三章 黒の竜王 八話
アキト視点に戻ります。
ヴィクトール元帥との会議の時間になり、俺は仲間たちと合流して会議室へと向かった。
入室して俺の目に飛び込んできたのは、見るからに軍の重鎮の雰囲気を醸し出している初老の男性たちと、ヴィクトール元帥だ。
おまけとばかりにその背後にはレフィーナの認証魔石を貰った時にいた護衛の若い軍人の姿もある。
「良く来てくださいましたね、アキトさん。席の数が足りずに申し訳ありませんが、どうぞおかけください」
会議室は全部で三つのブロックに分かれており、左奥にヴィクトール元帥を中心としたアルドミラ軍、そして右奥にカールハインツ中将を中心としたハウランゲル軍が座っている。驚いたことに中将の後ろにはボニファーツ中尉が護衛のように立っていた。
中尉と目線があったが、彼は少しだけ口角をあげる程度の反応しか示さなかった。どうやら今は護衛の任に徹しているようだ。これだけ上の方の階級の人たちが集まっていると、中尉は発言し辛いのだろう。
俺たちが座るように用意されていた席は全部で五つ。俺は真っ先に中央の席に座ってからみんなに声をかける。
「ミドリ、アルベール、トウマ。それとグレンが座ってくれ」
「えっ? ア、アキト、俺が座るのか?」
「お前はミルド村の次期村長だろう?」
「うっ……わ、分かった」
トウマは動きがぎこちなくなる程度には緊張しているようだが、言われた通りに席に着く。
俺が指名した者が全員席に着いた後で、他のみんなはその後ろに立った。
「さて、話の前にまずは自己紹介をしておきましょうか。私はヴィクトール。アルドミラ軍の元帥であり、先の戦いで魔王に拉致されたアルドミラの勇者、ハルカ中尉の祖父です」
最後の一言で会議室が凍り付いたような感覚に襲われた。
俺も何となくは想像していたが、そこまで近い間柄だったとは思わなかった。
その事を知らなった俺やハウランゲルの軍人たちは一瞬表情を曇らせたが、アルドミラ軍内では周知の事実だったようで、元帥の隣に座っている軍人たちが順番に挨拶を終える。
ゲルミアさんの後任で大将になった人もいて、アルベールの表情が沈む。本来ならあそこにはゲルミアさんがいたはずなのだ。
続いてハウランゲル軍は、カールハインツ中将とクリストフ大佐。他にもどこかで見たような顔の軍人たちが挨拶する。席に着いている軍人の中では大佐の階級が一番低いようだ。全体的にハウランゲル軍人の階級がアルドミラに比べて低いが、ここがアルドミラ国内だということを考えると当然か。
さて、最後は俺たちだ。
俺たちに階級など無いので誰から挨拶するか迷ったが、ここは俺が紹介する形で済ませてしまおうと思う。
「ミルド村のアキトです。そして、皆さんから見て右手側から、ミルド村の次期村長のトウマ、ギドメリアの元王女のエメラルド、勇者ハルカの契約者アルベール、魔王と同じエンシェントドラゴンのグレンです」
軍人たちの反応を見るに、ミドリとグレンの肩書に驚いているようだ。無理もない。
「その少年がエンシェントドラゴンだと? とても信じられん」
カールハインツ中将の呟くような言葉に対してグレンが眉をひそめる。
「……なんなら、今ここで本来の姿に戻っても良いのだぞ、獣族の小僧」
「おい、グレン止めろ」
挑発的なグレンの言葉を聞いて、背後に控えていた護衛の軍人たちが身構える。
一触即発の状況の中でヴィクトール元帥が口を開く。
「この中でも私の次に年長者である中将に対して小僧ですか。グレンさん、あなたの年齢をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「俺が転生したのはつい最近の事だが、前の人生の記憶も引き継いでいる。それも踏まえるなら、1000歳は越えているな」
「1000歳……エンシェントドラゴンが転生するという話を聞いたことがありましたが、寿命もそれほどに長いのですね」
「お前たちに詳しく教えてやるつもりはないが、俺は500年以上肉体の代謝などが完全に停止している空間にいた。その分長く生きたというだけで、本来の寿命は300年から500年ほどだ」
「ふむ……私には想像も付かないような人生を歩んで来られたのですね」
「まあな。本来ならお前たちを助けてやる義理などないのだが、アキトとロゼ、それとオリヴィアが戦うというのだ。俺もある程度の手伝いはしてやろう」
「それは大変助かりますね。ありがとうございます」
