一章 アルドミラの勇者 四話
俺はハルカのように自己主張する気はないので、座ったまま自己紹介を始めた。
名前、出身、この作戦に参加することになったきっかけなどを話し終えると、質問タイムとなった。
真っ先に質問をぶつけて来たのはリクハルドさんだ。
「お前の魔法についてもっと詳しく教えてくれよ。防御が得意って言ってたが、あの魔法しか使えないわけじゃないだろう?」
「そうですね。あれ以外だと、目に見えないの剣を出す魔法と、範囲は狭いですが手のひらくらいの直線を消し飛ばす遠距離攻撃魔法が使えます」
俺の言葉にリクハルドさんが唖然としながらも答える。
「アキト、お前それは敵無しじゃねえか?」
「確かに俺の身にあまる強力な魔法ですけど、消費魔力が多くて連発できません」
「さっきの魔法を見た限りだとそれほど消費が多い魔法には見えなかったが、それは練度の問題だろうな。だが魔法名を簡略化すれば回数は増えるだろ?」
「それだと威力が下がると思うので、普通の魔法で防がれる気がします」
俺の答えにリクハルドさんは呆れるようにため息を吐いた。
「お前なあ、大多数の種族は魔法名を簡略化せずに使って、その普通の魔法なんだってこと分かっているか? 簡略化した魔法で普通の威力が出るならそれだけで強えだろうが」
「い、言われてみれば……」
防がれたらダメだと思っていたけれど、その分魔法の発動が速いのなら使い道はあるのか。これからは積極的に使っていこう。
「そんなことにも気付けないなんてまだまだね、アキト」
「そうだな。お前の魔法を防ぐ時に簡略化した魔法を使えばよかったよ。そしたら消費魔力が抑えられた」
「んなっ! あ、あんた、簡略化した魔法であたしの攻撃を防げるつもりでいるわけ! 馬鹿にしないでよ!」
やべ、ハルカの偉そうな顔がムカついて、つい言い返してしまった。
ハルカは再び立ち上がると大きく振りかぶって殴りかかってきた。今度は魔法ではなくただの物理攻撃だ。
「『竜の鱗』」
俺はハルカの拳を竜の鱗で受け止める。
鈍い音がしたかと思うと、ハルカが顔を歪めて拳を押さえ、痛みで床を転がりまわった。
「うわぁぁぁああああ! あんた、正気!? 祝福使うなんて聞いてないわよぉ!」
「俺だって急に殴りかかって来るなんて聞いてないぞ」
「く、くっそぉぉおおお!」
ハルカは立ち上がると、頭に天使の輪が出現させる。
これは魔法を使うという合図だろうか?
なんかもう相手をするのも面倒だな、黙らせるか。
「『宝石魔法――」
「『不可侵領域』」
俺はハルカの右足のかかとに重なるようにして、小さな不可侵領域を展開する。
するとハルカの右足は領域の外へと弾き飛ばされた。
「――うわっ!」
「『アルラウネの蔓』」
俺はハルカがバランスを崩した隙を突いて、残った左足をアルラウネの蔓で掴んで引っ張り上げる。
「わひゃあ!」
ハルカは盛大に床に尻餅をついた。その隙にアルラウネの蔓で全身を縛り上げる。
「わわわっ! バカぁ! このあたしにこんなことして許されると――むぐぅ」
仕上げにうるさい口を蔓の先で塞いだら完成だ。
ハルカは塞がれた口から唸り声を上げながら泣き出した。
「席から一歩も動かずにハルカをここまで追い込めるのか」
「凄いねぇ。ハルっちが弱く見えたのは初めてだよ」
リクハルドさんとオーラが感心するように、蔓でぐるぐる巻きにされたハルカを眺めている。
「……怒らないんですね」
「怒る? どうしてだ?」
「どう見たって悪いのは挑発したハルっちじゃん」
「そうですけど、二人はハルカの契約者だから」
俺の疑問に、ゲルミアさんが答える。
「契約者だからといって、相手の人間の全てを肯定するわけではありませんよ」
ゲルミアさんは悔し泣きをしているハルカに近寄る。
「アキトさん、もう大丈夫ですのでこれを解いてもらえますか?」
