三章 ハーピーの女王 六話
病院へ着くと、リズさんの言う通り俺とオリヴィアは後回しにされた。
仕方がないので病院内にあった食堂で食事を済ませ、数時間後にやっと手当てをしてもらった。
魔法を使っての治療が行われたが、それでも跡が残ってしまうらしい。あれだけ焼け爛れたらしょうがないけれど、少しだけショックだ。
逆にオリヴィアの怪我は出血こそしていたものの、傷は深くなかったそうだ。鱗も元通り生えてくるらしい。
ちなみに、医者は人間の男だったが、看護師はハーピーだった。滅茶苦茶可愛いくて、別の意味で倒れそうだったのは内緒だ。
俺は待ち時間の間、働いているハーピーや診察に来た子連れのハーピーを観察していたのだが、とあることに気が付いた。
この世界のハーピーは手があるハーピーと、無いハーピーがいるのだ。
ハーピーの手といえば翼なのでは思う人もいるかもしれないが、その翼の途中に五本指の手があるハーピーがほとんどなのだ。だが子供のハーピーには手がない。よく見るとかぎ爪のような指が一本だけ出ているだけだ。
疑問に思い、隣に座っていた母親ハーピーに尋ねてみたら、ハーピーは結婚することで五本指になると教えてくれた。ハーピーは結婚して夫である人間の男と契約する。それによって得た祝福が五本指の手というわけだ。
手があるハーピーというのは中々珍しい気もするが、これはこれで可愛いと思った。人間と同じ手が生えていたら微妙だったのだが、ちゃんと鳥っぽい手だったからだろう。
冷静に考えてみると、手がない生活とか不便過ぎるよな。食事一つとってみても、野生の鳥なら足で獲物を捕らえて直接食らいつくことが出来るが、ハーピーがやるとあまり上品とは言えない。
そういう意味でも、人間の夫と共に暮らす場合に選ぶ祝福として、五本指ほど適したものはないだろう。
病院を出るとタイミングを見計らっていたかの如くリズさんが空から現れた。
「アキトさん、オリヴィアさん、怪我の具合は大事なかったでしょうか?」
「はい。跡は残るみたいですけど、ひとまず命に別状はないそうです。ただ、傷口からコッカトライスの毒が身体に入ってしまったかもしれないので、解毒薬を貰いました」
「私も解毒薬を貰ったわ。あとは塗り薬も」
「そうですか。しばらく療養した方が良さそうですね。私が経営している宿の部屋を用意します。温泉もありますのでお寛ぎ頂けると思います」
「本当ですか? ありがとうございます」
リズさんは宿も経営しているのか。日本的な温泉旅館だと嬉しいけど……。
「でしたら一番安い部屋でお願いします」
ミドリが即座に会話に割って入る。たしかに今の俺たちに収入はないので、宿代は節約したいところだったが、ここまで来て一番安い部屋は少し寂しい。
昨日のシーサーペントの討伐協力の報酬とかがアルドミラ軍から振り込まれないだろうか?
リズさんは少し考える仕草をしてから、とんでもない事を言い出した。
「……カミラとリックさんの結婚式までは無料で結構ですよ?」
「無料? 何故ですか?」
「取り逃がしたコッカトライスの討伐をして頂いたのですから、そのお礼だと思ってください」
「コッカトライス……」
ミドリが考えるように顎に手を置いた後、視線だけでリズさんを睨んだ。
「なるほど、そういうことですか。私たちが倒したコッカトライスの死骸を回収したのですね」
「……そ、そのままにしておくわけにも行きませんので」
リズさんは笑顔を張り付けたまま、上擦った声で答えた。視線は明後日の方向へ向いている。
分かりやすいくらい隠し事をしている反応だ。真面目そうだし、本来は嘘が付けない性格なのだろう。
「以前、魔犬を討伐した際にその骨や牙を売ってそれなりの金銭を得たのですが、コッカトライスはその比ではなさそうですね」
リズさんの額から冷や汗が流れる。
「それは……その……」
「私たちは翼には傷一つ付けることが出来ませんでした。裏を返せばとても状態の良い翼が手に入ったという事ですよね。私の魔法を弾き返すほどの鱗を持った翼です。いったいいくらの値が付くのでしょうか?」
「……」
「お恥ずかしながら、そろそろ旅費が心もとなくなってきたところなので、コッカトライスの両翼の譲っていただけますか? 倒したのは私なので、当然その権利はありますよね? 頭部など翼以外の部位は差し上げます」
