二章 世界を旅するラミア 五話
「じゃあ、東の港町のヒルガってところまでバスで移動するわけか」
「うん。15時間以上のバス旅になるから、途中でいくつかの町に止まって休憩するけどね」
それほどの時間がかかるとなると、かなりの距離があるんだろうな。東京から北海道くらいありそうだ。
「そしてヒルガから船に乗って、翌日にはオルディッシュ島に到着だ」
「その島にハーピーの村があるのか?」
「そうだよ。島のほとんどは火山と森なんだけど、ハーピーたちは山の中腹くらいの所にノーベ村っていう村を作っているんだ。そこがハーピーの村ってわけ」
「ノーベ村かぁ……楽しみだ」
俺がノーベ村を想像して期待に胸を膨らませていると、リックは気まずそうな視線を送ってきた。
「何だ? どうした、リック」
「いや、ここまで話を進めておいて何だけど、やっぱり気が引けちゃって。村に着いてもハーピーの彼女を作るっていう君の目的を達成するのはかなり難しいからね。未婚なのは幼いハーピーくらいしかいないと思うし、せいぜい出来るのは親ハーピーに自分を売り込んでおくくらいだ」
まあ、難しいっていうか、可能性ゼロだよね。
「気にするな。観光気分で付いて行くさ。それにもしかしたらリックの彼女が把握してなかっただけかもしれないし」
「だといいんだけど」
もうこの際、リックの言う様に俺を村の大人たちに売り込むだけ売り込んでおいて、5年後10年後に娘を紹介してもらうことに賭けるしかない。
「――あっ」
「どうした?」
リックは突然、何かを思い出したように声をあげた。
「お、思い出したんだ……けど、これは言わない方がいいかもしれない」
「なんだよ、そこまで言われたら気になるだろ?」
言わない方がいいなら、声に出さないでくれよ。
「その……あまり、期待をしないで欲しいんだが、数年前に村長をしていたクイーンハーピーの夫が若くして病死してしまって、連鎖現象でクイーンハーピーも亡くなったらしいんだ」
「連鎖現象……そうか、結婚する時に必ず契約しているんだもんな。子供はいたのか?」
「双子の娘がいたらしい」
「そうか」
急に両親がどちらも亡くなってしまったとしたら、その双子の娘は相当なショックを受けただろう。俺は両親を亡くした時の前のアキトの記憶を思い出して、拳を握りしめる。
「その双子の姉の方が今はクイーンハーピーとして村をまとめているそうなんだが、彼女は未婚だって聞いたな」
「何だって!?」
両親が若くして亡くなったってことは、そのクイーンハーピーはまだ若いんじゃないか?
「そのハーピーはいくつなんだ?」
「ま、待て待て。期待するなって言っただろ? そもそもクイーンと結婚する意味が分かっているのか?」
「ハーピーの村の村長になるってことだろ? こう見えて俺はミルド村の村長候補だったんだ。ハーピーと結婚するためなら村長だって引き受けてやるよ」
思わぬ希望が舞い込んできた。理想としては普通のハーピーと静かに暮らすのが良かったのだが、贅沢は言っていられない。
「リック、クイーンハーピーってどんな娘なんだ? 歳は? 性格とか、好きなものとか」
「アキト様、落ち着いてください」
「ぐはっ!」
レストランのテーブルに身を乗り出してリックに詰め寄ったら、ミドリに頭を叩かれた。
「す、すまん」
「アキト様、いかにクイーンハーピーが未婚とはいえ、その調子では貴方が気に入られることは無いと思います」
「ひでえ!」
「客観的な意見です。もう少し落ち着いてください」
これが落ち着いていられるかと言いたいが、ミドリはこう見えて俺のために言ってくれているのだ。彼女の言う通りにしてみよう。
俺は深呼吸をして心を落ち着ける。
「さて、リック様。その未婚のクイーンハーピーについて知っていることがあれば教えてください」
「う~ん。確かカミラより5歳くらい上だって言ってたから、28か29くらいかな?」
「10歳上ですか、アキト様、どうですか?」
「そのくらいなら、大丈夫だ……たぶん」
俺から聞いておいて何だが、ぶっちゃけ年齢は数字だけ言われてもピンとこないな。会ってみないと判断できない。
「昔は結婚相手を探していたみたいだけど、妹の方がさっさと結婚したから後継の心配がなくなって、今は生涯独身を決めたらしい」
