三章 ハーピーの女王 三話
「くそっ……登山なんて何年ぶりだ? こんなにきつかったっけ?」
「僕は初めてだけど、結構きついね……」
俺とリックは息も絶え絶えになりながらも登山道を登っている。登山開始から一時間ほどが経過したが、ノーベ村は見えてこない。
先導していたミドリが振り返って立ち止まる。俺たちとの距離が開きすぎたからだ。
「この程度の山道で泣き言とは、だらしないですね」
「何一つ荷物を持ってない奴に言われたくねえよ!」
ミドリは例によって荷物を異空間にしまっているので荷物を持っていない。
俺はもちろんだが、リックも数日分の着替えなどを入れた大きめのスーツケースを引いているので条件は似たようなものだ。
ヒイヒイ言いながら登っている俺たちの隣をバスが追い越していく。
「なんで俺たちはあれに乗れないんだ……」
「疲労で記憶力すら失ったのですか? 婚約者は自力で山を登る仕来りだと麓で教わったでしょう?」
「……ダメだ、もう突っ込む気力もわかない」
そんなことは俺だって分かっている。忘れたわけじゃない。でも、目の前でバスに追い越されると言いたくなるんだよ。
「オリヴィア、今こそ俺を抱えて飛んでくれ」
「ずるいぞ、アキト。僕の護衛なんだから同じ条件で登るべきだ」
「くそっ……護衛を引き受けたことを後悔してきた……」
そもそもこんなに整備された道路で魔獣なんて出るのだろうか?
この山に入ってから護衛としての出番は一度もない。
「大変そうね……お姉さんが荷物を持ってあげようか?」
最後尾をゆっくり進んでいたオリヴィアが俺たちの隣に近付く。
彼女は早々に下半身を蛇に戻し楽々進んでいる。荷物はスーツケースを持っているが、もともと俺たちよりも力持ちな種族なので汗一つ掻いていない。
「甘やかしてはダメですよ。アキト様にはもう少し体力をつけて頂きたいです」
「はぁい。そういうわけだから、ごめんね。アキトちゃん」
オリヴィアは可愛くウインクすると後方へ戻っていった。
くそっ、ミドリめ。どうしてそこまで俺に厳しいんだ。
疲労をミドリへの怒りでごまかしながら山を登っていると、先頭を歩いていた彼女が手で俺たちに合図を送ってきた。
「どうした?」
「魔獣です。警戒してください」
オリヴィアがすぐに俺たちに追いつくと、俺と二人でリックを囲んで守りの体制をとる。
リックは契約前なので魔法が使えない。魔獣に襲われたら手も足も出ないだろう。
ミドリが見ている方向を注視すると、ノーベ村へと続く道路の先に数匹の生き物が見えた。
「何だあれ……鳥? かなりデカいぞ!」
道路を一直線に駆け下りてきた生物は3メートル以上の大きさがある鶏のような魔獣だった。
後ろには子供と思える小さな鳥が3羽ほど付いてきている。
「始末します。『空間魔法・虚空斬』」
ミドリが右手を上にあげて振り下ろす動作をすると、魔法が発動して巨大な鶏型魔獣を真っ二つに――
「えっ?」
「私の攻撃が防がれた!?」
鶏はミドリの攻撃を察知したのか両翼を前方に掲げて防御の姿勢を取っていたのだが、その翼によってミドリの魔法は完全に防がれてしまった。
「嘘だろ!? ミドリの攻撃って防げるもんなのか?」
「あ、あり得ません。今の攻撃を防いだという事は、あの魔獣は私に匹敵する竜の鱗を持っています」
「……確かに、あの鳥の翼は私たちのような竜の翼に見えるわね」
オリヴィアが近付いてくる鶏を分析するよう睨みながら言う。
ミドリの攻撃で俺たちを敵だと認識したのか、鶏は威嚇の声を上げてこちらへと進む速度を上げた。
「ど、どうするんだ、アキト? こっちに来るぞ?」
「見りゃ分かる。ちょっと待ってろ!」
俺はこちらへと向かってくる鶏への対抗手段を考える。
そもそもあの魔獣は何だ?
