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三章 黒の竜王 六話

今回はシラツユ視点です。

 (あるじ)殿と紅蓮の会話が終わると、みな散り散りになって会議の時間まで暇をつぶし始めた。

 我はというと特に行く当てもなかったので、その場に残された八重菊とアルベールの二人と他愛のない話をしていた。


「じゃあ、シラツユさんとヤエギクちゃんは先輩と後輩の関係なんですね」

「うむ。我の方が500年以上先輩じゃがな。しかし、八重菊も日に日に力を付けておるので侮れん。このままのペースだとあと数年もすれば獣人の姿に変化することも可能じゃろう」


 アルベールに八重菊を紹介してやっていたのじゃが、彼は八重菊の事を愛玩動物か何かと勘違いしておるのではないじゃろうか?

 しゃがみ込んで動物を可愛がるように八重菊の黒い毛並みを撫でている。


『……先輩、怒っても良いですか?』

「我慢するのじゃ。我も狐の頃は主殿にさんざん撫で回された。人族は獣族が好きなのじゃ」

『この天使は私を軍用魔獣と同列に見ている気がして腹が立つのですが』

「悔しかったら、はやく変化を覚える事じゃな」


 我が軽く挑発してやると、八重菊は途端に大人しくなった。どうやら獣人化するつもりはないらしい。まあ、獣人化せんでもそれ相応の力を手に入れれば言葉を喋ることは可能じゃ。

 八重菊はまだ他種族に仲の良い者がおらぬので、獣人化して言葉を喋ることに魅力を感じていないのじゃと思う。

 レオの娘ともう少し仲良くなれば自分から獣人化を練習しだすと思うのじゃが、レオは忙しいのかあまりミルド村に遊びに来ないので、彼の娘と八重菊の仲はそれほど進展していない。むこうは八重菊の事が大好きな様子なのじゃが、八重菊は契約可能な契約紋を持っているために仕方なく相手をしてやっているというスタンスのままじゃ。あれでは契約したくても出来ないじゃろう。


「もしかして、シラツユさんは動物と会話が出来るのですか?」


 我が八重菊と会話しているところを見て、アルベールが尋ねてくる。


「我は植物族や虫族ではないから動物という大きな括りでは会話できぬが、同種族である八重菊の言葉は分かるぞ。狐限定じゃ」

「そうなんですね。ヤエギクちゃんはなんて言っているんですか?」

「うむ。アルベールともっと仲良くなりたいそうじゃ」

『えっ!?』

「そうですか。わたしも同じ気持ちです」

『ちょ、ちょっと先輩!?』


 八重菊が抗議の声をあげるが聞く耳を持たぬ。おぬしはもう少し我以外と交流した方が良い。

 アルベールが嬉しそうにヤエギクに話かけながら身体を撫でる。その目や口元は笑っているが、彼の魔力だけはいまだ弱々しく縮こまっている。八重菊の可愛らしさが少しでも彼の癒しに繋がればと思っていたが、そう簡単に本調子には戻らぬようじゃな。

 魔力の回復には精神面がどうしても関係してくる。よく食べ、よく眠り、ストレスを溜めないことが一番なのじゃが、今のアルベールはそうもいかぬじゃろう。

 誰が何と言おうとアルベールは次の戦いに参加すると思うので、魔力くらいは万全で望んでもらいたいところじゃが、それも難しそうじゃ。最終的にはレフィーナの栄養剤でも飲ませて無理やり回復させるほかない。


「あの、シラツユさん。さっきの話に出て来た酒呑童子という鬼は極級種族なんですよね?」

「そうじゃ。あそこにいる紅蓮や魔王である黒曜と互角の力を持った男じゃった」


 魔王の名を聞いてアルベールの表情が曇る。


「その酒呑童子をアキトさんたちと一緒に倒したということは、やっぱり皆さんの実力は魔王と四天王以上なんですね……」


 酒呑童子に勝った我らと黒曜に負けた自分たちを比較しているのじゃろうか?

