が大きすぎるだろ。ということは、ハルカは半分以下の魔力で残りの敵と戦わないといけないということか。
「とにかく、急いで門を開けよう。それが一番ハルカの助けになるはずだ」
「うん!」
俺とオーラが南門の開閉装置がある施設の前までたどり着いた時、ハルカがいた方向とは反対側から大きな音が聞こえ始めた。
「何だ?」
「東の方だったよね? ちょっと待って……」
オーラが目をつぶって耳を澄ます。もしかすると集中して魔力を探っているのかもしれない。
「……薄い魔力を持った人たちが大量に雪崩れ込んで来ているみたい」
「それって、東側の門が開いたってことか?」
「だと思う。これはつまり……」
「ああ。オリヴィアだ」
オリヴィアの奴、囮だけで良いって言っているのに、内部に侵入して門まで開けてくれたみたいだ。
俺とオーラは顔を見合わせる。
「僕たちも負けてられないね。あの施設を一気に制圧しよう」
「おう。どうやら、あっちは東西の戦況が気になって落ち着かないみたいだし、一気に攻め込むぞ!」
東西から援軍要請が届いているのか、ここの守りはどんどん手薄になっていっている。今がチャンスだ。
「オーラは援護を頼む。『空間魔法・虚空剣』!」
俺は施設の前を警備していた敵の軍人に一直線に突っ込む。
「『水流魔法・連式水刃斬』!」
オーラが俺の後方から水の刃を複数飛ばした。
ギドメリアの軍人たちはオーラの強力な魔法を辛うじて防ぐ。けれど、俺が近付くことに成功した時点でこいつらの命運は尽きた。
俺が不可視の剣を振ると、オーラの魔法を防いだ時のように魔法で防ごうとしてきたので、その魔法ごと斬り裂いて攻撃した。
一人、二人と斬ったところで敵の陣形は完全に崩れ、残りの軍人たちは続くオーラの魔法によって倒された。
「よし、行くぞ!」
俺は人を斬り殺した事を深く考えないように大声で自分を鼓舞しながら、間髪入れずに施設の中に侵入する。
室内のような狭い場所では、俺の虚空剣はとても有効な武器だ。
基本的には接近戦であり、虚空剣は敵の攻撃魔法も防御魔法も全て触れた瞬間に削り飛ばしてしまう。
そして、オーラが的確にサポートしてくれるおかげで、不意打ちをされることもなく正面から戦えている。
ついには制御室にいた敵軍全てを斬り伏せて、施設内を制圧してしまった。
「お、思った以上に上手く言ったな……」
「うん。ていうかアキトの剣が強すぎでしょ」
「俺も驚いてる。でも、ここの敵は比較的弱い奴が配置されてたんじゃないか?」
「ありうるね。西はハルっちが暴れてるし、東は連隊が雪崩れ込んで来てる。こんな施設の守りに優秀な兵を何人も配置できないのかも」
更にいえば、外では西と南から猛攻撃が行われているはずだしな。
俺とオーラはゲルミアさんに渡されたメモを見ながら制御室のパソコンを操作して、南の跳ね橋を降ろし、門を開けた。
「よしっ、これで門は自動で開くはずだ」
「やったね、アキト!」
俺はオーラとハイタッチをする。とりあえず第一関門は突破だ。
しかし喜んでばかりもいられない。俺には民間人の救助という第二関門があるのだ。
「俺はこれから民間人を探しに行く。オーラは南門から入ってくるリクハルドさんの隊と合流するんだったよな?」
「……ねえ、アキト。先に西門に戻らない?」
「西に? もしかしてハルカか?」
「うん……ここまでに戦った敵が弱すぎるのが気になるんだ。ハルっちが切り札を使わないといけないほど追い詰められていたってことは、もしかすると敵の主力はほとんどハルっちが抑えているのかもしれない」
可能性は否定できない。この施設にいた軍人が弱かったのもそうだが、ハルカの魔法を見て強そうな種族たちが集まって行っていた。
俺が倒したのはかなり人に近い獣人系の種族ばかりだったが、ここを制圧したのは飛行できる種族だったという話だし、それが全てハルカの元へと集まってしまったのだとしたら危険な状態だ。
「……分かった。俺も一緒に行く」
「ありがとう、アキト!」
俺はオーラと共に施設を飛び出すと、来た道を戻って西門へと走る。
途中、開きかけの門付近で戦闘音が響いていたので、リクハルドたちが攻め入って来たことが分かった。
これで東と南から味方が来てくれた。
逃げ遅れた民間人たちには悪いが、どこにいるかも分からない人たちを探すよりも、まずは苦戦している味方を助けるために今は動きたい。
もはや隠れて進むこともせず、竜の翼で飛行しているので途中何人かの敵に見つかったが、全て簡略化した不可侵領域で行く手を阻んでまともに相手をしなかった。そんな時間は一切ないのだ。
俺たちがハルカの元へ駆け付けた時、周りには屍の山が気付かれていた。
これを全てハルカが倒したのか?
