序章 相棒はドラゴンメイド 三話
情報収集のために村長の家へと向かう。
魔法がある近代ファンタジーRPGみたいな世界だし、お約束はこなしておこう。旅立つ前はとりあえず村長に話をするものだと思っている。
「しかし、驚くほどに田舎だな」
俺は道中の景色を眺めながら呟いた。一面の畑に夏野菜が実り始めている。今は7月の頭らしい。俺の世界はもう秋の終わりだったので調子が狂いそうだ。
「王都に近いとはいえ、農村ですからね。秋人様の世界にはこのような場所はないのですか?」
「無いわけではないけど、身近ではなかったよ」
比較的都心部に近いところで生まれ育ったから、ここまでの田舎には来たことがない。田舎のスローライフ系アニメで見たような景色が広がっていて少し楽しい。
「都会育ちなのですね。ですがこの村も魔石が配備されたことでずいぶんと暮らしが豊かになったそうですよ。私がここに住むよりも昔の話なので詳しくは知りませんが」
「魔石?」
「ええ。アキト様の記憶にあるでしょう? 雷、炎、水の三つの魔石が各家に配備されたことで井戸水ではない水が飲めて、手軽に火をおこせて、電気がいきわたっているのです」
俺はミドリの話を聞きながらアキトの記憶を呼び起こしていた。彼女の言う通り、この世界は数十年前に雷、炎、水の三つを魔石という鉱物に封じ込めることで大きな発展を遂げたようだ。
俺の世界のように地下に水道管を通さなくとも、水を蓄えた魔石を定期的に業者が交換に来てくれるらしい。そしてガスの代わりに炎の魔石、電気の代わりに雷の魔石を使っている。すごい世界だな。
俺が世界の違いに感心しながら歩いていると、ほどなくして目的の家の前についた。遠慮なく家のインターホンを押す。
「はい、どちら様――って、アキト?」
可愛らしい声と共に、栗色の髪をした同い年くらいの女の子が玄関から顔を覗かせた。
「どうしたの、こんな朝早くに」
俺は村長のお爺さんが出てくると思っていたので一瞬だけ戸惑いつつも、目の前の女の子のついて思い出す。
「……カレンか。ちょっとお爺さんに話があってさ」
彼女はカレン。村長の孫娘だ。アキトとは小さい頃から仲良くしているようだな――っておい!
何だ、この記憶!?
明らかに周囲の大人はアキトとカレンを結婚させようとしているぞ。俺はどんなに美人で性格が良くても人間の女と結婚なんてごめんだ。
しかも俺はこのカレンを知っている。アキトの記憶ではなく、俺――秋人の記憶で知っているのだ。
最近は見かけると挨拶する程度の関係になっているが、小学校くらいまではよく一緒に遊んでいた幼馴染の秋城夏蓮だ。俺とアキトの関係と同じで、夏蓮とカレンは並行世界の同一人物ってやつなのだろう。
俺の方は中学時代にとある出来事があってお互い距離を取るようになったのだが、目の前にいるカレンとアキトは友達以上恋人未満の関係を長い事続けていたようだな。俺と入れ替わるつもりでいたから、一線は超えていなかったというところだろうか。
「なんだ、お爺ちゃんに用なのか……入って」
そう言ってカレンは俺の手を掴んで家の中へと招き入れる。ミドリは黙って俺に続いた。
「あっ、エメラルドさんもいたんだ?」
「ええ、契約者ですから」
カレンとミドリの視線の間に火花が散るのが見えた気がした。契約者かつ女性のミドリをライバルとして警戒していると見た。
ごめんな。君の好きなアキトはもうこの世界にはいないんだ。
俺は心の中でカレンに謝罪しつつ、アキトに対して怒りの感情をぶつけた。あの野郎、しっかりと人間関係にけじめをつけてから入れ替わってくれよ。もしかしてこれって俺が後始末をしないといけない流れじゃないのか?
