二章 世界を旅するラミア 三話
俺とミドリは渡された地図を頼りに、リックという元材木屋の男の家を訪れた。
家の中からガタガタと音がしているのが気になったが、インターホンを押すと音が静まり、扉が開いた。
現れたのは、レストランの窓から見たハーピーと一緒にいた男。背は俺と同じくらいで、170センチ後半。細身だけど、それなりに鍛えてはいそうだな。
栗色の巻き毛が印象的な20代前半くらいの人間だ。
「リックさんですか?」
「……そうだけど、君たちは?」
リックさんは俺とミドリを交互に見た後、どちらかというとミドリを見ながら尋ねてくる。竜人が珍しいのだろう。
「その、俺たちハーピーについて知りたくて、レオさんの紹介でここに来たんです。直接聞いた方がいいだろうって。リックさんはハーピーと婚約しているんですよね?」
「う、うん。そうだけど……よりによってこんな時に、レオさんの紹介か」
リックさんはブツブツと呟きながらも玄関の扉を広く開ける。
「入って……散らかってるけど」
リックさんの家は、彼の言った通り散らかっていた。
しかし、その散らかり方は片づけをしていないというよりも、あえてしまっていた物を全て引っ張り出したような感じだ。
部屋の隅にはいくつものダンボールが並んでいる。
「そのソファ、使っていいよ」
俺は言われた通りソファに座ると、リックさんはミドリを見て何かに気付いたように別の部屋へと入っていき、折り畳み式の椅子を持ってきた。
「どうぞ」
「……ありがとうございます」
ミドリはお礼を述べて用意された椅子に座る。
「えっ? どういうことだ?」
「尻尾だよ。彼女は結構大きめの尻尾があるからソファには座りにくいんだ。その椅子なら背もたれの下部分が大きく開いているから、そこから尻尾を後ろに出せる」
「あ、なるほど」
「君も恋人なら気付いてあげないと」
「あっ、いや、俺たちは――」
「――恋人ではありません」
ミドリが少し食い気味に否定する。どれだけ恋人と勘違いされたくないんだよ。少し傷付きました。
「あ、そうなの? ごめんね」
「いえ。ですがよく気付きましたね。浅く座ればいいだけなので、あまり気付いてくださる方はいらっしゃらないのですが」
ミドリが尋ねると、リックさんは何かを思い出したように口元を緩ませて笑った。
もう一つ椅子を持ってくると、俺たちと向かい合うように置いて座った。
「婚約者のカミラが初めて家に来た時に、僕はティーカップに入った紅茶を出してしまったんだ。でもさ、よく考えれば分かることだけど、ハーピーの翼じゃカップを持てないだろ?」
「そうですね。ハーピーには指がありませんから、摘まむという行為が出来ません。両翼で挟んで持ち上げるくらいは出来るかもしれませんが、こぼす危険もありますし、恋人の前で優雅に紅茶を飲むのはとても難しいでしょう」
「出された紅茶を見て困った顔をした彼女を見て、僕はやっと自分のミスに気が付いたんだ。彼女はハーピーで人間とは身体の作りが違う。異種族を相手にする時は僕たち人間に出来ることが、相手の身体でも可能なのかどうか考えることが必要なんだ」
「素晴らしい心がけですね。アキト様も見習った方がいいですよ」
「……ああ、肝に銘じるよ」
なぜだろう。その通りなんだけど、ミドリに言われると若干腹が立つな。
「それで? 君たちはハーピーについて知りたくて来たんだよね。事情を聞かせてもらえるかな? そもそもまだ名前すら聞いていないんだけど」
「あっ、すみません。俺はミルド村のアキトといいます」
俺はリックさんに自己紹介をし、ここに来た理由を簡潔に説明した。
一通りの説明を終えると、リックさんはとても真剣な顔で口を開く。
「つまりアキト君は、ハーピーの彼女が欲しいと」
「そうです」
ハーピーの彼女。
最高の響きだね。俺もリックさんのようになれるだろうか。
「結論から言うと、かなり難しい」
「ど、どうしてですか?」
「色々条件があるんだよ。まず始めに、アキト君の契約紋に風属性の中勾玉が無いと絶対に無理なんだけど、あるかな?」
「風属性?」
俺はシャツを脱いで契約紋をリックさんに見せる。
