二章 世界を旅するラミア 十二話
竜の翼を持つラミア。それがオリヴィアの正体だった。
彼女は現在、暑苦しかったローブと手袋を脱ぎ捨て、背中の大きく開いた服を着ている。
「さあ、行くわよ、アキトちゃん!」
オリヴィアは俺を抱きかかえたまま水中へもぐり、弾丸のような速度でシーサーペントの頭部へと接近する。
俺たちの接近を感知したのか、シーサーペントは身体をうねらせて妨害を試みてきた。
するとオリヴィアは水中での勢いを維持したまま、俺を抱えてトビウオのように海上へと飛び出した。
「――っ! と、飛んでる!?」
「ここまで近付けば! 『水流魔法・水刃斬』!」
空中でオリヴィアはシーサーペントの頭部目掛けて水の刃を放つ。
しかし、オリヴィアの魔法の危険性を理解しているのか、シーサーペントは紙一重で攻撃を回避した。
それだけでは終わらず、辺りの海面から螺旋状の水柱がいくつも飛び出して俺たちを狙い打ってきた。
「『空間魔法・不可侵領域』!」
「『氷結魔法・絶対氷壁』!」
俺とオリヴィアは同時に防御魔法を展開して水柱を防いだ。その隙に水中へと飛び込む。
オリヴィアは翼を使って飛行も出来るようだが、水中での速度に比べればかなり遅い。というよりも、水中の速度が速すぎるのだ。
俺たちは水中を駆け巡って撹乱し、海上へと再び飛び上がって攻撃を繰り返したが、空中での攻撃パターンが完全に読まれており、シーサーペントには当たらない。
ここまで攻撃を読み切られているとなると、あの化け物は俺たちと変わらない知能を持っている可能性があるな。
「オリヴィア、水中から攻撃できないのか?」
「さっきから試しているけど、あいつの鱗に弾かれているの。だからこそ、鱗がない目玉や口を狙っているのだけど……」
顔への攻撃は避けられるだけだ。もっと高い攻撃力のある魔法で胴体からダメージを与えた方がいい。
けれど、オリヴィアの魔法よりも攻撃力のある魔法なんて、そういくつも存在しない。俺が見たことあるのはミドリの魔法だけだ。
「オリヴィア、俺を抱えてあいつの胴体に接近してくれ」
「どうするの?」
「俺の魔法で三枚におろしてやるのさ」
海上で話していた俺たち目掛けてシーサーペントの口から火球が放たれる。
オリヴィアは俺を抱えて水中へと回避すると、そのままシーサーペントの胴体へと接近したのだが、そのまま通り過ぎる。
別の場所から海上へと顔を出して、オリヴィアが俺に尋ねた。
「アキトちゃん? 攻撃は?」
「オリヴィアはあれで見えるのか? 俺は相当近くに行くまで見えなかった……海中が暗すぎるんだ」
「なるほどね」
続くシーサーペントの攻撃を避けながらも、オリヴィアは空を飛んで船の甲板へと降り立った。
「軍人さんたち、今度は海上じゃなくて海中を照らして欲しいの」
「海中を?」
「ええ。水中戦で片を付けるわ。水中で明かりになる魔法を使える人はいないかしら?」
軍人たちは顔を見合わせる。
その中で一人だけ手を上げたものがいた。
「火炎魔法を疾風魔法で包めば水中でも使えるんじゃないか?」
「なるほどね。それなりに繊細な魔力操作が要求されそうだけど、出来る人は?」
軍人たちは一瞬だけためらったが、すぐに気を取り直して力強い目で答えた。
「舐めるなよ。俺たちだってこの国を守るために訓練を積んでいるんだ。魔法の威力は敵わなくても、コントロールには自信がある」
「そう。なら任せるわ。アキトちゃんもそれでいいわね」
「ああ。けど、俺は魔力が少ないから、そう何回も魔法を使う事は出来ないってことは覚えておいてくれ」
「ええ。次で決めるつもりでやりましょう」
話し合っていた俺たちの元へ再び数発の火球が接近する。俺が魔法で防ごうと思ったが、数名の軍人が前に出て同時に防御魔法を展開して防ぐ。
しかし、火球の爆発を抑えきれず、何人か負傷したようだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
「俺たちに構わず行け! 水中は必ず照らしてやる!」
「――た、頼みます!」
俺はオリヴィアに抱えられて船から飛び降りる。
今俺が出来るのは、とにかく早くシーサーペントを切り刻むことだ。これ以上攻撃以外で魔力は使わない。残っている魔力は全て攻撃に回すんだ。
「『空間魔法・虚空剣』!」
俺は水中に入る直前に不可視の剣を作り出すと、両手でしっかりと握り込む。今回は特別サービスの刀身2メートルバージョンだ。シーサーペントほどの巨体を斬るならこのくらいはないと意味がない。防御用の魔力を諦めたからこそできる魔力の大盤振る舞いだ。
