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入れ替わりの先にある異世界 ~異種族と結婚するため、俺は冒険の旅に出る~  作者: 相馬アサ
第一部 似ても似つかぬ並行世界
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二章 世界を旅するラミア 十話

 俺たちを乗せた船がオルディッシュ島へ向けて出港した。

 今日はこのまま船の中で一泊し、明日の朝にオルディッシュ島へ到着するらしい。

 船は想像していたよりもずっと豪華な造りで、それぞれに個室が割り当てられていた。


「アキトちゃん、夕日がすごく綺麗よ。一緒に見に行きましょう?」


 俺が個室で一息付いていると突然オリヴィアが誘いに来た。特に断る理由もないので彼女に連れられて船室の外へと出る。

 船の後方からオルドレーズ大陸を見ると、既に太陽は西の山に沈んでおり、空が茜色に染まっていた。


「ね? 綺麗でしょう?」

「ああ。すごく綺麗だな」


 もうヒルガの港がよく見えない距離まで離れてしまった。

 このままゆっくりと大陸から離れながら北上し、オルディッシュ島へと向かうのだ。

 落下防止用の手すりを握っていた俺の右手の上に、オリヴィアの左手が添えられる。白い手袋越しに彼女の体温が感じられた。


「あの、オリヴィア?」


 色仕掛けは困ります。クイーンハーピーを目前にして、ラミアのお姉さんに目移りしそうだ。


「私ね、世界中を旅して来たんだけど、オルドレーズ大陸だけはまだ全然知らないの」

「入国審査が厳しいから?」

「それもあるけど、アルドミラはラミアの生まれ故郷って言われているから、何となく旅の終着点のような気がして、後回しにしていたのよね」

「へえ、ラミアはもともとアルドミラにいた種族なんだ」


 その割に今はあまり見かけない。

 人間が支配するようになって、他国に出て行ってしまったということだろうか。


「アルドミラとハウランゲル。この2つ以外の国はほとんど全て回ったと思うわ。南半球を制覇するのに、100年近くかかっちゃったけど」

「ひゃっ!? ええっ?」


 俺はオリヴィアの顔を覗き込む。

 しわ一つない、とても綺麗な肌だ。100歳越えのおばあちゃんには決して見えない。


「ふふっ、驚いた? お姉さん、結構長生きなんだぞ?」

「いや、100歳はお姉さんって年齢じゃない気が……ラミアってそんなに長生きの種族だったのか」


 オリヴィアは小さく首を横に振る。


「違うわ。ラミアの寿命は人間より少しだけ長いくらいよ。平均寿命がちょうど100歳くらいじゃないかしら」

「え? なら、オリヴィアは……」

「今年で127歳。一度お医者様に診てもらったことがあるけど、私の寿命は500年くらいあるらしいわ。だから人間で言えばまだ20歳くらいなの」


 オリヴィアは「十分お姉さんでしょ?」と言って笑ったが、その笑顔はどこか無理に作ったものに見えた。

 ラミアの5倍の寿命を持って生まれてしまったということは、親はもちろん、同種族の友人たちが先に年老いて亡くなったはずだ。自分だけが若いまま生きているというのはどんな気持ちなのだろう。

 俺があと100年生きたとしても、オリヴィアは227歳。寿命の半分も過ぎていないことになる。

 今は俺から見てもお姉さんだが、数年後には逆転するだろう。


「オリヴィア」

「なあに、アキトちゃん」

「ミドリの友達になってやってくれないか?」

「ミドリちゃんの?」

「ああ。あいつは16歳だけど、突然変異のドラゴンメイドだ。寿命はたぶんオリヴィアと同じくらい長いに違いない。あいつにはオリヴィアみたいな長寿の友達が必要なんだ」


 俺の頼みに、オリヴィアは目を輝かせた。


「アキトちゃん、もしかして天才?」

「え?」

「私、50年以上前にギドメリアの竜人たちに会いに行ったことがあるの。長生きの竜人なら、私を受け入れてくれるんじゃないかって。でもダメだった。竜人は私をラミアの偽物だと蔑んで仲間とは認めてくれなかったわ。すぐに追い出されちゃったの」