「契約紋にはそれなりに自信があるんですけど、風属性ってありますか?」
リックさんは俺の契約紋を見て一瞬時が止まったかの如く固まった。
次に「えっ? 本物?」と言いながら俺の契約紋を再確認する。
「お、驚いた。どうなっているんだ、君の身体は? 普通契約紋っていうのは多くて4つなんだ。5つ持っていることだけでも有り得ないのに、その全てが大勾玉以上のサイズだなんて……」
やっぱりこの契約紋は規格外なんだな。必要以上に人に見せるのはよそう。
「あの、それでどうなんですか? ありますか?」
「うん。風属性はこれだよ」
リックさんは俺の契約紋にある緑色の勾玉を指差す。
「よかった。じゃあ、これで俺にもハーピーと付き合える可能性があるってことですよね?」
「可能性はね」
リックさんは顎に手を当てて何かを考えるようにミドリを見た。
「さっき恋人では無いと言っていたけれど、エメラルドさんはアキト君の契約者ではあるんだよね?」
「はい。そうです」
「……それをハーピーが許すかは微妙なラインだな」
ミドリが不機嫌そうに眉を寄せる。
「私が契約者だとハーピーに不都合があるのですか?」
「ハーピーは結婚をする際に相手の人間と契約するんだ。既にエメラルドさんと契約しているアキト君を受け入れてくれるハーピーがいるかどうかは賭けになる」
なるほど。ハーピーから見たら、俺とミドリは結婚しているようなものってことか。
「それなら大丈夫ですよ。私との契約がアキト様の人生の障害になるようなら、さっさと解除すればいいだけですから」
「……そうなのかい? まあそれなら、相手が見つかった時に考えるといいよ」
その場合、レフィーナとの契約も解除しないといけないんだろうな。少し寂しい気もするが、逆の立場なら俺も彼女に男の契約者がいるのはちょっと嫌だし、理解できる。
「ところで、僕は三日後にハーピーの村に引っ越すんだけど――」
「――ハーピーの村!?」
俺はソファから立ち上がって聞き返す。
何だ、その最高な村は。桃源郷か?
「す、すごい食いつきだね……」
「申し訳ありません、リック様。アキト様は変態的な異種族大好き人間なので」
「な、なるほど」
ミドリがまたしても俺を貶めるようなことを言ったが、そんなことはどうでもいい。今重要なのはハーピーの村だ。
「そのハーピーの村まではかなり距離があってね。ギドメリアとの国境近くも通るから危険なんだ。君は魔法が使えるよね? 出来れば護衛を頼めないかな?」
「もちろんご一緒させてください!」
「そ、そうか。助かるよ」
「アキト様、座ってください。リック様がドン引きしていますよ」
「うっ……すみません」
ミドリに注意されてソファに座り直す。
「しかし、護衛ですか。リック様は私たちの実力をご存知なのですか?」
「詳細には知らないけど、ミルド村のアキトって言ったら有名人じゃないか。エメラルドさんだってアルドミラ唯一のドラゴンメイドだし、少なくともその辺の下っ端軍人よりは強いに決まっている」
有名人と言われると違和感があるのだが、実際王都ではそうなのだろう。
「なるほど、理解しました。今日は引っ越しの準備中だったのですね、邪魔をしてしまい申し訳ありません」
ミドリは部屋のダンボールを見てから謝罪する。
「お詫びに今日は一日、作業をお手伝いさせてください」
「いいの?」
「ええ。ハーピーの村に着くまでは私たちは一蓮托生。お互いに助け合っていきましょう」
「助かるよ。ありがとう」
ミドリって、本当に俺以外の人間には優しいよね。
あれ?
どうしてか涙が出そうだ。その優しさを少しでいいから俺にも分けてくれ。
「アキト様、どうしたのですか」
「何でもねえよ」
その日は一日、リックさんの引っ越し準備の手伝いをして過ごした。
一般的に契約紋は小勾玉(中級種族までとの契約紋)なら3つか4つ。中勾玉(上級)なら1つか2つ持っている人間が多いです。
小勾玉(中級)2つと中勾玉(上級)1つのような複合もあり得ます。
大勾玉(最上級)はかなり珍しいですが、持っていても1つです。
アキトは特大勾玉(特級)1つだったのですが、秋人と入れ替わってから数が増え、大勾玉(最上級)4つが追加されました。




