一章 アルラウネの森 十五話
「な、何だと?」
ミドリの降伏宣言に異種族の男たちは戸惑いを見せる。
それもそのはずだ。明らかに自分たちよりも上位の存在である彼女が何の抵抗もせずに降伏するというのだから。
もちろん俺も驚いた。何を血迷っているのかとミドリを怒鳴りつけてやろうかと思った。けれど、ミドリが俺にだけ聞こえるような声で「少しの間、耐えてください」と言ったので、彼女の言う通り降伏することにした。
腰の剣をホルダーごと外して目の前に放り投げる。
耐えろということは、耐えた先に光明があるということだ。俺はそれを待つことにする。
「降伏する。あんたたち、村のみんなを人質に取っているんだろう?」
俺の言葉で全てを察したのか、先頭にいた男が口角を吊り上げる。
「確かにそうだが、見てもいないのになぜ分かった?」
「やっぱりか。確証はなかったけど、この辺りの家は荒らされていないのに人の気配がなかったから、もしかしてと思ったんだ」
「そうか、予想が当たって良かったな。いや、むしろお前たちにとっては当たらないで欲しい予想だったかな?」
男たちはゲラゲラと笑い始める。今すぐにでも殴りかかってやりたい気分だったが、奥歯を噛みしめてぐっと堪えた。
「しかし、腑に落ちないことがある。なぜ、逃げずに降伏を選んだ?」
意外に鋭いな。
確かにミドリの力があれば逃げることは容易かった。だが、ここでこいつらが納得できる返事をしないと、警戒されてこの場で殺されるぞ。
俺は即席で言い訳を考える。
「……この村には、俺の婚約者がいるんだ……彼女を見捨てて生き延びても意味はない」
「アキト様?」
ミドリが何を言っているんだという顔で俺を見た。目の前の男たちにはほとんど無表情のミドリの微妙な表情の違いは分からないかもしれないが、俺には分かる。
そんな顔するな。話を合わせてくれと目で訴えると、小さく頷いてくれた。
「ミドリ、お前を巻き込んだのはすまないと思っている」
「いえ、私もカレン様にはこの村に置いてもらっていた恩義がありますから」
俺は男たちに向き直る。
「お前ら、村のみんなは無事なんだろうな?」
「抵抗したり、逃げ出そうとした人間以外は無事だぞ?」
「……そうか」
抵抗したのは村にいたアルドミラ軍で、逃げ出そうとしたのはトウマのことだろうか?
それ以外の人たちは大人しく従ってくれていることを祈るしかない。
「お前はどうだろうな?」
先頭にいた男が俺に近寄り、素早い動きで俺の頬を殴りつけてくる。
「アキト様!」
俺は衝撃と痛みに耐えながらも、手でミドリに無事を伝える。
「……言っただろ、婚約者がいるんだ。抵抗しないから俺も連れて行ってくれ」
「ふん。良い心がけだな」
男はもう一発だけ俺を殴った後、縄で両手を縛ってきた。背中側で縛られたので、魔法でも使わない限りは解けそうにない。
ミドリも同じように縛られていたが、縄は彼女には無意味だろう。魔法を使わなくても引き千切れる気がする。
こうして俺たちは村の中央まで連行された。
俺たちが村長の家がある村の中央まで連行されると、集められていた村のみんなが驚きの声をあげる。旅立ったはずの俺とミドリが捕まって連れてこられたのだから当然か。
村のみんなは俺とミドリのように背中側で両腕を縛られて村長の家の前に座らされていた。
村長のお爺さん、カレン、友人たち、とりあえず知り合いは無事のようだ。
「少佐、戻りました」
「ああ、よくやった」
俺たちを連れてきた3人の男が青白い肌をした黒衣の男に敬礼する。少佐と言っていたし、この部隊の指揮官だろう。
俺はスパイと言えば単独での諜報活動をする者のことを指すイメージを持っていたのだが、この前の二本角の獣人の部隊といい、ギドメリアのスパイは部隊行動をしているようだ。
しかし、この男の種族が全く分からない。
ぱっと見た感じは人間に見えるが、青白い肌に銀髪、赤い瞳、何より耳が尖っているので人間ではないだろう。
「なるほど、ヴァンパイアですか。私の魔力を感知されるわけです」
ミドリが指揮官の男を見て呟く。
ヴァンパイアだって?
何かの間違いだろう?
