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一章 アルドミラの勇者 五話

 俺たちを乗せた軍用車は順調に北上し、その日の夜には目的地に着いた。

 魔王軍に占領された北東の大都市、ドレン要塞都市の南西5キロに位置する農村、ハイレイン村だ。

 どうやらここ以外にもドレン要塞都市に近い村々にアルドミラ軍が駐留し、反抗の機会をうかがっているらしい。

 俺たちは待機していた軍人たちに迎えられ、そのまま村で一泊した。

 そして翌日、仮設テント内で作戦会議が始まった。

 ゲルミアさんが大きなテーブルに地図を広げて、現在の状況を説明してくれる。


「これがドレン要塞都市の大まかな見取り図になります」

「名前からして凄そうだと思っていましたけど、王都並みにデカいですね」

「そうですね。大きさは王都よりも一回り程小ぶりですが、この町は今まで何十回もギドメリアの進行を食い止めてきた北東の守りの要でしたので、攻略の難しさは王都以上です」

「そんな城みたいな都市がどうして陥落したんですか?」


 地図で見ただけでも、この要塞都市とやらは難攻不落の城に見える。

 王都よりも更に大きな外壁に覆われているし、堀まであるのだ。北を除いた三方向にある跳ね橋を上げて門を閉じてしまえば、攻め込むのはかなり難しい。


「アキトさんならどうやって内部へと侵攻しますか?」

「えっ? そうですね、まず遠距離魔法で外壁を破壊して、不可侵領域で橋を作って中に突入します」

「な、なるほど……」


 ゲルミアさんが困ったように眉を寄せる。


「アキトちゃん、そんなことが出来るのはアキトちゃんくらいよ」

「えっ? オリヴィアも出来るだろ?」

「出来なくはないかもしれないけど、相当な時間がかかるわ。今の時代、魔獣や魔物から町を守るための外壁は地属性の魔法で生み出された石材を使って作られているの。当然、この要塞都市の外壁もそうだと思うわ。そんな頑丈な外壁を魔法で破壊するには、最上位魔法か、聖属性か闇属性の魔法が必要なの。風属性の魔法なら少しは楽だと思うけど、お姉さんは水属性だから相性最悪ね」


 ゲルミアさんやリクハルドさんが頷く。

 俺は半分くらいしか分からなかったので、思い切って聞いてみることにした。思い出そうとしても記憶が出てこないので、学校の授業などでは習わない内容なのだろう。


「俺、その辺りの事は詳しくないんだけど、教えてもらっていいか?」


 オリヴィアに聞いたつもりだったのだが、ゲルミアさんが「それなら」と前置きしてハルカに視線を向けた。


「ハルカさん、アキトさんに詳しく教えてあげてください」

「嫌よ、面倒くさい。何であたしが」

「昨日私が言ったことをもう忘れたのですか?」

「うっ……」


 俺の言う事は何でも聞くという約束をさせられたのを思い出したのか、ハルカは悔しそうにしながら俺を睨み付けてきた。


「し、しょうがないわね。このあたしが教えてあげるんだから感謝しなさいよ!」


 そういってハルカは近くにいた軍人にホワイトボードを持ってこさせた後、それを使って解説を始めた。


「まず、魔法には相性があるわ。水属性は炎属性に、炎属性は風属性に、風属性は地属性に、地属性は水属性に強い。魔力量や魔法の強さに大きな差があれば相性なんて関係ないけど、互角の魔法同士がぶつかり合ったら、相性の良い方が勝つわ」


 ハルカは『水』、『炎』、『風』、『地』と書いて、それらを矢印で結んで相性関係を分かりやすく図にしてくれた。

 何だかRPGの属性表みたいだな。文字を書くときはハウ語を使う人が多いのだけど、ハルカはヤマシロ語――つまり日本語を使うようだ。

 ハルカという名前からして、もともとはヤマシロから渡ってきた人間の子孫なのかもしれない。

 ん、待てよ?

 俺はハルカの顔をじっと見つめる。

 どこかで見たことがある様な気がする。前の世界の知り合いかと思ったが、知り合いにこんな生意気な顔をした女はいない。

 じゃあどこで見たんだろう?


「あっ!」

「何? どうかした?」

「い、いや、何でもない。続けてくれ」


 分かったぞ。

 こいつ、テレビで見たことがあったんだ。

 赤毛に緑色の目をしていたから気が付かなかったが、黒髪にするとフィギュアスケーターの冬木春香にそっくりだ。

 うげえ、何か嫌だな。

 前の世界では結構応援していたのだが、あっちでもこんな性格だったとしたら裏切られた気分だ。俺とアキトのように正反対の性格だといいな。


「変な奴ね。じゃあ次は種族による魔力量の違いと、魔法の強さについて説明するわ」


 ハルカは再びホワイトボードに書き込んでいく。


「魔獣と魔物は下級から特級まで多種多様に存在するって言われているけど、あたしの経験じゃ九割がた中級種族止まりね。そして人型種族はほとんどが上級種族。つまり、リクハルドやオーラのことね。まれに突然変異や少数種族として最上級種族がいたりするけど、これは全体の一割にも満たないんじゃないかしら。そしてこれらの種族の等級を判断する上で基準となっているのが魔力量なの」