「はあ? 何でだよ! まだ20代だろ? 諦めるの早すぎるだろ!」
「落ち着いてください」
再びミドリに殴られる。
さっきより威力が強い気がする。痛い。
「カミラが言うには、少し意地っ張りな性格らしくてさ。あまりにも相手が見つからなくてやけになっているみたいだ」
「なぜ相手が見つからないのですか? クイーンハーピーなのですから、条件を満たした人間の男は真っ先にクイーンの相手候補に選ばれると思います。失礼を承知で言いますが、一般のハーピーであるカミラさんよりも前に、まずはクイーンの結婚相手を探すべきでしょう」
おいおい。結婚を目前に控えたリックに何てこと言うんだ、このドラゴン娘。
「突然変異で、今のクイーンハーピーは最上級種族らしいんだ。必要なのは風属性の大勾玉になる」
「大勾玉?」
ミドリとリックの視線が俺に集まる。
「……アキト様、これはチャンスかも知れませんよ」
俺は契約紋のある左胸に触れる。
クイーンハーピーが探し求め、そして諦めた風属性の大勾玉はここにある。
「俺は……クイーンと結婚出来る人間ってことか」
「そうなりますね。釣り合いが取れるとは思えませんが」
「酷い言われ様だな」
ミドリに散々叩かれたせいで落ち着いて話を聞けていたのだが、まだ最低条件を満たしただけなのだ。浮かれるのは早い。
結婚が可能と、結婚するは違う。
そもそもクイーンハーピーがどんな女性なのかも知らないのだ。まずは会って話してみることが肝心だ。
「まあ、俺だって見た目だけで恋人を選ぶ様な人間じゃない。実際に会ってから色々考えてみるよ」
「懸命な判断ですね。叩いた甲斐がありました」
「……なんかミドリ、今日は輪をかけて俺に厳しくない?」
「そうですか?」
表情には出ていないけれど、少し不機嫌な気がする。
「……確かに少しやり過ぎたかもしれません。謝罪します」
彼女自身、思うところがあったのか素直に頭を下げてきた。いつも怒られたり叩かれたりしている身としては、こういう時反撃に出たくなるよね。
「反省してる?」
「はい。申し訳ありませんでした」
「よ~し。なら今日一日、ミドリの尻尾を好きにしていいなら許してやろうかな~」
「わ、分かりました」
「えっ」
ミドリが少しだけ頬を赤らめながら答える。
いいの?
少し触るとかじゃなくて、好きにしていいって言ったんだけど?
「……アキト。これからハーピーの彼女を探そうって時に、それでいいの?」
リックも流石にどうかと思ったのか、俺の提案に難色を示してきた。
「ま、待ってくれ、俺は冗談のつもりで言ったんだ」
「冗談?」
あ、不味い。
ミドリの表情が初対面のリックにも分かるくらい怒りに染まっていく。
「そうですか、冗談ですか」
「あの、ミドリさん?」
「私は本気で反省していたのに、アキト様は冗談であんな事を言ったのですか」
ミドリの尻尾が伸びていき、俺の身体に巻きついてくる。
「リック、助けてくれ!」
「今のは君が悪いよ、アキト。有尾種族の尻尾を触るのは、人間で言えばお尻を触ることに等しい。冗談を言うにしても、内容を考えるべきだったね」
「マジかよ!? その割には尻尾で巻き付いてきてるけど!?」
「そうですね。お望み通り私の尻尾をどうぞ好きにしてください」
ミドリの尻尾がギリギリと力を強めて締め上げてくる。
待って、マジで痛い。
「ちょっ、硬くねえかこの尻尾?」
「先端の硬いところを伸ばしていますので。どうしましたアキト様、もっと堪能してください。私の自慢の尻尾ですよ?」
更に締め上げる力が強まる。
「わ、悪かった! 俺が悪かったから!! お詫びに今日一日ミドリの言うこと何でも聞くから!!」
俺が耐えかねて叫ぶ様に懇願すると、ミドリの尻尾が一気に縮んで力が緩まっていく。
「今、『何でも』と言いましたね?」
ミドリは口角を釣り上げて不気味に微笑む。
「……い、命だけは助けてください」
「もちろん、そんな酷いことはしませんよ。ただ、アキト様には今夜の食後のデザートになってもらいます」
その一言に俺とリックはもちろん、この騒動を遠巻きに眺めていたレストランの店員やお客さんたち全員の顔が青ざめた。
これだけやってもアキトとミドリの契約は切れていないです。
ミドリがなぜ不機嫌だったのかは、想像にお任せします。




