序章 相棒はドラゴンメイド 五話
王都に向かう途中、俺とミドリは適当な木陰を見つけて腰を下ろし昼食をとっていた。
村を出る前にミドリに頼んで作ってもらったベーコンレタスサンドである。欲を言えばトマトが欲しかったが、村の畑にあるのはまだ緑色の物だけだったので断念した。
ちなみにレタスは無かったので、似たような野菜を挟んでいる。この世界特有の野菜かもしれない。シャキシャキ感は近いので問題なくうまい。
「そういえば、食料の事を忘れていましたね。次からは先ほどのような魔物を仕留めたら血抜きをして肉を調達しておきましょう」
「……犬って食えるのか?」
「肉食の生き物はあまり美味しくはない場合がほとんどですね。もしウサギやリスを見つけたら教えてください。あれは美味しいらしいですから」
一瞬かわいそうだという思考がよぎったが、旅を続けるなら食料の確保は必要なことだ。涙を呑んで頷く。売っている肉を買っていたら直ぐに路銀がつきそうだしな。
「てか、どうやって金を稼ぐんだ? このまま旅を続けていたら、いつか宿も取れなくなるぞ」
「王都で軍に入隊すれば給料が出ますよ?」
「そうだね。代わりに旅を続けられなくなるけどね」
そういうのを本末転倒と言うのだ。
「でしたら魔獣や魔物を討伐して毛皮や牙、目玉などを売るのが良いかと思います」
「えっ、売れるのか?」
「はい。それなりに高値が付いたはずです」
俺は自分たちが来た道を見る。
魔犬と戦った場所からもう数キロは歩いてしまった。この道を引き返すのはかなり億劫だ。
「戻りますか?」
「いや……今から戻ったら王都に着くのが夜中になる。それから宿を探すのは厳しいし諦めよう」
俺が大きくため息を吐くと、ミドリは「仕方ないですね」と言って立ち上がった。
「ミドリ?」
「私が取ってきます。感謝してくださいね」
「いや、だから今から戻ったら――」
俺が止めようとすると、急にミドリが服を脱ぎ始めた。
「はあっ!? ちょ、お前何してんだ!」
「あまりこちらを見ないでください。私にも羞恥心はありますので」
ミドリは下着も全て脱ぎ去ると、木陰から出て空を見上げる。
するとミドリの背中から巨大な翼が生える。全身が鱗に覆われていき、身体の大きさもどんどん巨大になって人の姿を失っていく。
「は、ははは……こりゃあ強いわけだ……」
俺の目の前には、一頭の巨大なドラゴンが翼を広げていた。
美しい翠色の鱗に覆われたドラゴンは翼を羽ばたかせて飛翔し、俺が魔犬と戦った場所へと飛び去った。
ミドリを待つ間一人で魔法の練習を重ねていると、数分後に突然地面に巨大な影が出来た。
見上げると巨大なドラゴンが現れて俺の目の前に着地しようとしているところだった。その手には毛皮が握られている。
ドラゴンは無造作に毛皮を放り投げると、みるみる身体を小さくさせて人の形へと変化していく。
「ミ、ミドリ……」
「見ないでくださいと言ったでしょう。恥ずかしいです」
「あっ、ご、ごめん!」
ミドリは身体の局部を手で隠しながら木陰に置いてあった自分の服に駆け寄った。
俺はミドリの身体を見たい気持ちを押し殺して、彼女が取って来てくれた魔犬の毛皮を拾い上げる。
毛皮が風呂敷のように何かを包むように結ばれていたので解いてみると、中には魔犬のものらしき牙や爪、骨、目玉などが入っていた。肉や内臓が入っていないところを見ると、鮮度的に危険なので諦めたのかもしれない。
俺は綺麗に包み直すと、背後で着替えているミドリに声をかける。
「ミドリ、もう大丈夫か?」
「はい」
俺が振り返るといつものミドリがそこにいた。
「竜人って、完全なドラゴンにもなれるんだな」
「まあ、ごく少数の者だけですよ」
「そうなのか。背中から翼が生えたのを見た時は驚いたよ」
「……見ないでくださいと言ったのに、しっかり見ていたんですね」
「うえっ? そ、それはその……ごめん」
「まあいいです。ドラゴンの時は裸なわけですし、人間の女性ほどの羞恥心があるわけではないので」
そうは言いつつも、顔を赤らめて足元を見ているのがとても可愛い。
「ていうか、背中から翼だけ出して飛べないのか?」
「翼だけ? 考えたこともありませんでした」
「もし出来るなら、背中の大きく開いた服を着ていれば、服を脱がなくても空が飛べると思うぞ」
俺の言葉に感動したのか、ミドリが目を輝かせる。
「素晴らしい発想ですね。今度試してみます」
普通最初に思い付きそうなものだけど。
ミドリの中では今の姿と完全なドラゴンの姿の二択しかなかったのだろう。そういうものだという常識に囚われていると、意外とそれ以外の事に思考がいかなかったりするものだ。
「んじゃ、日が暮れないうちに行くか」
「はい。アキト様、王都に着いたら服を買いたいです」
「おう。この毛皮を売った金で買える額の服にしてくれよ」
俺は木陰に置いていたリュックを背負うと、二つある毛皮の大きい方を持つ。骨が中にぎっしりと入っているので結構重い。
「悪い、そっちを上に乗っけてくれるか?」
ミドリに小さい方を両手に抱えている毛皮の上に乗せるように頼むと、彼女は首を傾げた。
「両方とも私が持ちますよ? アキト様は既に荷物を持っているではないですか」
ミドリは俺の背負っているリュックを見て言う。
「いや、いいよ。俺だって一応男なんだ。この程度なら大丈夫だ」
「……朝は私が荷物を持たないことに文句を言っていませんでしたか?」
