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外伝 二人の父親 三話

 カレンたちが魔界へと旅立ってから一週間ほど経過した。

 あたしは出来る限り王都で仕事出来るように祖父のヴィクトール元帥に頼み込んで、仕事が終わると王都北の戦場跡へと戻る生活をしていた。あたしと違って大した仕事のないアルベールには休暇を取らせて、一日中戦場跡を見張らせている。


「お疲れ様、ハルカちゃん、エメラルドさん。明日は休みなんだっけ?」

「そうよ。一日中ここでカレンたちの帰りを待つから、アルベールはゆっくり寝ていいわよ」

「う、うん。ハルカちゃんも無理はしないでね」

「大丈夫よ、エメラルドと交代で寝るから」


 全員が寝ている時にカレンたちが帰ってきたら申し訳ないので、あたしたちは交代で寝るようにして、必ず誰かが起きている様にしているのだ。

 エメラルドがアルベールの隣に座っていた人物に声をかける。


「オリヴィア、あなたも寝て良いですよ」

「そうさせてもらうわ。ご飯は作っておいたから」

「ありがとうございます」


 オリヴィアはカレンたちを見送った次の日にはここに到着し、グレンの帰りを待っている。グレンは自分になびかせるのは時間がかかりそうだと言っていたが、既に十分なほどにオリヴィアから好意を持たれているようだ。二人の関係について少しだけ質問したが、まだ付き合っていない理由が知り合って日が浅いというものだったので、半年後くらいには普通にラブラブのカップルになっていてもおかしくないと思った。

 問題は外見年齢の差なのだが、オリヴィアは年下好きらしいのでそのあたりも相性は良さそうだ。


「それじゃあ、アルベールちゃん。一緒に寝ましょうか」

「えっ、あ、あの、わ、わたしは別のテントで寝ますから」


 オリヴィアが自分のテントを指差してアルベールを誘うとアルベールは顔を真っ赤にして慌てだした。このやりとりを見るのも何回目だろう。アルベールもいい加減慣れないのだろうか?

 あたしと同じく二人のやり取りを見慣れて来たエメラルドがオリヴィアを窘める。


「オリヴィア、アルベールは両性だと何度言えば分かるのですか」

「わ、分かってるわよ。でも、アルベールちゃんの反応が可愛くて、つい誘っちゃうのよね」

「私はいい加減、見飽きましたよ。だいたい、アルベールにはハルカがいるのですから、冗談でもそういうのは止めたほうがいいと思います」

「ミ、ミドリちゃん……」

「……あっ」


 オリヴィアとエメラルドの二人が突然あたしへと視線を向けた。何かに失敗したような表情をしているが、どうしたのだろうか?


「なによ?」

「あっ、い、いえ、なんでもありません」

「なんでもないようには見えなかったけど……あたしは別にアルベールの保護者じゃないわよ? 戦争も終わったんだし、好きに恋愛しても良いと思うわ。まあ、幼馴染だし、悪い男や女に引っ掛からないようにくらいは見張ってあげようと思うけどね」


 そういえばアルベールとオーラの二人とは、誰が先に恋人を作るか勝負しようという話をしたことがあったのを思い出した。あの勝負の続きをするためにも、オーラには必ず帰ってもらわなくては困る。

 あたしが自分の考えを述べると、オリヴィアとエメラルドは何故か残念そうな視線をアルベールへと向けた後、顔を見合わせてため息を吐いた。


「アキト様と同レベルですね」

「それ以上じゃないかしら? お姉さんはアキトちゃんの方がまだましに見えるわ」

「良く分からないけど、もしかしてあんた達、あたしの事を馬鹿にしてる?」


 今の流れでアキトと同レベルと言われると、意味は分からなくても馬鹿にされていることだけは伝わって来た。これは詳細を聞き出して怒ってやろうと思ったのだが、あたしは辺りの空気が変わったのを感じて、直前に感じていた軽い苛立ちを放り出した。

