序章 相棒はドラゴンメイド 六話
猛スピードで飛行するミドリの尻尾にしがみついていると、直ぐに魔王軍に追いついた。
彼らを追い越し、ミルド村に続く道を塞ぐように回り込んで着地する。
「そ、空飛ぶドラゴンメイドだと……それに人間!?」
突然のミドリの登場に驚いていた魔王軍だったが、人間の俺を見るや否や一斉に炎や土の魔法で攻撃してくる。
「『空間魔法・転移方陣』」
ミドリは空間魔法を発動させると、こちらへ向かっていた全ての魔法を異空間へ消し去った。
「いきなり攻撃とは、誇り高きギドメリア軍が聞いて呆れますね」
「き、貴様こそ竜の血を引く身でありながら、なぜ人間と行動を共にする」
指揮官らしき巨大な二本角をした男が強い口調でミドリに尋ねる。
ミドリは額の上の方から小さな角が飛び出している形だが、この男の角は耳の上あたりから生えており、大きさもかなりのものだ。同じ二本角でもずいぶん雰囲気が違う。
服の上からでは細かくは分からないが、牛系の獣人かもしれない。
「答える必要がありますか?」
「強制はしない。だがドラゴンメイドは最上級の種族であり、ドラゴンの血を引いている。人間のような下等生物と共にいるような種族ではないはずだ」
「私の勝手でしょう」
「……な、ならば我々がどこに向かおうと我々の勝手だ。そこを通してもらおうか」
やはり竜人は格上の種族のようだ。
二本角の男は必死に魔王軍としての威厳を保とうとしているようだが、ミドリにビビっているのが丸分かりだ。
「と、言っていますが?」
ミドリはわざとらしく俺に尋ねる。魔王軍の視線が俺に集まった。
滅茶苦茶怖いんですけど!?
どうして付いて来てしまったのだろう。こんなのミドリに全部任せればよかったよ。俺なんかがいても意味無いだろ?
ミドリに視線で訴えるが、彼女はただ俺を見つめるだけだ。たぶん、心の中では「アキト様が一緒に戦うと言ったのですよ?」とか考えていそうだ。
殺されそうになってもギリギリのところで助けてくれると信じて、俺は腹筋に力を入れて魔王軍に宣言する。
「悪いな、ここから先は立ち入り禁止だ」
俺は何とか声をひっくり返らすことなく言い切ると、剣を抜く。魔王軍も一斉に武器を構えた。
「いいか、たかが二人と侮るな! 相手は最上級種族のドラゴンメイドだ。連携して確実に仕留めろ!」
二本角の男の合図で部下たちは攻撃を開始する。
俺はこちらに飛んできた魔法を不可侵領域で防ぐことに専念する。はっきり言って攻撃は無理だ。そんなことを考えていたら殺される。
とにかく攻撃を防ぐ、避ける、逃げる。それしかない。
幸いほとんどの攻撃はミドリに集中しているので、防御に徹すれば防げない攻撃ではない。
俺の空間魔法は初歩である不可侵領域だが、ミドリが言った通り上級種族が放つ魔法もしっかりと防いでくれている。
これなら生き延びられそうだと安堵した矢先、突然目の前に二本角の男が現れた。
「うわぁあ!」
俺は驚いて後方へ飛び退いた。
何が起きた?