ヴィクトール元帥が当然のように頭を下げる。こういうところはさすがだ。他の軍人たちは尊大な態度を取る竜族の少年に内心で憤慨していそうだが、元帥だけは心からグレンの協力に感謝して頭を下げている様に見える。
たとえそれが演技なのだとしても、元帥という立場の人間にここまでされてしまえば、ひねくれ者のグレンの機嫌も多少良くなるというものだ。
ヴィクトール元帥の態度に焦ったのか、カールハインツ中将も気持ちを切り替えて謝罪をした。
「み、見た目で判断してしまい、大変申し訳ない」
「ふん。気にするな。俺もこのような見た目では魔力感知を持たぬ者に舐められるのは仕方がないと理解している」
魔力感知は人間や獣人はほとんど持っていないので、グレンの強さを即座に理解できる者はこの場でも少数だけだろう。
しかし、グレンのせいで随分と話が脇道の逸れてしまった。
「あの、そろそろ本題に入っても良いですか?」
「失礼しました。お願いしますアキトさん。カールハインツ中将もよろしいですね?」
「はい。私もある程度の作戦内容は連絡を受けているが、不透明な部分も多い。我らの勇者よ、出来れば一から説明を頼みたい」
どさくさに紛れて俺をハウランゲルの勇者扱いか。中将は変わらないな。
「はい。まずは作戦の目的ですが、第一に勇者ハルカを救出することであり、彼女を救出さえ出来れば状況によっては戦闘行為を終了して撤退しても良いと思っています」
「第一? では、アキトさんの目的はハルカ中尉の救出だけはないのですね」
「もちろんです。連合軍を編成しておいて、ハルカを助けて終わりというのはあまりにもこちらが得るものが少なすぎる。もしそれだけを目的にしているのなら、ハウランゲルを巻き込むのはお門違いです」
俺の言葉にカールハインツ中将が無言で頷く。
大きな声では言えないだろうが、中将たちハウランゲルの軍人はハルカの救出を目的とした連合軍への参加に不満があったのだろう。
俺の感情を抜きにして考えると、当たり前だ。いくら同盟国とはいえ、他国の軍人一人の命を救うために自国の軍人たちに命がけで戦えと言うのは反発を生んでしまう。
ハルカはハウランゲルにとっても窮地を救ってくれたことがある恩人だが、今回の襲撃で大きな被害を受けた状況でハルカのために敵地へと進軍するのは釣り合いが取れないと感じても仕方がないと思う。
「第二の目標は四天王。特にクローディアという悪魔です」
「四天王のクローディアですか。先の戦いで姿が確認された最後の四天王ですね。しかし、なぜクローディアなのですか? これまで我が軍やハウランゲル軍が苦戦を強いられていたのは、主にドラゴンのアレクサンダーと獣人のヴァルターですよ」
そうだったのか。明らかに二人とも好戦的なタイプだったし、頻繁に前線に出て来ていたのだろう。
「これは俺と契約者の白露が一時的にヴァルターを捕らえた時に口を割らせた内容ですが、ギドメリア軍は攫った人間を洗脳して契約し力を付けています」
「それは……まさかそのようなことが……」
ヴィクトール元帥も知らなかったようで、沈痛な面持ちで目を伏せた。
ハウランゲル側の軍人たちの表情には変化が無いので、事前に国王であるマインラート陛下から知らされていたのだと思う。
「そしてその洗脳を行っていたのが魔王とクローディアだと言っていました。エンシェントドラゴンにそのような力があるとは思えないので、おそらくは悪魔であるクローディアの仕業だと思います」
「なるほど、良く分かりました。アルドミラ軍としてはハルカ中尉の救出よりも、そちらの方が優先度を上にしたいくらいですね」
「なっ!? ほ、本気で言っているんですか?」
「この場で冗談など言いません。私の個人的な感情で優先度を見誤ったりはしません。どう考えても人間を洗脳する力を持っているクローディアの方が脅威度は上です」
ヴィクトール元帥の目は真っ直ぐに俺を見据えている。その目には全く迷いというものが感じられない。彼は本気でハルカよりもクローディアを倒すことを優先したいと思っているようだ。
「カールハインツ中将は如何でしょう? どちらを優先したいとお考えですか?」
「それは……もちろん、四天王クローディアの打倒でしょう。これまでは優勢だった戦況がひっくり返されたのは敵の魔力量が跳ね上がったからであり、その原因を取り除けるのならハウランゲルの軍人は死力を尽くして戦います」
