三章 ハーピーの女王 一話
オルディッシュ島に着くと一人のハーピーが俺たちを出迎えてくれた。
リックの婚約者のカミラさんかと思ったが、記憶の中にあるカミラさんと顔が違うので別のハーピーだ。
こんな事リックには言えないので心の中だけに留めたが、彼女はカミラさんよりも更に美人だ。
「あなたがリックさんですね」
ハーピーは持っていた写真と見比べながらリックに声をかける。
「は、はい。カミラの婚約者のリックです」
「私はノーベ村、村長補佐のリズです」
リズさんは視線をリックから俺たちに移す。
「あなたたちは?」
「リックの友人のアキトと言います。彼の結婚を祝う為に同行しています」
「アキト様の契約者のエメラルドです」
「同じく、契約者のオリヴィアで~す!」
ミドリは無表情で淡々と、オリヴィアは満面の笑みを浮かべながら手を挙げて自己紹介を済ませた。
何が「で~す!」だよ、127歳。恥ずかしいから落ち着いてくれ。
オリヴィアが上機嫌な理由は契約者と名乗れる事が嬉しいからだろう。後は初めて足で地上に立った事に感極まっている可能性もある。
リズさんはオリヴィアのテンションに圧倒されながらも笑顔を作って見せた。
「お二人共、最上級種族であるドラゴンメイドで間違い無いでしょうか?」
リズさんの視線はオリヴィアの大きな両翼に一瞬だけ向けられた。本来竜人に翼はないからだ。
「私はドラゴンメイドで間違いありませんが、オリヴィアは――」
「私は最上級種族のメリュジーヌよ!」
ミドリの解説に被せるようにオリヴィアは自分の種族を宣言した。
「メ、メリュ……ジーヌですか?」
「ええ。あ、こっちの姿を見せた方が分かりやすいわよね」
オリヴィアの両足が輝きながら形を変え、大きな蛇の下半身になっていく。どうやらミドリの翼のように戻したり出来るようだ。異種族好きの俺としてはずっとこの姿でいて欲しい。
そして突然の変身に脳が追いつかなくなったのか、リズさんが笑顔を貼り付けた状態で固まってしまった。
「これが私の本当の姿。人の足はアキトちゃんとの契約で得た祝福なの」
「……そ、そうなのですか」
リズさんは張り付いた笑顔のままリックへと視線を戻す。
「リックさんは個性的なご友人をお持ちなんですね」
「はは……それほどでも」
リックも苦笑いで返すのがやっとのようだ。
「大陸での戦闘が激化したと聞いて、船が出ないのではとカミラが心配していました。彼女は仕来りで村から出ることが出来ませんので私が様子を見に来た次第です」
「わざわざありがとうございます。カミラは元気ですか?」
「はい。今は村の皆やあなたのご両親と共に新居を整えているところですよ」
「そうですか……良かった」
リックはカミラさんの羽根を取り出して柔らかく笑った。
リズさんは右翼を後方にそびえる大きな山に向ける。
「ノーベ村はあのヒールラシェル山の中腹にあります。山中ではまれに魔獣が出ることもありますので、気を緩めずにお願いします」
「は、はい!」
「では、ノーベ村でお待ちしております」
リズさんは大きく翼を羽ばたかせて舞い上がると、山に向かって飛んでいく。ミドリやオリヴィアの飛行とは比べ物にならない速度だ。
「は、速い!」
「ハーピーってあんなに早く飛べるんだな」
俺の言葉にリックが首を振る。
「違うよ、アキト。今のはカミラよりもずっと速かった」
「ん? つまりハーピーの中でもリズさんは速い方ってことか?」
鳥には詳しくないが、リズさんは隼系の翼を持ったハーピーなのだろうか?