温厚な奴だったが、恋愛ごとは優柔不断だったようだな。
「あっ、お爺さん、おはようございます」
俺はリビングでソファに座っている村長を見つけると、駆け寄るふりをしてさり気なくカレンの手を振り払った。
俺にその気がないのに、勘違いをさせ続けるのはかわいそうだからな。
「ん、アキトかい? おはよう」
「お爺さん、聞きたいことがあるんです」
「ふむ。何やら急いでいるようだね」
村長は俺の勢いに驚いて目を丸くする。
「あっ、すみません。ちょっと気が急いただけで、そこまで緊急ってわけではないです」
「そうかい? まあ、座りなさい」
村長に促されて、俺は向かいのソファに座る。
遅れてやってきたカレンは村長の隣、ミドリは何故か俺の後ろに立った。SPかお前は。
「それで何を聞きたいんだい?」
「お爺さんはミドリのような人間以外の種族が暮らしている村や町を、どこかご存知ないですか?」
「人間以外の種族? ギドメリアというわけではないんだろう?」
「はい。アルドミラ国内――できればこの村の近くだと嬉しいんですけど」
「国内で、か……ううむ」
村長は顎髭を撫でながら考え込み、しばらくして口を開いた。
「北にある王都の近くにアルラウネが暮らす森があるという話は聞いたことがあるな。まあ、森なので村とは言い難いが――」
「そ、それって、植物と人間の女性が合わさったような見た目のアルラウネのことですか!?」
「う、うむ。まさにアルラウネとはそういう種族だと聞くが……どうしたのだ、急に」
「アルラウネかぁ。よしっ、行くぞ、ミドリ!」
「落ち着いてください。嬉しいのは分かりますが周りを見ましょう」
「あ?」
俺はミドリに諭されて村長とカレンを見ると、二人はポカンと口を開けて絶句していた。
「あっ、す、すみません。ちょっとテンション上がっちゃいまして……」
「ごほん……な、何だかよく分からないが、喜んでは貰えたようだね」
「それはもう。さすがお爺さん。物知りですね!」
「ね、ねえ、アキト」
喜ぶ俺に、カレンが不安そうな目を向けながら尋ねてくる。
「アルラウネの森の場所なんて聞いてどうするの? アキトはもうエメラルドさんと契約したんだし、契約者を探す必要もないでしょう? 私知ってるよ、アキトの契約紋はすごく大きな勾玉が一つだけだって。アルラウネに会えても契約なんて出来ないじゃない」
「……それって関係あるか?」
「えっ?」
「別に俺は契約者を探してるわけじゃないからな」
特級種族だと言っていたミドリが居れば旅の道中はほぼ安全だ。彼女より強い種族なんてそうそう現れないだろう。
彼女に幻滅されて契約を解除されない限りは契約者を探す必要は無い。
「じゃあ尚更アルラウネの森に行ってどうする気なの? もしかして……復讐しようとか考えてるの?」
「はあ?」
復讐とか、何を言っているんだ?
「確かに、私もアキトも両親をギドメリアの魔族に殺されているけど、だからって魔族に復讐なんてダメだよ。そんなことをしたら人間を差別するギドメリアの魔族と一緒になっちゃうよ」
カレンが呟くように絞り出した言葉を聞いて、俺は彼女が何を勘違いしているのか理解した。
俺には実感が無いが、アキトの両親を殺したのは敵国であるギドメリアの魔族――いや、他種族だったようだ。
それで俺が他種族の村を探していると聞いて、両親を殺された恨みをギドメリアに対してだけでなく、他種族全てに向けていると勘違いしたということか。
「カレンそれは――」
「誤解ですよ。アキト様はそのような事を考える人ではありません」
俺の答えを遮る様に、後ろに立っていたミドリが代わりに答えた。
「じゃあ、アキトは何のために魔族の村の場所を聞いたの?」
話の腰を折らないように心の中だけで訂正するが、俺は魔族の村の場所を聞いたのではなく、他種族の村の場所を聞いたのだ。
問題なのは、翼とか鱗とか触手とかヒレとか甲殻とか毛皮とか尻尾とかが有るか無いかだ。そしてそういった種族の人たちをさげずむ意味を含んでいる魔族という呼称を使うつもりはない。
「アキト様は結婚相手を探すつもりなのです」
「――へ?」
そんな直球をぶつけなくても……。
案の定、カレンは情けない擬音を口にして固まってしまった。
「結婚相手だと? アキト、お前は魔族と結婚しようというのかい?」
「いえ、魔族かどうかはどうでもいいんですが、とにかく人間以外の種族の女の子と結婚したいんです」
「人間以外なら何でもいいと?」