「は、はい」
ゲルミアさん、表情には出てないけど凄く怒っているな。さっきまでと声色が若干違う。
俺がアルラウネの蔓を解くのと同時に、ゲルミアさんはハルカの頭を両手で掴んで顔を寄せる。
「ハルカさん、先ほどアキトさんに何の魔法を使おうとしましたか?」
「えっ? そ、それは……か、火炎魔法」
「私に嘘が通じるとでも?」
ハルカは怯え切った顔で答える。
「ほ、宝石魔法」
「ええ。そうですよね。私にもちゃんと聞こえていましたよ」
ゲルミアさんはハルカから手を離すと、俺の隣を指差す。
「座りなさい」
「はい」
先ほどまでやりたい放題に暴れていたハルカが大人しく言う事を聞いて席に着いた。
「私との約束を破った罰を言い渡します。ハルカさんは今後アキトさんの言う事を何でも聞くこと」
「ええっ!? ゲルミア、それ以外なら何でもするから!」
「ダメです。今のハルカさんに一番効く罰はこれ以外にありませんから」
「そ、そんなぁ……」
何だか良く分からないが、ハルカが俺に絶対服従の誓いを立てさせられたぞ。
さっきの魔法ってそんなに使っちゃダメな魔法だったのだろうか?
「ゲルミアさん、宝石魔法ってなんですか?」
「アルベールの魔法です。聖属性の強力な魔法で、ハルカさんの切り札でもあります。もちろんですが、あの魔法を味方に向けるなどあってはなりません」
他の三人の契約者たちがうんうんと頷く。
空間魔法と同レベルの攻撃魔法を俺に向けようとしたってことか。それは怒られて当然だ。
自分の魔法を味方に対して使われそうになったアルベールが落ち込んでいるハルカを見つめた後で、俺に向かって言う。
「あの……ハルカちゃん、今日はちょっとおかしかったんです。確かに普段からちょっと人の言う事を聞かない部分はあるんですけど、いつもはここまでじゃないです」
アルベールの言葉にリクハルドさんが答える。
「そりゃ、どう考えてもアキトのせいだろう」
「俺ですか?」
「ハルカは人間の中ではずば抜けて強い。それは紛れもない事実だ。けど、ヴィクトールが注目している同じ人間のアキトが現れた。自分と同じで複数の契約者がいる人間、しかも力の強い男だ。一番が自分じゃ無くなるのが怖くて、焦っていたんだろう」
俺にしてみればどうでもいい上に迷惑な話だ。けれどハルカにとっては大きな問題だったんだろう。
チラリと横目でハルカを見ると、椅子の上に体育座りをして唇を噛んでいた。
俺はハルカの方を見ずに、天井を眺めながら話しかける。
「……なあ、ハルカ。どっちが強いとかどうでも良くないか?」
「良くないわよ。あたしにはそれが全てなんだから」
「何言ってんだよ、お前を勇者だって言ってくれている人たちは、お前が誰よりも強いからそう呼んでくれているわけじゃないだろう?」
「はあ? 誰もよりも強いのが勇者でしょ?」
「俺はそうは思わないぞ」
こいつ自分で言っていた事なのに、全然分かっていないんだな。
「人が誰かに本気で感謝する瞬間って、自分の命を救ってもらった時だと思うんだ。俺がシーサーペントを倒した時、船に乗っていた人たちが俺に心からの感謝の言葉を送ってくれた。それって、あのままだと自分が死ぬかもしれなかったから、その脅威を取り除いてくれた俺に感謝してくれたってことだ」
「だから何なのよ?」
「分からないか? お前が勇者って呼ばれているのは、お前が誰よりも強いからじゃない、お前が誰よりも仲間の命を救っているからだ。自分でそう言っていただろう?」
「あっ……」
「そういう意味で言えば、お前は世界一だ。違うか?」
「……世界一」
ハルカへ視線を向けると、驚いた顔をしていた彼女と目が合った。すぐさま照れるように俺から顔を背ける。
「ふ、ふん。意外にまともなこと言うじゃない」