俺たちが水中へと飛び込むと、少し遅れていくつもの火球が投入された。
風に守られ、水中でも燃える炎。精密な魔力コントロールだ。とてもじゃないが俺には真似できない。
俺とオリヴィアは軍人たちに感謝しつつ、シーサーペントの尻尾へと接近した。
本能的に危険を察知したのか、シーサーペントは身体をうねらせて俺たちを近寄らせまいと逃げる。
しかし、オリヴィアはそれを超える速度で水中を泳いでくれた。俺はすれ違いざまに一太刀を浴びせることに成功する。
シーサーペントは鱗もろとも切り裂かれ、大量の血を海中へと垂れ流す。
俺とオリヴィアは息継ぎのために一旦海上へと飛び出すと、空中から痛みにのたうつシーサーペントを確認した。
「今だ、オリヴィア!」
「ええ! 『水流魔法・連式水刃斬』!」
痛みでこちらに注意を払えなくなったシーサーペントは、オリヴィアが放った二つの水の刃を両目に受けた。
巨体が海中へと仰け反るように倒れ込む。
「アキトちゃん、とどめよろしく!」
「ああ。ありったけの魔力でやってやる。『空間魔法・虚空剣』!」
オリヴィアが俺を抱えていた手を離すと、俺は虚空剣を構えて仰け反ったシーサーペントの顎の裏に向かって落下する。
「俺の全魔力! 持っていきやがれぇぇえええ!」
そのまま着地と同時に虚空剣を突き立て、魔力をどんどん注ぎ込んで刀身を長くしていく。虚空剣は頭部内を突き進み、脳を破壊して反対側へと飛び出した。
断末魔を上げることも出来ずにシーサーペントは絶命する。
「よし。討伐完了……だな……」
「やったわね! アキトちゃん!」
俺はオリヴィアに回収され、船のライトに照らされて夜の海に沈んでいくシーサーペントを空中から見えなくなるまで見届けた。
船に戻ると、軍人と船員たちが声を張り上げて歓迎してくれた。
笑顔で答えてやりたいが、こっちは全魔力を放出した影響で、立っていることすらやっとの状態だ。
「さすがは竜人と契約しているだけのことはあるな! けど……あんたのことは竜人って言っていいのか?」
軍人たちはオリヴィアの翼を見て尋ねる。
どうやら、俺と契約している竜人をオリヴィアの事だと勘違いしているようだ。
「さあね。私も自分がラミアなのか竜人なのか分からないから」
「そ、そうなのか……ハーフとかか?」
「そんなところよ」
オリヴィアは軍人たちに自分の事を詳しく話すつもりはないようだ。適当に話を合わせてあしらおうとしている。
「オ、オリヴィア……中に戻らないか?」
「そうね。軍人さんたち、道を開けてもらえるかしら? アキトちゃんは魔力を使い果たして疲れているの」
俺たちを取り囲んでいた軍人たちは一斉に船室のドアへと道を作ってくれる。
「引き留めて悪かった。まずは休んでくれ」
「ええ。そうさせてもらうわ」
オリヴィアの尻尾の先端が俺の身体にぐるりと巻き付く。
「えっ」
そのまま軽々と持ち上げられてしまった。
俺を抱きかかえて飛行していたくらいだから力はあると思っていたが、ここまでとは思わなかった。
「オリヴィア、自分で歩けるよ」
「無理しないの。お姉さんに全部任せて」
オリヴィアは上機嫌で俺を船内へと運んでくれた。
俺の個室の前で優しく尻尾から降ろされる。
「まずはシャワーを浴びて、その後少し話しましょう?」
「ああ、そうだな……」
俺はよろよろと個室のドアを開ける。やばい、頭がくらくらする。意識が飛びそうだ。
そんな俺の姿を見かねたのか、オリヴィアは俺の両肩を掴む。助かったよ。転びそうだったんだ。
「大丈夫? お姉さんが手伝ってあげようか?」
一人で大丈夫。そう答えようと思ったが、声にならなかった。
俺はオリヴィアに抱き留められたまま眠りについた。
気が付くと、俺は船のベッドの上で横たわっていた。しかし身体は動かせない。
長距離走の後のような疲労感のせいもあるが、俺の身体が何者かによって押さえつけられているのが一番の原因だ。
ひんやりと冷たい鱗が俺の身体を拘束している。
「……えっ? どういう状況だ?」
船室の小さな窓から入ってくる月明かりのおかげで、部屋の中の状況は見える。俺の目の前には気持ちよさそうに眠る美女。
水色のふわふわした髪の毛のラミアの女性が半裸で眠りについている。
「オ、オリヴィア!? 何やってるんだよ?」
「んんぅ?」
俺が声を上げると、オリヴィアは眠そうに目を擦りながら起き上がった。
彼女の下半身に巻き付かれていた俺は、拘束が緩んだ隙に抜け出す。
「アキトちゃん、まだ夜だよ?」
「見りゃわかるわ! 何で俺と一緒に寝てるのかを聞いてるんだ!」
