二章 世界を旅するラミア 九話
「それで、オリヴィアさんは俺に何の用なんですか?」
「まずは……君の名前を教えてよ」
オリヴィアさんは再び俺の手を取って尋ねてくる。俺たちの会話を聞いていたのなら知っているだろうに。わざわざ俺に名乗らせたいらしい。
くそっ、顔が熱い。ラミアのお姉さんにグイグイ来られると、心臓が爆発しそうなほど高鳴ってしまう。
「ア、アキトです」
「よろしく、アキトちゃん。お姉さんのことはオリヴィア、もしくはお姉ちゃんって呼んでね。敬語もいらないわ」
「……わ、分かったよ。オリヴィア」
何だ、この人。いくらなんでもグイグイ気過ぎだろ。やめろよ、興奮するだろうが。
「アキト様。鼻の下が伸びていますよ」
「うそっ!?」
「嘘です」
「ええっ!?」
何でそんな嘘ついたの?
ミドリは軽く尻尾で俺のすねを叩くと、オリヴィアと向き合った。
「アキト様を誘惑するのは止めてもらえますか? この人は色仕掛けに死ぬほど弱いので」
「誘惑だなんて……お姉さんはアキトちゃんと仲良くなりたかっただけなのだけど?」
俺も仲良くなりたいです、と言える雰囲気じゃないな。
「あなたからはラミアとは思えないほどに高い魔力を感じます。まさかクイーンラミアとでも言うつもりですか?」
「あら? あなたはお姉さんの魔力を感知できるのね? まだ若いのに、さすが竜人ね」
オリヴィアは「偉い、偉い」と言いながらミドリの頭を撫でる。
ミドリは嫌そうにその手を振り払った。
「でも、お姉さんはラミアよ。突然変異を起こして魔力を多く持って産まれちゃったのは確かだけどね」
「ラミアの突然変異ですか……疑わしいですね」
ミドリが警戒するということは、オリヴィアの魔力は最上級種族レベルに高いのだろう。
一向に警戒を解こうとしないミドリにリックが声をかけた。
「エメラルドさん。あまり疑ったらかわいそうだよ。突然変異なのは翼がある君も同じだろう?」
「そ、それは……」
「翼? あなたには翼があるの?」
「え、ええ……まあ。私も突然変異のドラゴンメイドですので」
ミドリは悔しそうに肯定しながら、一瞬だけ翼を出して見せる。
それをみたら、オリヴィアは再び「凄いわ、凄いわ」とはしゃぎ始めた。
「私以外に突然変異をした子を初めて見たわ。世界中を旅してあなたが初めてよ!」
「そ、そうですか」
「あなたの名前は? 会話の中で名前が二つ出てくるからどっちだか分からないのよ。エメラルドちゃん? ミドリちゃん?」
「……ミドリはアキト様が付けたあだ名です」
ミドリはオリヴィアのテンションに付いて行けず、呆れ顔になっている。
「オリヴィアさんはアキト様と仲良くなってどうするつもりですか?」
「オリヴィア!」
「オリヴィアさ――」
「オリヴィア! もしくはお姉ちゃん!」
ミドリが助けを求める目でこちらを見る。
やばい、こんなミドリは初めて見た。面白過ぎる。
「……オリヴィア」
「なあに、ミドリちゃん」
「目的は何ですか?」
ミドリは全てを諦めた目で尋ねる。
「この国って、人間以外の種族に冷たいでしょう?」
「まあ、外国の方から見たらそうかもしれません。この国がこんなことになったのはギドメリアのせいでもありますが」
「そうね。お姉さんも入国するのに本当に苦労したわ」
オリヴィアは自分の認証魔石を手に取って見つめながら続ける。
「このまま、この国を旅しても、きっと種族的な問題でトラブルに巻き込まれるわ」
「いや、認証魔石を持っているんだし、もう大丈夫だろ」
「甘いわね、アキトちゃん。甘々よ。お姉さんはさっき入国できたばかりだけど、町の人間たちに物凄く警戒されているのが分かったわ。怖がられているって肌で感じるの」
そうなのか?
ミドリやレフィーナと一緒にいると視線を感じることはあったが、認証魔石を確認したらみんな普通の態度に戻ったけどな。
「原因はズバリ、人間の同行者がいないからよ」
「あっ……」
そうか。ミドリやレフィーナが受け入れられていたのは、俺が隣を歩いていた事も大きな要因なのか。
オリヴィアは見たところ一人旅。
いくら国が認めた認証魔石を持っていたところで、それだけでは安心できない人がたくさんいるってことか。
「それで、アキト様の水属性大勾玉に目を付けたと」
「そういうこと!」
オリヴィアは再び俺の両手を取る。
「ねえ、アキトちゃん。お姉さんと契約してくれないかしら?」
「えっ、それは……」
「人間の契約者がいれば、この国の人もきっと私を受け入れてくれるはずだわ」
これからハーピーのいるオルディッシュ島に恋人探しに行くところだというのに、ハーピーにとっては結婚に等しい行為である契約をするわけにはいかない。
ミドリやレフィーナとの契約だって、場合によっては解除しないといけないというのに、オリヴィアと契約など出来るわけがないのだ。
「アキトちゃん。オルディッシュ島に行く予定なんでしょ? お姉さんもそうなの。だからお願い」
「いや、でも……」
オリヴィアは俺の左胸に手を当てて、優しく撫で始める。
下から覗き込むようにこちらを伺うオリヴィアの瞳から、目を反らすことが出来ない。
やばい、このままだと俺は――
「はい。そこまでです」
契約に同意しそうになる寸前のところで、ミドリの翼が俺の視界を覆った。
「オリヴィア、アキト様を誘惑するのは止めてくださいと言いましたよね?」
「だって、色仕掛けに弱いって聞いちゃったら、弱点を突きたくなっちゃうじゃない」
「突かれると困るから止めろと言っているのですが?」
ミドリが両翼を広げてオリヴィアを睨み付ける。
オリヴィアも少し距離を取ると、蛇の下半身を使って身体の位置を高くしてミドリを見下ろす。
トカゲ対ヘビの威嚇合戦だ。
……こんなことを考えたことがミドリにバレたら殺されるな。
「ちょっと待ってくれ。ここで喧嘩とか絶対にするなよ?」
「それはオリヴィア次第です」
「お姉さんだって喧嘩はしたくないわ。でも、アキトちゃんとはどうしても契約したいのよ」
両者譲らず、睨み合いを続ける。
「アキト……」
リックが近付いてきて俺に耳打ちする。
彼の提案を聞いて、俺は小さくうなずいた。
「オリヴィア。君の目的は人間の同行者を得る事だろう? オルディッシュ島へは一緒に行こう。けど、契約っていうのは出会ったばかりの相手とそう簡単にするものじゃない。そこに関しては保留にしてくれ」
「アキト様……それでよろしいのですか?」
「あくまでも一緒に行動するだけだ。別に構わないだろう?」
「……分かりました」
ミドリは翼をしまって引き下がる。
オリヴィアはしばらく悩んでいたが、小さくため息をついて妥協してくれた。
「分かったわ。確かに出会ったばかりで信頼を得るのは難しいわね。一緒に行動することで少しずつアキトちゃんの信頼を勝ち取ることにするわ」
こうして、とりあえずオルディッシュ島までの間、オリヴィアと行動を共にすることになったのだった。