 なんにせよ、良くない思考に陥っていそうじゃな。


「少し誤解があるようじゃが、我らが酒呑童子に勝てたのは奴がほぼ一人で、我らが複数だったからじゃ。四天王の様な戦い慣れた特級種族や、最上級種並みの魔力量の軍隊に守られていた魔王とは違う」

「では……わたしとハルカちゃんの代わりにアキトさんとシラツユさんがいたとしても、魔王には勝てませんでしたか?」

「おぬしから聞いた戦場の様子だけを汲み取って考えるのなら、我と主殿、それとロゼとミドリがいれば負けはせぬと思う。主殿の魔力量は勇者ハルカよりも多い上に、魔力を回復する手段がある。そして大人数の戦闘は我の最も得意とする場じゃ。敵陣に最上位の広範囲魔法を連発して支援を打ち消すことも出来るじゃろうし、妖術で魔王を部下と分断することも出来たかもしれん」


 ここで下手な慰めは逆効果。我は自分の思った事を正直に伝えた。

 アルベールが再び戦場に立つ気なら、そういった現実を受け入れた上で自身に出来ることを考える必要がある。この程度で絶望するようなら置いて行った方が良い。


「じゃが、そのようなもしもの話などしても、勇者ハルカは戻らぬぞ?」

「分かっています。ただ、自分たちの弱さをちゃんと認識したかったんです」

「ふむ。弱くはないと思うが」

「あなた方に比べたら、ずっと弱いです。ハルカちゃんもわたしも、小さい頃から訓練を積んでいました。ゲルミアさんとリクハルドさんは戦闘経験が豊富ですし、オーラも人一倍努力していたのを知っています」


 アルベールは両目からにじみ出て来た涙を手の甲で拭う。


「でも負けた……わたしたちが弱かったからです」

「我らや黒曜たちに比べたらそうじゃろうな。で、どうするのじゃ? 次の戦いは我らに任せてここに残るか?」

「いいえ。わたしも同行します。わたしには四天王と互角に戦えるような力がないことは分かりましたが、ハルカちゃんを救出する際の盾役にはなれますから」

「盾じゃと?」


 まさか、我らの盾になるために付いて来るつもりなのか?

 そう思った矢先、アルベールは身体の左側に手をかざすと魔力を集中させた。


「『宝石魔法・金剛壁』」


 彼の左手側に虹色の宝石で作られた盾が出現した。どうやら盾とはこの魔法のことを言っているようだ。


「この魔法だけは四天王相手にも通用しましたから、これで皆さんを守ります」


 つまり、我らを守ることに集中するという事か。悪くはない戦法じゃ。アルベールが守りを担当してくれるのなら、我らは攻撃に集中しやすくなる。じゃが、防げるのはせいぜい通常の上位魔法くらいまでじゃろう。複合魔法などには対抗できそうもない。


「防御担当というのは良い案じゃと思う。じゃが、状況によっては防御を我らに任せて攻撃してもらえた方が良いこともある。その魔法では防げぬ攻撃もあるのは分かっておるな?」

「そ、それは……分かります。けど、魔力量の下がった今の私では魔力消費の大きい攻撃魔法を連発することは出来ません」

「消費の大きい魔法か。どうせ放射系の魔法しか使えんのじゃろう?」

「放射系?」


 アルベールが首を傾げる。いつの時代も他人の魔法の研究をしない者ばかりで呆れる。我が数百年前に酒呑童子と一緒に開発した魔法がここまで浸透していないとは思いもしなかった。