無表情で淡々と語りながら詰め寄ってくるミドリに根負けするようにリズさんは頭を下げた。
ミドリの奴、心なしか生き生きしていやがるな。そもそも死骸の回収なんて忘れていたわけだし、権利なんてあってないような気もするのだが、リズさんには有効打になったようだ。
「ど、道路の修繕費にお金が必要なので、見逃して頂けないでしょうか?」
この一言で、今度はミドリの顔色が悪くなった。
こいつはこいつで、道路を壊してしまった事を後ろめたく思っていたみたいだから、その話題を出されると強気に出られないみたいだ。
「な、なるほど? 道路ですか。それはお金がかかりそうですね。しかし、いくら私が鑑定の素人だといっても、道路の修繕にコッカトライスの両翼ほどの費用がかかるとは思えません」
片翼の価値ですら、道路を修繕してもお釣りが来る気がするんだけどな。ミドリの魔法を弾く鱗とか、国宝級だろう。
いつものミドリなら突っぱねそうな交渉だが、後ろめたさから交渉に応じるようだ。リズさんの肩に優しく手を置く。
「アキト様とオリヴィアの怪我か完治するまで、一番高い部屋に無料で泊めてくださるというのなら、私もコッカトライスの事は忘れてしまうかもしれません」
「い、一番高い部屋ですか!?」
「ええ」
うわあ。
マジかよ、ミドリ。さすがにもっと遠慮すると思ったぞ。俺とオリヴィアの怪我の完治なんて、いつになるか分からないアバウトな条件で最高級の部屋に無料で泊まる気かよ。
リズさんは傍に控えていたハーピーに視線を送る。
そのハーピーは神妙な顔で頷くと、そろばんを取り出して弾き始めた。この国にもそろばんがあることに内心で驚いていると、結果が出たのかハーピーは安堵したような表情でリズさんに耳打ちする。
リズさんも結果を聞いて小さく息を吐く。
「分かりました。一番高い部屋にご案内します。その代わり、アキトさんとオリヴィアさんは毎日怪我の具合を報告してくださいね」
「ええ、分かったわ」
「分かりました」
何だかズルをしたような気分だが、最高級の部屋に泊まれるのは普通に嬉しい。
リズさんの後ろを満足気に付いて歩いていると、ミドリとオリヴィアが話をしている隙を突くようにリズさんが俺の隣に来て小声で話しかけてきた。
「あの……アキトさん、一つ質問があるのですが」
頬を赤らめ、誰にも聞かれないようにコッソリと話しかけてくる仕草にドキリとする。
えっ、おい待てよ。俺は人妻に手を出す気はないぞ?
「……最高級の部屋の場合、男性のお客様用のサービスがあるのですがご希望されますか?」
「えっ? 男だけ? どうしてですか?」
「……その……夜のサービスですので」
俺の身体に電撃が走る。
夜の……サービスだと!?
俺がその言葉の意味するところを想像して生唾を飲み込むと、急に身体に何かが巻き付いて身動きが取れなくなった。
そのまま上に持ち上げられる。
「そこまでよ、リズちゃん。アキトちゃんにその手の話題を振るのは止めてあげて貰えるかしら? 彼はとっても誘惑に弱いのよ」
俺の身体を拘束して持ち上げたのは、オリヴィアの尻尾だった。いつの間にか下半身を蛇に戻している。
「お姉さんもミドリちゃんも、とっても耳がいいからその程度の小声だと簡単に聞き取れちゃうのよね。秘密にしたいのなら私たちがいない時に話すべきだったわね」
「も、申し訳ありません」
リズさんが謝罪した事で話が終わり、宿への移動を再開する。俺はオリヴィアの尻尾に縛られたままだ。そろそろ許して欲しい。
「しかし、やっぱり温泉宿っていうのはどこの国も同じなのね。男の子って綺麗な女性なら誰でもいいの?」
オリヴィアが呆れるような視線を尻尾の先にいる俺に向けてくる。
「い、いえ、決してそのようなわけでは」
オリヴィアに締め上げられている形なので、怖くて反射的に敬語になってしまった。
「ふうん。ミドリちゃんはどう思う?」
「どうも思いません。人それぞれでしょう。それに、そこまで警戒しなくともアキト様なら断っていたと思いますよ?」
「そうかしら? 誘惑に弱いって言っていたのはミドリちゃんだったでしょう?」
「今回に限ってはアキト様を信頼しています」
「ミドリ……!」
感動だ。ミドリは俺がそういうサービスを断るだけの強い意志を持っていると認めてくれているのか。
「何故なら、リズさんの言うサービスのお相手は人間の女性だからです」
えっ?
そうなの?