「速い方とかそういう次元の話ではないと思いますよ」
「そうね。お姉さんもあそこまで速い種族は見たことがないわ。あの子、本当にハーピーなのかしら?」
「どういう事だよ?」
俺が首を傾げると、ミドリは呆れるようにため息を吐いた。
「私の魔力感知でも彼女の強大な魔力を感知していました。私以上の魔力量――契約して魔力の上昇したレフィーナと同等の力を感じました。そして村長補佐という肩書き。ここまで言えば分かりますね?」
ミドリが判断材料となる情報を羅列していく。何だか馬鹿にされている気分になったが、おかげで気付くことが出来た。
ハーピーを超える速度で飛行し、最上級種族以上の魔力を持つ、ノーベ村の村長補佐。
「リズさんはクイーンハーピーで、今の村長の双子の妹か」
「十中八九そうでしょう」
「だとしたら、失敗したな。リズさんにもっと話を聞いておけばよかった」
「ノーベ村に住んでいるのですから、これからいくらでもチャンスはありますよ。むしろ彼女と知り合えたことで、村長のクイーンハーピーを紹介してもらえる可能性が上がりました。考えようによっては良い滑り出しと言えます」
「そうだな」
俺とミドリが頷きあうと、一人だけ事情を知らないオリヴィアが不満そうに絡みついてきた。
比喩表現じゃないぞ。文字通り蛇の尻尾を俺に絡めて不機嫌そうな顔をしている。
「アキトちゃん……お姉さんも話に混ぜてよ。ちゃんと分かるように説明して!」
「うっ……く、苦しいぞ、オリヴィア」
「止めたら説明してくれる?」
「それは……」
止めなくても説明するというか、むしろ止めないで欲しいという気持ちもあったりする。
ラミアに巻き付かれるなんて、昔の俺に教えてやったら死ぬほど羨ましがられそうな体験だ。昨日の夜も巻き付かれていたのだが、突然のことに驚いて脱出してしまったからな、もう少しこのままで感触を楽しみたい。
「オリヴィア、アキト様には逆効果ですよ。喜ばせるだけです」
「えっ、そうなの?」
「はい。異種族好きの変態ですからね。それと、別に秘密ではないので普通に説明しますよ」
オリヴィアの拘束が解かれ、俺は心地よい圧迫感から解放されてしまった。おのれミドリ。
「少々、目立ち過ぎたようですね。場所を変えましょう」
ミドリが辺りを見回して言う。
ただでさえミドリとオリヴィアは目立つのに、俺がオリヴィアに巻き付かれたりしたものだから、多くの人たちから奇異の視線を向けられてしまっていた。
オリヴィアは蛇の下半身を人の足に変化させると、広げていた翼も小さく折り畳んだ。
「ごめんなさい。ちょっとはしゃぎすぎちゃったみたいね」
「ホントにな。悪い、リック」
「別にいいよ。とにかく、どこか落ち着けそうな店を探そうか」
リックの提案で、俺たちは港町のはずれにあった小さなカフェに入るのだった。
「なるほどね。大体の流れは理解できたわ」
俺の話を聞き終えて、オリヴィアは神妙な顔で頷いた。
「まさかクイーンハーピー狙いだったなんて、さすがのお姉さんも驚きだわ」
「そんなに驚くようなことなのかよ?」
「ええ。クイーンやキングを名乗る最上級種族には何人か会ったことがあるけど、一癖も二癖もある人たちばかりだったわ」
俺はクイーンアルラウネのルナーリア様を思い出す。
「……確かに癖は強いな」
「あら? アキトちゃんは私やミドリちゃん以外にも最上級種族に会ったことがあるの?」
「王都の近くでクイーンアルラウネに会ったんだ。綺麗な人だったけど、ちょっと油断ならないというか、怖いところがあった」
「私の目には思いっきり油断して篭絡されていたように見えましたけど」
ミドリが紅茶を飲みながら俺を半目で睨む。蔓と花の香りの波状攻撃で降伏一歩手前だっただけに、言い返せない。
「あらら、寄りにも寄ってアルラウネに会っちゃったのね。あの種族は人間や地属性の種族を食べる危険な種族だから近付いちゃダメよ」
「オリヴィア、アルラウネを知っているのか?」
「ええ。旅の途中で何度か見たことがあるわ」
「そ、そうなのか……」
まさかルナーリア様たち以外にもアルラウネがいるとは。世界は広いなぁ。
「あら? ちょっと待って。アルラウネは地属性の種族だったわね……」
オリヴィアはゆっくりと席を立つ。
すたすたと俺に近寄ると、服を引っ張って契約紋を確認してきた。
レフィーナと契約した金色の大勾玉をオリヴィアの綺麗な指が撫でる。
「ふうん……アキトちゃん、これってそういうこと?」
「あ、ああ。クイーンアルラウネの娘と契約している」
俺の言葉を聞いてオリヴィアは何事もなかったかのように自分の席に戻った。
「アキトちゃんが地属性の種族と契約しているのは契約紋を見て気付いていたけど、まさかクイーンアルラウネの娘だったとは思わなかったわ。リックちゃんは知っていた?」
急に話を振られたリックは、驚きながらも首を横に振った。
「アキトは王都でも有名だったけど、それはエメラルドさんと契約していたからだ。まさか敵対種族のアルラウネとも契約しているなんて知らなかった」