 話を聞く限り、黒曜の方がよっぽど魔法に関して貪欲じゃし、この国の人々が負けるわけじゃ。


「おそらく、おぬしが使える攻撃魔法とはこういう魔法じゃろう? 『火炎魔法・紅焔』」


 我は一番弱い攻撃魔法を天に向かって使用する。小さな火炎が空へと放たれた。


「あっ、そ、そうです。私の魔法の場合は宝石から熱線を放つ形ですね」

「これは攻撃魔法の基本形。直線的に魔力を放って少数の敵を攻撃するものじゃ」

「基本形……そうなんですね」


 我が魔法を空へと放ったことで、アルドミラの軍人たちがこちらへと向かってくる。このような場所で突然魔法を放つのは良くなかったかもしれぬ。


「あの、炎が上がったのが見えましたが、何事ですか?」

「ふむ。逆に考えると、丁度良いかもしれぬな。おぬしらは手の空いている者をそこの平原に集めよ。我が魔法というものを一から教えてやろう」


 我はアルベールと八重菊を連れて国境壁を降り、南側の平原に移動した。

 主殿の契約者にして特級種族の我が魔法を教えるということで、我らの周りには休憩中だった数十名の軍人が集まった。彼らにはここで教わった魔法を現在勤務中の仲間に是非とも教えてもらいたい。そう何度も手本を見せたくはないからな。


「今一度見せるが、これが攻撃魔法の基本である放射系の魔法じゃ」


 我は再び天に向かって紅焔を放つ。これに関しては見慣れたもののようで、周囲の者たちは特に反応しない。


「そしてこれがその応用である放射系の範囲魔法じゃ。『火炎魔法・炎の雨』」


 我は炎の塊を天に放つ。するとその炎が天空で分裂して数十の炎の矢となって大地に降り注いだ。


「この場におる魔力量の少ない者たちは基本的にこの辺りの魔法をよく使うじゃろう? じゃが、実はこれらの魔法は無駄に魔力を消費しているので威力に比べて消費が大きいのじゃ。魔力量の少ない者が使うべきではない」

「それは……攻撃は近接魔法だけで行えという事ですか?」


 アルベールの的外れな質問に首を振る。


「そんなわけがなかなろう。おぬしらは新しい魔法の開発ということを全くせぬのだな」


 主殿の役に立つためにオリジナルの魔法をいくつか作成していたオリヴィアがどれだけ勤勉だったかが良く分かる。あの魔法は不完全なものではあったが、彼女なりの発想と工夫が見えて実に面白かった。


「実際に見せた方が速い。おぬしらに習得してもらいたいのはこういう魔法じゃ。『火炎魔法・焔玉(ほむらだま)』」


 我は手元に小さな火球を作り出す。するとそれを見た軍人たちが『蛍火』という名前を口にし出した。


「なんじゃ、その魔法は?」


 我が尋ねると、アルベールが代表して説明をしてくれた。


「殺傷能力の無い火炎魔法ですね。主に夜に灯りの代わりに使われます」

「なんじゃ、その程度の魔法にも名前が付いておるのか? しかし、その蛍火とかいう魔法とは違い、この魔法は戦闘で十分に使えるものじゃぞ」


 以前、主殿がアルドミラの軍人が我と似たような魔法を使っていたと言っていたことを思い出す。おそらくはそれが蛍火という魔法だったのじゃろう。長い年月をかけて、我の焔玉が変化して継承されたのじゃと思うが、よもや戦闘用から日常用にまで格が落ちているとは思わなかった。

 ここはしっかりと本物の戦闘用魔法というものを見せてやらねばなるまい。まず手始めに、我は焔玉を空中で自在に操ってみせる。


「このように、この魔法はとても操作がしやすくよほど機動力のある種族でなければ回避することが難しい。そして一点に魔力を圧縮して回転させた上で質量を持たせておるので、ぶつかったときの衝撃は比べ物にならん」

「質量? 火炎魔法なのに重さがあるんですか?」

「うむ。見ておれ」


 我は近くに生えていた樹木に向かって焔玉を動かしてぶつける。すると幹に当たった焔玉はそのまま樹木を破壊して通り過ぎ、おまけとばかりに破壊された樹木から炎が上がった。


