一章 アルラウネの森 十九話
話し合いの結果、俺がウェインに乗り、ミドリがレフィーナを抱きかかえて飛ぶということになった。俺としてはミドリに抱き着いて飛ぶ方が楽しいのだが、緊急時以外は嫌だと断られたのだ。
そしていざ出発というところで、俺たちのもとに一人の女性が近付いてくる。
栗色セミロングの髪の毛に日々の農作業で健康的に日焼けした小麦色の肌。ミドリやレフィーナほどではないが、それなりに整った顔立ちの人間の女性。
幼馴染のカレンだ。その手には小さな箱のようなものを握りしめている。
「アキト、どこへ行くの?」
「……王都へな。トウマが入院しているから」
「そっか。じゃあ、お見舞いが終わったら……帰ってくる?」
カレンの瞳には微かな希望というか、願いのようなものが宿っていた。
俺に――アキトに村に帰ってきて欲しい。傍にいて欲しいという意思が込められた視線に感じた。
だからこそ、俺は彼女の想いを振り切るように首を横に振った。
「いや、帰らない」
「……ど、どうして? アルラウネの女の子を連れてきたってことは、アキトの目的は達成されたんじゃないの? 昨日の事があるから、まだみんなぎこちないかもしれないけど、アキトと一緒に私たちを助けてくれたってことは分かっているから。この村で一緒に暮らしてもらって大丈夫だよ?」
「違うんだ、カレン。レフィーナは俺の恋人とか、婚約者とかじゃない」
カレンが考えるような関係になれていたのなら、彼女の言うように一緒にこの村に住むのも悪くなかったかもしれない。
でも、それは大きな勘違いだ。
「レフィーナと仲良くなって契約を結ぶことは出来たけど、アルラウネと人間は恋人にはなれないってことがハッキリと分かってさ。やっぱり、異種族間で恋愛や結婚をするのは難しいんだな~って痛感中だ」
「そう……なんだ」
「だからさ、トウマを見舞ったら、また次の町に旅立つよ。いつか、この人だって思える相手に出会うまで、俺の旅は続くと思う」
カレンが俯く。すると、彼女の立つ地面に雫が零れた。
「カレン……」
俯きながら静かに涙を流すカレンに、俺はかける言葉が見つからなかった。そもそも俺にそんな資格はない。カレンの気持ちを受け入れないと決めたのは俺だ。
カレンは右手の甲で涙を拭うと、ずっと手に持っていた小さな箱を手渡してくる。
「これは?」
俺は渡された箱を開けて中を確認する。
そこには、綺麗な緑色の宝石が嵌められた指輪が入っていた。
「それ、お母さんが持っていた指輪なの。アキトにあげるね」
「はあ!? お前、何考えてんだ!? そんなの受け取れるわけないだろ!」
「いいの。私には必要ないし」
カレンは涙の跡が残っている顔で無理に笑ってみせる。
「それに、アキトは旅を続ける気でいるみたいだけど、そんなに貯金あるの?」
「えっ? それは……」
まだ無くなってはいない。けど、そう何か月も悠長に旅するだけの余裕があるわけじゃない。
「やっぱり。そんなんじゃ、いざ相手が見つかった時にプレゼントの一つも買ってあげられないんじゃないの?」
「うっ……」
「まあ、アキトなら別の町や村でもすぐに仕事を見付けられるとは思うけどさ。でも、その緑色の宝石、風の魔石だから結構高価だし、もしもお金に困ったら売って旅費にでもしたらいいよ」
「魔石!?」
俺の隣いたレフィーナとミドリが興味深そうに指輪を覗き見てくる。
「確かに魔力を感じるね」
「驚きました。炎、雷、水と同質の魔石のようですが、風を貯め込める魔石は見たことがありません。売ればそれなりの額になると思います」
「マジか……って、なおさら受け取れねえよ!」
俺は箱ごと指輪を付き返そうとするが、カレンは頑として受け取ろうとしない。
「言ったでしょ、私には必要ないって。指のサイズも合わないし」
「なら、魔石だけ外して指輪を作り直したらいいだろ? こんな高価なものを軽々しく渡そうとするなって」
「軽々しく渡そうとなんてしてないよ。これでも結構悩んだんだから……っていうかアキト、何だか柄悪くなってない? 喋り方も違うし」
「そ、それは」
前のアキトはもっと穏やかな奴だったからな。俺が自然体で喋ると柄が悪く見えるのかもしれない。
かといって、あいつの喋り方を真似するのは気が引ける。既にアキトは俺なんだから。
「ともかく、私はもう必要ないから。それはアキトの好きに使って」
俺は指輪とカレンを交互に見る。
カレンはこれだと決めるとなかなか考えを変えない女だ。説得するのはかなり難しいだろう。
「…………分かったよ。貰っておく」
「うん。アキトの旅に役立ててよ」
「ただし、もしも俺が結婚するまで金に困ることがなかったなら、この指輪はその時にお前に返すことにする」
「何それ。いいよ、王都で売っちゃってよ」
「軽々しく渡してないんだろ? 本当に必要な時にしか使いたくない」
カレンはむきになって眉を吊り上げたが、すぐに諦めるように息を吐いた。
「強情」
「お前こそ」
俺とカレンは笑いあう。
前回の旅立ちの時は会えなかったから、こうして笑って別れられてよかった。
俺はウェインに乗ると、振り返って、カレンを見た。
「やっぱりここが俺の故郷で、カレンは俺の幼馴染なんだな」
「何それ、当たり前でしょ?」
「そうだな」
俺は手に持っていた指輪の箱を掲げる。
「これを返すためにも、さっさと相手を見つけて村に戻ってくるよ」
「そしたらまた村に住む?」
「いや、挨拶に来るだけだ」
「そっか……」
カレンは憑き物が落ちたようにスッキリとした顔で笑う。
「あ~あ。私も旅に出ようかな~」
「何の旅だ?」
「そうだねえ……アキト以上に良い男を探す旅、とか?」
隣にいたミドリが噴き出す。
「それはまた、すぐ終わってしまいそうな旅ですね」
「おい、待て、ミドリ。どういう意味だ?」
「そのままの意味ですよ」
やめて。別れとは別の意味で涙が出そう。
「ともあれ、旅は危険ですからね。カレン様もまずは契約獣を探すところから始めてみてはいかがでしょう」
「うん。ウェインみたいに頼もしい相棒を見付けて、気ままに男探しをするのも悪くないかもね」
「じゃあ、どっちが先に相手を連れて村に戻ってくるか競争だな」
「アキト、弱そ~」
「カレン様の勝ちに100万メリン賭けてもいいですよ」
「お、お前らな……」
カレンとミドリがすごく楽しそうだ。こいつら、意外に気が合うのか?
「ワウッ!」
「ん、アキトくん、ウェインが『そろそろ行かないと』ってさ」
「おう、分かった」
「ごめんね、長々と話しちゃって」
「いいって、来てくれてありがとな」
カレンがウェインに乗っている俺を見つめて笑う。
「じゃあね、アキト」
「ああ。またな、カレン」
こうして、俺は再びミルド村を旅立った。
旅の目的は変わっていない。けれど、ミルド村のアキトとしては初めての旅立ちだ。
俺はウェインにしがみつくと、猛スピードで風を切って進む感覚を楽しんだ。