俺とオリヴィアの視線がリズさんへと向かう。リズさんは少しだけ戸惑いながらも答えてくれた。
「え、ええ。そうですね。人間以外の女性を手配するのは難しいです」
「ハ、ハーピーじゃないんですか?」
「えっ!? ハーピーですか? 無理ですよ、ハーピーは生涯1人の男性しか愛しませんから」
俺の期待はバッサリと切り捨てられた。
俺を締め上げて持ち上げているオリヴィアの尻尾に更なる力が込められる。
「アキトちゃん、やっぱりそういうサービスを期待していたのね」
「く、苦しい! 期待してないです!」
「本当かしら?」
オリヴィアは疑いのまなざしを向けつつも、地面に降ろしてくれる。そして、小さく耳元で囁いた。
「もしもそういう事がしたくなったら、お姉さんの部屋に来ていいからね」
その甘い誘いにドクンと心臓が跳ね上がるが、囁きを聞き取ったミドリが即座に忠告してくる。
「オリヴィア、聞こえていますよ」
「あらら。冗談よ、ミドリちゃん」
「あなたの場合は冗談に聞こえません」
「は~い。ごめんなさい」
オリヴィアの冗談は心臓に悪い。
俺はあまり心が強くないから、その内誘惑に耐えられなくなる時がくるかもしれないな。早めにハーピーの彼女を見付けよう。
リズさんの隣に移動して声をかける。
「俺は人間の女性には興味が無いので、そういったサービスは必要ありませんからね」
「アキトさんは人間の男性なのに、人間の女性に興味がないのですか?」
「はい、まったく」
これは自信を持って言えるぞ。俺は人間の女に興味がない。
リズさんは何かに気が付いたように再び小声で尋ねてくる。
「もしかして……男性を?」
「あっ、いや、違います、そっちじゃないです。俺はハーピーが好きなんです」
危ないぞ。大変な誤解をされるところだった。
「ハーピーを? ですが、そちらのお二人はアキトさんの奥様では?」
「は? な、なんでそうなるんですか!?」
「えっ、違うのですか? ハーピーは一夫一妻制なのでアキトさんは対象外だと思っていたのですが」
あり得ない誤解に俺はつい叫ぶような声を上げてしまった。
「違いますよ! なんで俺が二人と結婚していることになっているんですか! ていうか、それならそのサービスの話題を振るのっておかしくないですか!?」
俺は反射的に早口になりながらまくし立てる。ツッコミどころが多すぎて大変だ。
「も、申し訳ありません。二人の女性と契約していると聞いていたので、一夫多妻制の国の方かと思っておりました」
「ひ、酷い誤解だ……」
けれどハーピーにとって契約とは結婚を意味している。この誤解は仕方がないものかもしれない。
「あの、俺はアルドミラの王都近くの村の出身です。二人とは契約してはいますが、家族と友人なので恋人ではありません」
「そうなのですね。大変失礼いたしました」
本当にな。ちょっとキレ気味にツッコミを入れてしまったじゃないか。
「ですが申し訳ありません。現在、この村には未婚のハーピーは成人前の子供しかおりません」
「やっぱりそうでしたか。契約紋には自信があったんですけど、相手がいないんじゃ意味ないですね」
これで残る可能性はクイーンハーピーだけだ。リックの結婚式で会って話してみて、気が合うようだったら勇気を出して猛アタックしていこう。
女性を口説いたことはないけれど、アルラウネにアタックした時のように俺の素直な気持ちをぶつければきっと答えてくれるはずだ。
俺が最後の希望をクイーンハーピーに懐きながら気持ちを引き締めていると、リズさんがキョトンとした顔で首を傾げた。
「あの、契約紋に自信があるというのは? 魔力からして、エメラルドさんとオリヴィアさんは聖属性と水属性ですよね。いくら大勾玉を持っているとは言っても、風属性である緑色の勾玉が無ければハーピーとは契約できませんよ?」
「それなら大丈夫です。俺は緑色の大勾玉も持ってますので」
「――え?」
リズさんは笑顔を張り付けて立ち止まる。
それに合わせて、俺たち全員足を止めた。
「き、聞き間違いでしょうか。緑色の大勾玉を持っていると仰いましたか?」
「聞き間違いじゃないです。持ってます」
俺はシャツを脱いで左胸の契約紋をリズさんに見せる。
リズさんは俺の契約紋を真剣な表情でじっと見つめた後、勢いよく俺の両手を取った。もう離さないとばかりに力強く手を握りしめ、ぶつかりそうなほど顔を近付けてくる。
「アキトさん! ぜひ、村長に――私の姉に会って頂けないでしょうか!」
「はっ……はい」
願ってもない申し出ではあったのだが、あまりにも押しが強すぎて、俺は若干引き気味に答えた。
ハーピーの指の話の補足ですが、契約前でも人間でいうところの親指はありますので翼と指を使って何かを持つことはできます。