10人、20人の話じゃない。確実に100人以上の敵が倒されている。
そして西側の町の一角で、血塗れになって剣を振っているハルカと、同じく傷だらけのアルベールが魔法で誰かを守っている。
「あ、あれって!」
アルベールの宝石魔法で守られていたのは、何十人もの人間。恐怖で震えながらもハルカとアルベールの勝利を願ってじっと耐えている。
ハルカが地面に膝を付き、手に持っていた剣を地面にさ刺して倒れないように堪える。
悪魔のような翼を持った男女と、背中に鳥の羽を持つ男が一斉にアルベールとその後ろの人間たちに向かって魔法を放った。
ダメだ、まだ距離が遠い。間に合わない。
俺とオーラは全速力で飛行しているが、それよりも敵の魔法の方が速い。
一度目の総攻撃でアルベールの魔法が破壊され、アルベールはその衝撃で瓦礫の中に吹き飛ばされた。
そして、間髪入れずに二度目の総攻撃が行われる。
すると、ハルカが飛び上がって間に割り込み、驚くほど巨大な宝石を作り出した。その魔法で敵の攻撃全てを受け止め、跳ね返す。
しかし、敵は難なく跳ね返ってきた攻撃を回避し、再びハルカへと狙いを定めた。
ハルカは全魔力を使い切ったのか、空に浮いているのがやっとという状態で敵を睨み付けている。
両手を広げ、歯を食いしばって、死んでも人間たちを守るという意思が伝わってくる。
その姿を見て、俺は確信した。
ハルカは間違いなく、アルドミラの勇者だ。
「『空間魔法・不可侵領域』!」
俺の魔法がハルカと敵との間に展開され、彼女目掛けて放たれた全ての魔法を遮断する。
ハルカは目の前で見えない壁に阻まれている敵の魔法を眺めながら、力が抜けたように天使の輪と翼を消して落下した。
俺は即座に彼女を抱きかかえる。
「ハルっち!」
オーラがハルカに飛びつくと、すぐに彼女に手を当てて魔法を使う。
「『水流魔法・癒しの泉』!」
彼の手から溢れるように飛び出した水がハルカの身体を覆い、流れでる血を止めて傷を修復していった。
「た、助かったわ、オーラ……それと……アキトも」
「かっこよかったぞ、ハルカ。後は俺に任せてくれ」
「あんたにあれが倒せるの?」
「お前があそこまで弱らせてくれたんだ。楽勝だよ」
「ふっ……そう……ね……」
ハルカは柔らかく笑いながら気を失った。
俺はハルカを地上へ降ろすと、人間たちの近くに横たえる。
ちょうどアルベールが瓦礫から血塗れになりながらも出てきたところだった。
「アルベールとオーラはハルカについてやっていてくれ」
「僕もサポートするよ」
「わ、わたしも!」
「オーラはハルカとアルベールの手当て、アルベールは民間人を守るのを優先しろ」
俺は不可侵領域に手も足も出ないことを悟って攻撃を止め、こちらを睨んでいる4人の異種族を見上げる。
鳥の翼が背中から生えているのはガルーダだろうか?
