三章 黒の竜王 九話
「さて。何を優先するかはこれで決定という事で良いですが、これだけの規模の軍を動かすのです、当然ですがそれ以上の戦果を期待しますよ? 今の優先事項はあくまでも戦況が不利な場合に優先して成し遂げる目標だと認識しています」
ヴィクトール元帥からのプレッシャーが俺にのしかかる。
その通りだ。これだけの戦力を集めておいて、四天王一人を討ってハルカを含めた人間たちを救出したとして、それでやっと負け戦ではなくなる程度の話なのだ。
この作戦を成功に持って行きたいのなら、もっと欲張らなくてはいけない。
「分かっています。今回の作戦の最終目標は魔王城を襲撃して魔王本人を討つことです」
俺の決意の籠った言葉を聞いてヴィクトール元帥は満足気に頷く。どうやら彼は俺に今の言葉を言わせたかったようだ。
「では、作戦の目的が明瞭になったところで、詳細について話し合いましょうか。アキトさん、我々はどのように動けばいいのですか?」
ここまで会議の流れを握っておいて、軍の動かし方は俺に一任してくれるのか?
いや、違うな。この人は俺の意見を聞いたうえで、それを両者の都合が良いように調整するつもりだろう。アルラウネの木に関する問題を解決した時と同じだ。
頼もしいのだが、彼の手のひらの上で転がされているような気分になるので、俺はどうにもこの人が苦手だ。
「まず、アルドミラ軍とハウランゲル軍の総力を結集した連合軍に正面から進軍してもらいます。ギドメリア側もこちらの作戦を勘ぐるとは思いますが、それ相応の人数を迎撃に向かわせるでしょう」
ここでカールハインツ中将が口を挟む。
「アキト殿、悔しいが今やギドメリア軍の個の強さは我々を凌駕している。正面からのぶつかり合いだとこちらにかなりの被害が予想されるぞ?」
「それは分かっています。ですから、いざ戦闘が始まったら皆さんには攻めることを止めてもらいます」
「ふむ。攻め込んでおいて、戦闘になったら防戦しろと?」
「そうです。何なら少しずつ撤退してもいい。とにかく敵軍を可能な限り大勢引き付けておいて欲しいだけですので」
「それなら被害は最小限に抑えられるだろうが、最上級種族が出てくればそれさえ難しいぞ。いまや敵の最上級種族は特級種族と変わらない」
不安要素はそこだよな。
契約者もいない獣人たちでは特級種並みの魔力を持つ最上級種を止めることなど出来ない。いかにしてその戦力差を埋めるかだ。
「ハウランゲルには最上級種族や特級種族はあまりいないのですか?」
「コボルトやワーウルフの中にはキングやクイーンがいる場合もあるが、そういった種族をまとめる存在は軍に志願などしない。後はサテュロスくらいだが、あの種族は魔力量だけで戦闘能力が低いので当てには出来んし、やはり数は少ない」
獣人にもキングやクイーンがいるのは驚きだが、軍にいないのでは話にならない。しかし本来はそれが種族として正しい姿なのだろう。
俺はチラリとトウマの後ろに立っているヘルガを見る。
クイーンビーである彼女がこの場にいることの方が不自然なのかもしれないな。彼女には守るべき一族があり、生殖能力はハチ人の中で彼女にしか備わっていない能力なのだから。
「かなり厳しいですね。人間と契約している上級種族はいませんか?」
「それならいるが、かなり少数だ。もともとハウランゲルには人間が少ないからな。ヴィクトール元帥、アルドミラ軍の方にはいないのですか?」
「そちらと同じですよ。そもそもアルドミラ軍には人間以外の種族はほとんどいませんから」
まずいな。そうなってくると、俺の契約者の中から誰かを出さないといけなくなる。魔王城内の戦力が分からないので、出来る限り最強に近いメンバーで挑みたかったのだが、仕方がないな。