だってあいつ、思いっきり日差しの下に立っているぞ。
「おい、無駄口を叩くな!」
近くにいた異種族の男がミドリの肩を突き飛ばす。
「……失礼しました」
ミドリはよろめきながらも謝罪した。
俺には分かる。あれは死ぬほど怒っているぞ。あいつはろくな死に方を出来ないな。
俺とミドリは魔法を使われると危険という理由で、村のみんなから離れたところに座らされ、近くの木にワイヤーでぐるぐる巻きにされた。
ここで、村のみんなの近くに座らせてくれれば、不可侵領域でみんなを守って反撃に転じられたのだが、そう上手くはいかないようだ。
この状況を打開する方法がないか注意深く観察していると、ギドメリアのスパイたちは村長の車や自分たちの馬車に荷物を運んできては積んでいることが分かった。
食料が主だが、各家から取り外した炎、雷、水の魔石も積んでいる。
この様子だと、ミルド村を襲った目的は食料と魔石の確保ってところか。ついでに村長の車も手に入ってウハウハって感じが部下の数名からにじみ出ている。
村のみんなを殺さないで人質にしたのは、アルドミラ軍が駆けつけてきた際に逃げるためだろうか。
もしこの場をやり過ごして生き延びたところで、食料や魔石を根こそぎ奪われたんじゃ、この先村のみんなが生きていくことが難しい。絶対に隙を突いて反撃してやるぞ。
「なあ、ミドリ」
俺は小声で隣に座っているミドリに話しかける。魔王軍の連中は村のみんなの方に立っているので聞こえないとは思うが、念のためだ。
「何ですか?」
「あいつがヴァンパイアって本当か? 普通に太陽の下に出ているぞ」
「ヴァンパイアが太陽の下に出てはいけないのですか?」
「……あ~、なるほど」
ミドリの反応からして、この世界のヴァンパイアは太陽が弱点ではないってことか。そうだよな、所詮は俺の世界の創作物に出てくるヴァンパイアの設定だ。現実と食い違っていても不思議じゃない。
「じゃあ、ヴァンパイアってどんな種族なんだ?」
「そうですね。アルラウネのように魔力の高い上級種族です。魔力量だけなら最上級種族と言ってもいいでしょう。異種族には血液を主食としている種族だと勘違いされがちですが、吸血はヴァンパイアが使う強力な攻撃というだけで生命活動に必須なわけではありません」
つまり、血を呑まなくても生きていける上に、太陽が弱点でもないと。
「ニンニクが苦手とかは?」
「何ですかそれは。味覚の好みなど知りません」
「じゃあ、十字架に触れないとか」
「先ほどから意味が分かりません。ギドメリアの魔族なのでキリスト教ではなくドラゴン教だと思いますが、触れないほど嫌ってはいないかと」
「そ、そうか」
俺の知っている弱点がほとんど存在しないことが分かった。
それよりも、この世界にキリスト教あることの方が驚きだ。だが魔法や異種族が普通に存在している世界なので、聖書の内容などは違う可能性もあるな。
「ちなみにドラゴン教って?」
「読んで字のごとく、ドラゴンを崇拝する宗教です」
「へえ。ドラゴンを崇拝か……待てよ、ギドメリアの魔族はみんなドラゴン教なのか?」
「信仰の度合いは人それぞれですが、ほとんどがそうだと思います。ドラゴンは神が創り出した世界でもっとも神聖な種族であり、竜人はそのドラゴンから竜の力を分け合が得られた選ばれし種族だと崇められていますね」
「へえ……ドラゴンを神と崇めているわけじゃないのか」
「ええ。ですが、実際に見て話すことも出来る分、信者の数は多いと聞きますよ」
その結果、国民のほぼ全てがドラゴン教の信者というわけか。
「待てよ……ということは――」
魔王というファンタジーゲームなら当然のように登場する人物に、俺はたいして疑問を抱いていなかった。
何なら、ゲームに登場する魔王のビジュアルを勝手にギドメリアの魔王に当てはめて考えていた。
悪魔のような形相、巨大な角や牙、翼を持ち、禍々しい鎧とマントを身にまとい、闇の魔法を使う悪の親玉。そんなイメージだ。
だが、そのイメージは違うのではないか?
俺は前のアキトの昔の記憶を探る。ギドメリアの魔王について、知っていることを思い出す。
結果は、俺の予想通りであった。
「――魔王はドラゴンなのか?」
「言っていませんでしたか?」
「ああ、全く。けど、魔王はお前よりも強いって発言から、気付くべきだった。お前より強い種族なんて、ドラゴンくらいだ」
ミドリはこの場にいる誰よりも強い。
クイーンアルラウネのルナーリア様やレフィーナも相当強いとは思うが、正面から戦ってミドリに勝てるとは全く思わない。これまでの戦いぶりから、ミドリが負けるところなど想像できないのだ。それはミドリが本当は最上級種族のドラゴンメイドではなく、特級種族のドラゴンだからだ。
だが、ドラゴンとはいえ、ミドリはまだ16歳の女の子だ。魔王が大人のドラゴンだというのなら、彼女より強いという言葉にも頷ける。
人間はとんでもない相手と戦争をしているものだとしみじみ思った。俺だったら逆らわずに、逃げ出すね。
「ヴィクトール元帥は負けてないって言っていたけど、魔王が戦場に出てきたらやばくないか?」
「そうですね。ですが――」
ミドリは何かを言いかけたところで、一点を見つめて固まる。
視線の先には見慣れた紫色の花を頭に咲かせた真っ赤な髪の少女がいた。
昨今のゲームや漫画などでは比較的簡単にドラゴンを倒せてしまうものなどがありますが、この世界のドラゴンは間違いなく最強クラスです。