空間魔法を防いだという事は、あいつの翼はシーサーペントよりも強固な竜の鱗に覆われているということだ。
「ミドリ、次は後ろの子供を狙って攻撃しろ!」
「分かりました。『空間魔法・虚空斬』!」
ミドリがもう一度魔法を放つ。
すると鶏は子供をかばうように飛び上がってミドリの魔法を防いだ。
「防がれました!」
「ああ。でも、足を止めたぞ!」
これ以上近付くと子供が危険だと判断したのか、鶏は立ち止まってこちらを睨んでいる。
かなり頭がいいな。言葉を喋ることはしなくとも知能はこちらと変わらないかもしれない。
ミドリの攻撃を防ぐ鱗といい、あの鶏は最上級か特級に位置する魔獣だろう。
こんな化け物が住み着いている山にハーピーたちは住んでいるのかよ?
「待てよ……?」
「どうしたの、アキトちゃん?」
「あの鶏、道路の先から来たよな?」
「そうね――あっ!」
オリヴィアは気が付いたように道路の先を見る。
「ミドリちゃん、さっきのバス。大丈夫かしら!?」
「分かりません。バスには必ず護衛が同乗しているものですが、その辺の人間があの魔獣に勝てるとは思えません」
もしかしたら、やられてしまったかもしれない。
俺たちも危険な状態だが、あのバスに乗っていた人たちも心配だ。
「ミドリ、空を飛んでバスの状況を確認しに行ってくれ」
「ですが!」
「魔法が効かないのは翼だけだろ? 何とかしてみせる!」
ミドリは動こうとしない。
だよな。何とかするって、どうする気だよって話だ。根性論で倒せる相手じゃない。
俺は再び鶏を観察して分析する。ミドリが一人で向かってくれないのなら、さっさとこいつらを倒してみんなで先に行くしかない。
俺は前の世界の知識も動員して鶏の正体を探る。
竜の翼を持つ鶏。
よく見ると、鶏の頭と羽毛を持った竜にも見える。そして尻尾は細長くて蛇のようだ。
「鶏と蛇? あっ!」
俺が魔獣の正体に気が付いた時、親鳥が何かを吐き出すような仕草をしたところだった。
「まずい、ミドリ! 避けろ!」
俺が叫ぶと同時に、魔獣の口から紫色の液体が発射された。
「『不可侵領域』!」
とっさのことで、ミドリは中途半端な不可侵領域を張って攻撃を防ごうとした。普通の魔法攻撃ならば、魔法名を口に出さない手抜きの不可侵領域でもミドリなら防げたハズだった。
しかし、今回の攻撃は普通じゃない。
ミドリの不可侵領域にぶつかった液体はゆっくりと侵入が不可能なはずの領域内部へと侵入してきたのだ。
ミドリは慌てて横に飛び退いて回避する。
不可侵領域を貫いて道路へと飛び散った液体は音を立ててコンクリートを溶かしていく。
「や、闇属性……」
前のアキトの記憶の中にはミドリが教えてくれた魔法の属性についての知識があった。
空間魔法は聖属性。未解明の部分が多い属性だが、唯一分かっていることは闇属性とは互いに打ち消し合う属性だということだ。
「ミドリちゃん、不味いわよ。闇属性の魔獣なんてお姉さんも見たことがないわ。逃げるべきよ!」
オリヴィアが撤退を促す。確かにそれが一番安全だ。けれど、俺たちが逃げたらどうなる?
この魔獣は道路を駆け下りて麓へと向かっていた。こんな化け物が港に降りてきたら、確実に港は壊滅だ。
「よりによって、コカトリスかよ」
「アキトちゃん、あの魔獣を知っているの?」
「ああ。昔やったR……読んだ本に書いてあったんだ。あいつは鶏の頭と蛇の尾を持つ怪鳥。コカトリスだ」




