二章 世界を旅するラミア 四話
翌日、お昼にリックさんを交えて食事をした。
俺たちの協力もあって荷物はあらかたまとめ終えたので、明日の朝に引っ越し業者に渡したら家を引き払うなどの最後の手続きをして、夜にバスで出発らしい。
バス会社にはリックさんが連絡を入れてくれて俺とミドリの席も取ってくれたとのことだ。
「バスですか……申し訳ありませんが、私の席はキャンセルしてもらってもいいですか」
「急にどうしたんだよ、ミドリ?」
「私は空を飛んで移動するので大丈夫です。そもそも護衛ですから空から見たほうが効率的です」
確かにそうかもしれないが、夜行バスに空を飛んで付いて行くって大変すぎるだろう。
お前は徹夜で飛ぶつもりなのか?
「エメラルドさんは空を飛べるのかい!?」
「はい。翼は出し入れできますので普段はありませんが、飛ぶのは得意です」
「空飛ぶドラゴンメイドなんて聞いたことがないよ」
そりゃそうだ。ミドリはドラゴンメイドじゃないからな。
ドラゴンだとばれると色々問題になりそうなので、ミドリは翼のある突然変異のドラゴンメイドということになっている。
突然変異というのは苦しい言い訳だと思っていたのだが、この世界では稀にある事らしい。その場合は大抵が元の種族よりも優秀な個体として産まれるという。もしかしたら契約紋が5個もある俺は人間の突然変異なのかもしれないな。
「けれど、飛べるからといって疲れないわけじゃ無いだろう? 長距離バスに徹夜でついてくるのはかなり大変だと思うよ?」
「それはそうですが……」
「そもそもエメラルドさんが気にしているのは座席のことだよね?」
俺はミドリの座っているレストランの椅子に目を向ける。ミドリは椅子に浅く腰掛け、尻尾が横から外に出るようにして座っていた。
「そうか、バスのシートも後ろに穴がないもんな。ミドリはシートに身体を預けられないのか」
尻尾が邪魔で浅くしか座れないと、シートを倒して眠るのも難しい。身体を横にすれば眠れなくは無いかもしれないが、かなり居心地が悪そうだ。
「安心していいよ、エメラルドさん。ちゃんと有尾種族用の座席を予約しておいたから」
「有尾種族用? そんな物があるのですか?」
「うん。シートの下部分に穴が空いていて、尻尾のある種族でもリラックスして座れる様になっている座席なんだ」
「リック様」
ミドリは感激した様に笑顔を見せる。
くそっ、俺にはこんな顔してくれたこと一度もない気がする。
「感謝します。ハーピーの村に着くまであなたには傷一つ負わせません」
「あ、ありがとう。頼もしいね」
「アキト様よりは頼りになると自負していますから」
「そこで俺を引き合いに出すなよ……」
お前より頼りになる人間の男なんてこの世にいるわけがないだろ。
俺はミドリの態度に呆れながらもリックさんに尋ねる。
「それで、リックさん。今日は時間があるんですよね?」
「ん? そうだね。昨日君たちに手伝ってもらったから、それなりにゆっくりできるよ」
「じゃあ、ハーピーの事もっと教えてもらってもいいですか?」
俺のお願いに、リックさんは子供の様に笑う。
「君は本当にハーピーが好きなんだね」
「もちろんですよ。変ですか?」
「いや、変じゃないよ。僕もハーピーが大好きだからね」
彼の好きという言葉には、俺とは違うニュアンスが混じっていた。
俺の好きは、ハーピーという種族に対しての漠然とした好きだ。まだ知り合ってもいないのだから当然だけど……。
対するリックさんの好きは、ハーピーという種族に対してだけでなく、婚約者であるカミラというハーピーに対しての言葉だった。
本当に、羨ましくてしょうがない。
「アキト君とは話が合いそうだ。どうだろう、リックと呼んでくれないか?」
「いいんですか?」
「もちろん。だいたい僕らは対して歳も離れてないだろう。敬語もいらないよ」
「じゃあ、遠慮なく…………ハーピーについてもっと教えてくれ。リック」
「僕が知っていることなら何でも教えるよ。アキト」
少しだけ年上だが、ハーピー好きの友達が出来てしまった。
これは結構嬉しいぞ。前の世界では趣味の合う友達なんていなかったからな。
それにもし俺がハーピーの村で彼女を作れたら、リックは一緒の村で暮らす仲間になる。一生モノの付き合いだ。この縁は大切にしたい。
俺たちは食後のコーヒーを注文すると、本格的な質問タイムに入った。
「それで、まずは何から知りたいんだ?」
「そうだな……そもそも俺はハーピーについて知らないことだらけなんだ。どこで暮らしているとか、種族としての特徴とか」
「なるほど、一からの説明になるね」
リックは一度言葉を切って思考を巡らせるように顎に手を当てて俯く。何から話すか考えてくれているのだろう。
「ハーピーは本来、北にあるギドメリア辺りの山岳地帯に住んでいた種族なんだ。見た目はアキトも分かるだろ?」
「両手が翼だからな。山で暮らしているイメージがあったけど、その通りだったってことか」
「けど、ハーピーは種族的な特徴から、ギドメリアの人間を軽視する魔族たちに馴染めず、住処を移すことになったんだ。これが大体1500年くらい前って言われている」
そんなにも昔からギドメリアってあるのかよ。日本で言えば古墳時代か?
