三章 ハーピーの女王 二話
「な~んてね。冗談、冗談。ともかく今は、ハーピーの村でアキトちゃんの彼女探しを応援するわ」
オリヴィアは打って変わって無邪気な笑顔を浮かべて俺を応援することを宣言した。
本当に冗談だったのかは確認のしようがないが、俺の気持ちがハーピーへと向いている以上、この話はここまでにした方がいいだろう。
俺は適当に話題を切り替える。
「そ、そうか、ありがとう。そういえばクイーンやキングに会ったことがあるって言っていたけど、具体的にはどんな種族にあったんだ?」
「そうねえ、マーメイド、ヴァンパイア、エルフのクイーンやキングには会ったことがあるわ」
「エルフだって?」
この世界、そんな王道の種族がいたのかよ。人間に近すぎて俺はそこまで好きじゃないが、RPG好きとしては別の意味で少し興奮する。ドワーフやゴブリンもいるのだろうか?
「アキトちゃん、エルフに何かあるの?」
「いや……珍しいなと思っただけだ」
オリヴィアに並行世界のゲームの話をするわけにもいかないので、俺は誤魔化しつつ話を先に進めた。
「確かに森の奥深くに里を作るエルフは数も少ないし珍しいかもしれないわね。でも、それを言うならマーメイドとヴァンパイアもあまりたくさんいる種族ではないわよ?」
「言われてみれば……」
そこで俺は、その3種属の共通点に気が付いてしまった。
あくまでも前の世界基準だが、どの種族も長寿で有名な種族なのだ。
オリヴィアが自分を受け入れてくれる長寿の種族を求めて旅をしていたことが窺える。
「ミドリ、オリヴィアと仲良くしてくれよ」
「な、何ですか、急に」
「お前やオリヴィアは何百年も生きるんだ。自分と同じように老いていく長寿の友達はいた方がいいだろ?」
ミドリはオリヴィアと顔を見合わせる。
オリヴィアは困ったような、気恥ずかしいような、なんとも言えない表情だ。
「一理ありますね。よろしくお願いします、オリヴィア」
ミドリが何気なく手を差し出すと、オリヴィアは満面の笑顔でその手を取った。
「ええ! これからもよろしくね。ミドリちゃん!」
オリヴィアはニコニコと笑みを絶やさずにミドリの手を握りしめる。
ミドリは表情こそ変わらないものの、オリヴィアから照れるように視線を逸らした。
「今度、レフィーナを紹介します」
「それって、アキトちゃんの契約者のアルラウネよね?」
「はい。彼女はクイーンアルラウネに成長出来る素質を持っていますので、寿命も私たちとそこまで変わらないと思われます」
「すごいわ! ぜひ、お願いするわね」
オリヴィアは新たな長寿友達の登場を前に翼を広げて喜びを表現した。
目立つので控えて欲しい気もするが、100年以上対等な友人がいなかった事を想像すると、注意する気にはならないな。
「アキト」
二人の姿を黙って眺めていたリックが、少しだけ俺の方へと身を寄せて耳打ちしてくる。
男に耳元で囁かれるのは好きじゃないが、リックがとても真剣な表情をしていたので耳を貸した。
「もしもの時、彼女たちとの契約を即座に切る心構えだけはいつもしておきなよ」
リックの言う「もしも」とは、俺が戦闘で命の危機に瀕した場合の事を言っているのだろう。俺が死ねば、彼女たちも道連れにしてしまうからだ。
俺は小さく頷くと、ミドリたちに聞かれないようにコッソリと返事をした。
「分かってる。お前も気を付けろよ」
俺の返事にリックは首を振った。
「僕は良いんだよ。ハーピーは結婚したら絶対に契約を切らない。病死だろうと、事故死だろうと、他殺だろうと関係なく、夫が死んだら一緒に死ぬのがハーピーだ」
「なっ……お前はそれでいいのかよ」
自分の愛する人を道連れにして死ぬなんて絶対に嫌だ。
「良くはないよ。でも、もしも僕が何らかの理由で契約を切って死んだら、カミラは後を追って自殺すると思う」
「マ、マジか……」
「それがハーピーと結婚するってことなんだ。一度決めたら、絶対に添い遂げようとしてくる。だからアキトもよく考えた方がいいよ」
ハーピーとの恋愛に関する先輩からのお言葉を、俺は重く受け止めた。
「何を物騒な話をしているのですか?」
「うわっ、ミドリ。聞いてたのか?」
「私の聴力を舐めないでください。全部丸聞こえです」
「ちなみに私にも聞こえていたわよ」
オリヴィアがへらへらと手を振ってアピールしている。
「そもそも、アキト様が寿命や病気以外で死ぬような状況は来ないとは思いますが、その時はリック様の言うように契約を切っていただけると助かります」
「そうね。連鎖は怖いもの」