今の動きはおかしい。突然、目の前に現れたぞ。
俺は急いで二本角の男との間に不可侵領域を張るが、彼はすぐには襲い掛かって来なかった。それどころか、俺と同様に困惑しているようだ。
すると今度は俺の真横にミドリが現れた。
「アキト様、11人は私が相手をします。アキト様は私の契約者らしく敵の指揮官を討ち取ってくださいね」
言うだけ言うと、ミドリは魔王軍の部下たちの方へと飛び立つ。
「あ、あのクソドラゴン女!」
ミドリの奴、空間魔法で敵の指揮官を俺の目の前に空間転移させやがったのだ。
その気になれば上級種族を16人相手に出来ると言っていたし、契約者となったことで更に強くなったとも言っていた。
あいつは直ぐに倒せる相手を倒さずに、俺に押し付けて訓練相手にするつもりだ。
「ぐあっ!」
二本角の男は部下と合流しようと試みたのか、俺を無視して引き返そうとしたが見えない壁に阻まれて身体を打ち付けていた。
ミドリの不可侵領域だ。恐らくは俺と二本角の男の間をぐるりと囲う様に張られているはずだ。
「…………どうやら俺たちはここまでのようだな」
視線の先でミドリに果敢に挑んでは倒されていく部下を見ながら二本角の男は呟いた。
「なあ、諦めて国に帰れよ」
「旅行者用の青の魔石も持たない我々がどうやって本国に帰ると言うのだ?」
「……これ以上この国の人たちに危害を加えないって誓えるのなら、国に帰るのを手伝ってやってもいい」
魔獣とは違う。俺の目の前にいる人は知能のある他種族だ。言葉も通じる。この国の人間たちに危害を加えないというのなら戦いなんて――殺し合いなんてしたくない。
「ふっ、帰るわけが無かろう。俺は誇り高きギドメリア軍人だ。お前が先ほど使っていた魔法、あのドラゴンメイドと同種のものだろう? ということは、信じられないことだがお前は奴と契約しているな?」
「あ、ああ。だから分かるだろ。俺にはあんたの攻撃はきかないぜ」
俺は二本角の男の戦意を削ぐために、出来る限りの虚勢を張る。
しかし、戦意を削ぐどころか彼は口角を上げて俺に向かって剣を構えた。
「好都合だ。お前を殺せばあのドラゴンメイドも死ぬ。俺の命と引き換えにしてでもお前を殺そう!」
「えっ!?」
俺は二本角の男の口から出た衝撃の事実を目の当たりにして、一歩退く。
俺が死んだらミドリも死ぬ?
そんな馬鹿な話がと思ったが、アキトの記憶が奴の言葉は真実だと教えてくれた。
契約するということは、命を繋げるという事。それゆえの強大な祝福なのだ。
「行くぞ、『火炎魔法・紅焔』!」
「うわっ!」
二本角の男の持っていた剣の先から放たれた火炎をすんでのところで回避する。火炎はそのまま突き進んで後方に張られた不可侵領域にぶつかった。
「ミドリの奴、やっぱり全方向に不可侵領域を――」
「はっ!」
「――ぬあっ!」
斬りかかられ、俺はとっさに剣で受け止める。
しかし、さすがは身体の強い他種族というべきか、俺の握力では受け切れずに剣が弾き飛ばされてしまう。
剣先が右肩をかすめ、血が噴き出した。
「うっ……、『空間魔法・不可侵領域』!」
俺は肩を抑えて下がりながら、二本角の男との間に不可侵領域を張って追撃を防ぐ。
痛い、痛い、痛い、痛い!
最悪だ。剣で斬られるってこんなに痛いのかよ?
いや、正確には弾かれた自分の剣が当たっただけだけど、それでも痛いものは痛い!
俺は地面に転がっていた剣を拾い上げると、再び構えなおす。
奴は俺を殺すつもりで攻めてきているのだ。なら、俺も殺す気で戦わないと絶対に殺される。
「ちっ、厄介な魔法だ。だが、『火炎魔法・炎の雨』」
二本角の男は剣でコンコンと不可侵領域を叩いて確かめてから空へと火球を投げる。すると火球が無数の炎と成って頭上から俺の元へと雨のように降り注いだ。
俺は慌てて上空に不可侵領域を張り直す。
「やはり消えた。契約者はドラゴンメイド一人、お前は下級というわけだ。これでは獣と変わらんなぁ!」
二本角の男は先ほどまで俺との間に張られていた不可侵領域が消えたことを確認すると一気に距離を詰めてくる。
「くっ、くそ!」
迫りくる二本角の男の圧力に負けて数歩後ろへと下がると、俺の背中が何かにぶつかった。ミドリの不可侵領域だ。
「嘘だろミドリ、ふざけんなぁ!」
「相棒の魔法に退路を断たれるとは!」
俺は打ち込まれる剣を竜の鱗で受け止める。
「なっ、人間の分際で竜の鱗だと!? 忌々しい略奪者め!」
「誰が略奪者だ!」
二本角の男はこれでもかと剣での連撃を浴びせてくる。
「貴様ら人間は下等生物にもかかわらず、我らが持つ魔法や種固有の特徴を奪い取る略奪者ではないか!」
俺は竜の鱗を出している腕以外を斬られないように必死で剣を受け止め続けた。
「好き勝手言いやがって、『空間魔法・不可侵領域』!」
「むっ!」
二本角の男は俺の言葉に反応して間合いを開ける。
「何度やっても同じことだ。『火炎魔法・炎の雨』」
上空に手をかざして叫ぶ。
「『空間魔法・不可侵領域』」
「上に張り直したか。ならばこいつだ! 『火炎魔法・紅焔』」
空と前方からの同時攻撃。どちらかを防げばどちらかに燃やされる。
だったら、火傷覚悟で攻めるしかない!