 ホワイトボードに上から『特』、『最上』、『上』、『中』、『下』と書き込むと、その上に『多い』、下に『少ない』と書き加えた。結構分かりやすい。


「ゲルミアさんとアルベールは最上級種族なのか」

「そうよ。オリヴィアもそうじゃないの? 翼があるけど、竜人でしょう?」

「最上級ではあるけど、正確には竜人じゃない。ラミアの突然変異だ」

「ラミア?」


 ハルカたちがオリヴィアの足に視線を向ける。

 二本足で歩いている種族がラミアだと気付けた人はいないだろう。

 オリヴィアは注目を集めていた足を自慢げに見せて笑う。


「この足はアキトちゃんとの契約で貰った祝福よ。元の姿を見せてあげたいところだけど、この服だとちょっと無理ね」


 俺とオリヴィアは今日から支給された軍服を着ているのだ。当然下はズボンなので、蛇の下半身へと変身することは出来ない。


「そういえば聞いていませんでしたけど、ゲルミアさんたちはどんな祝福を得たんですか?」


 見た目はかなり人間に近い種族なので、気になるところだ。

 ゲルミアさんたちは順番に答えてくれた。


「私は人間の活力ですね。エルフは無限の寿命を持っていますのでのんびりしている者が多いのです。この祝福を得てからは食事の回数が増え、睡眠時間が短くなりました。人間と同じスケジュールで動くには最適な祝福です」

「俺は身長だな。契約したのがハルカだから人間の男に比べたら小さいが、結構伸びたんだぞ?」

「僕は寿命。フェアリーは30年くらいしか生きられないからね。80年くらい生きられる寿命が手に入ったのは大きいよ」

「私は人間と同じ食べ物を食べる能力です。天使は本来食事をとる必要はないのですが、ハルカちゃんたちが美味しそうに食べていたのを見て羨ましかったので」


 明らかに人間よりも優れていそうな種族だらけだったけど、意外にもみんなしっかりと祝福をもらっているんだな。寿命が祝福で得られるというのは新しい発想だと思う。

 俺がオリヴィアと契約する時に寿命を祝福として得ていれば、500歳まで生きられたのだろうか?

 同じことを考えたのか、オリヴィアがすり寄ってくる。


「アキトちゃん」

「言いたいことは分かるが今は止めてくれ。翼が無くなると戦いで不利だ」

「……分かったわ」


 オリヴィアは残念だと言いながら引き下がる。


「解説を続けるわよ。種族によって魔力量は違うわけだけど、それと魔法の強さは別問題なの。魔法には下位、中位、上位、最上位の魔法が存在していて、上に行くほど威力と消費魔力が大きくなっていくわ」


 ハルカが言うには、中級の魔獣や魔物は下位魔法、上級種族は中位魔法、最上級種族は上位魔法を使うのが魔力量にあっているらしい。

 つまり、現在中級種族クラスの魔力しか使用できない俺は、下位魔法を使うのが身の丈に合っているという事だ。


「なあ、聖属性と闇属性はどうなっているんだ? もっと強いだろ?」

「あんたって聖属性以外の魔法は使えないの?」


 こいつ、質問を質問で返すなよ。

 俺は多少の苛立ちを覚えながらも答える。


「使えないわけじゃないけど、使い慣れているのは空間魔法だけだ」

「そう。だから気付けていないのね。聖属性と闇属性は確かに強力だけど、消費魔力は他の属性とたいして変わらないわ。属性相性が他の四属性に対して有利なんだろうって言われているわね」