俺だって連鎖で契約者たちを死なせてしまうのは嫌なので、当然その場合は契約を解除するつもりだったのだが、面と向かって言われると少し寂しいな。
「ミドリ、生きるつもりになったんだな。何かやりたいことでもできたのか?」
「いえ。ただ、アキト様が亡くなった後も、レフィーナやオリヴィアがいるのなら、退屈はせずに済みそうだと思っただけです」
「そうか」
生きる目的が無いと言って餓死しようとしていた姿が前のアキトの記憶に残っているので、俺は自分が死んだ後のミドリが心配だったのだが、オリヴィアたちに任せておけば大丈夫だろう。
それに、出来る事なら彼女たちには俺の子孫とも仲良くして欲しいと思う。そのためにはまず恋人を作らないといけないけどな。
オリヴィアが不思議そうに首を傾げる。
「ミドリちゃん……何かあったの?」
「長命種族特有の悩みですよ。私は自分の生きる目的を探しているんです」
「なるほどね。お姉さんも長く生きているから気持ちは分かるけど、ミドリちゃんはまだ十代でしょう? 今は思うままに人生を楽しめばいいわよ。悩むのは100歳を越えてからでいいんじゃないかしら」
「……では、それまで友人でいてくれますか?」
「もちろんよ」
オリヴィアの笑顔につられるようにミドリの無表情が崩れる。
成り行きで俺の契約者になったオリヴィアだが、ミドリにとてもいい影響を与えてくれそうで良かった。今はまだ知り合って日が浅いが、この二人はとても相性が良いように見える。
「――っと!」
突然、椅子に座っていた俺の身体が揺れを感知する。
思わず声が出たのは、この揺れが慣れている横揺れではなく、縦揺れだったからだ。突き上げるような縦揺れのすぐ後に、俺の人生の中でも一、二を争うレベルの揺れが襲ってきた。
店内の客が悲鳴をあげる。
「アキト様、テーブルの下へ!」
「ああ!」
俺たちは一斉にテーブルの下に隠れる。先日も地震があったからか、周りの客たちも比較的素早くテーブルの下に入って身を守った。
「ドアの近くの人! すぐにドアを開けてくれ、閉じ込められる可能性がある!」
俺の声を聞いた店員が慌てて店のドアを開け放つ。激しい揺れで様々なものが倒れ、食器が落下して砕ける音が響いていく。
「やべえな……震度5強、もしかしたら6以上かもしれない」
「アキトちゃん、自身の強さが分かるの?」
「何となくな」
少しの会話をすることで恐怖を紛らわしていると、揺れはすぐに収まった。
テーブルの下から出ると、店内があまりにも酷いありさまだったので俺たちは片付けの手伝いを申し出た。
一時間ほど手伝った後で、店員たちに感謝されながら店を後にする。
「なんとか片付いて良かった。割れた食器代は馬鹿にならなそうだけど……」
「昨日の地震よりもかなり大きかったし、カミラたちが心配だ」
「そうだな。余震に気を付けながら、ゆっくり山を登ろう」
「……余震?」
リックは余震とは何だと首を傾げる。ミドリとオリヴィアも知らないという表情をしていた。地震の少ないこの地域だと、地震に対する知識が乏しいようだ。
「あれだけ大きい地震だと、その後にも少し小さな地震が何回か発生したりするものなんだ」
「なるほど、それで余震ですか。さきほど店の店員に伺いましたが、ここ数週間は地震続きだったそうです。その中でも今日の地震はトップクラスに大きかったと言っていました」
プレートが折れたとかだろうか。何にせよ警戒は必要だな。港町だし津波も心配だ。
「本当は土砂崩れの危険があるから山には近付かない方がいいんだが、そうも言っていられないからな。ミドリ、もしもの時は魔法で守ってくれ」
「分かりました。任せてください」
「アキトちゃん、アキトちゃん。お姉さんは?」
「オリヴィアも頼りにしているよ。いざという時は昨日みたいに俺を抱えて飛んでくれ」
「は~い。合点承知!」
オリヴィアはわざとらしく敬礼してみせる。
ふざけている様にも見えるが、場の空気がピリピリし過ぎないように彼女なりに気を使っているのかもしれない。やるときはやってくれるので、あまり目くじらを立てるつもりはない。
「よし。じゃあ行くぞ、リック」
「うん。足手まといにならないように頑張るよ」
俺たちは気を引き締めて、島の中央にそびえ立つヒールラシェル山へと歩き出した。
今回の地震でミドリが不可侵領域を張らなかったのは、小さなカフェの内装に魔法がぶつかりそうだったからです。
実はミドリは魔法のコントロールが得意ではなく、大雑把な魔法しか使えません。
ノーベ村へは空を飛んでいけば簡単ですが、さすがにそれは反則だろうということでアキトたちは普通に登山をするつもりです。