顔は見えないが、多少は機嫌が直ったんじゃないだろうか。
全く、子供の相手は疲れるよ。あっ、この国は15で成人だからこれでも大人なのか。
俺が他のみんなへと視線を戻すと、みんなは唖然とした顔で俺を見つめていた。
「あれ? どうしたんですか?」
隣にいたオリヴィアが俺の肩を叩き、ハルカに聞こえないように耳元で囁く。
「やるじゃないアキトちゃん。上手くご機嫌を取ったわね」
「そうか? 結構投げやりだったけどな」
口から出まかせ――とまでは言わないが、ハルカじゃなければ機嫌は直らなかっただろう。そもそも、ハルカじゃなければ機嫌を損ねていないんだがな。
すると、ゲルミアさんたち四人は顔を見合わせた後で、真剣な顔で尋ねてくる。
「アキトさん、オリヴィアさんとは恋人では無いんですよね?」
「ゲルミアさんまでその質問ですか? そうですよ。オリヴィアにその気がないみたいなんで」
「むっ、アキトちゃんこそ、その気はない癖に」
オリヴィアが肘で俺の脇腹を突く。結構痛い。
「……では、ハルカさんはどうでしょうか?」
「「はあ!?」」
俺とハルカは同時に叫び声を上げた。
「ちょっと、ゲルミア! どうしてそうなるのよ!?」
「今までの俺たちのやり取り見てましたよね!?」
どう考えても相性最悪だろう。どこでどう間違えばその提案が出てくるんだ?
ゲルミアさんの思考回路が謎過ぎる。
「まあ、多少喧嘩の多いカップルにはなりそうですが、悪くはないのではないですか?」
「悪いわよ! なんであたしがこんな冴えない顔の男と付き合わないといけないのよ!」
なんだろう。確かに俺はイケメンじゃないけどさ、冴えない顔とか面と向かって言われると傷付くぞ?
「そうは言いますが、昔ハルカさんが言っていたではないですか、彼氏は自分よりも強い男がいいと。ついに現れましたよ、ハルカさんよりも強い男性が」
「た、たた確かにそんな事を言ったような気がするけど! それとこれとは話が違うわ! 第一、まだアキトがあたしよりも強いと決まったわけじゃない!」
おいおい待ってくれよ。またその話題に戻るのか?
これ以上話を拗らせないでくれ。
「アキトさん、ハルカさんはこう言っていますが、本心ではあなたのことを嫌っていませんのでご安心ください」
「いや、そういう問題じゃないんですけど」
「ではどういう問題なのですか?」
「俺は――」
人間の女に興味が無い。
前の世界では毎日のように思っていたことを口に出しそうになったがギリギリで飲み込んだ。そんなことを言えば、絶対に変人扱いまっしぐらだ。
自分の趣向を他人に否定されるのは辛いものなんだぞ。出来る限り知られずにやり過ごしたい。
「――と、年上が好きなんです」
我ながら酷いごまかしだ。
年上のお姉さんキャラ筆頭であるオリヴィアが首を傾げている。
「なるほど……それは難しそうですね」
何故だか知らないが、ゲルミアさんは納得してくれたようだ。
リクハルドさんとオーラも仕方ないという顔をしている。アルベールは安堵しているようにも見えるな。
「むかっ……なんだかあたしには大人の色気がないみたいな言い草じゃない?」
現にそんなもの欠片もないだろう。
「覚えてなさいよ、アキト。あたしだってあと数年したら凄いことになる予定なんだから。その時になって付き合ってくれって言ってきても遅いんだからね」
ハルカは辻褄の合わない言葉を吐きながらそっぽを向いた。
その言い方だと、今なら付き合ってもいいという意味に聞こえるのだが?
まあいいや。ハルカがどんな成長を遂げようが、俺が彼女になびくことはない。
「じゃあ、この話はここまでってことで」
俺は適当な言葉で不毛な会話を終わらせた。
ハルカが宝石魔法を使おうとした時ですが、アキトが魔法を使わなければゲルミアたちが止めに入ろうとしていました。