「いや、行ったけどさ。これは女の子に持たせるような重さじゃないんだよ」
「女の子……そうですか。ふふっ」
ミドリが珍しく小さな笑みをこぼす。
「なんだよ、おかしなこと言ったか?」
「いえ、女の子扱いしてくれるのだなと思って」
「は? 女の子だろ?」
まさかその身体で男とは思わないだろう。
「やはり、こちらは私が持ちますね。女の子でもこのくらいは持てますから」
ミドリはご機嫌で小さい方の毛皮を持つと、俺に預けずに歩き出す。
俺は首を傾げながら、彼女の後を追った。
なだらかな丘を越え、一時間ほど小川に沿って歩いているとミドリが立ち止まって手で俺の動きを制す。
「どうした? また魔獣か?」
俺は周囲を警戒しながら小声でミドリに尋ねる。
「いえ、この魔力量はおそらく上級種族です」
「じょ、上級!?」
「こちらへ」
俺はミドリに手を引かれて道を外れた藪の中へと身を隠す。
しばらくすると、俺たちが通っていた道を向かい側から武装した男たちが通り過ぎていく。全部で12人。どいつもこいつも角やら尻尾のある他種族だ。
「魔王軍ですね」
「あ、あれがか?」
「はい。彼らの中に人間はいませんでした。ギドメリア以外ではありえない部隊編成です」
「ここは王都の南だぞ。どうして北にある国の連中がこんなところにいるんだ?」
「……数年前から潜伏している者達でしょう。承認魔石が完成して普及したのが3年前ですから」
「承認魔石?」
「これですよ」
ミドリは右手を上げると、中指にはめられていた赤い宝石の指輪を見せる。
「これがその承認魔石なのか?」
「はい。数年前、この国で暮らしている人間に友好的な種族に配られたものです」
アキトの記憶を探ると、ミドリはアキトと村長の紹介でミルド村のアルドミラ軍と共に王都に向かい承認魔石をもらったようだ。
「今ではこれを持っていない人間以外の種族は見つかり次第アルドミラ軍に通報されます。国民には赤、旅行者には青の魔石が配られています。青は破壊したり登録した所有者から離れたりするとアルドミラ軍に通報される仕組みになっています」
「魔王軍が旅行者に扮して軽々と潜入出来たのは3年前までってことか」
「軽々と言えるほど簡単ではないでしょうが、今よりは楽だったはずです」
「しかし3年前から潜入しているってことは、あいつらどうやって暮らしているんだ? 赤や青の魔石を持ってないから国民に紛れて生活することもできないだろう」
それに北の国境にある関所を通れないだろうから自国に帰ることもできないはずだ。連絡手段もないだろうし、スパイとしては致命的だよな。
「近くの小さな村を襲って食料を奪うとかではないですか? そういえば、アキト様のご両親も突然現れた魔王軍に殺害されたと聞いています」
「俺の――アキトの親が……」
記憶を探ると、確かにアキトの両親は突如として村の近くに現れた魔王軍の襲撃に会い、アルドミラ軍の本隊が王都から救援に到着するまで持ちこたえるために、軍人に混じって戦いに出て殺害されていた。
分かってはいたが、両親の顔が俺の両親と一緒なので酷く嫌な気分なる。
「本来ならこちらから仕掛けて葬り去るべきですが、今のアキト様は魔獣にすら苦戦する状態です。ここは王都へ到着次第アルドミラ軍に報告することにしましょう」
「……お前にしてはまともなことを言うな?」
「私はいつだってまともです。アキト様は私を何だと思っているのですか?」
ミドリにじっとりとした目で睨まれて、俺は両手をあげる。
「悪かったよ。とにかく、はやく王都へ向かって――」
いや、待て。
俺は何か重大な事を見落としている気がして、魔王軍が通り過ぎた道を眺める。
「――おい、ミドリ。あいつらが行った方向って、ミルド村以外に何があるんだ?」
「似たような村がいくつかと、もっと南に行けば港があったはずですが……なるほど、奴らの目的はアキト様の両親を殺害した時と同じというわけですか」
俺の質問で魔法軍の目的に気が付いたミドリは、背中から巨大な翼を生やす。
先ほどのように服を脱がなかったので、彼女が着ていたブラウスの背中部分を突き破る形で両翼が飛び出した。
「お、おい、お前服が……」
「気にしている場合ではありません。アキト様はそこで待っていてください」
どうやらミドリは竜人の姿のままで空を飛ぶつもりのようだ。
「待て、ミドリ!」
俺は飛び立とうとしたミドリを呼び止める。
本当に咄嗟の事であり、どうしてそんなことをしたのか自分でも説明できない。直前にアキトの記憶を見て、両親の事を思い出したからかもしれない。
俺は荷物を地面に置くと、ミドリに向かって命令していた。
「俺も連れていけ!」
「私一人でも大丈夫ですよ?」
「何だよ、急に俺に気を使いやがって。お前の言う通り、魔王軍と戦ってやるって言ってるのによ!」
「……分かりました。では、一緒に行きましょう」
ミドリは俺に背を向けると、その長い尻尾を更に大きくして俺の身体に巻き付ける。
「しっかり掴まってくださいね」
「まさか、これで飛ぶ気か?」
「そのまさかです!」
ミドリは背中に生やした巨大な翼で空へと飛び立つ。
俺は振り落とされないように必死に彼女の尻尾に抱き着いて、空のジェットコースターを体験するのだった。
秋人はアキトの記憶が残っている分、アキトの感情に引っ張られることがあります。
今回の場合は両親を亡くしたアキトの悲しみと怒りの記憶に引っ張られて、無謀とも言えるような決断をしてしまいました。