悪魔みたいな翼のイケメンと美女はなんだか分からないが、恐らくはヴァンパイア系の種族だろう。
「こいつらの相手は俺がする」
俺が大見得を切って宣言すると、聞きなれた声が近くから聞こえてきた。
「その戦い、お姉さんも参加していいかしら?」
「オリヴィア!?」
「グッドタイミングでしょ? アキトちゃん」
「ああ。最高だよ!」
オリヴィアがいれば百人力だ。負ける気がしない。
俺とオリヴィアは空を飛んでいる敵と同じ目線になるまで翼で上昇する。
「お前ら、俺の魔力切れでも待ってたのか? 残念だったな、その前に頼もしい援軍が来ちまった」
俺の挑発を無視して、ガルーダが仲間に声をかける。
「どうだ?」
「ああ。あの女の種族は分からんが、さっきの魔法は大体理解できた。消費は大きいが、あの魔法なら破れる」
「よし、サポートは任せろ」
ヴァンパイア系の軍人二人が俺に向かって手をかざす。
冗談だろ?
破れるって不可侵領域のことか?
「『暗黒魔法・冥界破』!」
「なっ!?」
漆黒の魔力が俺の不可侵領域に激突する。
闇が領域へとゆっくりと侵入し、突き抜けた瞬間にスピードを増して迫ってくる。コッカトライスを相手にした時に見た現象だ。俺は素早く暗黒魔法を回避する。
あのヴァンパイア系の種族は闇属性の魔法も使えるのか。
先ほどまでは風属性の魔法を使っていたように見えたのだが、もしや二種類の属性を持っている種族がいるのだろうか?
ともかくあいつは危険だ。優先して倒した方が良い。
俺の魔法を貫けたことを確認したヴァンパイア系の軍人がニヤリと笑う。
「よし、これなら――」
「『虚空閃』!」
「――なっ!?」
俺が虚空閃を放つと、ヴァンパイア系の種族の翼に穴が開いた。
本当は胴体目掛けて放ったのだが、俺が魔法を使う前に反応して咄嗟に横に逃げたので、翼に命中したようだ。
けれど、翼に当たったのならもう俺の勝ちは揺るがない。
「『虚空閃』、『虚空閃』、『虚空閃』、『虚空閃』、『虚空閃』!」
次々と簡略化した虚空閃を乱れ打ちする。
虚空閃は放った瞬間には当たっているような魔法なので、銃で撃たれるのと同じで先に避けていないと避けられない。
ヴァンパイア系の二人は避けようとしていたのだが、逃げ切れずに当たってしまい。そこに追撃の虚空閃をお見舞いされて地に落ちた。
ガルーダの二人は最初に味方がやられたのを見て危険を察知し、高速で移動して狙いを絞らせないように俺とオリヴィアの周りを飛び始めた。
「アキトちゃん、ここは任せて。『水流魔法・水精の沼』!」
オリヴィアが俺に近付いて魔法を放ち、飛行訓練の時に何度か見たスライム魔法を薄い膜のようにして展開する。
「そんな薄っぺらい魔法で!」
次の瞬間、疾風魔法を使って高速で移動していた二人のガルーダが一斉に接近戦を仕掛けてきて、オリヴィアのスライム魔法へ鋭い爪の生えた足を突っ込んだ。
「何っ!?」
ただの水の防御魔法だと思ったのだろう。
けれど、オリヴィアのスライムは餅のような弾性と吸着力を持っており、爪で引き裂かれることなく勢いを殺し、彼らの足にまとわりついた。
「捕まえたわ」
オリヴィアはスライムに絡めとられた彼らの足をがっしりと掴む。
「『空間魔法・虚空剣』!」
俺は藻掻くガルーダ達目掛けて剣を振った。