「リック、レフィーナはもう敵対種族じゃない。アルドミラ軍の元帥から赤色の認証魔石を貰ったんだ」
「なっ、何だって!?」
リックがガタリと音を立てて椅子から勢いよく立ち上がる。おかげで近くにいた別の客からの視線が集まってしまった。
リックは周囲に謝りながらも再び席に着く。
「リックちゃん、赤色の認証魔石って?」
「人間に友好的な種族の証で、オリヴィアさんが持っている旅行者用の青色と違い、アルドミラの国民に与えられるものなんです。そして所有者の子供には無条件で与えられる仕組みになっています」
「それはつまり、アキトちゃんと契約したクイーンアルラウネの娘――レフィーナちゃんって言ったかしら? その子の子孫からは無条件でアルドミラの国民になることが出来るのね」
「そうです。アキトと契約しているから青色を渡すのは分かりますけど、赤色はまずいです。今後は人間と契約していないアルラウネも赤色の認証魔石を持つようになってしまいます」
「それは問題ね。どうしてアルドミラ軍の元帥さんは赤色を渡したのかしら……?」
仕方ないのかもしれないが、リックとオリヴィアがこうもアルラウネに悪印象を持っているとは。レフィーナの契約者として誤解は解いておきたい。
「レフィーナなら大丈夫だ。もし子供が出来たとしても、人間には敵対しないようにしっかりと教育してくれる」
「そこに関しては私も安全を保障します」
ミドリが俺に同意してくれたことで、リックとオリヴィアも納得したのか落ち着きを取り戻した。
「何といってもレフィーナはアキト様の初めてのお相手ですからね」
ミドリの一言で場が凍り付く。
「待て、やめろ。何の話だ。俺はレフィーナとは何もしていないぞ」
「ミルド村の自室で抱き合っていたではないですか」
「あれはお前の誤解だって言っただろ!?」
ミドリは表情を変えずに、顎に手を当てて驚きを表現する。
「てっきり照れ隠しかと思っていました。ではオリヴィアとが初めてだったのですね」
「あら? そうだったのアキトちゃん?」
「ちげえよ! オリヴィアも冗談で話を合わせるなよ。何もしなかっただろうが!」
「そうね。ミドリちゃんには内緒って約束だったものね。ごめんなさい」
「ちょっ!? お前、そういうの本当に止めてくれ!」
ミドリの視線が痛い。
「アキト様……本当にレフィーナにもオリヴィアにも手を出していないのですか?」
「ああ、していないぞ」
「悲しいほどヘタレですね」
こいつ……そろそろ殴っていいだろうか?
「ですが、それがアキト様の良いところなのかもしれません」
「へ?」
ミドリの意外な言葉に、俺は間抜けな声を出してしまった。
「ミドリちゃん、それってどういう意味?」
「アキト様はどこまでも理想の女性を追い求めている方です。初めは人間以外の種族の女性なら何でもいいのかと思っていたのですが、王都でカミラさんを見た時からアキト様は変わられました」
ミドリの問いにリックが狼狽える。
「ア、アキト! いくら君でも、カミラは渡さないぞ!?」
「なっ、誤解するな、リック。俺は人の彼女を取ろうなんて思っちゃいない」
「そうですよ、リック様。アキト様はそういった非道なやり方を好みません。私が言いたいのは、ハーピーという種族がこの世に存在していると知った時、アキト様の旅の目的が異種族の女性を求めるものから、ハーピーを求めるものへと変わったということです」
言われてみればそうだな。
王都でカミラさんを見る前の俺ならオリヴィアに告白していてもおかしくない。けれど、今はハーピーという俺がこの世で一番好きな種族を求める旅をしている。だからこそ、オリヴィアと仲良くなってもそういう気を起こさなかったのかもしれない。
もちろん、寿命の問題も大きいけどな。
「なるほど、なるほど。アキトちゃんはハーピーに一途なのね。そう考えると確かに良いところなのかもしれないわ。お姉さんはてっきりアキトちゃんにキープされているのかと思っていたから」
「ひ、人聞きの悪いことを言うなよな!? ノーベ村でダメだったら、今度は南半球にいるっていう陸生ハーピーに会いに行くつもりだ」
「それは長い旅になりそうね。でもアキトちゃん、そこまで露骨に興味がないように言われたら、さすがのお姉さんもプライドが傷付くのだけど?」
「ええっ? ご、ごめん。そんなつもりで言ったんじゃなくて……オリヴィアみたいな綺麗な女性をキープするなんて失礼なこと出来ないって思っただけで……」
オリヴィアは必死で取り繕う俺を見て口元を押さえてクスクスと笑う。
「ふふっ、いいわ。許してあげる。それに私は何年だって待てるもの」
目を細め、妖艶にほほ笑むオリヴィアの言葉は、俺にキープされるのを容認しているとも受け取れるもので、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
オリヴィアの最後の発言は好意が半分、からかいが半分って感じだと思います。
人間よりもずっと長生きなので、アキトが求めてくれたら応じるけど、そうじゃないなら彼の恋愛を応援してあげようかなと考えられるくらいの余裕があります。