 オリヴィアはその時の事を思い出したのか、少し悲しそうな顔をした。

 俺は彼女にそんな顔をして欲しくなくて、でもかける言葉が見つからず、船の手すりを強く握りしめた。


「ミドリちゃんなら……アキトちゃんと家族のように過ごしているミドリちゃんなら、私の事も受け入れてくれるかもしれないわね」


 オリヴィアの目に力が宿る。

 必ずミドリと仲良くなってみせると、心に決めたようだ。


「もしかして、オリヴィアは長寿の自分を受け入れてくれる場所を探して、旅をしていたのか?」

「ええ。最初は仲良くなるのだけど、10年もすればみんな私から距離を置いていくの。かといって、長寿の種族は排他的で普通と違う私を仲間には入れてくれなかったわ」

「なるほど。それならミドリはピッタリの相手だ。あいつは人間の村で俺と一緒に数年間暮らしていた。他人との違いなんて微塵も気にしちゃいないんだ」


 オリヴィアは俺の右手を取ると、両手で優しく握り込んでくる。


「アキトちゃん。私、必ずミドリちゃんの親友に……いいえ。お姉ちゃんになってみせるわ!」

「お、おう。頑張れ」


 ミドリが聞いたらすごく嫌そうな顔をしそうな事を口走りながら、オリヴィアは決意を固めたようだ。

 まあ、最初は嫌がるかもしれないが、俺が死んだあとのことを考えると、ミドリにはオリヴィアのような長寿の友達が絶対に必要だ。


「……そういえば、その格好は暑くないのか?」


 オルドレーズ大陸は夏でも比較的涼しい。半袖のTシャツ1枚で過ごしていれば、汗はほとんど掻かないくらいだ。

 しかし、オリヴィアの格好はいくら何でも暑すぎる。フード付きのローブに手袋。見ているだけでちょっと暑い。


「涼しくはないわね……実は魔法で服の中を冷やしたりしているの」

「脱いだらいいじゃないか」

「アキトちゃんのエッチ。こんな人目に付くところで肌を見せろって言うの?」

「ええっ!?」


 しまった。

 オリヴィアは肌を見せないのが当たり前、みたいな文化圏のラミアだったのか?


「ち、違うんだ。その、そういう意図は全くなくて!」


 慌てる俺を見て、オリヴィアはニッコリと笑う。


「な~んてね。この格好は、私の特殊な身体を分からなくするために必要なものなの」

「へ?」

「突然変異だって言ったでしょ? 私の身体はラミアから見ても異形なのよ。だから、それを隠すために仕方なくこういう格好をしているの」


 異形と聞いて、からかわれた憤りはどこかへ吹き飛んでしまった。

 この世界は様々な身体の種族が混在している。みんな、自分とは違う姿の種族に慣れているのだ。

 そんな中で、わざわざ異形という言葉を使ったという事は、ローブの下は人に見られたくないような形をしているという事だろう。


「その……詮索してごめん」

「いいのよ。夏場はよく聞かれることだから。いつもなら適当にあしらっているところだったけど、アキトちゃんには知っておいてほしかったの」


 異形のラミア。

 異種族好きとしては、彼女の隠された上半身がどうなっているのか気になるところだったが、見せてくれとは言えなかった。


「……二人とも、そろそろ夕食だそうですよ」


 声の方へ振り返ると、船室からミドリが青ざめた顔で出てきたところだった。


「えっ、ミドリ?」

「大丈夫、ミドリちゃん。真っ青よ?」

「だ、大丈夫です」


 全然大丈夫には見えないんだけど?

 ミドリはよろけながらこちらに近付いてくると、辛そうな顔でオリヴィアの身体を上から下へと見まわして確認する。


「な、何かしら?」

「勝手にアキト様を連れ出して色仕掛けでもしているのかと思いましたが、契約までは至っていないようですね」

「ええ、それにはアキトちゃんに信頼してもらう必要があるから。それよりもミドリちゃん、とても大丈夫には見えないのだけど?」

「た、ただの船酔いです。風に当たればすぐ直ります」


 その瞬間、船が大きめの波を乗り越えたのか、ぐらりと揺れた。

 俺とオリヴィアは手すりを握っていたので大丈夫だったのだが、ミドリはよろけて甲板に両手を突いた。


「ミドリ!? お前、絶対大丈夫じゃねえだろ!」


 俺が手を差し出すと、ミドリはその手を取って立ち上がる。


「だ、大丈夫だと言ってい――」


 吐き気が込み上げてきたのか、ミドリは俺の手を握っているのとは反対の手で口元を押さえると、俺を突き飛ばして船端に駆け寄り、手すりから乗り出すようにして海を見下ろした。


「うえぇぇぇぇ!」


 ミドリは盛大に胃の中の物を海へとぶちまける。竜人の美少女の嘔吐など見たくなかった。

 俺はゆっくりとミドリに近寄ると、その背中をさすってやる。


「あ、あっちへ行ってください……こ、こんな姿見られたく――」


 プライドが高いこともあり、ミドリは涙を浮かべて悔しそうに歯を食いしばっていたが、再び耐えきれなくなって嘔吐を繰り返した。

 これは船酔いの中でも相当酷い部類だろう。


「アキトちゃん、お姉さんはどうしたらいいかしら?」

「とりあえず、水を持ってきてもらえるか? このままだと脱水症状になりかねない」

「分かったわ」


 オリヴィアは水を取りに船室へと戻っていく。すっかり日は沈み、聞こえる音は船のエンジン音と波の音。そして聞くに堪えないミドリのうめき声だけだ。


「屈辱です……どうしてアキト様は平気なのですか?」

「さあな。そこまで揺れが強いわけでもないし、ミドリが船酔いしやすい体質なのかもしれないぞ」

「船は初めて乗りましたが……もう二度と乗らな――」


 ミドリは言い終わる前に再び海に向かってうめき声を上げた。もはや胃の中の物は全て出し終え、胃液を口から出している感じだ。

 俺に出来ることは背中を優しくさすってやることくらいか。


「アキトちゃん、お水持ってきたわ」


 その後、夕食が出来ていると船員が呼びに来るまでの間、俺とオリヴィアでミドリを介抱した。

 船員が言っていたが、あそこまでの船酔いは珍しいらしい。

 ミドリの意外な弱点が発覚した瞬間だった。

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