「えっとね。あの後、アキトちゃんが眠っちゃって――」
「――ま、待て! 話始める前にまずは服を着ろ!」
「えっ? ……アキトちゃんのエッチ」
「どう考えても俺のせいじゃないだろ!」
オリヴィアは恥ずかしそうに下着姿の身体を両手で隠すと、近くに畳んでおいてあった服に着替える。
今までのような暑苦しいローブではなく、シーサーペントとの戦いの時に着ていたようなノースリーブで背中の大きく開いた服だ。おそらく、ローブの下にはいつもこんな服を着ていたのだろう。
今までが全く肌を露出しない格好をしていただけに、彼女の肌に嫌でも視線が向いてしまう。
彼女の上半身は、ミドリの身体ととても良く似ていた。
両手は青い鱗に覆われており、薄暗いので分かり辛いが肌も鱗に近い部分は少し青みがかっている。角こそ無いが、上半身だけで見ればミドリと同じ種族のようだ。
「アキトちゃん、そうジロジロ見られたらさすがのお姉さんも恥ずかしいのだけど?」
「――っ、ご、ごめん」
俺は即座に下を向く。
それによって、俺の身体が視界に入ったのだが……先ほどまでと違う服を着ていた。
「あれ……どうして……」
確か俺はびしょ濡れの状態で部屋に戻ったはずだ。そしてシャワーを浴びる前に魔力切れで意識を失った。
「安心して、アキトちゃんが着ていた服ならミドリちゃんに渡しておいたわ。あの子の魔法って便利なのね。船酔いで苦しそうだったけど、着替えまで出してくれたわよ」
「お、おい。待ってくれ。ミドリが着替えを出してくれたのは分かったが、どうやって俺は着替えたんだ?」
もはや答えは明白なのだが、オリヴィアの口から聞くまでは信じられない。信じたくない。
「お姉さんが着替えさせたわ」
だと思いました。
でもさ、そういう時はリックとかに頼んで欲しかったな。いくらオリヴィアが100歳以上歳上って言ってもさ、見た目は同世代なわけだしさ。
「シャワーもしてあげたのよ?」
「は?」
俺は自分の身体や髪の毛を触って確かめる。
海水のべた付く感覚はどこにもない。髪の毛に至っては妙にさらさらしていて良い匂いがする始末だ。
「う、うそだろ……」
「ホントよ。結構大変だったけど、良い経験になったわ」
「なっ、なな、何の経験だよ!?」
「何って、人間の下半身ってこうなってるんだな~って」
「――っ!」
俺は咄嗟に自分の股間を両手で押さえる。その行動を見てオリヴィアは何かを察したのか、慌てて弁明を始めた。
「か、勘違いしちゃダメよ? 私が言っているのは足の話だからね?」
「足?」
「そうよ。だって、私には足がないでしょう?」
「あっ……そ、そういうことか……」
てっきり、寝ている間に色々なものを失ったかと思った。
「じゃあ、オリヴィアは俺にシャワーを浴びせて髪を洗ってくれたってことか」
「そうなるわね」
「それ以外は足を確認した以外何もしていないんだよな」
望みを籠めて尋ねると、オリヴィアはさっと視線をそらした。
おい、やめろよ。何だ、その反応は。不安になるだろ?
「オリヴィアさん?」
俺があえて「さん」を付けて呼んでも、オリヴィアは何も言わない。
「わ、私、まだ眠いから先に寝るわね。アキトちゃんも一緒に寝ない? さっきみたいに添い寝してあげるわよ?」
「オリヴィアさん?」
何で急に話を逸らすんですか?
やっぱり俺の身体に何かしたってことですか?
「このベッド、大型種族用だから二人で寝てもまだ余裕があるのよ? アキトちゃんも早く寝たほうがいいわ。それじゃあ、おやすみなさい」
「オリヴィアさん!?」
俺の問いかけが虚しく部屋に響く。
ていうか、ここオリヴィアの個室かよ!
妙に広いと思ったわ!
オリヴィアはベッドの隅に横になると、俺に背中を見せるようにして眠りについた。竜の翼とラミアの尻尾が俺を誘惑してくる。
「……ミドリもいないし。バレなきゃいいよな……?」
俺はベッドの空いたスペースに横になると、オリヴィアの尻尾に抱き着く。竜の翼の掛布団付きだ。最高過ぎる。
「ア、アキトちゃん?」
「その……仕返しだ」
オリヴィアだって寝ている俺の身体を好きにしてくれたんだ、もはやこのくらいでは文句は言えないだろう。
「ミドリちゃんには内緒にしてあげるわ」
「……お互いにな」
ひんやりと冷たいオリヴィアの尻尾に抱き着いたまま、俺は再び眠りについた。
アキトが寝ている間にオリヴィアに何をされたのかは、ご想像にお任せします。
読者の皆さんが思い浮かべた事をされたと考えて頂いていいです。たくさんの並行世界が存在していますので。