歴史には詳しくないが、とりあえず聖徳太子よりは昔だな。
俺がリックの話に聞き入っていると、ミドリが口を挟んだ。
「待ってください。ギドメリアは1000年ほど前に竜王が建国した国のはずですよ」
「エメラルドさん、詳しいんだね。僕の言い方が悪かった、その通りだよ。1500年前はギドメリアどころかアルドミラもない。様々な種族がバラバラに村を作って暮らしていたんだ。僕が言いたかったのは、今で言うところのギドメリアがある地域で人間は迫害の対象だったってことさ。ハーピーはそんな人間たちを守るために住処を南へと移したらしい」
「なるほど、そういうことでしたか。話の腰を折ってしまって申し訳ありません」
「ううん。気にしないで」
二人の会話を聞いていると、俺の脳裏に前のアキトの記憶が蘇る。
どうやらアルドミラとギドメリアの建国については村の学校で習っていたようだ。ハーピーに関してだけは一切思い出せないので、学校でも習わない内容ということだな。
「アキトはここまでで何か質問あるかな?」
「そうだな……最初の方で言っていた、ハーピーの種族的な特徴って?」
「ハーピーには男がいない。だから必ず人間の男と結婚するんだ」
「はあ?」
そんなことあるのか?
確かにハーピーと言えば女のイメージはあるが、まさか男がいないとは。ハーピー好きの人間である俺としてはライバルが減って嬉しいところだが、種族としてそれはどうなんだろう?
「言っただろう? ハーピーにとって契約は結婚だって」
確かに言っていたが、それは人間と結婚する場合の話だと思っていた。
するとミドリが再び口を挟む。
「それだと相手探しが相当大変では? 風属性の中勾玉を持っている人間はそう多くはありませんよ?」
「そうなんだよ。だからハーピーは子供が産まれると、必死で子供の相手探しをする。僕の婚約者のカミラも彼女の母親から紹介されて知り合ったんだ」
「結婚相手は人間だけ、なおかつ風属性の上級種族と契約出来る人間でなくてはいけないとは……ハーピーという種族は私の想像以上に苦労していそうですね」
相手の条件がかなり絞られる分、探すのは大変だろうな。見付けたとしても結婚してくれるかどうかは分からないわけだし。
「待てよ? ってことは風属性の大勾玉を持っている俺は、ハーピーの村に行けばモテモテってことか!?」
俺はハーピーの村に着いた時の事を脳内でシミュレートしてみる。
俺が契約可能な人間の男だと分かると、村で独身の娘を持つ母親たちが俺のもとへと集まり、ぜひうちの娘と結婚してくれと言い寄ってくるのだ。
うん。
悪くない。悪くないぞ!
「いや、それはないだろうね」
「なんでだよ!?」
予想外の否定の言葉に俺は鋭いツッコミを入れる。
リックは俺のツッコミに驚きながらも理由を述べた。
「カミラに聞いたんだ。今、ハーピーの村に若い独身のハーピーは自分だけだってね」
「そ、そんな……」
え?
早くも俺の夢は絶たれたのか?
「若くないハーピーならいるのですか? アキト様、貴方なら40代くらいまでならいけるでしょう」
「いや、勝手に決めつけるな。さすがに20以上離れている相手は勘弁してくれ!」
「ふむ。そうですか。なら下はどうです? 10歳下くらいならアキト様も許容範囲かと」
「ミドリ、俺の歳知ってるよね? 19だよ? 10歳下って9歳なんだけど!?」
捕まるよ?
ミドリは俺を犯罪者にしたいのか?
「たかが数年待てばいいだけじゃないですか。だいたい、レフィーナにあれだけ欲情していた男が今更何を言っているのですか?」
「うっ……レ、レフィーナを引き合いに出すのは卑怯だろ……」
それにレフィーナはさすがに9歳ではないからな。歳を聞いたことはなかったけど、たぶん中学生くらいだと思う。
いや、それだとやっぱりアウトか……。
15歳以上だったと信じよう。
「えっと、何の話か知らないけど、そもそもカミラよりも年上で独身のハーピーはいないと思うよ。ハーピーは可愛いから、条件の合う男を見付けるのは難しくても、見付けてからの結婚確立は9割越えだし」
「くっ……確かに、ハーピーに結婚してくれと言われて断る男はいないよなぁ……」
「でしょ?」
とするとマジで子供のハーピーと仲良くなって、大きくなったら結婚しよう的な、犯罪スレスレの事をしないといけないのか?
「アキト様、分かっているとは思いますが、先ほどの私の話は冗談ですからね?」
「えっ?」
「まさか本気にしたんですか? さすがにアキト様が15歳以下の少女に手を出そうとしたら、止めますからね」
「な、なな、何を言ってるのかね、ミドリ君。俺がそんな子供に手を出すわけがないじゃないか」
一瞬にして場が静まり返った。ミドリの視線が痛い。
「……僕は君を護衛として連れて行っていいのか、不安になってきたよ」
「止めてくれ、リック。お前にまで疑われたら俺はどうしたらいいか分からなくなる」
実は王都で暮らしている人間の男は結構な確率でハーピー好きだったりします。
自分に風属性の中勾玉が無いことを嘆いた独身男性も少なくありません。