「うおぉぉおおお!」
俺は竜の鱗で覆われた両腕を交差させて身体の前に突き出し、正面から迫り来る火炎に突撃した。
「ば、馬鹿な、特攻だと!?」
博打ではあったのだが、俺の想像通りミドリの鱗はまるで水を受け流す様に火炎を弾いてくれた。
「くっ、ならば叩き斬るまで!」
俺が紅焔を突き破って突っ込んでくるのに合わせて、二本角の男は剣を振りかぶる。ガキンと音がして彼の剣は彼の手から零れ落ちた。
「なっ!?」
俺は先ほど、ひと芝居打った。
俺の上空に現れた炎の雨を防ぐために不可侵領域を真上に張ったと見せかけて、二本角の男の上に張っておいたのだ。彼のすぐ上、ぶつかるすれすれの位置だ。
そして俺は正面の火炎を突き破ることで奴に接近しつつ上から迫る炎を回避した。
自分の上空に不可侵領域があると思っていなかった二本角の男は大きく剣を振りかぶってしまい、不可侵領域に剣が激突して弾かれたというわけだ。
「おらぁぁああ! 『空間魔法・不可侵領域』!」
俺は全体重を乗せたタックルをかましつつ、彼のかかと辺りに重なる様に小さな不可侵領域を張り直す。
「ぐぁ、ば、馬鹿な!?」
不可侵領域が張られた場所に元々何かがあった場合、領域の外へ弾き飛ばされるとミドリは言っていた。それが現実となり、二本角の男は両足を後ろから押される形でバランスを崩し、俺に押し倒された。
俺は馬乗りになって、剣を彼の喉元に突き付ける。
「…………どうした? なぜ殺さない?」
「……いいだろもう。俺の勝ちなんだから」
今後の事を考えるなら殺しておいた方がいい。そんなことは分かっている。本当は首を斬るつもりで剣を向けたのだ。
でも出来なかった。
当たり前だろ。俺は平凡な日本人だぞ?
そう簡単に人を殺せてたまるか。俺の手は意志に反して喉元すれすれで動きを止めていた。
「甘いな、人間。これは試合や喧嘩ではない。戦争だぞ」
俺は忘れていた。こいつは俺と刺し違えるつもりで戦っていたのだ。喉元に剣を突き付けた程度で攻撃を止める訳がない。
二本角の男は腰にあった短剣を引き抜くと、俺の顔目掛けて突き出した。
「うわあああ!」
殺されると思ったら、俺は絶対的有利な立場を放棄してでも回避することを選んでいた。二本角の男の上から情けない声をあげて転がり降りる。
「所詮は子供か……だが俺はお前と違って見逃すことはしないぞ。命に代えてもお前を殺す。人間と契約したドラゴンメイドなど隊員全ての命を捧げても釣りがくるレベルの脅威だからな!」
二本角の男は俺が立ち上がるのすら待ってくれない。
炎の雨を降らせて俺に不可侵領域を張らせると、剣を拾って斬りかかってくる。
俺は立ち上がって竜の鱗で横薙ぎの剣を防いだが、恐怖で身体の踏ん張りがきかなくなり、バランスを崩してよろめいてしまう。
「そこだっ!」
二本角の男は俺をそのまま押し倒すと、間髪入れずに剣を突き出した。
先ほどとは逆の立場。俺と違い、二本角は寸止めなどしてくれないだろう。
俺は自分が死ぬという覚悟も出来ないまま、殺されるのだ。
「『空間魔法・虚空斬』」
俺の目の前で、二本角の上半身が吹き飛んだ。血しぶきを上げた下半身が俺の隣に横たわる。
何だ?
何が起きた!?
困惑している俺の元に、見慣れた竜人の女性が姿を現した。
「勝てる戦いだったと思いますよ?」
「――ミ、ミド……リ?」
「はい」
「え? だって、お前は11人と」
「とっくに始末しましたが?」
ミドリが振り返る。
俺が彼女の視線の先を追うと、そこには死体の山が築かれていた。
「戦いに勝って殺し合いに負けたという感じでしょうか。十分及第点ですよ、明日からは攻撃魔法を訓練しましょうね」
何事もなかったかのように淡々と話を進めるミドリに恐怖しつつ、俺は殺し合いから解放されて気を失った。
日本人の大学生がそう簡単に人を殺せたりはしませんよね。
やらなければやられるのは自分だと頭では分かっていても、身体が動いてくれるかどうかは別問題です。