 同じように異変に気付いたのか、アルベールとエメラルドがあたしと同じように視線をある一点へと向ける。遅れてオリヴィアも同じ方向へ視線を向けた。

 戦場では常に張り巡らせていた感覚だが、今のあたしにはあの頃ほどの高位の魔力感知はない。だが、それでも明らかに先ほどとは場の空気が違うのが分かる。


「エメラルド、これって」

「はい。ついに来たようです。何もない空間に魔力が集束しています」

「この感覚。ハルカちゃん、闇属性の魔力だよ」

「ええ。ついに……みんなが帰って来るのね」


 グレンが魔石を使って安全性を試していたので、魔界から帰って来るのは可能だろうと思っていた。

 問題は、誰が帰って来るかなのだ。

 魔界には悪魔がどのくらいの数住んでいるのかも分からない。友好的ではないかもしれない。

 ということは、向こうに送り込まれたリクハルド、ゲルミア、オーラの三人がハルカたちの到着まで生き残っている保証はどこにもないのだ。

 あたしが戦場に残る深淵魔法の爪痕を見つめて、祈る様にみんなの帰りを待っていると、目の前に漆黒の壁の様なものが出現した。


「カレンの不可逆領域……よね?」


 気が付けば、あたしたちは全員立ち上がり、警戒するように身構えていた。

 最初に深淵魔法から現れたのは、真紅の鱗を纏った少年の小さな腕だ。そこから徐々に全身がこちら側へと抜け出してくる。

 赤の竜。グレンだ。

 彼はあたしたちを順番に見て、最後にオリヴィアへと視線を向けた。


「オリヴィア、待っていてくれたのか?」

「え、ええ。お帰りなさい、グレンちゃん」


 二人が言葉を交わしている間にも、その後ろから続々と姿を現していく。トウマ、アザミ、ウェイン、ジェラード。みんな無事の様だ。

 そして、次の瞬間。あたしは自分の目に映った光景を受け止め切れずに立ち尽くした。心の底から叶って欲しいと思っていた願いが叶った瞬間、人は感情に行動が追いつかなくなるものらしい。


「――っ!」


 あたしは声を発することもできなくなっていた。目に映るものが現実なのか分からず、溢れる感情を処理し切れなくなる。

 処理落ちしたあたしを無視するように、現実の時間は動き続け、最後にカレンが帰還したことで深淵魔法が消える。

 その場にいた全員が再開を喜び、静かだった戦場跡に笑い声と鳴き声が響く。

 もう、嬉しいとか、悲しいとか、そんな単純な言葉では表現できない感情があたしの内から溢れた。

 気が付くと、あたしは地面に膝を付き大声で泣いていた。

 そんなあたしに、駆け寄ってくる人たちがいる。全員、柄にもなく目に涙を浮かべて、あたしの名前を叫びながら、抱きしめてくれた。

 いつの間にか、あたしの隣には情けない顔で泣きじゃくっているアルベールの姿があった。

 あたしもたぶん、同じような顔をしているのだろう。でも、もうプライドなどどうでもいい。どれだけ情けない姿を見られようと、この感情を否定することは誰にも出来ないはずだ。

 あたしは抑え込んでいた感情を解放するように泣いた。泣いて泣いて、どれだけの時間そうしていたのか分からなかったが、やっと少しだけ落ち着きを取り戻した頃に、抱きしめていたみんなの身体から少しだけ離れて、お互いの顔を確認した。

 あたしは、もしも願いが叶ったならば、必ず最初に言おうと思っていた言葉を、三人へ向けて伝える。


「……おかえり。ゲルミア、リクハルド、オーラ」

「はい。ただいま、ハルカさん」

「待たせて悪かった。ただいま、ハルカ」

「ただいま、ハルっち。アルベールも、元気そうでよかったよ」

「うん。オーラ、ゲルミアさんもリクハルドさんも、無事で本当に良かったです」

「これでやっと、全員そろったわね」


 あたしが四人の顔を順番に見ると、全員の魔力があたしの身体へと流れ込み、混ざり合う。

 久しく感じていなかった魔力の感覚に、あたしは嬉しさと幸せを感じた。


「カレンさんたちから、ある程度の事は聞いていますが、あれからどうなったのか、ハルカさんの口から教えてもらえませんか?」

「ええ。もちろんいいわよ。でも、今日はもう遅いし、明日にしない?」

「魔界にいたせいで忘れていましたが、今は夜でしたか。分かりました、では王都へと向かいましょう」

「明日が楽しみだな。ハルカの武勇伝を楽しみにしてるぞ」

「僕はアルベールがあの状況からどうやって生き残ったのか気になるな~」

「あはは……そっちはあんまりカッコいい話じゃないけどね」

「あたしは魔界の話も聞きたいわ」

「おう、任せとけ。色々と驚くような体験をして来たからな」


 包み隠さず、全てを語ろう。脚色は一切しない。

 あたしは明日、みんなにどこから話そうか考えながら、南にある王都へ向かって歩き出した。

 少し恥ずかしかったが、両脇を歩くゲルミアとリクハルドと手を繋ぐ。


「き、今日だけ甘えさせて……」

「ええ、いいですよ」

「別に今日だけじゃなくてもいいぞ」

「うん。ありがとう…………お父さん」


 ゲルミアとリクハルドは目を見開いて驚いた後で、嬉しそうに笑う。

 あたしは久しぶりに勇者ハルカではなく、ゲルミアとリクハルドに育てられた、ただのハルカに戻れた気がした。

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