一章 アルラウネの森 十八話
レフィーナを抱きしめてしばらく泣いた後、俺は気を取り直して部屋を出た。
リビングへ移動すると、ミドリが待ち構えるように立っていた。
「まだ昼間だというのに、ずいぶんお楽しみでしたね?」
「何だよいきなり、何を言っているんだ?」
「実は先ほど部屋をのぞいたのですが、レフィーナとベッドの上で抱き合っていたので空気を読んで事が終わるまでここで待っていたのです」
見てたのかよ!
激しく勘違いをされているが、抱き合っていたことには変わりない。恥ずかしさから顔が熱くなるのが分かった。
「言っておくが、お前が考えているようなことはしていないからな」
「そうなのですか、レフィーナ?」
なんで俺がしていないって言っているのに、レフィーナに聞くの?
そんなに信用無いの?
「うん? ぼくはアキトくんが元気になるように慰めてあげていただけだよ?」
「なるほど……慰めて……それはお疲れ様です」
「更なる誤解をするな! ていうか、お前わざとやってるだろ!」
俺がツッコミを入れると、ミドリはフッと柔らかく笑う。
「本当に元気が出たようですね。レフィーナに頼んで正解でした」
「ぐっ……お前な、確かめるにしてももう少しやり方があるだろ?」
「不器用なんですよ、私。色々報告したいこともありますし、食事をしながらでいいので聞いてください」
ミドリはテーブルに並べられた料理を指差して言う。
俺は諦めるようにため息を吐いた。不器用と言う割には、レフィーナに助言をして俺の相手をさせるなど、器用に立ち回っている気がするけどな。
俺が席について食事を始めると、ミドリは向かいの席に座って俺が気絶してからの事を話し始めた。
「アキト様がヴァンパイアを仕留めたことで、魔王軍に指示を出していた蝙蝠が血液となって崩れました。恐らく彼の血液によって作り出した生物だったのでしょう。それにより、魔王軍の連携は一気に崩れ、魔力による攻撃の先読みも出来なくなったので、簡単に倒すことが出来ました」
ということは、あのヴァンパイアは俺と戦いながらも蝙蝠を使って部下に指示を送っていたってことだよな?
ヴァンパイアの優秀さに驚きつつも、俺はとある疑問をミドリへと投げかける。
「捕虜に出来た敵はいないのか? ほら、不可侵領域で囲い込むとか」
「最後の最後で一人だけ捕縛しましたよ。レフィーナの提案です」
「一人だけか……指揮官が倒されて、戦意を喪失してくれていれたらと思ったんだが、そう甘くはないか」
「…………申し訳ありません」
「え?」
ミドリが真剣な顔で頭を下げる。どこか落ち込んでいるような表情だ。
「レフィーナに言われるまで、私には魔王軍を捕らえるという発想がありませんでした。アキト様が投降を呼びかけたにもかかわらず死を覚悟して戦いを挑んできた時点で、私は彼らを全滅させることを考えていました」
「う~ん、まあ仕方ないんじゃないか? さっきレフィーナに言われたんだけど、一番良い形で物事を解決するのは普通出来ない事らしいぞ。たぶんあの状況の普通は戦いに勝つこと、一人でも捕虜に出来たのなら、凄いと思う」
「そうではありません。私がその気になれば、あの空間一帯を魔法で包み込んで魔王軍全員を捕らえることが可能でした。それなのに私は――」
「そこまでにしとけ」
俺は後悔を口にするミドリの口に、ミニトマトを刺したフォークを突っ込んだ。
「むぐ――なっ、何をするんですか!」
「せっかく俺が自分の気持ちに整理を付けられそうだって時に、今度はお前が不安定になるんじゃねえよ」
「ですがっ――んぐぅ」
マイナス発言ばかりするミドリの口に、更にミニトマトを突っ込む。
「なあ、ミドリ。次はもっと上手くやろう」
「は? 次?」
「そうだ。俺もお前も、村のみんなを助けるっていう目的は達成した。村に着いてから出た被害はゼロだ。そういう意味じゃ百点の出来だろ?」
形はどうであれ、当初の目的は達成している。本当に守りたかったものを、俺たちは守れたんだ。
「でも、上を見たらもっと先があった。それに気付けたなら、次に同じことがあった時はもっと上手くやろう」
俺は自分にも言い聞かせるように言葉を紡ぎ、笑ってみせる。
後悔は無くならない。でも、後悔ばっかりしていても前に進めない。だから次はもっと上手くやるために、努力するしかないんだ。
「……まったく、先ほどまで落ち込んでいた人の言葉とは思えませんね」