くそっ、完全に優先順位を入れ替える空気にされてしまった。
俺としてはハルカさえ助けられるのなら良いと思っていたが、優先順位を逆にされてしまうと、ハルカを見捨ててでもクローディアを倒さないといけなくなる。
「わ、分かりました。では、クローディアを打倒することが最優先とします」
俺はアルベールを横目で見る。彼女は一見すると無表情だったが、膝の上に置かれていた拳が震えている。
本当にすまない。戦いが終わって生きていたら、俺を好きなだけ殴ってくれて良い。
「待て、アキト」
俺の発言にグレンが口を挟む。
「最優先はクローディアの捕縛、それが不可能な場合は殺害とした方が良い」
「捕縛? そんな余裕があると思うのか?」
「だからこその優先順位ではないのか? クローディアがどのような技で人間を洗脳しているのか分からん以上、可能なら捕まえて拷問し洗いざらい吐かせる方が良いだろう」
グレンの言っていることは正しいかもしれない。けれど、俺はどうしても拷問という行為を肯定する気にはなれない。
どう答えようか悩んでいると、トウマが口を開いた。
「反対だ。俺は――俺たちはそんな卑劣なやり方をする人たちと協力したくない。そうだろ、アキト」
「そ、それは……」
もちろんそうなのだが、ヴィクトール元帥やカールハインツ中将は平気な顔で拷問を命じそうな雰囲気があるんだよな。ここで俺が渋る事で連合軍が解散になるのは困る。
「ギドメリアは人間を誘拐して洗脳しているんだろう? それと同じように、そのクローディアという魔族を誘拐して拷問し、言う事を聞かせようっていうのか? それじゃ向こうとやっていることは変わらないじゃないか」
ギドメリアと同じような事はしたくない、か。
昔の俺が言いそうな言葉だ。けれど、今の俺はグレンの提案に嫌悪感を覚えつつも、この国のためには仕方ないと思い始めていた。
人としてならトウマが正しい。けれど、大勢の人間を巻き込んだ戦いを起こす身としては、グレンの提案に気持ちが傾きかけていたのも事実だ。
その俺の揺れる天秤を破壊してくれたのは、ヴィクトール元帥だった。
「トウマさんの言う通りですね。拷問という手段は取るべきではありません。もちろん感情的にもそうですが、作戦の成功確率から考えても同じ結論に至ります」
「ほう、なぜだ?」
「捕縛が不可能なら殺害ということですが、最優先が捕縛な場合どうしても攻撃の手に加減が生じます。その結果、クローディアを倒すことの出来るチャンスを逃してしまうかもしれないと考えると、最初から殺害を目的として行動しておいた方がいいでしょう」
なるほど。確かに捕縛が優先なら最初は様子見の戦闘というか、ある程度加減した戦い方をするだろう。その結果、捕縛が無理だと分かった時には殺害すら出来なくなっているかもしれない。
クローディアと戦う事になった者が捕縛と殺害の判断を的確に行えるかどうかは誰にも分からない。
それならば、最初から全力でクローディアと戦える分、捕縛を考えない方が良いということだろう。
「だが、もしクローディアを殺しても洗脳が解けなかった場合はどうする?」
「俺と白露の魔法はヴァルターの契約を解除できた。もしも捕まった人たちが一か所にまとめられているなら、一気に解放できると思う」
「白露の? 癪だが、それなら信用できる。無駄な時間を取らせたな、俺の話は忘れろ」
そう言うと、グレンは口を閉ざす。
これはヴィクトール元帥の意見が通ったということだろう。
「アキトさん、その魔法は連続使用出来るのですか?」
「出来なくはないですが、動き回る敵に使う場合はピンポイントな魔力操作やかなりの集中力が必要なので、そう簡単でもありません。捕まった人が見つかれば簡単に解除できると思います」
軍人から出ている魔力の糸に当てるのは難しいが、洗脳されている人間に当てるのは簡単だ。
「そうですか。では優先順位はクローディアの打倒、ハルカ中尉の救出、洗脳された人間の解放の順番でどうでしょうか?」
「こちらはそれで異論ありません」
「本当はハルカちゃんを最優先で助けて欲しいですが、契約者を持った敵が脅威なのは分かりますから、こちらもそれで良いです」
ヴィクトール元帥の言葉にカールハインツ中将とトウマが頷いた後に、俺へと視線が向けられた。
やはり俺の予想通り、ヴィクトール元帥に主導権を握られてしまっているな。
「良いと思います」
俺は流されるままに頷いた。