「えっ? それって強すぎないか?」

「だからこそ、使う時は細心の注意が必要なのよ」


 俺の空間魔法は闇以外の属性に有利だからこそ、不可侵領域や虚空剣は強力だってことか。逆に闇属性だけは有利を取れないから破られる危険もあるというわけだ。


「どう? 大体わかったかしら?」

「ああ。分かりやすかったよ、ありがとな」


 俺はハルカの頭を撫でてやる。


「ふふっ、もっと私に感謝しなさい!」


 こいつ、俺に感謝されたのが嬉しくて、自分が子供扱いされているという事に気付いていいないな。単純な脳味噌だ。


「では、基礎知識も付いたところで、もう一度質問します。この要塞都市を攻略するにはどう攻めるのが良いと思いますか?」


 再びゲルミアさんの質問に戻った。

 消費魔力と外壁の素材、それと当然だが敵の妨害もあるので、先ほど俺が言った壁を破壊して侵攻する作戦は現実的じゃない。

 一度、魔王軍の立場で考えてみよう。

 魔法を使うのが得意な最上級種族が数人いるのなら別だが、たぶんいないだろう。ということは、外壁を壊さずに内部に侵入するわけだが……。


「空からとか、どうですか?」

「そうですね。この都市を攻略する際に最も有効なのは空から攻める事……というよりも、どの町を攻めるにしても、空から攻撃するのが有利なんですけどね」


 そりゃそうか。制空権って大事だよな。


「じゃあ、今回ドレン要塞都市が陥落したのは」

「ええ、空を飛べる魔族の大部隊が一気に攻めてきて、外壁がほとんど効力を発揮できませんでした」

「アルドミラ軍には空を飛べる軍人たちはいないんですか?」


 ゲルミアさんは首を横に振る。


「残念ながら、現在飛行可能な軍人というと、ハルカさんとオーラ、アルベールしか該当しません」

「えっ、他に誰もいないんですか?」

「はい。知っていると思いますが、アルドミラ軍のほとんどは人間で構成されています。軍で飼育して訓練している鳥と犬の魔獣が主な契約獣ですが、中級以下の種族との契約では魔法は得られても肉体の特徴は得られません」

「そ、そうなんですか……」


 なんてことだ。これは詰みじゃないか?

 魔王軍は飛べる種族がたくさんいるのに、アルドミラ軍はここにいるメンバー以外は鳥の魔獣しか航空戦力が無いなんて。


「ゲルミアさんは、どうやってこの都市を取り返す気なんですか?」

「現状、最も成功確率が高いのは、上空からハルカさんたちが内部へ侵入して跳ね橋を下ろして門を開け、そこに全軍が雪崩れ込む……という手ですね」

「正面対決に持ち込むってことですか」

「はい。もともとドレン要塞都市を守っていた部隊に加えて、各地から援軍を集めていますので、都市内部に入れさえすれば数で押し切れます」


 入れさえすればね。そもそもそこが一番難しいのだ。

 いくらハルカが強いとはいえ、空を飛べる三人だけで敵陣に潜入するなんて無謀もいいところだ。

 そしてもう一つ問題がある。


「あの、ドレン要塞都市に住んでいた住民たちはどうしているんですか?」

「撤退する軍と一緒に外に逃げられた者も多いですが、いまだに内部に取り残されている人たちもいます」

「それって、人質ってことですよね? どうするんですか?」


 ミルド村を占領された時はレフィーナの活躍で何とかなったが、今回はそうはいかない。そもそもミルド村とは規模が違い過ぎる。


「助けられる場合は全力で助けますが、場合によっては……」

「……マジですか」


 見捨てるっていうのかよ。

 俺の肩にリクハルドさんの大きな手が置かれる。


「そのためにお前たちを呼んだんだ。アキトとオリヴィアには、門を開けた後はそっちの救出を頼む。正面からの戦いは俺たちに任せろ」

「お、俺たちが救出を?」

「おうよ。ヴィクトールから聞いているぞ。ミルド村が占領された時は、一人も被害を出さずに村人を助けたそうじゃねえか」

「あ、あれは……」


 しまった。そういうことだったのか。

 俺に求められていたのは、ミルド村と同じで民間人の救出だったのだ。

 であれば、レフィーナやウェインがいない今の状況は非常に不味い。俺自身はあの時よりも格段に強くなっている自信があるが、総戦力としては完全に落ちている。


「まあ、そもそもその前に門を開けないと意味がないんだけどね。あたしの足を引っ張らないでよ、アキト」


 ハルカが意味不明なことを言い出した。

 足を引っ張らないでとはどういうことだ?

 お前の役割と俺の役割は違うだろう?


「え? まさかとは思うけど、俺も空から侵入する部隊に入るって事?」

「あったり前でしょ? せっかくオリヴィアに翼があるんだし、あんたも祝福で空くらい飛べるんじゃないの?」

「まあ、飛べるけど」

「なら決まりでしょ。あんたはあたしと一緒に空から要塞都市に侵入。協力して門を開けたら、あたしは魔王軍の相手、あんたは逃げ遅れた民間人の救出。分かった?」


 分かりたくないです。

 えっ、マジで言っているの?

 敵基地に侵入するとか、超危険な作戦だよ?

 それを契約者がいるとはいえ、民間人の俺にやらせるっていうのか?

 俺が視線を向けると、ゲルミアさんとリクハルドさんは大きく頷いた。


「ハルカさんたちだけでは不安だったので助かります」

「頼んだぞ、アキト」


 ごめん、ミドリ、レフィーナ。近々お前たちとの契約を切らないといけないかもしれない。

 俺は心の中で、ミドリとレフィーナに謝った。


「オリヴィア、今からでもミドリと合流していいぞ?」

「何言っているのよ、アキトちゃん。アキトちゃんを死なせないためにも、お姉さんも一緒に頑張るわ」


 オリヴィアには悪いけれど、俺は彼女との契約で竜の翼を得た事を後悔した。

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