「落ち込んでいたからこそ、言っているんだ。でも、俺がこうやって前向きなことを言えるのは、レフィーナのヒーリング効果かもしれないな」
「レフィーナですか」
ミドリは窓の外に視線を向ける。
いつの間にかレフィーナは家の外に出ており、光合成をしている姿が窓から確認できた。
レフィーナの隣にはウェインが寄り添って眠っている。
「ウェイン……無事だったのか」
「ええ。戦いの後に血まみれで倒れているところを発見し、レフィーナが魔法で治療して何とか助かったのです。私の身体から魔力を抜き取って分け与えたりもしました」
「すごいな。レフィーナがいてくれてよかった」
俺は食事を終えて食器を片付けると、家の外に出た。
玄関脇で光合成していたレフィーナが声をかけてくる。
「ん、アキトくん、どこか行くの?」
「ああ。村を見て回ろうと思う」
「じゃあ、ぼくも一緒に行くよ」
「もちろん、私も同行しますよ」
俺はレフィーナとミドリ、それとウェインを連れて出発した。
「やっぱり、レフィーナはちょっと怖がられているみたいだな」
「うん。そういう視線を感じるよ。何もしないって何度も言っているのにさ」
レフィーナはウェインの上で寝そべりながら不機嫌そうに口を尖らせる。
「仕方ないですよ。演技とはいえ、村の皆さんに襲い掛かったのですから」
「襲ってないよ。ただ、周りを植物で囲っただけ」
「いや、あんな猛スピードで生えてくる植物に全方向を囲まれたらトラウマだろ」
ましてや、食べるとか言われていたからな。みんなからしたらこの世の終わりに思えただろう。
俺は村長のお爺さんと会って村の状況を確認した。
魔王軍に持ち出されていた食料や魔石を元に戻したいらしいのだが、どれが誰の家の物なのか判断するのが難しいらしい。
今日の朝、連絡を受けてやってきた魔石屋が魔石に掘られた型番を確認して登録されている家に戻してくれている。
破壊された北側の家などは、国から補助金が出るので、それで立て直すそうだ。
アルドミラ軍もそれなりの人数がやってきて復興作業を手伝ってくれている。捕虜は軍に引き渡したそうだが、あまり大した情報は得られないと思われる。
ミドリが軍に引き渡す前に行った尋問によると、彼らは魔石と食料を奪って北上し、決死の覚悟で北の国境を突破して国に帰るつもりだったそうだ。
認証魔石の登場で国に帰れなくなったスパイたちにヴァンパイアが呼びかけて行われた作戦らしい。
つまり、ギドメリアからの極秘命令で動いていたわけではないということだ。
連絡手段も助けもない中で、彼らなりに生き延びるために必死だったのだろう。もしかしたら、ミルド村を出た時に出会った魔王軍もこの作戦に参加するために集まった人たちだったのかもしれないな。
「ワウッ!」
「どうしたの、ウェイン?」
レフィーナがウェインを撫でながら彼の鳴き声に耳を傾ける。
「……なるほど、確かにそうだね」
「レフィーナ、ウェインの言葉が分かるのですか?」
「もちろん。ぼくとウェインは仲良しだからね」
「ワウッ!」
ウェインは同意するように声をあげる。
「な、仲良し…………くっ、私にはなぜ分からないのですか? 私の方が長い付き合いのはずなのに……」
ミドリは悔しそうに歯を食いしばる。
こいつ、本当にウェインが好きなんだな。しかし、レフィーナがウェインの言っていることが分かるのは仲良しだからとかじゃなくて、プリンセスアルラウネがそういう種族だからだと思う。森と話せるのと同じ原理ではないだろうか?
「ちなみに、さっきは何て言っていたんだ?」
「『後のことは村のみんなや軍人に任せて、ご主人様に会いに行きたい』ってさ」
「トウマか。しかし今から王都に行くとなると時間的にミドリに乗って行くしかないぞ?」
「グルル」
「えっと、『舐めるなよ、アキト。俺はエメラルドより速い』だってさ」
「お、おう。そうなのか。ていうか口調ワイルドだな」
動物って言っていることが分からないから可愛いんだって分かるよな。今の言葉を聞いてしまうと、おいそれと撫でたり出来ない。
「それじゃあ、日が暮れないうちにさっさと出発するか」
「バウッ!」
余談ですが、ウェインはアキトが初めて戦った魔犬やアルドミラ軍が契約獣として調教している魔犬とは全く別の中級種族です。
群れを作ることもなく、本来は人に懐かないとされている強力な魔獣であり、トウマとの契約で人間並の知能を得た事で上級種族とも渡り合える強さを持っています。