「どうじゃ? なかなかの威力じゃろう? 我はこの手の魔法を球体系魔法と呼んでおる」

「球体……ギドメリアにいる闇属性の種族が使う『冥界破』という魔法は放射状の時と球体状の時があるのですが、それのことでしょうか?」

「なんじゃ、知っておるではないか。その通りじゃ。冥界破は最初に球体系魔法として酒呑童子が開発した魔法。酒呑童子が名前を使い分けるのを面倒くさがった結果、同名で形状が違う魔法が出来上がったのじゃ。どうやら球体系の冥界破だけは伝わっているようじゃな」


 ギドメリアの者が使っているようじゃが、酒呑童子が作り出した魔法が今の時代にも伝わっているというのは素直に嬉しいものじゃ。


「冥界破を球体として使ってくるのはわたしの知る限り、四天王のドラゴンであるアレクサンダーと魔王だけでした。悪魔のクローディアは放射系の冥界破だったと思います」

「魔力量の違いじゃろうな。ドラゴンはそこまで魔力量の多い種族ではないので、球体系にして魔力を節約しておるのじゃろう。逆に悪魔は魔力量が特別に多い種族と聞く、面倒な魔力操作を必要としない放射系の冥界破を何も考えずに連発しておるのではないじゃろうか」


 アレクサンダーというドラゴンは確かミドリの兄だったはず。現在はミドリの方が格上の種族となったにも関わらず仕留めそこなったと聞いていたが、部下の援護だけが理由ではなさそうじゃな。球体系魔法が使えるという事は魔力のコントロールが上手いことを意味している。伊達に四天王を名乗ってはいないということじゃ。


「球体系魔法の方が魔力の節約になるのですね」

「無駄に魔力を放射せんからな。代わりに必要分だけ消費してそれをコントロールする集中力が必要じゃ。天使や人間など人族は集中力が高い傾向にある。ドラゴンに出来ておぬしらに出来ぬ道理はないぞ」


 ここまでの話を聞いて、軍人たちはやる気に満ち溢れた顔で魔法の練習を始めた。

 実に良い傾向じゃ。球体系魔法を使いこなせば魔力量で上回る敵とも互角に渡り合えるじゃろう。


「あの、わたしの宝石魔法でも球体系魔法は出来るんですよね?」

「もちろんじゃ。我は使えぬが、一応他属性の球体系魔法の名称も考えてあるので教えておいてやろう」


 そこで我はアルベールを含む軍人たちに、酒呑童子と共に考えた様々な球体系魔法の名称や特性を説明していった。

 すぐにコツを掴んで扱えるようになった者もいれば、多少苦戦している者もいたが、我の読み通り人間は筋が良い。これならば少しの練習期間で全員が球体系魔法を使いこなせるようになるじゃろう。

 アルベールは練習していた球体系の宝石魔法を消すと、少しだけ力が戻った目で我を見た。


「ありがとうございます、シラツユさん。この魔法ならハルカちゃんと契約していた頃と同じくらいの感覚で戦えます」

「うむ。じゃがあくまでもおぬしの最優先は勇者ハルカの救出じゃ。その魔法は敵を倒す為ではなく、愛する者を救うために使うがよい」

「はい!」


 アルベールに元気が戻ったのは良い事じゃが、不安要素はむしろ増えてしまった。

 黒曜とアレクサンダーが球体系の冥界破を使えるということは、アルベールの言っていた球体状の深淵魔法というのも、同じ要領で作り出した球体系魔法に違いない。

 傷付けた者の身体を蝕む暗黒魔法とは違い、触れたものを消滅させる深淵魔法というのはヒナノの使っていた光明魔法の対極に位置する魔法じゃと睨んでいる。つまりは闇属性と闇属性の複合魔法。我の炎天魔法とも互角じゃろう。


『先輩、どうかしたのですか?』


 険しい表情になっていたのじゃろう。八重菊が心配そうに話しかけて来た。


「いや、いざという時はこの身体を捨てねばならんかも知れぬと思っただけじゃ」

『そ、それは……』

「なに、いざという時の話じゃよ。そうならぬことを願おうではないか」

シラツユはアキトと違ってアルベールに『彼』という三人称を使っています。

アキト視点の時は『彼女』なので違和感があるかもしれませんが、誤字ではありません。

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