俺が振り返って契約者の中から希望者を募ろうと思っていると、意外な人物が声をあげた。
「ヴィクトール元帥、質問してもいいですか?」
「何でしょうか、トウマさん」
「ギドメリア軍には最上級種族が多いのですか?」
トウマの質問にヴィクトール元帥は少しだけ考える素振りを見せてから答えた。
「多いとは言えませんが、戦場に必ず一人か二人はいるような感覚ですね。大隊や連隊規模だと二桁になる場合もあります。種族は主に竜人で、稀に淫魔やガルーダも見られます」
「……一か所に固まっているんですか?」
「ハルカさんのような強者がいる場合は集まってきますが、基本的には戦場に満遍なく散っていますね。恐らくは中隊長以上の立場なのだと思われます」
「そうですか。それなら、敵軍に混じっている最上級種族の相手は俺が担当します」
トウマは今まで見たことがないほどに真剣な表情で宣言した。
彼も俺と同じで決死の覚悟でこの戦いに臨むつもりのようだ。
「…………アキトさん、トウマさんの実力はそれほどなのですか?」
どうやらヴィクトール元帥はトウマに関してはそこまでの情報を持っていないようだな。俺の情報ばかり集めているからそうなるのだ。自分の孫娘と一緒に戦っていた男の実力くらい俺に聞かないでも把握しておいてくれ。
「さすがにトウマ一人では危ういですが、契約者や契約獣と一緒ならば特級種族一人分くらいの実力ですね。そこにカレンが加わるなら、今の四天王と互角の戦いが出来るレベルだと思います」
俺のトウマに対する評価を聞いて軍人たちがざわついた。どうやら彼らはトウマたちの事を舐めていたようだ。カレンの防御魔法とウェインとジェラードで高速移動するトウマとアザミが合わさればかなり強いと思う。
「ただ、さすがに軍人ではないトウマたちだけだと連携を取るが難しいかもしれません。カールハインツ中将。ボニファーツ中尉の中隊をトウマたちに付けてもらえませんか?」
「む、ボニファーツ中尉の中隊だと?」
自分に話題が振られるとは思っていなかったのか、後ろに立っていたボニファーツ中尉の目が驚きに見開かれる。
「トウマたちに実力を発揮してもらうためにも、彼らを最上級種族の元まで送り届ける速さと馬力を持ったケンタウロスが必要だと思うからです。そして俺知る限り、適役なのはヴェンデルガルト少尉とマヌエラ少尉しかありません」
「……確かに、あの二人が異常な速度で国内を横断したという話は聞いている。ボニファーツ中尉、トウマ殿たちを加えた遊撃隊の指揮を取れ」
「はっ! お任せください!」
これで俺の関与できない戦場での不安要素はほとんど取り除かれた。
「頼んだぞ、トウマ」
「任せてくれ。アザミとカレンがいれば俺は負けないよ」
そのセリフはとても格好良いが、アザミとカレンの名前を出す順番が逆だったらもっとよかったな。真後ろでカレンが不満そうな顔をしているぞ。
カレンはいまだにアザミに対して嫉妬をしているようだ。誇らしげに笑っているアザミが可愛らしい。
「トウマたちがいれば大丈夫だとは思いますが、もしも敵軍に押し返されて窮地に陥った場合は国境壁まで撤退してください。国境壁の防衛にはミルド村のアルラウネとキラービーが就いています。それに――」
俺はグレンへと視線を向ける。
「――グレン、お前も守ってくれるんだよな?」
「もちろんだ。オリヴィアとの約束もある。戦いに出たお前たちの帰る場所くらいは俺が守ってやろう」
オリヴィアと一体何の約束をしたのだろうか?
振り返ってオリヴィアの顔を見ると、信じられないくらい真っ赤に染まっていた。
おいおい、グレンさんよ。オリヴィアに何をしたんだ?