「何でもって言うと語弊があるかもしれないですが、アルラウネは有りですね」
村長は憐れむような目で隣に座るカレンを見る。
カレンは虚空を見つめたまま動かない。
「わ、私はてっきりカレンと結婚してくれるとばかり思っていたのだが……どうしてなんだい?」
「どうしてと言われても、人間には普通の手足しかないじゃないですか」
「……それは重要な事なのかい?」
「俺にとっては何よりも重要なことです。もちろん性格とかも大事ですけど、人間以外の部位が身体に無い女性を俺は女として見られません」
「そ、そうだったのか……それは……残念だ」
村長は悲しそうに再びカレンを見る。
「それは、同族を選ばないアキト様の性的趣向が残念だという意味でしょうか? 返答によっては怒りますよ」
「おいコラ、ミドリ。少し黙ってろ」
「私はアキト様が侮辱されたかもしれないので確認を取っているのですが?」
「勘違いだから。そもそも空気的には村を追い出されても文句言えない状況だから」
村長の孫娘を人間だからという理由で拒絶したのだ。怒りを買ってもおかしくはない。
「追い出すなどしないさ。エメラルドさん、私が残念だと言ったのは、アキトにはカレンと結婚してこの村の村長を継いでもらいたいと思っていたからなんだ。決して彼の女性の趣味を残念と言ったわけではないよ」
「そうですか。ならいいです」
こいつ、俺のために怒ってくれるのはいいが、空気が読めなさすぎる。
表情があまり動かないから何考えているのか分からないし、竜人じゃなかったら関わらないタイプの女だな。
「しかし、こちらに追い出すつもりは無いにしても、アキトは村を出て行くのだろう?」
「そうなりますね。アルラウネがダメなら次の種族を探して更に別の場所へといった感じで、旅をしようと思っています」
「相手が見つかったら戻ってくるのかい?」
「いえ、恐らくは相手の住んでいる場所に永住すると思います」
自分の村へ連れ帰るとなると、女性側からしてもリスクが高い。ならば、相手の村に永住した方が快く結婚してくれる可能性が高いだろう。
「そうか、寂しくなるな。エメラルドさんではダメだったのかい?」
おい、クソジジイなんて爆弾を投下しやがる。
ミドリは俺の契約者であり、この危険な世界で生きて行くための生命線だぞ。うかつに告白して振られたら、その後の旅が気まずいだろうが!
「有り得ません。私はアキト様のような変態はごめんです」
「てめえ待ちやがれ、ミドリ。どさくさに紛れて俺を罵倒するな」
「失礼しました。つい口が滑りました」
「いや、それ本音が出ちゃったってことだよね!? やめて、これからずっと一緒に旅するのに、相棒が内心で俺の事を変態って思っているなんて辛すぎる!」
「では、アキト様の性癖に付いていけないので辞退させてもらったということで、ひとつ」
「何がひとつなの!? ここはひとつご勘弁をってか? 勘弁してほしいのはこっちだよ!」
急にボケにまわりやがって。とんだ毒竜女だ。
「な、仲は良いように見えるがなあ」
「いや、どこがですか。明らかに俺が一方的に罵倒されてましたよね」
「まあそうだが、あそこまで容赦なくものが言えるのは信頼している証だろう。もう君たちは四年も一緒に暮らしているのだからね」
信頼か。
確かにアキトとミドリの間には強い絆みたいなものがあったんだろう。じゃなきゃミドリは俺の面倒なんかみずに、さっさと契約を切っていると思う。
今はアキトに対する義理人情で俺の世話を焼いてくれているにすぎないのだ。早いところ他種族の恋人を作って、契約を解除してあげた方が彼女のためかもしれないな。
「仲が良いのは認めますが、それと結婚とは別問題ですね」
「ちっ、もうツッコまねえぞ」
これ以上ミドリと漫才をしていても時間の無駄だ。
俺はソファから立ち上がると、村長に別れを告げる。
「お爺さん、貴重な情報ありがとうございました」
「もう行くのかい?」
「今日準備して、明日出発するのが理想ですね」
「そうか。結婚したら、手紙だけでも出しておくれ」
「はい。出来れば、一度は相手を連れて顔を見せに来ます」
「うむ。それまで君の家は残しておくから、安心して行ってきなさい」
こうして俺は村長の家を後にした。
なんだかんだで、良いお爺さんだった。両親のいないアキトにとっては親代わりだったようだし、村長は継いでやれなかったけどいつか別の形で恩返しが出来たらいいな。
喧嘩しているように見えるかもしれませんが、秋人は少しずつミドリと打ち解けています。