如何わしい約束だったら許さないからな。
「グレンさんが守りに就いてくれるのでしたら安心ですね。本音を言えば、我々と共にギドメリア国内へと攻め込んで欲しかったですが」
「俺はそこまでしてやるほどお前たちの味方になったわけじゃない。ただ、居心地の良い場所を見付けた手前、それを壊されないように守るくらいはしてやろうと思っているだけだ。それ以上は求めるな」
「これは、大変失礼致しました」
グレンにとってオルディッシュ島はそこまで気に入っている場所だったのか。今の言葉はリズさんたちに聞かせてやりたいな。
「では最後に、アキトさんたちはどのような動きをするのか教えて頂けますか? そちらは完全に独立部隊のようなものではありますが、アドバイスは出来るかもしれません」
「ありがとうございます。俺たちは連合軍がギドメリアの本隊を引き付けている間に、空からギドメリアの王都、魔王城を目指します」
「空からですか?」
「はい。突入の方法は色々考えましたが、ドラゴンの姿へと戻ったミドリ――エメラルドに乗って接近し、上空から落下するように攻め込みます」
俺と契約者、それとアルベールを超高速で魔王城に突入させるにはその戦法が一番だ。
「アキト様……聞いていませんよ?」
「悪い、ここで言えば良いと思っていたから」
椅子に浅く座っているミドリの尻尾の先が俺の足を打つ。地味に痛い。角度的に軍人たちには見えていないようだ。
「なるほど、それは確かに良い手ですね。エメラルドさんは元ギドメリアの王女という話ですが、詳細をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
さすがのヴィクトール元帥もこのネタは掴んでいなかったようだな。ハウランゲル側も同様に興味深そうにミドリの返事を待っている。
「私の父はギドメリアの先代の王です。現在の魔王は私の父を殺害して王位につきました。私は命からがらギドメリアを脱走し、アキト様に出会ったというだけです」
簡素だが、嘘は混じっていない上に分かりやすい説明だ。
軍人たちは何か心当たりがあったらしく、納得するように頷いている。
「そういうことですか。確かに、ギドメリアとは唯一先代の時代だけは戦争をしていません。素晴らしい方を亡くしたようですね」
ミドリの父親が今でも健在だったなら、俺やカレンの両親も死なずに済んだのだろうか。
「そういうわけですから、魔王城の見取り図はある程度頭に入っています。今回の作戦に置いて私以上の適任者はいないでしょう」
「そうですね。そこに異論はありません」
元王女など信じられないとか言われたらどうしようと思っていたが、今のミドリの過去語りで逆に信頼を得てしまったようだ。まあ、俺と契約出来ている段階で、ミドリが信頼できるのは当たり前の話だが。
「そして、肝心の四天王クローディアの位置についてはアルベールの感覚を頼ろうと思います」
「アルベール曹長の感覚ですか?」
「天使であるアルベールは悪魔に対して種族的な嫌悪感を抱くらしいのですが、その感覚を利用してクローディアの居場所を特定したいと思います」
「それでは、もしもクローディアが前線に出て来てしまった場合はどうするのですか?」
「その場合はアルベールともう一人、俺の契約者を前線へと戻します。俺の契約者の中で一番速いロゼが適任でしょう」
俺の後ろに立つロゼが冷静な口調で答えた。
「そうだな。もしもあの女が魔王城に居なかった場合はアルベールを連れて最高速で連合軍の元へと戻ろう。私のスピードなら絶対に間に合うはずだ」
そして、その場合はロゼを欠いた状態で魔王城に突撃することになる。
続いてカールハインツ中将が発言する。
「第二目標である勇者ハルカはどうやって見付けるのだ?」
「俺と契約者である白露の魔眼で探します。この目には魔力を見る力があり、色で属性まで見分けられます。この目を使えばハルカだけでなく洗脳されている人間たちの居場所も特定できると思います」
「魔力を見る目か……さすがは我らの勇者だな」
もうそれしかないのか、この人は。
いや、それだけ俺が規格外の存在になって来てしまっているということかもしれない。だが、これで作戦の流れは完璧に説明し終えた。
ハルカと洗脳された人間たちに関しては、魔王城以外の町へと隠されていると発見はほぼ絶望的だが、そこは口にしない。そんな話はするだけ無駄だからだ。
攻め込めば戦場のどこかにクローディアは出てくると思うが、ハルカは違う。あいつが見つからなかった場合は、俺は魔王を討つことを優先しようと思う。魔王さえ討ってしまえば、捜索なんてやりたい放題だしな。
その後は作戦開始時間などの更に詳細な連携確認をした後に、解散となった。
作戦開始は今日の夕方だ。




